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第三十六話 紫髪の少女





 パーティーから三日が経った。

 まだまだ俺が狙われる気配はない。今日はケルディアから来た大臣の護衛というつまらない仕事を受けてしまい、俺の午前はつぶれた。

 昼になり、なにか食べていくかと店に入ったとき。

 店の中でなにやらもめ事が発生していた。

 嫌な予感を感じて引き返そうとするが、それを引き留めるように腹が鳴る。


「ま、関わらなきゃいっか」


 スルーして店の中に入ると、チラリともめ事の現場が見えた。

 どうやら店員と少女がもめているようだ。


「ですからお客様、そのお金では当店では食事はできません」

「えー、こんなにあるのに?」


 そう言って少女が財布を開く。

 するとケルディアの貨幣が見えた。なるほど。世間知らずのケルディア人か。

 まぁ放っておいても平気だろ。飯食う前みたいだし。

 そんなことを思いながら席につくと、少女を見ている二人組の若い男に気づいた。見るからに態度が悪く、品があるとはお世辞にも言えない。

 髪を染め、ピアスをあけて軽薄そうな笑みを浮かべている。典型的なチャラ男だな。

 そいつらはなにやら二人で話し合いを始めると、ニヤリと笑って席を立ち、少女と店員の話に割って入った。


「お嬢さん。今、手持ちないんでしょ? じゃあ俺らがおごってやるよ」

「ただ、あとで銀行いったら金返してね」

「ホント!? いいの!?」


 どう見ても悪だくみしている顔だ。

 相場も知らない世間知らずの子供からぼったくる気なんだろう。少女の財布から見えた貨幣を日本円にすれば数日遊べ尽くせるだけのお金にはなる。

 店員もその可能性には気づいているようだが、親切心の可能性も考えているのか男たちを止めようとはしない。

 そうこうしている間に男たちは少女を席につれていこうとする。

 ため息を吐き、俺は席を立った。


「おい、やめとけ。そいつら金をだまし取る気だぞ」


 俺の言葉に店の中がシーンと静まり返る。

 だから嫌だったんだ。まぁもうしかたないか。


「んだと!? てめぇ! どこにそんな証拠があるってんだ!?」

「俺たちは親切心で言ってやってんだぞ!?」


 百歩譲って親切心だったとしても、その裏には邪な気持ちが混じっていることは間違いない。

 長い紫の髪に赤茶色の瞳。そして透き通るような白い肌。小柄で十四、五歳に見えるが、街を歩けばアイドル事務所がスカウトしてもおかしくないほどに顔は整っている。控え目にいっても美少女だ。

 食事のあとにこの少女をどこに連れていく気なのやら。まぁそんなことをすればこいつらが返り討ちにあるだろうが。

 身のこなしでわかる。この少女は只者じゃない。だからこそ、放置もできない。下手したらこいつら殺されてしまうだろう。


「なんてこと言うのさ! この人たちはとっても親切な人たちなのに!」

「はぁ……」


 騙されていることに気づかず、少女は男たちを庇いだした。

 それを見て男たちもニヤニヤと勝ち誇っている。

 そんな男たちに俺は一枚のカードを見せる。なんてことはない。ただの冒険者カードだ。

 ケルディアにいる冒険者なら誰だって持っている。


「ケルディアの冒険者だ。最近、ここらへんでケルディアからの観光客を騙す犯罪が多いと聞いてる。ちょっと話を聞かせてもらえるか?」

「なっ!?」

「嘘だろ!?」


 完全に口から出まかせだが、慣れた感じだったしやっぱり初めてじゃないみたいだな。

 よくそんなことをしていて無事だったな。

 一方、少女のほうが状況についていけずポカンとしている。


「なに、警察へ行って少し話をするだけだ。何もなければすぐ終わる」

「いや、その……」

「俺ら用事あるっていうか……」

「ほう? じゃあ彼女の面倒は見れないな?」


 別にこいつらを警察に突き出す気なんてない。どうせ下っ端か遊び半分でやっている奴らだろうし。

 あとでエリスに一言言っておけば、警察も取り締まりを強化するはずだ。そうすればこんな奴らすぐに捕まる。


「そ、そうだな! 俺らやっぱりこの子の面倒見れねぇわ!」

「っていうか、もう時間じゃね!?」


 そんなバレバレのごまかし方をして、男たちは慌てた様子で会計を済ませて店を出ていく。

 残されたのは俺と少女のみ。しかし、騒ぎを起こしたせいか店の人たちの視線が痛い。

 さすがにここで食事というわけにはいかないか。


「一緒に来い」

「え? ちょっと!?」


 店の人に一言謝罪をいれつつ、俺は少女の手を引っ張って店を出た。

 そのまましばらく無言で俺は少女の手を引き、適当に見つけたファーストフード店に入った。


「えっと? ここはなに?」

「ハンバーガーショップだ」


 店に入るとすぐに二階に上って席を確保する。昼時だがピークは過ぎたのか人はあまりいない。


「はんばーがー? 食事する場所?」

「そうだ。さっきの店は騒ぎを起こしちまったからな」

「えっと……ボクのせい?」

「はっきり言ってそうだな」


 お腹が空いているからそれなりの店に入ったのに、そこを出ていかざるをえなくなり、ファーストフード店に入ったのはまちがいなく目の前のこいつのせいだ。

 もうちょっと常識を学んでから日本に来いよ。


「でもさっきの人たち食事代を立て替えてくれるって……」

「で? その後、いくら返せばいいのかお前にはわかるのか? 向こうが正しいこと言うとは限らないんだぞ?」

「わ、わからないけど……そうやって人を疑うのよくないよ!」


 不満そうに少女は眉を潜める。

 言いたいことはわかるが、説得力はないな。


「あーもう。そういうことは最低限の常識を身に着けてから言え。ほれ、一緒に来い」

「また移動するの?」

「いや飯を買いにいく」

「このお店ってケルディアのお金使えるの!?」

「使えるわけないだろ……奢ってやる。とりあえず飯食ったら銀行だ」

「ホント!?」


 少女はパッと顔を明るくする。

 この子もお腹は空いてたらしい。

 食事ができるとわかった瞬間、素直に俺のあとについてくる。

 よくこれで今日まで無事だったな、この子も。


「そういえば名前は? 俺は斗真だ」

「ボク? ボクはミコトだよ」


 日本人っぽい名前に俺はやや驚きを覚えた。

 たしかに容姿には日本人っぽさがあるが。


「まさか日本人か?」

「ううん、ハーフなんだって。お母さんが日本から来た人だったんだって」


 なるほど。そこらへんが理由で日本に来たのか。

 なんとなく親のことを聞こうとして、やめた。

 魔王の襲来以来、親がいない子供はケルディアには大勢いる。一緒に来ていないことから見てもそういう子の可能性は高い。

 だから俺はそこらへんの事情は深く聞いたりはしなかった。




■■■




「うわぁー、これ美味しいね!」


 注文したハンバーガーを頬張りながらミコトが幸せそうに言った。

 最初は食べ方がわからず、混乱していたが一つ食べ終えた頃には慣れたのかもう二つ目も食べ終わりそうだ。

 一応、互いに二つずつ買ってきたが、この感じじゃ追加で買ってこないといけないかもな。


「ハンバーガー程度でよくそんな幸せそうな顔ができるな……」

「えっ? 美味しくないの?」

「それなりには美味いが、あくまでそれなりだ。間違いなく、さっきの店のほうが美味い食事が出てきたぞ」

「ホント!? この国ってすごいんだね!」


 驚きの声をミコトがあげる。それなりに大きな声だったせいで、わずかにいた客がこちらを見る。

 その人たちに軽く頭を下げて謝りつつ、俺はミコトを観察する。

 幸せそうにハンバーガーを食う姿は純粋な少女そのものだが、なにか違和感がある。戦い方を知っているのはまぁいい。ケルディアから来たならそれなりに腕に覚えがあっても不思議じゃない。

 ただそれとは別にミコトにはなにやら違和感を覚える。それがなにか俺は掴み損ねていた。


「あっ……終わっちゃった……」


 残念そうにつぶやくミコトは、物足りなそうに俺の目の前にあるハンバーガーを見る。


「見てもやらんぞ」

「うー……わかってるよ……」

「だいたい、そんなに食うと太るぞ?」

「へ、平気だよ! ボクは成長期だし!」


 そう言ってミコトは胸を張る。

 そうして強調された胸を見て、たしかに成長期ではあるようだと結論づける。たぶん明乃より年下だと思うが、明乃よりもあるな。

 これがケルディアの血か。


「はぁ……俺が食い終わったら新しいのを買ってきてやる。それまでポテトでも食ってろ」

「ホント! ありがと! トウマ!」


 人懐っこい笑みを浮かべ、喜びを惜しみなく表情に出す。

 その笑みを見て俺は違和感を追うのをやめた。

 どんな少女であれ、今を楽しんでいるならそれでいいだろうと思ったのだ。

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