第五十一話 乱入者たち
PC回復! ちょっとまだ不調気味だけど!
あと高橋が教えてくれた方法、全然使えなかった。頼った俺が間違いだった。
やっぱり自分で調べるのが一番ですよ、みなさん
明乃が襲撃されたと聞いたとき、俺は自分の耳を疑った。そして次に誤報を疑った。
結局、耳は正常で誤報でもないとわかり、俺はブリギットの精神を疑った。
「狂ってるとは思ってたが、そこまでか……」
ミコトが明乃を襲えと言われて抵抗しないはずがない。理由も説明しただろう。
それでもミコトに襲われるところに狂気を感じる。
ミコトは操られたか、脅されたかしているんだろうが。
「神獣の牙を使ったブリギットの最高傑作。血を吸う魔剣。そして天性の剣士であるミコト。この理想ともいえる組み合わせに捉われすぎたか?」
「というと?」
エリスの問いかけに俺は小さくため息を吐く。
できれば言いたくない言葉だったからだ。しかし、言わないわけにもいかない。
「ブリギットにとって、ミコトはそこまで重要視する存在じゃないのかもしれない」
「ですが……アーヴィンドが危険と判断するほどの剣士ですわ。魔剣を操らせる存在としてはうってつけですわよ?」
「そこが盲点だった。ミコトクラスの剣士となれば、操ったりすれば逆に弱くなる。だからある程度、ミコトの意思は尊重されると思ってた。だが、ブリギットはミコトの意思を完全に無視して行動している。つまり、ミコトの意思を無視しても問題ない機能が魔剣にはあるってことだ」
「操る力が前よりも増していると?」
「その程度ならいいんだが……」
おそらくそれ以上の何かがあるんだろう。
ここまで上手くミコトを誘導してきたブリギットが、ミコトの意思を無視し、関係性を破壊した。後戻りをする気はなく、ミコトの剣の才も必要ないと判断したからだ。
つまり剣士という担い手はもう必要ないということだ。なにかとんでもないモノを用意しているんだろうな。
「どっちにしろ行くしかない」
「そうですわね……」
そう言って俺は席を立つ。
襲撃があった時点で光助は明乃を連れて退くと連絡してきた。
上手くその提案に明乃が乗ってくれればいいが、たぶん無理だろう。
あいつの性格上、誰かが犠牲になるのも、その人たちをミコトが傷つけるのも許容しない。ほぼほぼ間違いなくミコトと戦うだろう。
操られているだけのミコトならどうにかなるかもしれない。もしかしたら、明乃ならミコトの意識は呼び戻せるかもしれない。
だが、それをブリギットは見逃さない。だから行かねばならないのだが。
「奴の手はミコトだけじゃない。それは間違いないだろうな」
「心配してくださっているんですね。ありがとうございます。ですが、わたくしは大丈夫ですわ」
そりゃあ心配もする。
俺がここを離れれば、ここを守るのは騎士たちだけだ。普通の敵なら対応できるだろうが、ミコトクラスの敵がくれば太刀打ちはできないだろう。
「今のわたくしに狙う価値などありませんわ。もぬけの殻ですもの」
「それでもお前は聖王国の王女だ。十分に狙われる可能性がある」
「そのときはそのときですわ。たとえ捕まってもあなたが助けに来てくださるのでしょう?」
「そりゃあ助けにはいくが……」
「では迷う必要はありませんわね。行ってらっしゃいませ。トウマ様。わたくしはあなたを縛り付ける気はありませんわ。ただ、わたくしの下に無事な姿で帰ってきてくだされば、なんの文句は言いませんわ」
そういうエリスの目はどこか遠いところを見ていた。
思い出しているんだろうな。魔王戦後のことを。
氷に閉じ込められたリーシャと廃人状態の俺。どちらも無事の帰還は叶わなかった。
だから無事に帰ってきてくれればいい。そういうことだろう。
「……わかった。さっさと終わらせてくる」
「はい。御武運を」
そう言ってエリスは笑顔で俺を見送る。
余計なことは言わず、ただ信頼の視線を送ってくるだけだ。それはそれでプレッシャーになるのだが。
魔力を貰い、唇まで奪った。それで期待を裏切っては男が廃るだろう。
そんなことを思いながら、俺は大使館を出発した。
■■■
大使館から襲撃現場までさほど離れていない。
明乃たちはこっちに向かっていたからだ。
事故が起きて道がふさがったと聞いたから、それも敵の策略のうちだろう。つまり突発的な思いつきではなく、初めから明乃を襲撃する気だったわけだ。
そして。
「俺を待ち伏せするのも狙いどおりか」
俺の周りを六人の刺客が囲む。
ミコトが着ていた物と同じ黒装束を着ており、フードを深くかぶっているため顔は見えない。しかし、全員が小柄だ。
手に持つのは黒い魔剣。ミコトの魔剣ほどの力は感じないが、禍々しい魔力を宿していることには変わりない。
「ミコトの孤児院の仲間か……」
答えはない。
だが、それが答えと思っていいだろう。
六人は俺を囲むと一斉に襲い掛かってきた。
俺は跳躍してその包囲を抜けると、魔力刃を展開して二刀流にする。
本体を斬っていいならさっさと終わるが、そういうわけにはいかない以上、時間がかかる。
明乃たちがいる方向では、馬鹿みたいな魔力が溢れている。間違いなく明乃が戦っている証拠だ。
「構ってはいられないか」
どういう決着であれ、ブリギットが介入することは目に見えている。
それまでにはさすがに間に合いたい。
となれば、こいつらはまともに相手するだけ無駄だ。
「鬼ごっこだ。ガキども」
言うと同時に縮地でその場を離れる。
しかし、ピッタリと一人がついてきて、残る五人は俺の行く手を阻むような進路を取っている。
大した集団戦術だ。こいつら、どこでそんなもんを身に着けたんだ?
いや子供たちの技能ではないな。そうなってくると考えられるのは魔剣の力ということになる。
操るだけじゃあきたらず、今度は戦闘技能の追加か。
「いよいよ剣士がいらない魔剣になってきたな」
この魔剣なら優れた担い手は必要ない。
それこそ子供だろうが、老人だろうが戦える。今、この東京に住んでいる、戦闘というものがどういったものなのか知らない平和ボケした日本人ですら歴戦の戦士に早変わりだ。
ブリギットの理想とする魔剣ではある。だが、この禍々しい魔力はなんだ?
ミコトの魔剣には神獣の牙が使われているはずだから、その影響かと思ったが、こいつらの魔剣からも同じような魔力を感じる。
つまり原因は神獣の牙ではないってことだ。
神獣の牙が原因じゃないなら、原因はなんだ? あの魔剣にはそれ以外に一体どんな特殊な物が使われているんだ?
考えても答えは出ず、俺はいったん思考をやめた。
「ちっ……! しつこいな!」
縮地を連続で使って振り切ろうとするが、目的地への進路は絶対に空かない。
逃げてるだけじゃ絶対にたどり着けないってことだ。
「まったく!」
俺は進路をふさぐ刺客に接近すると、魔力刃で斬りかかる。
魔剣で受け止めたのを見て、鞘で真横に吹き飛ばす。魔剣で強化されているし、これくらいなら問題はないだろ。
そのまま進もうとするが、二人が前後から襲い掛かってきた。
ギリギリで二人の魔剣を避け、片方は鞘で、片方は蹴りで吹き飛ばす。
これで残りは三人。
しかし、三人は突っ込んでこない。
真っ先に俺の進路をふさぐあたり、多対一での足止めの基本をわかっている。
「面倒な奴らだ」
吹き飛ばされた三人も俺の囲みに戻ってくる。これで振り出しだ。
このまま抜くことも考えたが、ブリギットが一体どんな手を隠しもっているかわからない以上、そう簡単には切り札は使えない。
もう少しだけ強い攻撃でいくか。
無傷というのは諦めるしかない。
そう俺が判断したとき。それは空から降ってきた。
まるでアメコミヒーローの登場のように、片手と片膝をついてビルの上に着地する。
「援護が必要なようだね。トウマ」
「アーヴィンド……なにカッコよく登場してんだ? 聞いたぞ? ブリギットを暗殺しようとして失敗したらしいな? 俺を囮に使っておいて、なにやってんだ?」
「それについては釈明はない。だからこうして援護に来たんだ」
「ああ、当然だな。俺は本命を叩きにいくから、お前はこいつらの相手してろ」
アーヴィンドにそう指示を出し、俺は明乃たちのところに行こうとする。
だが、そのとき。絶対に聞きたくない女の声が耳に届いた。
「なら私はトウマについていこうかしら」
「っ!?」
声の聞こえたほうを振り返り、すぐに目線を逸らす。
見たら存在を認知してしまう。それはいけない。なにせトラブルの化身だ。いるということは、それだけでトラブルが起こるということだ。
この厄介な状況でそれを認めるわけには……。
「諦めることだ。私はもう諦めた」
「あ、アーヴィンド……? お前の差し金か? 一度失敗したから援軍感覚で連れてきたのか……?」
「そんなわけないだろう。連れて行ったら状況が混乱するだけだ」
「だったらなぜ連れてきた!? こいつは存在が戦略兵器! 歩く災害だぞ!? 東京を壊滅させる気か!?」
「私が連れてきたんじゃない! 勝手についてきたんだ!」
「全力で止めろ! 同盟国に入国させていい人間じゃないだろ!?」
「国王陛下が許可したんだ! 私じゃ止められない!」
俺は思わず天を仰ぐ。
なんてこった。あのおっさん、爆弾を送り込んできやがった。
上にはゲートの残滓があった。おそらくアーヴィンドはジュリアが作ったゲートを通って、ここに急行してきたんだろう。
余計なことを。
「もう、久々に会ったのに失礼ね。トウマ。挨拶はどうしたのかしら?」
「……よう。ジュリア。久しぶりだな。できれば二度と会いたくなかったぜ」
「あら? 私は会いたかったわよ? 腑抜けも治ったようだし、昔みたいに仲良くしましょうよ。懐かしいわね。私たちってかなり相性がよかったじゃない?」
盾代わりに俺を前線に立たせ、巻き込むことを考慮せずに敵を討つ。人道的にその戦法が許されるというなら、まぁ相性がいいんだろうな。
似たようなことをアーヴィンドもさせられていたが、被害を受けた回数は圧倒的に俺のほうが多い。
「……なんの目的で来たんだ?」
「面白、いえ、大変危険なことになっているようだから来てみたの。でも、あなたたちが頑張るようなら見学しててもいいわよ?」
「ああ、そうしてくれ」
「私たちだけで十分だ」
久々にアーヴィンドと気が合った。
被害者同士、俺たちには通じ合うものがあるらしい。
俺たちのやる気を見たジュリアはニッコリと微笑むと、ふんわりと浮かび上がって空に上がっていった。
浮遊魔法だ。厄介なことに上を取られた。
「素早く終わらせよう」
「そうだな。気が変わって上から魔法を撃たれたら目も当てられない」
二人でそんな会話をしながら、俺たちは六人の刺客の包囲を突破しにかかった。