第五十五話 聖剣召喚
バアルは再度突きの体勢を取った。
残留思念に残されていた戦闘経験が、アーヴィンドの守りは連発は効かないと踏んだんだろう。
それに引き換え、バアルの必殺技は連射が効く。魔力さえあれば何発でもだ。極論をいえば思いっきり突きを出しているだけだしな。
だが。
「人は願い、願いは希望に、希望は力へ――」
必殺技があるのは何もバアルだけじゃない。
力押しを好むバアルに力押しで挑むのはあまり賢い選択ではないが、全盛期に比べて力が落ちている今ならそれも悪くない。
一度躱して周囲に被害を出すよりは、ここで力比べに出るほうがいい。
そのほうがエリスの好みにも合うだろう。
鞘の中には確かな温もりがある。エリスに貰った力だ。エリスが望む結果を出さなきゃあいつの下には帰れない。
「果てなき希望の終着点。人の希望は天を超え、大地を割る――」
バアルの魔力が膨れ上がる。
俺が力比べに出たことを察し、残る魔力をつぎ込む気のようだ。
大した奴だ。ただの残留思念になっても戦いを忘れないとは。
魔王軍四天王にはかなり苦労させられたが、武人という言葉が相応しい猛将はバアルだけだった。正々堂々とした戦いを好み、過度な非道は決してしない。占領地の人間にも適切に接し、戦は武人のモノと捉えて、民間人に手を出す者は仲間でも許さなかった。
魔王の忠臣にして剣。魔王の敵を討つことを目的として、人類に立ちふさがった大悪魔。
敵ながら尊敬できる相手ではあった。
残留思念とはいえ、ブリギットに操られるには惜しい男だ。
「今ここに我は人の大いなる希望を顕現せん――」
敵であってもすでに死者だ。
これ以上の愚弄は許されない。
今、俺が断ち切ってやる。
「その刃は夢幻の海より現れた――夢幻解放」
俺が鞘から抜きに掛かると同時に、バアルも攻撃を仕掛けてくる。
「うおおおおおおお! 我が名はバアル! 魔王様の剣なり!!」
奴らしい台詞に苦笑しながら、俺は珍しい現象を目の当たりにしていた。膨大な魔力が鞘と柄を包み、その形状を変えていたのだ。
夢幻解放は召喚魔法に分類される。しかも最上位の。
刃に限定して幻想の海より神話、伝説に伝えられる剣を召喚するわけだが、召喚される刃は基本的に召喚者の特性に左右される。
つまり、俺が召喚者である以上はだいたい刀が召喚されるのだが。
今回は違った。
理由は明白だ。最後に大量に取り込んだ魔力がエリスのモノだからだ。吸い込んだ魔力があまりにも偏ったモノだと、その影響を受けることがある。
といっても、毎回というわけではない。だから今回は特殊な例だった。
鞘は西洋風に変わり、柄は十字へと変わる。刃の力の大きさに鞘と柄が塗りつぶされたのだ。色に染められたといってもいい。
柄は黄金、刃は白銀。全体は黄金の魔力に包まれ、聖なる気を全面に発している。
聖剣。それも最高位ランク。
握った瞬間、名前がわかった。誰もが知っている伝説の聖剣。
決して折れず毀れず、千の松明を集めた様な輝きを放ち、あらゆるものを両断する無敵の剣。
幾世代にもわたって語り継がれるその剣の名は。
「力を解き放て、エクスカリバー!!」
向かってくる黒い奔流。それに対するは聖剣が発する白き閃光。
激突は一瞬。
伊達に最高位の聖剣じゃない。力の弱ったバアルに押し負けることなどありえない。
黒い奔流を白く塗りつぶし、閃光はバアルを飲み込んだ。
悪を許さず、魔を滅する浄化の閃光は残留思念すら残さず、バアルを消し去る。もちろん核となっていたダーインスレイヴもろともだ。
決着はついた。
ブリギットの傍には六人の刺客のみ。アーヴィンドはまだ戦えるし、俺も十分戦える。
もはやブリギットには勝ち目はない。
だがしかし。
ブリギットは嗤っていた。
「……なにがおかしい?」
「くっくっく、はっはっはっは!! 愉快だからに決まっているでしょう? あなたは瞬間火力に優れる剣士。だからこそ、常に切り札であり、最後まで剣を抜くことがない。抜けばすべてが終わるというときじゃないかぎり、あなたは抜かない。そしてそのタイミングを見極めることにあなたは長けている」
「まだ奥の手があると?」
「ないわよ。私が用意できた最強の一手は魔王軍四天王バアル。あなたはそれを見抜いて、それを切り伏せた。お見事。さすがは魔王を斬った英雄。でもね……あなたはこの国は救えないわ」
そういうとブリギットの周りにいた六人の刺客が宙に浮いていく。
そして六人は一気に広がり、剣を天に捧げるように突き出す。すると、剣の先に魔法陣が現れた。
特殊な魔法陣だった。それは召喚の魔法陣。しかもデカい。
一つ一つが百メートルクラスはある。一体、何を召喚しようというのか。
「別に特殊な物を召喚する気はないわ。この国の倉庫に保管されている私の剣を召喚するだけよ。悪魔の残留思念を宿した物だけど、あなたたちからすれば雑魚そのもの」
「無駄な足掻きか?」
「ええ、そうよ。私はあなたたちに斬られるか、捕まるでしょうね。けど、あなたたちもこれを止められない」
そう言った瞬間、魔法陣から無数の剣が顔を出した。
これを東京に降らせる気か? たしかに被害は出るが市街地を重点的に守れば問題ない。こっちにはまだまだ人手がいる。
「降らせる魔剣の名はチャーム。悪魔の囁きで心の弱い者を支配する魔剣よ。悪魔は実体を得るため、全方位に自らを持てと囁きかける。これがどういうことかわかるかしら?」
それはまずい。非常にまずい。
上から降ってこようとしている魔剣がすべてブリギットの言う通りならば、一本でも落とせばそこで魔剣の奪い合いが始まり、魔剣を手に入れた者は人斬りへと変化する。
しかも心の弱い者はそれに近づくことすらできない。多数を動員して食い止めることも困難だということだ。
「ブリギット……お前! この国になんの恨みがある!?」
「恨みなら山ほどあるわ! この国は魔王も魔物もいない! だれもが平和が当然と思い、多くの笑顔に包まれている! 不公平じゃない! 私たちは魔王に脅かされ、魔物と戦い、家族を失っている裏で、こんな国があるなんて認めないわ! この国の存在を知り、見るたびに虫唾が入る! しかもあなたの故郷? それを知った瞬間に私の復讐対象はこの国に変わっているのよ!!」
「狂っているな……」
自分が不幸なのに、他人が幸福なのは許せない。結局、ブリギットの理屈はそういうことだ。
だから他人を自分と同じ不幸な位置まで落とす。自分はもう幸福にはなれないから。
「お前はどうかしてる……それで娘が戻ってくるわけじゃないんだぞ? お前にも新たな家族とやり直すチャンスがあったはずだ!」
「私の家族はあの子だけよ! あの子がいない世界なんて意味はないの! あの子を奪ったすべてを私は許しはしない! ヴィーランドもあなたも、聖王国も! あの子が笑えないのに笑っている子供も許さない! 幸せな国も、家族も許さない! 世界はすべて公平に不幸にならなければ、私の気が晴れないわ! この国に魔王がいないなら、私がその魔王になってあげる! すべてに不幸を! 災厄を! だれもが絶望し、私のようになればきっと争いはなくなるわよ! だってそうでしょ!? 幸せな者がいるから争いが起きるのだから!!」
はぁはぁと息を吐きながらブリギットは語り終える。
気が済んだのか、ブリギットは薄く笑う。
「あれは時間制限つきよ。あと数分で召喚は終わり、チャームがこの街に降り注ぐわ。あなたたちに防ぐことはできない。これでヴィーランドへの復讐も果たせる……私の理論は正しかったのよ……」
「いや、お前は間違ってる」
「その通りだ」
何を言ってもブリギットには届かないだろう。
ならば結果で分からせるしかない。
俺とアーヴィンドはすぐに近くにあった高いビルの上に移動し、迎撃位置についた。二人で三つずつ。一撃に集中して、降ってくる魔剣をなぎ倒すしかない。
「そっちの三つは頼んだぞ」
「わかっている。とこでトウマ」
「なんだ?」
「君は昔、吸い取った魔力の性質によっては召喚する刃が変わることもあると言っていたね?」
「あ、ああ」
その質問に俺は背筋に悪寒を感じた。
まさかここでその質問してくるとは。
「つまり君のその聖剣は誰かの影響を受けた結果というわけだ。そして私にはそういう聖なる性質を持つ人は、君の周りじゃ一人しか思い浮かばないのだが?」
「明乃の魔力を貰ってたからな。あいつも巫女に近い存在だし、その影響だろうよ」
「ならば刀になるのではないかな?」
「今、それ聞く必要あるか!? 面倒臭い奴だな!」
「逆ギレとは!? まさか姫殿下に何かしたのではないだろうな!? 言え! 何をした!? それによっては私は騎士の誇りを捻じ曲げて、君の背中を斬らなければいけない!」
背中合わせの状況でそんなことをアーヴィンドは言ってくる。
なんて面倒なヤツだ。
だが、面倒だからといって何も言わなきゃマジで後ろから斬られかねん。
「あいつから確かに魔力はもらったが、別に何もしちゃいない! あいつの聖なる気が強すぎて影響が出たんだろうよ!」
「本当か!?」
「疑うのはここを切り抜けてからにしろ!!」
まだ不満そうなアーヴィンドは黙らせ、俺は剣に力を集中させる。
かなり大事な局面。失敗すれば大惨事。
そんな場面でいきなりそいつは現れた。
「ハロー、二人とも。手が欲しいなら貸してもいいわよ?」
次からは予約投稿忘れないようにしておきます。
待っていた方は本当に申し訳ありませんでした。