第五話 四名家会談襲撃事件・下
左右からくる連撃を俺は刀と銃で受け止める。俺の刀と銃も特注品で一級品だ。妖刀を受け止めても壊れることはない。
しかし、受け止めるにも限度がある。
「ほらほら! どうしたの!?」
逆手に持った小太刀をキキョウは容赦なく振るう。
その攻撃は苛烈で激烈。まるで嵐のような連続攻撃だ。
基本的に防御主体な俺とは真逆。完全に攻撃主体。いや攻撃特化な戦い方だ。
「面倒な奴だ……!」
妖刀の力か前よりも一撃の重みが増しており、また動きにもキレがある。
このまま防御に徹すればいずれ押し切られる。
そう踏んで、俺は右手の銃の引き金を引く。至近距離からの銃撃だ。回避するには距離を取るしかない。
そう思っていたのだが、キキョウは最低限の体のひねりで躱してしまった。
「おいおい……!」
「芸がないわね!」
そういってキキョウは顔が近づくほどの距離まで詰めてくる。
その距離ではもう刀は使えない。小太刀の距離だ。
「ちっ!」
右から来た小太刀はなんとか銃で受け止めるが、左から来た小太刀を受け止めようにも刀じゃ受け止められない。
「さぁ! あなたの肉を斬らせてちょーだい!!」
「それはできないな」
言った瞬間、キキョウの体が真横に吹っ飛んだ。
先ほど俺が撃った魔力弾は誘導弾。外れたあと、大きく回ってキキョウを横から吹き飛ばしたのだ。
「面白い芸だろ?」
「……そうね……。その銃はずいぶんと多彩なようだわ……」
攻撃に集中し、ノーガードで魔力弾を食らったためキキョウの口からは微かに血が出ている。
なかなか効いたようだが、決定打にはならないか。
元々、この銃はほとんどの魔法に適正のない俺の弱点を埋めるためのものだ。銃弾の性質を自在に変化させることはできるが、高威力の攻撃には向いていない。
明乃との試合で見せたように、多くの魔力を使えばレーザー光線みたいな攻撃もできなくもないが、縮地を使える相手にああいう大味な攻撃は通用しない。撃っても範囲外に逃げられるだけで魔力の無駄だ。
まぁ実力的に考えればこいつが本命で、こいつを足止めしておけば明乃は守り切れるだろうが。
「こいつより強い奴がいる場合もありえるしな」
呟きながら俺は銃をホルスターに戻した。
その様子を見てキキョウは歓喜の表情を浮かべる。
「ふふ……ふふふ……!! やっとその気になってくれたみたいね! 嬉しいわ! あなたの刃を見れるのね!!!!」
「早とちりするな。剣術で相手をしてやるだけだ。抜くわけじゃない」
そう言って俺は柄を両手で握って鞘がついたままの刀を下段で構える。
その様子にキキョウは微かに驚きをもって見ていた。
「私がこの妖刀〝紅桜〟を持ってきたっていうのに、まだ抜くには足りないというの……? いえ、もしかして抜かないんじゃなくて抜けないのかしら? そうだとするなら宝の持ち腐れね。私の斬撃でも傷がつかない鞘、そしてその中に入る刀。さぞや名刀でしょうに」
「ごたくは良いから掛かって来いよ。ピンチになったらさすがに抜くさ」
「そう願いたいわね!」
キキョウは言いながら一瞬で俺の背後に回る。
一概に縮地といっても個人差がある。達人が使う縮地と覚えたての縮地では速度、移動距離なんかに差が出る。
キキョウの縮地はどちらに分類されるかといえば前者だろう。
ただし。
「俺のほうが速いけどな」
「なっ!?」
後ろに回りこんだキキョウのさらに後ろに回り込んで、俺は下段からの斬り上げを繰り出す。
キキョウはとっさに両手の小太刀で受け止めるが、勢いを殺しきれずに大きく後ずさる。
「なんて重い一撃なの!?」
「いちいち驚いてると死ぬぞ?」
後ずさったキキョウの横に縮地で移動する。
その瞬間には俺は次の技の体勢に入っていた。
居合抜きの体勢だ。ただし、鞘から抜くわけじゃない。左手で鞘を握り、ギリギリまで堪えてから思いっきり振り抜く。
いわば納刀状態での居合抜き。
それをキキョウはモロに食らった。鞘に入ってる状態でも普通に殺傷能力の高い技だが、吹き飛ばされたキキョウは額から血を流しながら笑っている。
「まさか……ここまで実力差があるなんて思わなかったわ……」
「そうか。残念だったな」
俺は外にいる明乃を見る。
こちらの様子に気づくことなく、外で救助活動を続けている。暢気なもんだ。
まぁ魔法を撃ちあってるわけでもないし、こちらをじっくり見なけりゃ戦ってることには気づかないか。
「護衛対象を気にしながらでこのざま……あなたが本気で私を殺しに来たら一瞬なんでしょうね……」
「かもな。まぁ今でも十分殺す気だったが」
「さすがに刀を抜かない相手に殺されるわけにはいかないわよ……私にだって剣士の誇りがあるわ」
そう言ってキキョウはよろよろと立ち上がり、俺を真正面から見据える。
その目には一種の覚悟があった。ただ、死を覚悟した者とは違う。
そこに違和感を覚えたとき、キキョウが縮地を使った。明乃のもとへ。
「っ!? なにが剣士の誇りだ!?」
「誇りを捨てるのも時には大事なのよ!」
明乃の傍に一瞬で近寄ると、キキョウは小太刀を振りかぶる。
倒れていた男に治癒魔術を施していた明乃はそれに反応できない。
一瞬、師匠を失った瞬間がフラッシュバックする。心臓を得体のしれない手に握られたかのような息苦しさを覚えたが、それらを無視して俺は明乃とキキョウの間に割って入る。
小太刀をなんとか鞘に入ったままの刀で受け止めるが、体勢は不利だ。
「……佐藤さん……?」
「ジッとしてろ。すぐ終わる」
「いつまで守れるかしらね?」
始まったのは縮地による高速移動の連続。
そこから繰り出される刹那の攻撃を俺も縮地を使って防ぐ。
明乃の周りを俺とキキョウが高速で動き回る。目で追うのはほぼ不可能な攻防なため、明乃は言われたとおりにその場で動かずにいる。
「もらったわ!」
そう言ってキキョウが明乃の腕を捕まえた。
「きゃっ!」
そのままキキョウは明乃を引っ張り、腕に抱える。
そして縮地で逃げようとするが。
叶わない。俺がキキョウの後ろに回り込んでいたからだ。
「ようやく動きを止めたな?」
振り返ったキキョウの喉を俺は思いっきり刀で突き穿つ。同時に空いてる手で明乃を掴んで引き戻す。
吹き飛ばされたキキョウはゴロゴロと転がって、蹲ったまま動かなくなった。
「怪我はないか?」
「は、はい……ありません」
腕の中にいる明乃の体温に俺は小さく息を吐く。
今回は守れた。今回は冷たくない。
そのことに安堵したのだ。
「そうか。なら俺の後ろにいろ。まだ来るぞ」
明乃は驚いたようにキキョウを見る。
キキョウはボロボロだがまた立ち上がってきた。
たいした執念だ。
「さすがね……けど、まだよ……」
そう言ってキキョウはフラフラとこっちに向かってくる。
だが、その歩みを止める者がいた。
「キキョウ、撤退だ」
「オズワルド……何を言ってるの? 邪魔をしないでくれる?」
現れた黒装束の人物。
顔も体も黒い布で覆っており、声の感じから男だろうと予想することしかできない。だが、黒い布の向こうには強大な魔力を感じる。おそらく凄腕の魔法師だ。
「当主を狙った奇襲部隊が全滅した。東凪の姫もあの護衛がいるかぎり手はだせん。作戦は失敗だ」
「知ったことじゃない……って言いたいところだけど、さすがに多勢に無勢ね」
周りを見れば柚葉たちが攻め込んできた鬼の大群をほぼ殲滅していた。
奇襲部隊も全滅したなら、たしかに作戦は失敗だろうな。
「護衛さん、名前を教えてもらえるかしら?」
「佐藤斗真だ」
「そう、斗真。また会いましょうね。必ず次はその肉を斬り裂いてあげるわ」
「逃がすと思うのか?」
いつでも縮地で距離を詰める準備はできている。
だからこその言葉だったが、オズワルドがなにやら魔法を唱えると二人の後ろにゲートができた。
転移魔法か。世界と世界を繋ぐゲートではなく、同じ世界の中で移動する高等魔法。しかもこの短時間で唱えるなんて、なんてやつだ。
敵は思った以上に豊富な人材をそろえているみたいだな。
侮れない。そう思いながら俺は消えていく二人を見送った。