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第四話 四名家会談襲撃事件・中


 四名家の当主による会談は、日本の魔術師たちのトップ集会ともいえた。

 そこに襲撃を仕掛けてくるということは日本の魔術師全員を敵に回すことと同義だ。

 そして、それをするということはそれだけの力を敵が持っているということでもある。


「どうして魔物が!? 結界はどうした!?」

「結界はなぜか無効化されていて! それにこちらの守備網もやすやすと突破されています!」


 悲鳴のような報告に誰もが最悪の結果を頭によぎらせる。

 しかし、そんな予感を振り払うように毅然と柚葉が指示を与え始めた。


「守備網を突破されたなら、この建物に外の警備を後退させなさい! その後、南雲家の者は前線に! そのほかの家で戦える者は援護に回って! 戦況が落ち着くまでは動ける者で対処するわよ!」


 動揺するパーティー会場で柚葉が的確な指示を出す。

 こういう荒事に慣れている南雲家の者たちは心得たとばかりに武器を持って、魔物が襲撃してきた方へ走っていく。


「柚葉さん! 私も行きます!」

「駄目よ。あなたが標的の可能性が高いわ。どこか安全なところにいなさい」

「私だって戦えます! それに敵が魔力の高い人を狙ってるなら、柚葉さんだって!」

「私は前線で指揮を取らないといけないわ。それに敵が本気で襲撃してきてるなら、正面の攻撃は囮よ」

「囮……?」


 大した戦術眼だ。

 奇襲で動揺してるとはいえ、ここには名家の精鋭たちが集まっている。

 正面から攻め込んだだけでは突破は不可能だ。

 だからあるとすれば、少数による潜入。結界を無効化し、守備網も簡単に突破されたとするなら情報が漏れている可能性が高い。すでに潜入されている可能性が高いだろうな。


「四名家の威信にかけて当主方は撤退したりしないわ。間違いなく防御と殲滅を指示する。逃げれば目立って居場所がバレるから、安全なところを探しなさい」

「そんな……!」

「明乃を頼みます」


 柚葉はそう言って皆と共に前線へと向かう。

 その姿は勇ましく、ケルディアの者が見たら戦女神と称えるかもしれない。しかし、そんな柚葉を明乃は不満気に見送る。


「どうした?」

「柚葉さんは姉のような存在です……けど、子供扱いは納得いきません」

「子供扱いってわけじゃない。ただ標的だから前線に出るな、そう言われてるだけだ。それにいいことじゃないか、戦わないで済むし」

「今日で確信しました……佐藤さんってろくでもない人なんですね」


 ジト目で睨まれ、俺は肩を竦める。勤勉な明乃からすれば俺はろくでなしに映るらしい。

 戦わなくていいなら戦わない。このスタイルはまだ子供には理解できないみたいだ。


「さて、移動するぞ」

「え? ここにいないんですか?」

「潜入してくるなら敵も精鋭だ。こんな人の多いところじゃ戦いづらい」

「戦う気があるんですか?」

「そりゃあまぁ、敵が来れば戦うさ」


 お金の分くらいわな、と告げると、また明乃がジト目を向けてくる。

 この状況でお金のことを持ちだすのが不謹慎ということだろうな。


「このホテルはかなり高層だ。あんま上いくと危険かもな。とはいえ、下には魔物の軍勢。どこが安全かねぇ」


 今、俺たちがいるのはホテルの中層。

 下のほうでは撤退してきた警備陣と柚葉たちが攻めてきた魔物を討伐している最中だ。

 上には当主たちがおり、こちらも警備は厳重だ。しかし、こっちは当主が固まっているため狙われる危険が高い。


「移動するって言ったのに、移動先は決めてないんですね」

「まぁ移動しながら考えるさ」


 パーティー会場から抜け出し、俺は階段に向かう。

 上か下か。どっちが安全だろうか。俺が楽なのは上だが、安全面を考慮するならすぐに下へ移動できる位置が望ましい。


「少し下にいく。けど、戦闘には参加しないからな?」

「わかってます。柚葉さんの言いつけは守りますから」

「そう願いたいね」


 答えながら俺と明乃は下に向かった。




■■■




 窓から外の戦闘が見える位置まで来ると、俺たちは階段を降りるのをやめた。これ以上、下にいくと戦闘の余波を受けかねない。


「柚葉さん!」

「これは……鬼の軍勢か」


 攻め入ってきている魔物は鬼ばかりだった。

 大きな鬼もいれば、小さな鬼もいる。ケルディアならともかく、これほどの魔物の大群(しかも一種類限定)が地球に現れるなんておかしな話だ。

 魔物は元々ケルディアにしかいない。これだけの数が移動すれば気づかないはずはないんだが。

 それにこのタイミングでの襲撃。こいつらを使役している黒幕がいることは間違いないだろうな。

 ただ、下の戦いはこちらが優勢だ。大鬼も柚葉が獅子奮迅の活躍で斬り倒している。


「あ!?」


 なにかに気づいたのか、いきなり明乃が走って階段を下り始めた。


「おい!?」

「待っていてください!」

「そういうわけにはいかないんだよ……!」


 護衛対象が動けば、護衛も動かざるをえない。

 俺も急いで明乃の後を追う。

 結局、明乃は一番下まで階段を降りきり、ホテルの入り口に向かう。

 そこでは鬼が投げたであろう車の下敷きになっている者たちがいた。

 周りの者も気づいてはいるが、戦闘中なため助けられないらしい。


「今助けますね!」

「うう……すまない……」


 下敷きになってるのは二名。

 二十代くらいの若い男の魔術師たちだ。

 明乃は何やら魔術を唱えて車を風で吹き飛ばした。

 そして二人の魔術師に治癒の魔術をかけた。治癒の魔術は自然治癒を早めるものだから、すぐに傷が治るわけじゃない。しかし、治癒の魔術をかけておけば重傷でも死に至ることはない。


「おい! 助けたなら戻るぞ!」

「まだ助けが必要な人がいます!」

「お前がする必要はない!」

「私がやらなくちゃ死んじゃうかもしれません! 人が目の前で死ぬのは嫌なんです!」


 そう言って明乃は走って戦場の後方で負傷している者たちを助け始めた。

 その無条件で人を助ける姿勢がどうにも俺の師と被る。

 俺を庇ったときも、それ以前に困っている人を助けていたときも。笑顔で師匠は人を助けていた。自分が助けたいから助ける。それが彼女の行動原理だった。

 自分が損をして、他人の世話焼く。そのことは俺からすれば理解不能だった。それでもそんな師匠を俺は放っておけなかった。進んで人を助ける人にはなれなくても、それを支える人にはなれるはずとも思ってた。

 その勘違いの代償に俺は師匠を失った。

 そんな師匠と明乃の姿が被る。かつてのように放っておけないとも思うが、それと同時に胸をキリキリと締め付けるトラウマが蘇る。


「参るぜ……日本に来てまで古傷を抉られるのかよ……」


 自分の左胸を押さえる。思い起こされる師匠の姿、声。それが俺の胸を締め付け、すべての行動をやめさせる。

 襲ってくるのは恐怖と後悔。それらを耐え忍ぶと、俺は自分を落ち着かせるように深呼吸をした。

 すると、いつもどおり周囲の音がよく聞こえるようになったし、魔力を感じることもできるようなった。

 だから後ろからゆっくりと迫る足音と感じたことのある魔力に気づくこともできた。


「天災級の魔物を復活させるために魔力が必要って話を聞いたときから、もしかしたらとは思ってたんだ」

「あら? そうなの?」

「聖王家の血筋は強力な霊媒だ。豊富な魔力を持ち、一人いれば巨大な魔力タンクを手に入れるに等しい。だからエリスを狙った奴らが日本で暗躍している奴らと繋がっている、なんて話もありえるだろうとは思ってた」


 振り返るとそこには長髪の剣士がいた。

 ケルディアで会ったときと同じく女物の着物を着て、化粧をしている。ただし、ひとつだけ決定的に違う点があった。


「物騒なもんを持ってるな?」

「姫を狙ったときは隠密だったから、こういう強力な武器は持ち込めなかったの。けど今回は違うわ」


 そう言って長髪の剣士は左右の腰にさした小太刀を引き抜く。

 血のように真っ赤な刀身が姿を現した。禍々しい魔力から察するに妖刀、魔剣の類。しかもかなりヤバい代物だ。


「私の名はキキョウ。お手合わせ願おうかしら、冒険者さん」


 そう言ってキキョウは薄く笑う。

 その笑みは酷薄で残忍なものだった。ホルスターから銃を抜きながら、ケルディアで出会ったときよりも何倍もヤバい気配に警戒を強める。


「おいおい、鏡見たことあるのか? キキョウって顔じゃねぇだろ」

「失礼しちゃうわ。もちろん、毎日見てるわよ。化粧してるもの」

「そうかい。じゃあ目じゃなくて頭のほうがおかしいんだな」

「あらあら。失礼ね。たしかに私がつけた名前だけれど、気に入ってるのよ? 私は永遠の愛を誓ってるのよ。血で血を洗う闘争に!!」


 キキョウの花言葉は永遠の愛。たしかにその花言葉どおりの奴かもしれないな。

 そんなことを思いつつ、俺はキキョウの一撃を鞘に入った刀で受け止めたのだった。

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