第三十七話 少女のお礼
タンバは激怒した。必ず、かの邪知暴虐な友人にわからせてやらねばと決意した。
というわけで、友人に「あんまポイント増えてなくね?」と馬鹿にされたので明日は三回更新決行。
わかっているな! 君たち!?
「できたよ! トウマ!」
そう言ってミコトは何十枚もの一万円札を俺に見せつける。
「見せびらかすな……また騙されるぞ?」
結局、あのハンバーガーショップで五個のハンバーガーを食べたミコトを銀行に連れていったのがついさっき。
そこでケルディアの貨幣を日本の紙幣に変えてもらってきたわけだ。これで当分、ミコトは平気だろう。
「じゃあな。それじゃあ日本見物楽しんでくれ」
「え? 帰っちゃうの!?」
「そりゃあ帰るだろ。用事は済んだ。お前も気を付けろよ」
「ま、待ってよ!」
帰ろうとする俺の服の袖をミコトが両手でつかむ。
まだ何かあるのかと振り向くと、ミコトは人懐っこい笑みを浮かべていた。
「お礼させてよ!」
「……お礼?」
「うん! 助けてもらったし、食事もごちそうしてもらったしね」
「いや、別にいい」
思わぬ形で時間を取られたが、俺はこれから屋敷に帰って寝る予定だ。
それに勝る用事なんてない。
「えー!?」
「じゃあな。困ったら適当に警官へ質問しろ」
「待ってよー! お礼させてよー!」
先を急ごうとする俺と服を掴んで引き留めようとするミコト。
しばらくズルズルとミコトを引きずっていたが、周りの目が気になったため俺は立ち止まる。
「はぁ……お礼ができれば満足か?」
「うん!」
「じゃあ適当に済ませてくれ……」
「よし! じゃあボクがすごく楽しいところに連れていってあげるよ!」
そう言ってミコトは胸を張る。
楽しいところ?
嫌な予感を覚えつつ、俺はミコトの後に続いた。
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「じゃーん! どう!? すごいでしょ!?」
「……」
そう言ってミコトは目をキラキラさせながら奥を見つめている。
周りには親子やカップルばかり。
そこは俗にいう遊園地だった。
「まさかとは思うが……ここに連れてくるのがお礼か?」
「うん! すっごく楽しそうでしょ?」
「楽しめるのはお前だけだ……」
少なくとも俺はまったく興味がわかない。
やはりこんな世間知らず娘のお礼なんて受けないほうが。
「あの人と一緒に入りたいんですけど!」
「はい。カップル二名ね」
「えっと、これで足りますか?」
「はい、一万円のお預かりね」
「ちょっと待てぇ!!」
しかし時すでに遅し。
ミコトは受付でチケットを二枚買ってきてしまっていた。
「トウマ、トウマ! 一人で買えたよ!」
ミコトはおつかいを成功させた子供のようにはしゃぐ。
なんとなくボールを取ってきた犬みたいに見えてしまった。たぶん尻尾があれば高速で振っているだろう。
「可愛い彼女だね。お兄さん」
「こいつが彼女に見えるのか……」
この年齢の少女を彼女にしてたら俺は犯罪者だぞ。まったく。
暢気な受付のおっさんに呆れつつ、俺は差し出されたチケットを見る。受け取らずに帰るという選択肢もあるが、周りにはカップルや家族連れが多い。ここでミコトに騒がれたらどんな誤解を受けるかわかったもんじゃない。
「はぁ……入るしかないか」
「うんうん! 早く入ろうよ!」
ミコトは脱力した俺を引っ張り、ゲートをくぐる。
そして先ほど以上に目を輝かせて周囲を見つめる。
「うわぁ! 夢の国みたいだね!」
「いやこの規模の遊園地でそれは言いすぎだろ……」
もっと遠くにある遊園地なら夢の国と間違えてもおかしくはないだろうが、ここは都内にある小さな遊園地。そこまで感激するほどのモノは置いてない。
「えー、こんなに素敵なのに」
「この国ならもっと素敵な物はたくさんある」
平和で豊かな国だからな。こういうところには困らない。
魔物がおり、戦争が多いケルディアの人々からすればまさしく夢の国かもしれない。
「ホント? じゃあいつか見に行きたいなぁ」
「行けばいい。時間はあるんだろ?」
「う、うーん……どうだろ? 今日は時間あるけど、明日はないかな。お母さんに連絡しなくちゃいけないし」
「母親もこっち来るのか?」
「たぶん。お母さんは孤児院の院長だから、いつ来るかわからないけど」
「孤児院の院長?」
「うん、ボク、孤児だからさ」
またヘビーなことをさらりと言う奴だ。
たしかにケルディアじゃ珍しくない。珍しくはないが、本人にとっては簡単に受け入れられることではないはずだ。
「そうか……寂しいか?」
「ううん、孤児院にはいっぱい子供たちもいるし、寂しくないよ? 拾われたときはさすがに寂しかったけど、もう平気」
「そうか。それならいい」
ニッコリとミコトは笑う。天真爛漫なその笑みは遊園地で笑う人々の中でも輝いている。
今を全力で楽しむ者の笑みだ。
うん、この子は純粋だ。間違いない。
だから俺は再び浮かんだ疑念をとりあえず横に置いた。
「ねぇ! あれにボクも乗りたい!」
「あれって……ジェットコースターかよ」
子供やカップルは楽しいだろうが、俺は魅力を感じない。絶対にスピード不足で物足りなさを感じるはずだ。
しかし、もうミコトはそちらに向かって歩いている。
はぐれるわけにもいかず、俺はミコトの後を追った。
列を無視しそうなミコトを引きずって最後尾に並ぶが、たいして人がいなかったため、あまり待たずに出番は回ってきた。
「うわぁ! すごい! すごいよ! トウマ!」
「はいはい。それは良かったな」
シートベルトが下ろされ、発進準備に入った段階ですでにミコトのテンションはMAXだった。
このまま降下に入ったらどうなるのやら。
「それではよい旅を~」
そう言って係員がコースターを発進させる。
ガタンゴトンとコースターは坂を上っていくが、ミコトはずっとテンションが高いままだ。
「見て見て! トウマ! あんなに建物が小さく見えるよ!」
「ああ、そうだな」
「あっ! あっちには変わった建物があるね! なんだろう?」
「さぁ、なんだろうな」
俺のおざなりな返しに文句も言わず、ミコトは周りを見てはしゃぎまくる。
そうこうしている間にコースターは頂上まで来た。
「ねぇねぇ」
「舌噛むぞ。黙ってろ」
「はーい」
たしなめるように言うとミコトは意外にあっさりと言うことを聞いた。
そしてコースターは一気に降下する。
「わぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ミコトは俺の隣ではしゃぐが、俺はどうにもそんな気分になれない。
やはりスピード不足だな。もうちょっとスピードがあれば楽しめるのかもしれないが。
まぁここじゃそんなもんだろう。
「お帰りなさ~い」
係員に迎えられ、コースターは到着する。
シートベルトが外され、ピョンと軽快にミコトはコースターを降りた。
「すっごく楽しかったね!」
「そうか? 俺は物足りなかったけどな」
「えー、じゃあ別のヤツにしようよ!」
俺が楽しめてないのが不満なのか、ミコトは不満気に唇を尖らす。
しかし、すぐに切り替えて俺の手を引いた。
その後、遊園地にある一通りの乗り物を制覇したあと、ミコトは観覧車を指定した。
「最後はあれって決めてたんだよね!」
「だろうと思った……」
もうあきらめている俺は抵抗もせず、ミコトについていく。なんだか保護者になった気分だ。
係員に案内され、俺とミコトはゴンドラに乗る。
そのままゆっくりとゴンドラは上へのぼっていく。
「すごいねぇ……こんな綺麗な景色はじめてみたよ」
「ケルディアの自然のほうが何倍も綺麗だと思うがな」
「そういうのは見慣れちゃってるからさ。ボク、あんまり都会に行ったこともないし、この国で触れる物はみんな新鮮なんだよね!」
ケルディアの都会にすら行ったことないのに、よく一人で日本へ来る気になったな。
その行動力だけは称賛に値するな。
「……ごめんね」
「うん? どうした?」
いきなり顔を伏せてミコトは謝ってきた。
見ればミコトの顔はさきほどと打って変わって曇っている。
「ボクばかり楽しんじゃって……トウマへのお礼なのに、結局トウマに色々教わってるし……」
「そうだな。お前のほうが間違いなく楽しんでるな」
「あう……」
落ち込むミコトを見て、俺は苦笑する。
なんだかんだ、こいつはこいつで俺のことを見てたらしい。
「けど、お前ほどじゃないが俺もそれなりに楽しんでる。そうじゃなきゃ付き合ったりしないさ」
「ホント……?」
「ああ。いい息抜きになった」
これは本当だ。
ここ最近、色々あったし日本にきてこういうところに来ることもなかった。ミコトが連れてこなきゃこれからも行くことはなかっただろう。
そういう点では感謝しているといってもいい。
「そっか……よかった」
安心したようにミコトは笑う。
その笑みから悪意なんて微塵も感じられない。
やや人間嫌いが入っている俺からしても好印象な少女だ。よく笑うし、正直だ。明乃と引き合わせれば良い友達になるだろう。
だが、結局俺はそのことを言いださなかった。
胸に抱いた疑念が消えなかったからだ。
観覧車を降りると、俺たちはそのままゲートをくぐって遊園地を出た。
「うーん! 楽しかったー!」
「それはよかったな。今度、孤児院の子供たちも連れてきてやれ」
「うん……そうだね」
寂しそうにミコトはつぶやく。
自分だけが遊んで罪悪感を覚えたのか、連れてこれないと思っているのか。
どちらにしろミコトらしくない表情だった。
しかし、すぐにミコトは笑みを浮かべる。
「ありがとう、トウマ。すごくいい経験になったよ。それじゃあ、またどこかで会おうね」
「ああ、そうだな」
ブンブンと勢いよく手を振ってミコトは去っていく。
それを見送り、俺も帰路につく。幸い、ここから屋敷までそこまで遠くはない。まぁ俺の足ならって意味だが。
その後、屋敷に戻った俺はのんびりと過ごすのだった。