第六十四話 リーシャの声
ふと見たら17000ポイントきっかり!
なんか得した気分
「ここも二年ぶりか」
朝起きると俺は白金城の地下に向かっていた。
花が敷き詰められたその部屋には誰もいない。ただ、中央には巨大な氷が置かれていた。
その中で眠るのは十代後半の少女。かつては俺より一歳年下だった少女だが、今では三歳も差がついた。
「しばらくぶりだな。リーシャ」
眠るように氷に閉じ込められているリーシャの姿は芸術的な美しさがあった。
しかし、俺は知っている。氷の中よりも太陽のように笑顔を振りまくリーシャのほうが美しかったことを。
「いろいろあって来るのが遅くなった。悪いな」
言いながら俺は氷の近くに腰かける。
周りにある色とりどりの花はエリスの趣味だろうな。
リーシャが寂しくないように用意してくれたんだろう。そういうところを含めて、俺はエリスに頭が上がらないな。
「今、女の子を護衛してるんだ。これが生真面目でな、たまに、いや、結構面倒くさい」
聞かれたら喧嘩だろうなと思いながら、俺は明乃のことを話し始める。
話さなきゃいけないことなんて一つもないが、話したいことはいくらでもあった。とにかく話を聞いて欲しかった。
「東凪明乃って言うんだが、日本の魔術師たちの姫って感じだな。魔力も多いし、センスもあるけどどっか抜けてる。ただお前に似てるところもあってな。人を助けることをためらわないんだ。お前と一緒で馬鹿みたいなお人よしだ」
目の前にいる人間が誰だろうと明乃は助ける。それはリーシャも同じだった。
それで騙されたことは幾度もあったのに、それをリーシャは笑い飛ばした。
悲惨な時代の中でその姿勢は誰よりも眩しくて、多くの者がリーシャに惹かれて集まった。
エリスが復興のシンボルならば、リーシャは魔王軍との戦いの中で、人間側の旗印だった。その証拠に勇者と呼ばれたのはリーシャのみだった。
多くの英雄がいた。だれもが強く、人間的にも立派だった。
しかし、人が勇者と認めたのはリーシャだけだった。
「危なっかしいから支えてやらなきゃって思うんだ。俺らしくないかもしれないが、それでもできることはしたいと思ってる。残念ながら、魔王を倒しても争いはなくなってないからな。黄昏の邪団は健在で、いろいろと暗躍してる。世界はまだ平和とは言えないよ」
そんなことはリーシャも俺もわかってた。
魔王を倒しても争いは続く。そんなことはわかっていた。
だが、それでもと戦い続けた。魔王よりは人間との戦いのほうが被害が小さいから。人間同士の争いはなくならなくても、少しの間だけでも平和になるときもあるから。
そこを信じて戦った。実際、ケルディアの死亡件数は魔王軍と戦っていたときと比べれば格段に下がっている。
「この前もブリギットがまた子供を利用した。だけどな……今度は助けられたよ。ミコトっていう子でな。剣の才能ならお前に匹敵するかもしれない。いろいろと無茶して、明乃の家で引き取ることになった。それが正しいとは思ってない。けど、母と信じた人に裏切られた悲しみは、やっぱり家族でしか癒せないと思うから……これからいろいろと世話を焼いていこうと思う」
返事のない独り言だ。
それでもよかった。
ただ聞いてくれればそれだけで頑張れる気がした。
そういう力がリーシャにはあった。
「……昔言ってたよな。俺は良い師匠になるって。あのときは全然気にも留めなかったけど、俺もそういう立場になったよ。周りには年下の子たちばかりだし、正直俺よりも弱い。発展途上のあの子たちを俺は導かなきゃ駄目な立場だ。上手くやれるか正直、不安だ」
周りには絶対に漏らせない弱音。
だからリーシャの前で口にした。
励ましは期待してない。ただ、吐き出せば少しは楽になる。
「黄昏の邪団は次から次へと手を打ってくる。俺で守り切れるのか、このままでいいのか。ふとした瞬間に不安になる。怖いからさっさと壊滅させたいっていう非現実な考えまで出てくる」
黄昏の邪団は広く名前を知られているが、その実態は謎に包まれている。
わかっているのは終末論者の集まりで、全員が世界を終わらせたがってる狂人だってことだ。
魔王軍との戦いの最中、戦った幹部の話じゃトップがいるらしいがそいつが表に出てくることはない。
だから俺たちは常に後手に回らされる。
「前はこんな悩みはなかった。守るモノなんてほとんどなかったからだ。けど、今はどんどん増えてる。俺の手は俺が思ってるよりもずっと小さい。この手で……守れるのかどうか。不安だよ。いつもお前がいてくれたらって思う」
氷に背中を預けるとひんやりとした冷たさが体に伝わってくる。
この中にいるリーシャはどんな気分なんだろうか。
寒いのだろうか、それとも何も感じないのだろうか。そもそも生きているのかどうか。
考え出すと止まらない。
「……この氷は壊れない。俺の夢幻解放でも斬れなかった。お前をここから出す方法があるのかどうか。エリスがいろいろと調べてくれてるが、手がかりすら見つからないらしい」
魔界に住む悪魔。その最上位に位置する魔王が使った氷の秘術。
それを破る方法なんてそもそもこの世にあるのかどうか。
なかった場合、リーシャはずっとこのままだ。
研究者の話じゃ中の時間は完全に止まっているらしいが、だからといって死なないとは限らない。
「リーシャ……今、お前はそこにいるのか?」
問いかけに答えは返ってこない。
当たり前だ。ここには誰もいないのだから。
リーシャは氷の世界から出てくることはできない。
考えることを諦めて俺は目を閉じる。
できるだけ心を穏やかにしたかった。日本に戻ればまたいつここに来れるかわからない。
いい気分でこの部屋を出たかった。
そんなとき、耳に音が届いた。
それは微かな音で聞き逃してしまいそうな音だった。しかし、俺はそれを聞き逃さなかった。耳を澄ます。
すると背中に温もりを感じた。
氷に背中をつけているのに、誰かに背中から包まれているような温かさが確かにあった。
『……ガンバレ。トウマは私の自慢の弟子だから大丈夫だよ』
後ろから誰かに抱きしめられ、耳元でささやかれたように声が聞こえてきた。
かつてはずっと傍にあった温もりと声だ。
しかし、今は求めても手に入らない。
なのに、それはひどく現実的だった。
「……夢か……?」
『夢じゃないよ。少しだけ目が覚めただけ。またすぐ寝なくちゃ。この氷って結界だから解くのも一苦労なんだよね』
懐かしい声、口調。
そこにいたのは間違いなくリーシャだった。
人に話せば俺が夢と現実を混同しているというだろう。だけど、これはリーシャだ。
間違いない。
俺にはわかる。
「お前も……頑張ってるんだな」
『うん、トウマも頑張ってるんだね。でも無理しちゃ駄目だよ? 風邪には気を付けてね? ご飯はちゃんと食べてる?』
「ああ……食べてるし、気を付けるよ……」
『なら良し! ああ、もう時間がないや。一杯話したいんだけどなぁ』
「……リーシャ……ごめん……俺のせいで……」
涙がこぼれる。
あの日に泣きつくして枯れたと思ったのに。
まだ俺は泣くことができたらしい。
『泣かないで、トウマ。私はトウマの師匠だから、弟子を守るのは当然だよ。それに逆の立場ならトウマも同じことをしたでしょ?』
「だけど……俺が油断したから……」
『大丈夫、私も油断しちゃったから。こっちこそごめんね。華麗に助けて、完璧な師匠でいるつもりだったんだけどなぁ。まぁ師弟そろって詰めが甘いってことだね』
愉快そうにリーシャは笑う。
その笑みが心に響く。
無理な笑みではない。自然と出てくるその笑みのおかげ、何度も救われてきた。そして今も。
「……必ず俺が助けるから」
『うん、待ってるね。私も頑張るから』
そういうリーシャの声はどんどん遠ざかっていく。
なにか言わなくちゃと思っても言葉が出てこない。
代わりにリーシャが最後の言葉を紡ぐ。
『私はいつでもトウマを想ってるからね』
声を追って振り返る。
しかし、そこに氷がある。リーシャとの間を遮る憎たらしくてたまらない氷だ。
爪を立てるが、傷すらつかない。
今すぐ破壊してやりたい。
しかし、術がない。
結局、俺は何もせずに立ち上がって氷の中のリーシャを見つめた。
氷の中のリーシャはさきほどと変わりはない。
しかし、たしかにリーシャはいた。
「結界って言ってたな……」
それならば物理攻撃では絶対に破壊されないのかもしれない。
アーヴィンドの極光の盾が永久に展開されているようなものだとしたら、まともな手段じゃリーシャは助けられない。
しかし、この世に無敵はない。
必ずどこかに穴がある。
「使用者も斬れたんだ……この氷にも必ず糸口がある」
中でリーシャも頑張ってる。
氷の中にはたしかにリーシャがいる。
それがわかっただけで来た甲斐はあった。
「とりあえず頑張るよ。俺にできることをする。だからもう少し待っててくれ」
そういうと微かにリーシャが笑ったような気がした。
それを見て、俺は静かに部屋を後にした。
これで第二章は終わりです。
とりあえず今日の24時更新はありません。さすがに休ませてくださいw
この後、どうするかはちょっと考えます。一応、外伝はアップしていく予定です。
ここまで読んで、まだポイントも入れてない、ブックマークもしてないあなた!
面白いと思ってるなら入れてください(´・ω・`)
8000から一万人くらい読んでるんだから、ブックマークはもうちょっと増えていいと思うんだよね笑