第五十二話 不意打ち
「もういい加減にしてっ!」
「そっちこそいい加減にしてください!」
二人の言い合いは終わらない。
助けるなというミコトに、助けるという明乃。
平行線をたどりながら、二人は互いに攻撃し続ける。ミコトの体には痣が出来ており、明乃の体にもダーインスレイヴの攻撃でかすり傷が出来ていた。
だが、ついに決定的な動きが二人に出た。
ミコトを攻撃しようとした明乃の足が滑ったのだ。
「しまっ!?」
「っっ!?」
その隙を見逃さず、ミコトは剣を振り下ろす。
だが、剣は明乃を傷つけることはなかった。
周りがなにかしたわけじゃない。ミコトが空いている手で剣の刀身を握って止めたのだ。
「ミコト……」
「痛いなぁ……もう……」
手からはどんどん血が流れる。
だが、ミコトの顔には安堵の表情が浮かんでいた。
明乃が無事でよかった。それしか考えていない顔だ。
その表情を見て、明乃は動いた。
「はっ!」
自分の防御は一切考えず、ミコトの剣を掌底で弾き飛ばしたのだ。
くるくると宙を回り、ダーインスレイヴの片割れがアスファルトの地面に突き刺さった。
ようやくダーインスレイヴから解放されたミコトは、力を失ったように膝をつく。そんなミコトを明乃は優しく抱きしめた。
「お疲れ様……ミコト」
「……やっぱりバカだよ……アケノは……今、ボクが手を離したらどうするつもりだったのさ……」
「ミコトは放しません。あなたはそういう人だから」
「……そうやって人を信じるとバカをみるよ?」
「あなたを信じてバカを見るなら構いませんよ。斗真さんだってそういうと思います」
言いながら明乃は持っていたハンカチでミコトの手を縛る。
手当てをしている間、ミコトは無言だったが、傍によって光助の姿を見て怯えたように体を震わせた。
「怯えられると傷つくぜ、まったく」
「ミコト、大丈夫ですから。この人は斗真さんの親友ですよ」
「トウマの……? でも強そうじゃないよ?」
「悪かったな、弱くて。それに親友じゃねぇ。あいつとはただの腐れ縁だ。狙撃班、あのババアから目を離すなよ。今、何人かが確保に向かってる」
会話をしながら光助は部下に指示を送る。
その指示を聞いて、ミコトは縋るように明乃を見た。
「お母さんはどうなるの……?」
「おそらく捕まると思います……」
「そう……じゃあボクも捕まるね……」
「そうだな。複数の傷害罪にケルディア要人の暗殺未遂。しかも犯行は両世界に渡ってる。無罪とはいかないだろうな」
容赦なく罪をあげる光助を明乃は睨むが、そんなことはどこ吹く風で光助は煙草に火をつけている。
「……ボクはいいんだ……けど、孤児院の子たちはどうしよう……? お母さんもいなくなって、ボクもいなくなったら……」
「それは知らん。ケルディアのことだ。向こうのお偉いさんが」
「東凪家が全面的に保護します」
「は?」
意外すぎる言葉に光助は咥えてた煙草を落としてしまう。
しかも運が悪いことに水たまりの中に落ちて、光助はあぁ~、と情けない声を出したあとにもう一本取り出しながら明乃を軽く睨む。
「突拍子のないことを言うな、驚くだろうが」
「一本分健康になったんだからいいじゃないですか。それに本気です」
「聞いたことないぞ? ケルディアの子供を日本で引き取るなんて。合わない可能性もあるし、ケルディア側で引き取るのが安全だ。それにそっちのほうが筋が通る」
「筋の問題じゃありません。斗真さんならこんなとき、決着をつけたのは自分なんだから自分で決めるっていいます!」
「あ~、あいつなら確かに言いそうだな……」
生真面目なお嬢様が順調に染まっているのを確認して、光助はため息を吐く。
正直、光助はミコトがそこまで大きな罪に問われるとは思ってなかった。
どう考えても操った奴のほうが悪いし、人の命を奪ったわけではない。被害を受けたケルディアのトップがどういう判断をするにせよ、保護観察処分ぐらいが適当だと踏んでいた。
そうであるならば、孤児院の子供たちもどこかの国に保護されるはず。それはミコトがいる国が一番だろう。
母と慕った人間を失い、さらに年長のミコトを失うのはさすがに酷というものだからだ。せめて会いにいける距離であったほうがいい。
ゲートがあるとはいえ、世界の壁は大きい。
「まぁそこらへんはおいおいな。斗真がこっちにいる以上、悪いことにはならないだろ。聖王国を味方につけてるみたいなもんだしね」
光助としては癪に障ることだが、斗真はエリスと親しい。傍目には恋人なのではないのかと疑うほどだ。
妹のような存在という、エリスのファンとしては悶絶しそうなほどの好ポジションにいながら、それを自慢する素振りもないのが余計腹立たしかった。
これまで一緒にいるときに何回不意打ちで撃ってやろうかと考えたことか。
そこまで考えて、光助は思考が違う方向に行ってることに気づいた。
「危ない危ない……」
「どうしたんですか?」
「いや、ついうっかり脳内で斗真を処刑するところだった。まだ早いな」
「どういううっかりですか……それ」
明乃はかなり引き気味につぶやく。
そもそもまだ早いというのは何なのか。いつだったらいいのかという話になる。
問い詰めたい気分に駆られながら、あえて触れることはしなかった。触れないほうがいいと本能的に思ったからだ。
『須崎隊長!』
「なんだ?」
光助に通信が入る。
声の調子がおかしいため、なにかあったのだと判断し、光助は明乃たちを身振りで立たせた。
『この女、偽物です! 立っていたのは民間人と思われる日本人の女性でした!』
「全員、警戒を怠るなよ! まぁ偽物だろうなとはおもってたが!」
『すぐに周辺を捜索します』
「頼む。そりゃあ馬鹿正直にずっと立ってるからな。なんかあるとは思ったが。幻術とはやるじゃねぇか」
「あら、ありがとう」
声が後ろから聞こえてくる。
光助は動かない。
絶対に狙いは自分じゃないと確信していたからだ。
案の定、横にいた明乃がブリギットが持っていたダーインスレイヴによって貫かれる。
しかし、それは一瞬で煙に変わった。
「……幻術とはやるわね?」
「護衛対象をこんなところに置いとくわけねぇだろ? 基本だぜ? おばさんよぉ」
挑発するような笑みを浮かべながら、光助は持っていた携帯を見せつける。さきほどまでの明乃との会話はそれで取っていたものだった。明乃たちの声があったため、まんまと騙される形となったわけだ。
そのことにブリギットは不快そうに眉を潜めるが、そんなブリギットに光助は持っていたハンドガンを向け、引き金を引いた。
躊躇いなく至近距離で六発。しかし、そのすべてをブリギットは弾いてみせた。
「マジかよ!?」
「どこにやったの? あの子たちを」
「言うと思うか?」
「そうね。聞くだけ無駄ね」
いうや否や。
ブリギットはダーインスレイヴを捨て去った。
カランカランと音を立てるダーインスレイヴに光助は警戒を露にする。ほかのところに意識を向かせるのは幻術の基本だからだ。
しかし、光助の予想は外れた。
「あの子の血の味は覚えたわね? ダーインスレイヴ」
ブリギットの言葉を聞き、ダーインスレイヴが浮かび上がる。
そしてまるで獲物を追う狩猟犬のようにダーインスレイヴが飛び去った。
「それを止めろ!!」
光助の指示が虚しく響く。
高速で飛ぶ細剣を撃ち落とすのは至難の業であり、ダーインスレイヴは簡単に避難を始めていた明乃とミコトを見つけて接近する。
「う、撃て!」
護衛についていた者たちが銃で迎撃を試みるが、そんなものは足止めにもならずダーインスレイヴは明乃のほうへ突き進む。
かすり傷を与えたときに明乃の血の味を覚えたのだ。
まさか剣が追撃してくるとは思っていなかったのと、ミコトとの戦いで消耗していた明乃は動けない。
そんな明乃の前にミコトが両手を広げて飛び出た。
「アケノ!」
「ミコト!?」
肉を貫く嫌な音が響き、明乃の体に血が飛び散る。
それは明乃の血ではない。剣が貫通したことで飛び散ったミコトの血だった。
「み、こと……?」
「う、あ……」
右の鎖骨部分から背中まで貫かれたミコトは苦痛に顔を歪める。
だが、それでもミコトはダーインスレイブの動きを止めるために、両手で刀身を握った。
ミコトの血を吸いながら、ダーインスレイヴはまだ明乃に向かおうとする。
「ぐっ! うわぁぁぁ!!」
「ミコト!!」
ダーインスレイヴが暴れ、傷口が広がる。
どうすればいいのか。
答えがでず、問いだけが明乃の頭の中でループする。
そんな明乃の目を覚ますように光助の声が届く。
「明乃! もう一本だ!」
そうだ。
ダーインスレイブは双剣。
それはどこにあるのか。
周囲を警戒しようとし、耳に風切り音が届く。なにかが飛来してくる音だ。
ああ、間に合わない。
振り向きながら明乃は冷静にそんなことを考えていた。
実際、振り向いた瞬間、ダーインスレイヴの片割れは明乃の目の前にあった。
だが、その刀身は明乃には届かない。
「間一髪か」
「斗真さん!」
ギリギリのタイミングで間に入った斗真がダーインスレイヴが弾いたからだ。
「遅くなって悪いな」
「やぁ、久しぶりだね。黒装束の剣士殿」
「白金の騎士……?」
ミコトの前に現れたアーヴィンドはすぐにミコトを貫くダーインスレイヴに手を伸ばすが、それを察してダーインスレイヴはミコトから離れて距離を取った。
「っっ……!」
「明乃、止血しろ。手当は任せたぞ」
「は、はい!」
「と、トウマ……ボク……」
「なんも言わなくていい。よく頑張った。あとは任せろ」
トウマはミコトの髪を撫でながら、鋭い視線をダーインスレイヴに、そしてその奥にいるブリギットへと向けた。
第二章も盛り上がるところ!
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