第五十七話 理想の英雄
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いきなりゲートで現れたジュリアはいつもどおり、蠱惑的で余裕のある笑みを浮かべていた。ただ、なんとなく機嫌が良さそうではある。
「どういう風の吹き回しだ?」
「何を企んでるのかな? 君が積極的に我々に協力するなんて天地がひっくり返ってもありえないと思うのだが?」
「失礼ねぇ。たしかに私はこの国を守る義理も義務もないし、正直あなたたちだけで平気だと思っていたけど……健気な女の子たちに頼まれたのよ。助けてほしいって」
健気な女の子たち。
それが誰かはすぐに察しがついた。
「明乃たちに会ったのか?」
「会ったというか、襲われてたわよ。黄昏の邪団に」
「なに?」
いつものジュリアの冗談かと思ったが、ジュリアは訂正したりはしない。
ということは本当に襲われたのか。
「バアル相手に夢中になりすぎたわね」
「……助かった。ありがとう、ジュリア」
「あら? 素直にお礼を言うなんて珍しいわね」
「本当に助かったからな。たしかにバアルに集中しすぎてた」
というか、集中しないとどうしようもなかったというべきか。
それだけバアルを二人で相手するのは難しかった。
「ふーん、よっぽどあの子が大切なのね」
「……護衛対象だからな」
「照れ屋なのは相変わらずね。私もあの子、好きよ。リーシャとなんだか重なるわ」
喋りながらジュリアは六つの魔法陣のうち、二つに狙いを定める。
元々、二人で三つの魔法陣を担当する気だったが、ジュリアが来たため二人で四つに分配し直す。
これでかなり楽ができるな。
「アケノ嬢はそんなにリーシャに似てるのかい?」
「性格は似てないな。明乃は生真面目だし」
「そうね。リーシャとは性格は全然似てないわ。でも、似てるのよ。人としての本質が」
「そうか……姫殿下も気に入っておられたのはそういうところか」
リーシャに似ているから気に入ったのではない。
俺も、ジュリアもエリスも。
ただ人を助けることに迷わない人間が好きなのだ。
「人って自分に無いものを求めるじゃない? やっぱりいい加減な私や斗真ってそういう人のことを気に入りやすいのよね。自分にできないことをすんなりやっちゃうから」
「お前、自分がいい加減っていう自覚があったのか……そこに驚きだぞ」
「あるに決まってるでしょ? いい加減で、好き勝手に生きてる自覚しかないわ。でも、そんなだから正道を行く人を応援したくなるわ。人を助けるのに私は理由を求める。けど、リーシャは違った。あの子だって違うでしょ?」
「そうだな……たぶん誰だって助けるだろうよ。危なっかしいし、ときには無謀で馬鹿に映る。それでも人を助けることをやめないだろうな。あいつは。それがあいつの本質だ。お人よしでお節介。だけど、それで救われる人は多い」
かくいう俺もそうだ。
明乃の姿勢に救われた。最初に刀を握った理由は自分を守るためじゃない。誰かを守りたいと思った。
そして次第に守りたいのは自分の周りにいるすごい人たちになった。
誰かを守るその人たちは強いから、誰もその人たちを守ったりしない。必要ないからだ。
けど、俺はそんな人たちの盾であり、剣でありたかった。
「そんな魅力的な女の子が健気にあなたのことを助けてあげてほしいって言った来たの。疲弊してるのバレてたわよ? 情けないわね」
「無茶いうな……」
「無茶でもなんでもシャキッとしなさい。あの子にとってあなたはいつだって最強なんだから。女の子の夢を壊しちゃだめよ?」
「たしかに……英雄とはそうであるべきだね」
「俺は自分が英雄だなんて思ったことはないぞ?」
「私たちの中で自分が英雄だなんて思っている人はいないわよ。だけど、誰もが私たちに理想の英雄像を求める。名前も知らない馬鹿どもの理想像に付き合う必要はないけど、近くにいる女の子の理想くらい守れないと……誉れ高き五英雄の名が廃るわ!」
そういうとジュリアは両手を前に出す。
それにつられて、アーヴィンドも右手に持った剣を引き絞る。
二人ともガチだな。こうなると俺も負けてはいられない。
六つの魔法陣は俺たちのやや上にある。あそこから剣が落ち始める瞬間が唯一のチャンス。そこで一網打尽にするしかない。
タイミングはもちろんだが、攻撃の威力、効果範囲が重要になってくる。しかし心配するだけ無駄だろう。
何度もこういう場面に出くわした。そのたびに乗り越えてきた。
くぐってきた修羅場の数が違うのだ。
俺はエクスカリバーを左下段に構えると、魔力を集中させる。
「その炎は天より顕れた――」
ジュリアが詠唱を開始する。
その詠唱を聞くと同時に、俺とアーヴィンドは背中に悪寒が走った。
この詠唱を聞くたびに、巻き込まれたときのことを思い出す。
「天は紅に包まれ、大地は混沌に包まれる――」
詠唱のほとんどない魔法において、それなりに長い詠唱のある大魔法。
ジュリアが真紅の魔女と呼ばれる所以。
こいつは別に髪が赤いからそう呼ばれているわけじゃない。
この魔法を得意とする唯一無二、規格外の魔法師だからそう呼ばれているのだ。
「その一撃は神の如く、遍く人々に公平なる災禍を約束す――」
ケルディア最強の魔法師。だれもがそう呼び、反対の声をあげる者など皆無。
それだけ実績と実力を兼ね備えたジュリアの得意魔法。
炎熱系に属する魔法としては最大の威力を誇り、魔王軍の幹部ですら直撃を食らうことを避け、ジュリアの詠唱が始まった途端に逃走を図った。
恐怖の代名詞ともよべるその魔法の名は。
「紅炎よ、今再び、偉大なる魔手の下に現出せよ――プロミネンス!!」
巨大な魔法陣がジュリアの前に浮かびあがる。
それと同時に俺とアーヴィンドも動いた。
「我が家に伝わる突きを披露しよう」
そう言うとアーヴィンドの剣に風が集まる。
やがてそれは小型の竜巻となって剣を覆い隠す。
荒ぶる風をものともせず、アーヴィンドは自らの魔力でさらに風を圧縮して切っ先に集中させる。
そして完全に切っ先だけに小型台風が圧縮されるとアーヴィンドは右手を渾身の力をこめて突き出した。
「ディザスター・ブレイク!」
それに合わせて俺も左下段に構えていたエクスカリバーを一歩踏み出しながら思いっきり振りぬく。
集まるのは純粋な魔力。それを剣に集中させ、斬撃として飛ばす技。
九天一刀流の奥義。リーシャが得意とした技でもある。
「九天一刀流奥義――虚空一閃!」
三人とも各々のタイミングで動き出したが、不思議と最後は息があった。
それは息を合わせたからではない。魔法陣から剣が落ちてくるタイミングに合わせていたからだ。
ジュリアのプロミネンスは落ちてくる無数の剣を燃やしつくし、アーヴィンドが放った竜巻のような突きは剣を粉々にしていく。
そして俺の虚空一閃は落ちてくる剣を一つ残らず消滅させた。
それは一瞬の出来事だった。三方向に放たれた一撃はどれもケルディアですら中々お目にかかれない大技だ。市街地で使うような技ではなく、東京の住民はさぞや驚いていることだろう。
「ふぅ……」
息を静かに吐く。
ちょっとでもタイミングがズレれば大惨事だった。
しかし、そうはならなかった。
ジュリアが加わったことで負担が減ったのも大きかったといえるだろう。
「ジュリア、改めて礼を言う。ありがとう」
「トウマに礼を言われると調子狂うわね。それにまだ終わってないのではなくて?」
そう言ってジュリアはある方向を一瞥する。
そこには茫然と立ち尽くすブリギットがいた。
「あなたたち二人で行きなさいな。私は魔法陣の起点となっていた子たちを回収するわ」
「……色々と悪いな」
「あなたたちのためじゃないわ。私が動いたのは女の子たちの頼みがあったからよ。あ、ついでに私の分も殴っておいてちょうだい。自分を母と呼ぶ子を刺すなんて、女のとして許しておけないわ」
そういうとジュリアは笑みを浮かべて、六人を回収に向かった。
それを見て、俺とアーヴィンドはブリギットの下へ向かう。
俺たちが近づいてもブリギットは動く素振りを見せない。
これで本当に手詰まりみたいだな。
「終わりだな、ブリギット」
「あなたの身柄は聖王国が確保します」
そう言ってアーヴィンドが前に出る。
本来なら事件の中心となった日本が身柄を確保すべきなんだろうが、そこらへんは日本と聖王国で密約があるんだろう。
そもそも日本には魔術や魔法によって強化された刑務所はない。ブリギットを捕まえておくのは日本にとってもリスキーなのだ。だったらさっさと聖王国に渡してしまったほうがいい。
「……な、ぜ……?」
「ん?」
「あなたたちはなぜ……奇跡のような勝利を収められるのに……私の娘だけは守ってくれなかったの……?」
そう問いかけるブリギットの目はまるで幼子のようだった。
「魔王を倒した最強の英雄たち……奇跡を起こせるなら……どうして私の娘を助けてはくれないの!?」
「答えは簡単ですよ。ブリギット」
「俺たちは……英雄と呼ばれていてもただの人だ。理想の英雄を演じることはあっても、だれもが望む理想の英雄では決してない。助けられる命もあれば、助けられない命もある」
「その通り。それに我々は奇跡を起こしてきたわけじゃない。あなたが奇跡と呼ぶ勝利の中で、多くの戦友たちが命を落とした。多くの還らぬ友たちの上に我々は立っている」
五英雄。
それは俺たちにとっていつまでも圧し掛かる重りだ。
俺たちは偶然生き残っただけのこと。あの場にいた人間なら誰が生き残ってもおかしくなかった。
それでも人々は優れた五人が生き残ったと見る。彼らにとって俺たちは希望だから。人は光の当たるところばかりに目を向ける。その影に何があるのかを見る人は少ない。
「誰かを失ったのはお前だけじゃない。誰もがあの戦いで何かを失った。王族、貴族、平民、奴隷。騎士、戦士、傭兵、冒険者。人間、亜人。どのような身分であれ、どのような職業であれ、どのような種族であれ。魔王の災禍は平等だった。強者も弱者も関係ない。だから……生き残った俺たちは救えなかったモノより、救えたモノに目を向けるべきなんだろう。お前はたしかに罪を犯したが、お前が救えたモノもたくさんあった。どういう感情で拾い、育てたのであれ、孤児たちにとってお前は救い主だった」
そこに目を向けていればブリギットもまた違った未来があったかもしれない。
そういう俺も最近までずっと後ろしか向いてこなかったわけだし、一丁前に説教なんてできる立場じゃないわけだが。
「……救えたモノに何の価値があるというの……? 私は私が一番守りたかったモノを守れなかった……」
「ああ、わかるよ。俺もそうだからな」
そう言って俺はブリギットに背を向けた。
そんな俺をアーヴィンドが引き留める。
「斬らないのかい?」
「斬ってやろうと思ってたんだが……どうであれそいつは母親だ。子供の前じゃさすがに斬れやしない。聖王国に任せる」
俺の振りむいた先には明乃とミコト、そして光助をはじめとする自衛隊の面々がいた。
聖王国に捕らえられた以上、ブリギットの判決は間違いなく死刑だ。
だが、刑が執行されるまでにはまだ時間がある。その間にミコトとの関係は少しは改善されるかもしれない。
その可能性は限りなく薄いが、斬ってしまえばそこまでだ。
辛い思いを重ねてきたミコトにその光景を見せるほど、俺は残忍にはなれない。
「甘くなったね。昔の君なら斬ってたはずだ」
「かもな」
「だが……大人になったとも取れる。私も斬ってやりたいところだが、今の世界は戦乱の時代じゃない。犯罪を犯したから斬るでは世界は回らない。法で裁かれるべきだろうね」
「そこまで考えてねーよ」
そう答えながら俺は明乃たちのところへ向かう。
昔なら斬っていた。わかってる。昔はリーシャが傍にいた。絶対に越えてはいけない一線を越えそうなとき。リーシャが俺を止めてくれた。
だからいくらでも暴走できた。けど、今は違う。
リーシャは傍にはおらず、傍に年下の者もいる。
いつまでも弟子ではいられない。そうでなければリーシャも安心して眠れないだろうからな。
こうして一連の事件は終局を迎えたのだった。
そろそろ第二章も終わり。ここまでよかったと思ったあなた!
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