第五十話 二人の五英雄
ノートPCはもしかしたら修理かもしれないですね……。
一応、デスクトップで書けているので投稿はできますが、投稿時間は変えるかもしれません。ご了承ください。
アルクス聖王国第二の都市、エグゼリオ。
日本につながるゲートがあるこの都市にアーヴィンドの姿があった。
帝国の領域にあった孤児院を脱出し、この都市にアーヴィンドが来たのはもちろん、ゲートを通って日本にいくためだった。
ブリギットはすでに地球へ行っているはず、自分も急がねば。
そう焦るアーヴィンドだったが、そんなアーヴィンドを呼び止める人物がいた。
「珍しいじゃねぇか。お前さんが焦ってるなんて」
そう声をかけたのは初老の男性。
頭にはバンダナを巻き、ツナギを着ている姿は工場で働くおじさんにしか見えない。
しかし、その人物を見てアーヴィンドは驚きの声をあげた。
「ヴィーランド殿……!?」
二大鍛冶師の一人にして、現在では聖王国の賓客として扱われているヴィーランド。それがアーヴィンドの目の前に現れた男の正体だった。
「どうしてこちらへ? 危険では?」
ヴィーランドは斗真と並んでブリギットの復讐対象だ。
ブリギットが地球にいるとはいえ、あまり聖王都から離れるのは得策ではない。
しかし、それは承知なのかヴィーランドは肩を竦める。
「危険かもな。まぁ渡すもん渡したら戻らせてもらうから安心しろ」
そう言ってヴィーランドは背中に背負っていた丸い物をアーヴィンドに渡す。
それはアーヴィンドにとって懐かしい物だった。
「白光の盾……」
「あの戦い以来、お前さんが盾を持つことはなかった。けど、そろそろ必要かと思ってな。持ってきたんだ」
それは魔王との戦いで損傷したアーヴィンド専用の盾だった。
しかし魔王戦後、アーヴィンドはそれを受け取ることはなかった。
それを持つ資格が自分にはないと思っていたからだ。
「……私は……」
「仲間を守れなかった。主君の大切な幼馴染。姉のような存在を守れなかった。お前さんが言いそうなことは察しが付く」
アーヴィンドは先に言われて口をつぐむ。
リーシャを守れなかったことで傷を負ったのはなにも斗真だけではない。
アーヴィンドもリーシャとの付き合いは長く、エリスがどれほどリーシャのことを大切に思っているかも知っていた。
だからこそ、リーシャが氷に閉じ込められたときにアーヴィンドは盾を捨てたのだ。
主君の大切なものも守れない盾など不要だと。
「だがな、トウマの奴は鞘から抜いたらしいじゃねぇか。お前さんも見習ったらどうだ?」
「しかし……私は」
「トウマもうじうじ悩んでたが、結局、鞘から抜いた。それは過去は変えられなくても、今は変えられるってことに気づいたからだろうよ。後悔するのはいいが、それに引きずられて後悔を増やすのは感心しねぇな」
ヴィーランドはそう言いながら、苦笑する。
若者にいらない説教をする。これでは鬱陶しいおっさんではないかと。
言われなくてもアーヴィンドはわかっているはずだ。この若さで聖王国の聖騎士団長になったのは伊達ではない。
なにより説教ができるほどヴィーランドも立派ではない。後悔ばかりしてきた。それを払しょくするために武器を作り、また後悔を増やしてきた。
だが、そんな自分でも誇れることがある。
武器を作ることだけはやめなかった。どれだけ後悔しても、だ。
結果、少しは世界を救う助けにはなれた。ただの鍛冶師にしては上々といえるだろう。
「とりあえずもってけ。いらないなら捨てればいい。また必要になったら作ってやるよ」
そう言ってヴィーランドは手をヒラヒラとさせて踵を返す。
若者は子供ではない。勝手に判断して勝手に成長していく。
渡せるモノを渡したら、老害はいなくなったほうがいい。
「ああ、アーヴィンド。一つ伝えておくことがある」
「なんでしょうか……?」
「お前の苦手な女がゲートにいる。いくなら覚悟しておけ」
その言葉を聞いた瞬間、アーヴィンドは心の底から嫌そうな顔をした。
■■■
アーヴィンドは盾を背負ってゲートに向かう。
ゲートの前には都合よく飛空艦が止まっていた。
憂鬱な気分になりながら、アーヴィンドはその飛空艦に乗り込んだ。
そして予想どおりの人物がいたことに天を仰ぐ。
「あら? 久しぶり、アーヴィンド。こんなところで奇遇ね?」
「ジュリア・ユーステス……」
鮮やかな真紅の髪を持った二十代前半の美女。見事はプロポーションと美貌を持ち、そこにいるだけで男の視線を独占してしまう。そんな女性が飛空艦の中で椅子に座っていた。
長い髪はポニーテールでまとめ、黒いドレスを身に纏っている。ドレスには大胆なスリットが入っており、男を誘惑する白い美脚を惜しげもなく披露していた。
悪戯っぽく輝く髪と同じ色の瞳は、アーヴィンドを真っすぐとらえてはなさない。
世界でもっとも苦手と断言できる女性に見つめられ、アーヴィンドは固まる。どうしてもこのジュリアだけは苦手だった。いや、アーヴィンドだけではない。
多くの戦友がジュリアを苦手としていた。それはジュリアがひどく気まぐれで、誰もかれもを翻弄するからだ。そのせいで何度地獄をみたことか。
しかし、それは彼女をよく知るアーヴィンドからの評価であり、世間の評価は違う。
アーヴィンドや斗真と同じく、誉れ高き五英雄の一人、千の魔法を操る〝真紅の魔女〟。
ケルディア最高にして最強の魔法士。それがジュリアへの評価だった。
「奇遇という言葉を調べなおしてきたほうがいいだろうね、君は」
「あら? 久々にあった戦友にそんなこと言うのかしら? 私と再会して喜ばない男なんていないと思うのだけど?」
「結構な自信だが、私は君とは会いたくなかったよ」
「恥ずかしがり屋ね」
「どうとでも」
相手にするだけ無駄だと知っているため、冷たい態度でアーヴィンドは席につく。
しかし、そんなアーヴィンドをよそにジュリアはニヤニヤと笑いながら話しかけてくる。
「ねぇ、アーヴィンド。聞いたわよ? 暇を申し出てまでブリギットを討ちにいったのに失敗したんですって? これって本当?」
「……事実だ」
嘘をついても仕方ないと判断し、アーヴィンドはただそれだけ告げた。
しかし、その返答にジュリアは爆笑する。
「あはははは!! 慣れないことするからよ! あなたって守る時は強いけど、攻める時ってそうでもないものね」
「うるさい……だいたい、どうして君がいる?」
からかい混じりの笑いに耐え兼ね、アーヴィンドはそうジュリアに問い返す。
するとジュリアはニヤリと笑みを浮かべた。
「トウマが復活したって聞いたから、聖王都いったらあなたもいないし、エリス姫もいないから何事かと思ったのよ。それで~、国王陛下に事情を聞いたらいろいろ教えてくれて~、あなたがここから日本に向かうっていうのも聞いたから~、こんな面白、いえこんな一大事に五英雄としてじっとしてられないって思って国王陛下に私も行きたいって言ったら快諾してくれたわ」
途中の猫撫で声を聞き、不快な感情を隠さなかったアーヴィンドだったが、最後のほうになると顔を青くしていた。
なぜなら、聖王国の現国王がトラブルの化身ともいうべきこの女を好き好んで日本に送り出すはずがないからだ。
「まさかとは思うが……脅したのか? 陛下を?」
「脅し? 失礼ねぇ。こうやって胸を強調して笑顔で話してたら勝手に許可してくれたのよ。陛下も男性よねぇ~」
「そんな色仕掛けが陛下に通用するわけないだろ。本当は何と言ったんだ?」
「ノリが悪いわねぇ……絶対に行かせないっていうからじゃあ城を壊すって言ったら許可してくれたのよ」
「テロリストとやってることは変わらないじゃないか……」
呆れながらアーヴィンドはつぶやく。
二大強国の国王を脅すなんて正気の沙汰ではないが、それを簡単にやってのけるのがジュリアだった。
斗真を除けば唯一、どの国家や組織にも属していない五英雄であり、それゆえジュリアのふるまいは奔放なのだ。
「そんなこと言うなんてひどいわねぇ。私も一応依頼されて動いてるのよ?」
「君に依頼? その人物の判断力を疑うね」
「帝国の皇帝よ」
「……なに?」
思いもよらぬ人物が出てきて、アーヴィンドは目を細める。
当たり前だ。ブリギットを匿い、アーヴィンドを嵌めようとしたのも帝国だからだ。
「帝国も一枚岩じゃないってことね。辻斬りが聖王国で現れた時点で依頼が来たのよ。面倒だから適当に捜査してたんだけど、さっきベスティアの王子が辻斬りに襲われて、ベスティアが帝国に抗議したわ。帝国は関与を否定してるけど、このままじゃ戦争でしょ? さすがにのんびりもしてられないから、問題の大元を捕まえにいこうと思ったのよ」
「……君が最初から本気で協力してくれていれば、もっと早期の解決も見えたと思うんだが?」
「私が本気だしたら都市が壊滅しちゃうわよ? トウマが私のことなんて呼んでたか覚えていて?」
覚えている。
なにせそれを命名した時、アーヴィンドもその場にいた。
斗真とアーヴィンドが魔王軍の幹部と戦っている最中、ふらりと現れて斗真とアーヴィンドもろとも大魔法で吹き飛ばしたジュリアに対して、斗真はこう名付けた。
「人間戦略兵器……覚えているよ」
「そう! 失礼しちゃうわよね! そこまで見境なくはないわよ」
「どうだか……」
呆れながらアーヴィンドはつぶやく。
そして心の底から斗真に同情した。日本の戦況がどうだか知らないが、援軍があるに越したことはないだろう。
しかし、その援軍がジュリアでは喜べまい。
ジュリアは問題をより面倒にすることの天才だからだ。
「ジュリア。頼むから迷惑かけるならトウマにしてくれ……私は御免だ」
「迷惑なんてかけないわ。やることなんて単純でしょ? 向こうにいって、あのクレイジーなおばさんを消滅させれば一件落着よ」
「そう物事は単純じゃない。魔剣が自立している場合、ブリギットを仕留めても意味はない」
「そうかしら? まぁそれならそのとき考えましょ。魔王と戦ったときだってそうだったんだもの」
ジュリアがそう言うと飛空艦が動き出す。
こうして二人の五英雄を乗せた飛空艦がゲートをくぐったのだった。