第四十五話 エリスの決断
タンバは18時に間に合うために縮地を使った( ;∀;)
ちなみに高橋に今後の展開を少し話したら、上から目線で「いいね」って言ってた。
毎回毎回調子に乗っている奴だ。しかし私は知っている。
あいつが柚葉ファンであり、柚葉と斗真の外伝を心待ちにしていること。
書かないけどねw
『――というわけだ。悪い、しくじった』
斗真の苦々しい声を聞きながら、エリスは悲痛な表情を浮かべていた。
また罪のない人たちが利用されている。防ぐ力がありながら、防げなかったことにエリスは責任を感じていた。
「わかりましたわ……。日本政府には私から伝えておきます」
『そうしてくれ。下手すれば酒呑童子の一件よりも被害が出るかもしれない』
酒呑童子のターゲットは明確だった。ゲートと明乃だ。
しかし、ブリギットはそうではない。俺を憎んではいるが、その憎しみはいくらでも飛び火する可能性がある。
狂っているがゆえに何をするかわからない。そういう怖さがブリギットにはあった。
だが、すでに入り込まれている以上、打てる手は少ない。
実を言えばエリスは大規模な警戒網を日本政府や四名家に要請しており、それには聖王国も協力していた。それでも入られたとなれば、ブリギットは大きな組織の援助があるということだ。
「おそらくブリギットは黄昏の邪団に所属しているのでしょう。そうでなければ誰にも気づかれずに東京に入るのは不可能だと思いますわ」
『まぁあの組織にはゲートで飛べる魔法師もいるからな。もしもそうなら事態が予想以上に深刻だぞ。あいつが出てきたということは、もう準備はあらかた終わってるってことだ。下手したらあいつの魔剣で操られた人間が東京で暴れまわることになる』
「考えたくはない未来ですわね……ケルディアもかなりまずい状況ですわ。ベスティアが正式に帝国へ抗議文を送りました。帝国が匿っていた犯罪者によって、第四王子が襲撃されたと。かなり早い対応ですので、ベスティアもブリギットの居場所は掴んでいたのでしょうね」
『余計なことをする国だな……』
斗真の言葉はそのままエリスの言葉でもあった。
ベスティアと帝国との緊張が高まり、聖王国はケルディア側に集中しなければならなくなった。
ただでさえアーヴィンドが休みを取っているのに、力のある二か国が戦争になるかもしれないとなれば聖騎士を派遣することはできない。
ここまでが描かれた筋書きだとするならば、ベスティアや帝国、もしかすれば聖王国内にも黄昏の邪団の構成員はいるかもしれない。
「ベスティアが戦争するとなれば、多くの亜人が協力しますわ。そしておそらくお父様はそれを止めはしないでしょう……」
『帝国が消耗すれば聖王国一強の時代だろうからな。為政者としては当然だろうさ。気に食わないがな』
「……一体どれほどの人間の血が流れることか……止めねばなりませんわ」
ここでブリギットを止めることができれば、ケルディアの緊張感も少しは和らぐ。
正式な調査を進めれば帝国がブリギットに協力していたのかどうか。レオンの襲撃に関わっていたのかどうかがわかる。
関わっていたとなれば、ケルディアの国々から批判を浴びることになる。そうなれば帝国は武力衝突を避ける。話し合いの末に賠償と言う形をとるだろう。
それが誰から見ても一番いいシナリオではある。
しかし、それをするためにはまずブリギットを止める必要がある。
「トウマ様……その辻斬りの少女を止められますか?」
『斬れるか斬れないか言えば斬れる……だが、斬る気はない』
「見くびらないでくださいな。斬れなどと命令するほど落ちぶれてはいませんわ」
やや怒った口調でエリスは告げる。
斬れと言うならエリスにも従わない。そういう姿勢で斗真が発言したからだ。
斬れという可能性を斗真が考えたこと自体が、エリスにはひどく不愉快だった。
『そうか……そうだよな。悪い』
「……わたくしは犠牲者のない事件の解決を望みますわ。できればブリギットも生け捕りでお願いしたいのですが?」
『……個人的には承服しかねるが……まぁ努力する。だが、問題なのはミコトだ。次にあの双剣を使えばおそらく飲み込まれる。飲み込まれれば最後、双剣を破壊しないかぎり助けることは不可能だ。前の子供たちのようにな』
前回の苦い経験からブリギットの魔剣から使用者を救う方法はわかっている。
しかし、当時のブリギットの魔剣ですら破壊するのは難しかった。神獣の牙を使い、かつ時間をかけて作られた切り札を果たして破壊することができるかどうか。
「魔力の貯蔵はどうですか?」
『十分とは言えないな……夢幻解放を使えなくはないが、上位の刃を呼び出すのは難しい。そこは戦闘の中で増やしていくしかないだろうな』
「それでは不確実ですわね……敵は剣士。トウマ様に魔力を渡さぬよう、接近戦を挑むことは間違いありません」
情報のない敵ならまだしも、ブリギットは斗真のことをよく知っている。
かつては仲間だった間柄だったからだ。
短期間で強くなり、特殊な力を持つ斗真をブリギットは評価していた。
鍛冶師泣かせの剣士だと、笑みを浮かべながら話していたことをエリスはよく覚えている。そのブリギットが今では斗真のことを深く憎んでいる。
人の関係性とは変わるものだとまざまざと思い知らされる。
『そう言われてもな。手っ取り早く魔力を補給できるのはそれしかない。俺にバレた以上、早くて今日、遅くても明日には動きだすぞ?』
「それはわかっていますわ……」
チラリとエリスは時計を見る。時刻はもうすぐ午後の六時というところ。
ブリギットが前回動いたのは深夜だった。これには理由がある。
魔剣で人を操るとき、意思が弱いときのほうが操りやすい。つまり覚醒状態の昼よりも深夜のほうが都合がいいのだ。
そうであれば、今回も動くのは深夜の可能性が高い。
ならばもう少しだけ時間がある。幸いというべきか、それを止めそうなアーヴィンドも傍にはいない。
エリスは深呼吸をし、自分の気持ちを整える。打てる手はすべて打つ必要があり、かつての悲劇を知る者としてブリギットを止める義務がある。
だが、この手を使うということはいろいろなモノを失う可能性がある。それはエリスにとって最も大事な関係性だった。
それでも、とエリスは決意する。やらねばならないのだ。
「……わたくしに考えがあります。わたくしのところに来ていただけますか?」
『大使館に? 敵の狙いは十中八九、俺だぞ?』
「構いません。狙われる場所が一か所のほうが防衛はしやすいですわ」
『それはそうだが……巻き込まれるぞ?』
「いずれ狙われるのですから、あまり関係はありませんわ」
そう言いながら、エリスは自分が考えている案を言おうか迷い、やめた。
言えばきっと斗真は大使館に来ない気がしたからだ。
そんなことになれば、とてもじゃないが立ち直れない自信がエリスにあった。
「アケノさんへの連絡もお願いしますわ。現在、東京で狙われる可能性が高いのはわたくし、トウマ様、アケノさんですから」
『そうだな。向こうは自衛隊と東凪家がガチガチに固めているし、そのまま移動してもらうとするか』
その点に関して、斗真は楽観的だった。
ミコトなら明乃を襲わない。その確信があったからだ。そしてその可能性にブリギットも気づいているはずだと。
ここまで来て、自分たちの関係性を破綻させるような指示をブリギットは出さないと見たのだ。
それは話を聞いていたエリスも同意見だった。だから狙われるとしたらほぼ間違いなく斗真であろうとエリスは思っており、そこがエリスを後押ししていた。
「はい。その……できるだけ早く来ていただけますか?」
『ん? 早く? いやまぁ急ぐが、なんでだ?』
「それはその……アケノさんがいると少々気まずいので……」
『はぁ? お前、明乃となんかあったのか?』
「い、いえ……ありませんわ……今は」
今後、問題が起こるかもしれないという予感がエリスにはあった。
しかし、そんなことなど知るよしもない斗真は、話がかみ合わないエリスに困惑しつつ早く行くことを約束した。
『分かった。急いでいく』
「はい……お待ちしていますわ」
そう言って斗真との通話をエリスは切った。
ふぅと一息つき、また時計を見る。
斗真の縮地の速さを知っているエリスは、ここに来るまでにそんな時間が掛からないことはわかっていた。
「ごめんなさい……リーシャ」
姉のような最愛の幼馴染に謝罪しながら、エリスは斗真の到着を待つ。
その顔は微かに赤く染まっていた。