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第六話 円滑な人間関係のための呼び方


 大規模な魔物による襲撃は奇跡的に死者はゼロだった。ただし負傷者は多数。

 しかし、敵の大規模作戦を潰したことに四名家は大きな満足を得ていた。


「これまで後手後手だったが、ようやく敵の思惑を挫くことができたな」

「この勢いに乗じて攫われた魔術師たちを奪還しようではないか!」


 調子のいい言葉を聞きながら、俺は野戦病院と化したパーティー会場の片隅にいた。

 明乃は治癒魔術で負傷者の手当をしており、柚葉は残った者で警備の再構築をしている。

 俺はといえば、これまで攫われた者のリストを見ていた。


「全員女。しかも若くて美人か」


 資料にのせられている顔写真を見ながら呟く。

 やはり敵が求めているのはただの魔術師じゃない。巫女か。

 古来から儀式には巫女が不可欠だった。魔力の高い見目麗しい乙女は巫女として養育されてきた。現代では魔術師と一括りで扱われているが、優秀な女性魔術師は巫女としての素質も持ち合わせているということだ。

 しかも、四名家の系列なら血筋としても申し分はない。

 攫われたほとんどの魔術師は四名家の分家。最初の数人は例外だが、少なくとも最近はずっと四名家の系列が狙われている。

 そしてもう一つはっきりしているのは。


「徐々に強い者が攫われてるか……」


 最後にさらわれた者は本家に近しい家の者だ。

 雅人が次は本家の者が狙われると踏んだのはそういうことだろうな。

 実際、敵は明乃を狙ってきた。しかし。


「腑に落ちないな」

「なにが腑に落ちないのかしら?」


 俺の独り言に反応したのは柚葉だった。ここにいるということは、警備網の再構築は終わったらしい。


「南雲のお嬢様か。俺に何か用か?」

「柚葉でいいわ。私もあなたと同じく腑に落ちてないの。今日の襲撃をあなたはどう見る? 佐藤斗真さん」


 そう言って柚葉は腕を組んで壁に寄りかかる。そんなことをすると豊かな胸が強調されるのだが、まぁ意識はしてないんだろうな。

 柚葉の方を見てるとそこにしか視線が行かなくなるので、資料に視線を落としながら答える。


「これまでは個人を拉致してきたのに、今日は大規模な襲撃を仕掛けてきた。しかもこちらが戦力を集中しているところに。明乃が目的ならそんなことをする意味はない。かといって当主たちを狙ったのにも意味は見いだせない。どちらが目的にせよ、最後に出てきたゲート使いがいるならもっと効率的なやり方がある」

「そうよね。あれで一人のところを狙えばいいんだもの」

「そうなってくるとこの襲撃はおそらく威力偵察。四名家がどれほどの戦力を抱えているか。また、魔力の高い魔術師はどれほどいるか。そういう意味での襲撃だろうな。あとはこの襲撃の後にできる隙を突きたいんだろう」


 大規模な襲撃を行い、敵が失敗したと思っている四名家には必ず隙ができる。それを敵は逃さないだろう。というか、その隙を作るためにあえて無茶な作戦をした気もする。


「ほぼ同感ね。そうなると狙われるのは私か明乃かしら?」

「たぶんな」

「そう。私はあの剣士に勝てると思う?」


 キキョウのことを言ってるんだろう。

 戦闘に絶対なんてないが、柚葉の戦いぶりを見る限りじゃおそらく対処はできるはずだ。


「大丈夫だと思うぞ。ただ、あいつは謎にタフネスだった。殺す気で殴ったんだが、割とぴんぴんしていたし、まだ力を隠しているかもしれない。大人しくしておくことをおすすめする」

「そうしたいのは山々だけど、私は攫われた人たちをすぐに助けてあげたいの。それまで止まる気はないわ。それに敵が鬼だとわかれば大体、敵の正体も掴めてきたし」

「自分が捕まってもか? 言っておくが魔力を奪われるってのは想像を絶する苦痛だぞ?」


 体の中にある魔力を奪うのは連環術ではできない。そんなことができる奴はすべて人外だ。

 加えて魔力コントロールができる魔術師はそれに抵抗できてしまう。だから魔力を奪おうと思えば、まず抵抗力を削ぎにかかる。

 そしてもっとも手っ取りばやく抵抗力を削ぐ方法は拷問だ。とくに女性なら性的拷問を受けかねない。

 そこのところをわかっているんだろうか?


「全部承知の上よ。そういう現場もみたこともあるし」

「見たことあるのと体験するのはまた違う。すでにケルディアの人間が関わっているのは確定的だ。そして、ケルディアの数あるテロ組織で天災級の魔物を復活させようなんて考えるのは一つしかない」

「心当たりがあるの?」

「黄昏の邪団ラグナロク。かつて魔王に味方した終末論者の集団だ。破滅思考に満ち溢れた連中で構成されていて、厄介なのが手練れ揃いってことだ。奴らならお前を捕えるのも簡単だ。だから動くな。そのうちアルクス聖王国が本格的に動く」

「気持ちはありがたいけれど、その忠告は受け入れられないわ。代々、四名家は国家の霊的守護を司ってきたわ。頼れる隣人が現れたとはいえ、日本で起きている出来事を、はいそうですかと言って投げるわけにはいかないの」

「……おそらくお前がそう思って、単独で行動するのも見越している。やめておけ」

「ありがとう。あなたは優しいのね。敵の拠点を見つけたら明乃に連絡するわ」


 そう言って華のある笑顔を浮かべて柚葉は去っていく。おそらくこれからすぐ追う気なんだろうな。

 説得に失敗した俺は大きくため息を吐く。

 今回の襲撃で四名家は敵を侮った。これは俺や柚葉がどれほど説明しても変わらないだろう。

 それがわかっているから柚葉は一人で行動する。意識に差がある者と行動しても足手まといだからだ。


「柚葉さんと何を話していたんですか?」


 休憩に入ったのか明乃が俺のところによってくる。

 さて、どういうべきか。

 柚葉が悲壮な覚悟を持って敵を追ったというべきか。おそらく言えば明乃は柚葉を追うだろう。そうすれば俺も必然的に追うことになる。

 だが、一番守らなきゃいけないのは明乃だ。明乃が敵の手に落ちればそれでチェックメイトだ。それは柚葉も理解しているから明乃には何も言わなかった。

 そこを無視して明乃にすべてを話していいのか? そもそもついていったところで俺は二人を同時に守れるのか?

 余計な介入は状況を悪化させ、最悪な未来を引き寄せる。俺はそれを知っているじゃないか。

 しばし自問自答したあと俺は明乃に答えた。 


「大したことは話してないさ。あの剣士についていくつか聞かれただけだ」

「さっきの……あ! さっきはありがとうございました。勝手なことをしてすみません……」


 さすがに反省してるのか、明乃の言葉にはいつもの勢いがない。

 これで威勢が良かったら相当困ったお嬢様だが、さすがにそこまでではないらしい。

 反省しているということは、やっぱり咄嗟に体が動いたってことなんだろうな。

 怒るべきか迷い、俺はすぐにその考えを改めた。反省している子供に説教をして何になるというのか。


「次は気をつけろ。俺が守れない状況なんていくらでもあるんだからな。それに行動して救える命もあれば……失う命もある。それを理解しろ」

「……はい、気を付けます……。でも助けてくれてありがとうございました。柚葉さんが言ってました。佐藤さんみたいに強い人を見たのは初めてだって」

「そうか。そりゃあ良かった。けど、俺より強い奴なんてごまんといるってのは覚えておけよ」

「は、はい。肝に銘じておきます」


 いやに素直だな。

 助けたからか、それとも生で戦っているのを見たからか。

 まぁどっちにせよ、それなりに明乃は俺のことを認めたらしい。これで少しはやりやすくなるかな。


「……佐藤さんの言う通り、私は世間知らずだったんですね……」


 消沈した様子で明乃はつぶやく。どうやら自分が何もできなかったことがショックだったらしい。

 まぁ縮地による高速戦闘に対応するには、魔力探知に秀でているか、縮地を取得しているか。この二つのどちらかが必要になる。

 明乃はどちらも取得していないし、あれに対応するのは無理だ。

 魔力探知を磨くにしても、縮地は取得するにしても時間がかかる。まぁ明乃ぐらいの年齢なら対応できなくても恥じゃない。


「それが理解できたならよかったじゃないか。世間は広くて自分は弱い。そこに気づくことが成長への第一歩だ。よかったな。お嬢様はまだ強くなれるぞ」

「……お言葉はありがたくちょうだいしておきますけど……」

「なんだ? 不満か?」


 見るからに不満そうな表情を見せる明乃に問いかけると、コクリと頷かれた。

 いったい何が不満なのやら。


「佐藤さんは私のことを〝お嬢様〟とか〝こいつ〟とかって呼びすぎです! 私には明乃という名前がちゃんとあります!」

「そんなことが不満だったのか?」

「そんなことじゃありませんよ。人間関係を円滑にするために呼び方は大切です。ですから、これからは私のことを明乃と呼んでください。私も斗真さんって呼びますから」

「はぁ……まぁ努力はするよ、明乃」

「はい! 斗真さん!」


 満面の笑みを浮かべて明乃は答える。

 その笑みを見て、俺の胸が微かに痛む。柚葉が一人で行動していると知れば、その笑顔が曇ることを知っているからだ。

 しかし、教えるわけにはいかない。今は柚葉を信じるしかないだろう。

 

 

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