第四十話 アーヴィンドの失態
タンバ怒りの一日三回更新! 第三弾!
疲れた……。
しかし、邪知暴虐な高橋を見返すことはできないようだ……。悲しい( ;∀;)
ケルディアのとある孤児院。
そこにアーヴィンドは来ていた。聖王国の任務ではない。なにせここは聖王国の領内ではない。
個人的に行かねばならないと思い、アーヴィンドは動いていた。こんな風にアーヴィンドが動くことは珍しい。
アーヴィンドの家は聖王国でも名門であり、父も祖父も聖騎士だった。そんな家系で育ったアーヴィンドにとって自分の感情は二の次、三の次だった。
大事なのは国であり、仕える主。それがアーヴィンドの行動規範でもあった。
だからこそ、アーヴィンドが少しの暇を申し出たときは誰もが驚いた。
エリスはアーヴィンドがどうしてそんなことを申し出たのか薄々察しがついていたが、あえてアーヴィンドに休暇を与えた。
その心意気に感謝しつつ、アーヴィンドはその孤児院のドアを開けた。
すると、そこには長テーブルがあり、奥に一人の女性が座っていた。
長い金髪に紫の瞳。豊満な肉体を持ち、退廃的な雰囲気を醸し出す美女だった。
もう三十後半のはずだが、まだ二十代のように若々しい。代わらないその人物にアーヴィンドは礼儀として挨拶した。
「お久しぶりです。ブリギット」
「ええ、久しぶりね。アーヴィンド」
女性の名はブリギット。
かつては二大鍛冶師の一人として、前線で戦う兵士たちから神のように崇拝された伝説の鍛冶師だ。
そんなブリギットの存在が明らかになったのは少し前だった。よく似た人物の存在が聖王国の情報網に引っかかった。
ただし、その女性が経営する孤児院があったのは聖王国と並ぶ二大強国、オグマ帝国の領内にあったため直接手を出すことは聖王国には不可能だった。
ゆえにアーヴィンドは暇を貰い、一人の男としてここに来ていた。
「ここなら聖騎士は来ないと踏んでいたのだけど?」
「ええ、聖騎士は来れません。ですので今は一人の男としてここにいます」
「あら? 生まれたときからあなたは騎士として生きてきたのに、一人の男なんて側面があるのかしら?」
「たしかに私は生まれたときから騎士です。騎士に任命される前より私は騎士だった」
だからこそ、ここに来た理由も騎士らしいものだった。
幼き頃に誓い、これまでずっと守り続けてきたもの。
それを守るためにアーヴィンドはここにいた。
「そう、可哀想ね。そんなだから愛しの王女様に振り向いてもらえないのよ?」
「ご冗談を。私にそんな感情はありませんよ。たしかに私は姫殿下を愛している。ただし、女性としてではなく主君として。です。だから振り向いてくれなくて結構。私はあの方に剣を捧げ、あの方のために生きるだけなのだから」
「まさしく理想の騎士ね。王家の奴隷といってもいいわ。そんな堅苦しい生き方をしていると人生を損するわよ?」
「間違った復讐に身を捧げるよりもマシでしょう」
一瞬でその場の空気が凍り付いた。
しかし、アーヴィンドの顔は涼しいままだ。禁句とわかっていてあえて口にした。
そもそも、ここには話に来たわけではない。
ブリギットがヴィーランドや斗真を恨むように、アーヴィンドもブリギットを憎んでいた。
殺してしまいたいほどに。
「間違った復讐……? 私が間違えているというの?」
「ええ。あなたの娘を殺したのは魔王軍であり、恨みを向けるなら悪魔に向けるべきです。それにも関わらず、あなたはヴィーランドを恨んでいる。ヴィーランドの武器を持つ者が娘を守れなかったという理由で」
「何を言うかと思えば……そんなの当たり前でしょ! ヴィーランドは強者のために武器を作った! その強者が弱者を守れなかった! ヴィーランドは間違っていたのよ! そしてヴィーランドが間違っていたから私の娘は死んだ!」
「それは違う。あの日、あの村にいた傭兵たちは逃げることもせずに戦った。自分たちだけなら逃げるかもしれなかったのに、あなたの娘や村人を守るために死んだのです」
喋りながらアーヴィンドは一歩ずつブリギットとの距離を詰めていた。
言葉は交わしても、その視線が見据えるのは一つ。ブリギットの首だった。
それに気づいていてもブリギットは逃げない。
「違うわ。彼らは弱いから死んだのよ。だから私の理論は正しいの。強者をより強者にするよりも、弱者を最強にする武器こそ至上。ヴィーランドが間違った理論で武器を作らず、私に協力していれば娘が死ぬことはなかったわ! そうしていれば人類はすべて戦士となれたのだから!」
「それがあなたの答えか? その代償に目を向けないのですか?」
ゆっくりとアーヴィンドは剣を抜く。
その目にはブリギットは映っていない。
思い浮かぶのは聖王都に倒れた無数の子供たち。それを泣きながら抱える自分の主の姿。
一瞬であの日の怒りがアーヴィンドの心に蘇る。
殺気がアーヴィンドの体を包む。気の弱い者なら傍にいるだけで卒倒してしまうだろう。
「代償? ああ、あの子供たちのこと? 私が殺したんじゃないわ。あなたたちが大人しくヴィーランドの首を差し出しておけば、あの子たちは死なずに済んだわ。殺したのはあなたたちよ」
狂っているのだろうとアーヴィンドは思った。
どうしてあの時、子供たちを犠牲にしたのか。おそらく自分の娘が死んだのに、ほかの子供が生きていることが許せなかった。
ブリギットを包むのは圧倒的な被害者意識。どうして自分だけがと思うからこそ、ほかのすべてが許せなくなる。娘を守れなかった傭兵も、その傭兵に武器を作ったヴィーランドも、ヴィーランドを守るすべての人間も。
そしてその果てにブリギットは狂気の底に落ちた。
「ブリギット。あなたには同情する。しかし、あなたは私の逆鱗に触れた」
「どんな逆鱗かしら?」
「知っているのでは? 私は私の主を泣かす者を許しはしない」
一瞬で座っていたブリギットの首が飛んだ。
情け容赦のない斬撃。しかし、アーヴィンドは妙な手ごたえに眉を潜める。
「幻術か……」
「そうよ。あなたが来るのにそのまま姿を現すわけないじゃない」
そう言って飛ばしたはずの首が喋る。
同時に首を失った胴体が立ち上がった。
死体を操り、同時に幻術をかけているのだ。超一流の鍛冶師であるブリギットだが、魔法の使い手としても一流だ。
この程度の幻術ならかなり遠くにいても掛けられるだろう。
「また死体を操っているんですか。趣味が悪いですよ?」
「そう言わないでちょーだい。あなたはその人形たちと遊んでいなさいな」
ブリギットの言葉の後、孤児院を大量の人間が囲む。誰もが手には剣を持っている。
全員、死体。そう判断し、アーヴィンドはため息を吐く。
自分がまんまと誘い出されたことを察したからだ。
周囲には帝国兵と思しき死体もある。おそらくブリギットが殺して魔剣で操っているモノだが、そんなモノと戦っているところを見られれば大問題に発展する。
たとえ今のアーヴィンドが聖王国の命令で動いていなくとも、アーヴィンドが聖騎士である事実には変わりはない。
暗殺ならば問題ないと判断したが、さすがに対策されていたということだろう。
「どうするのかしら? 大技を使うとバレるわよ?」
「そうですね。チマチマと戦うしかなさそうだ」
「そうね。その間に私は逃げさせてもらうわ。ちなみにもう帝国軍は動いているから早くしたほうがいいわよ?」
ここにブリギットが匿われている時点で帝国もグルなのは察していた。
ブリギットは聖王国に恨みを持っているため、帝国としても使いやすかったのだろう。
しかし、周囲にある兵士の死体の数を見るに帝国もブリギットに利用されたらしい。
おそらく、本来ならばここで帝国の兵士と交戦する聖騎士という構図を作り出す予定だったのだろう。ただし兵士たちは死体になる予定ではなかったはずだ。
「ブリギット……一つ聞きたいのですが」
「なにかしら?」
「この孤児院の子供たちは?」
「ああ、もう移動させたわ。私の魔剣への適合率が高い子供たちだもの。あなたに殺されるわけにはいかないわ」
「……魔王軍の侵攻で親を失った子どもたちを保護し、利用する。子を失った親のすることとは思えませんね」
「何を言ってるの? 私なりに愛情をもって接したわよ? なにせ私特製の魔剣を持たせるぐらいだもの。あれがあの子たちを守るわ」
聞くに堪えない自分勝手な言葉に耐えきれず、アーヴィンドは幻術のかかった死体を細切れにする。
わざわざアーヴィンドが暗殺などという手段を選んだのは、ブリギットが決起する前に仕留めれば子供たちが利用されないと思ったからだ。
しかし、時すでに遅かった。
かつての悲劇はまた起ころうとしている。
だが、かつてとは違うこともある。
「ブリギットの切り札は間違いなく黒装束の剣士……申し訳ないが頼んだよ。斗真。彼女をなんとかすれば防げるかもしれない」
唯一、自らの主君を泣かせて生きている男に任せることとなったことにため息を吐きつつ、アーヴィンドは迫りくる死体をすべて細切れにしていく。
こうでもしなければ死体の剣士は動くことをやめないからだ。
もう一つの方法として魔力を用いた大技で消滅させることだが、魔力の残滓で特定される恐れもある。その手段は使えない。
そうなると突破には時間がかかる。そしてこうしている間に帝国のゲートを使って、ブリギットは地球に行くだろう。今のブリギットの最大の標的は斗真であり、聖王国だからだ。斗真のいる東京を襲い、ゲートを陥落させれば聖王国も危機に陥る。
なにが問題かといえば、その気になればブリギットは強力な軍隊を一瞬で作れるということだ。
それを防ぐべき聖王国最大の戦力であるアーヴィンドもここにいる。
この時点でアーヴィンドは駒として浮かされてしまったのだ。
「慣れないことはするものじゃないな……まったく」
怒りに任せて行動し、まずい結果になったことを反省しつつ、アーヴィンドは孤児院からの突破を図った。