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第三十五話 良耳

 パーティー会場の別室。

 そこで俺はレオンと明乃を引き合わせていた。


「亜獣王国ベスティアの第四王子レオンと申します」

「と、東凪家の東凪明乃ですっ」


 明乃は頭を下げ、レオンは優雅に一礼した。

 しかし、明乃は困ったような視線を俺に向ける。


「どうした?」

「ちょっとこっちへ」


 言われて俺は部屋の隅に引っ張られていく。なんだ、待ち望んだ展開をセッティングしてやったのに。


「なんだ?」

「お、王子なんて聞いてませんよっ!?」


 ああ、そういえば言っていないな。

 小声で怒る明乃に俺は感心する。


「王室に無礼は働けないっていうくらいの冷静さは残っていたか」

「私をなんだと思ってるんですか?」


 ただの異常モフナーだと思っていると喉まで出かけたが、面倒な予感を感じたのでひっこめた。

 ケルディアには王制が多い。それは地球の王族よりも特殊な力を持った王族が多いからだ。そのため、どの国でも王室の重要性は高いということだ。

 無礼があればたしかに外交問題だろう。だが、今回はレオンがいいと言ったことだ。問題にはすまい。


「ま、本人が触っていいって言ってるんだから触らせてもらえよ。常識の範疇で」

「え、えっと……どこまでが常識なんでしょうか?」

「どこまでって、耳を触るだけでお前はどこまで行く気なんだ……?」


 やや引きつつ、やばいようなら止めればいいかと考えて俺は明乃をレオンの傍に連れていく。

 こんな茶番はさっさと終わらせよう。それが自分のためだ。


「というわけで、レオン。地球には亜人がいない」

「はい。存じてます」

「で、亜人を見たいことがないこの明乃は、どういう風になってるのか非常に興味があるらしい。触らせてやってくれ」

「は、はい……僕の耳でよければ」


 そう言ってレオンは戦場で死を覚悟した戦士のように耳を差し出す。

 なにもそこまで覚悟しないでも。

 そう思って俺は明乃を見るが、明乃は明乃でなぜだかめちゃくちゃ気合が入っていた。

 それこそ戦闘中なみの意気込みようで手を伸ばそうとしている。それを見て、レオンの顔がひきつる。

 たしかにこれは怖いわな。

 しかし、レオンも獅子王家の男子だ。覚悟を決めて明乃の手を受け入れた。


「こ、これがケモミミ……!」

「ど、どうですか!? これでも密かに良耳だと自負しているのですが!」

「この手触り、温かさ! 良耳です! とても良耳です!」


 良耳ってなんだよ……。

 その後、しばらく静かに明乃はレオンの耳を触り続けたあと、幸せそうな顔でお礼をいった。

 レオンのほうも自慢の耳を褒められてまんざらでもなかったようで、笑顔で応じている。

 もう俺にはわからん世界だな。


「ところでサトウ殿。姫と話をしていたようですが?」

「ああ、聞いてきた。ブリギットはたしかに姿を現したらしいな」

「……これは国家機密なのですが、サトウ様には教えておきますね」

「ん? なんだ?」

「数か月前。我が国に保管されていた秘宝が盗まれました。盗まれたのは神獣〝雷獣〟の牙です」


 神獣というのはケルディアにいる魔物とは別種の存在だ。

 名前のとおり神のように強く、大昔は本当に神のように崇められていた。今では数を減らしているが、それでもケルディアでは神獣の領域に立ち入ることは禁忌とされている。

 そんな神獣の牙ともなれば武器の素材としては最高だ。もちろん加工するにはかなりの腕がいるだろうが。


「それもブリギットの仕業か」

「確証はありませんが、おそらくは」

「そうなると出てくる武器は規格外の化け物だろうな」

「あの、斗真さん」

「ん?」

「その神獣と天災級の魔物はどっちが強いんですか……?」


 難しい質問をするな。

 神獣と天災級の魔物が衝突することなんてほとんどないし、俺も神獣とやりあったことはほとんどない。


「たぶん天災級の魔物だろうな。ただ神獣には個体差がある。強い神獣なら天災級の魔物も倒すかもな。ただ……」

「ただ?」

「ブリギットが本当に神獣の牙で武器を作ったとなれば、その持ち主は間違いなく天災級の魔物に匹敵する脅威だ」


 かつてあいつの魔剣を持たされた子供たちは、何の訓練も受けていないし、素質に恵まれていたわけでもないのに聖王国の騎士たちと打ち合うことができた。

 それを考えれば神獣の牙を使って魔剣がどれほど脅威かわかるだろう。


「そんな相手に狙われて斗真さんは大丈夫なんですか?」

「心配してるのか?」

「当たり前ですっ!」


 強い口調で言われて俺は苦笑した。

 明乃に心配される日が来るとはな。


「サトウ殿にその手の心配は必要ありませんよ」

「ですけど……」

「今でもケルディアでは最強の剣士は、白金の騎士か無刃の剣士かで論争が起きます。ですが大抵の場合、同じ結論に行きつきます。相手が人外ならば無刃の剣士だろう。なにせ魔王を斬ったのだから、と」

「ま、たしかに人外相手のほうが得意ではあるな」


 並外れた力を持つ天災級の魔物のほうが俺は得意だ。理由は簡単で、あいつらのほとんどが巨大な魔力を抱えているからだ。

 魔力さえ吸収できればそれだけで俺には一発逆転の目が出てくる。

 一方、人間相手だと魔力が決まってくる。そして人間のほうが魔力を節約して戦うため、上手く立ち回っても強力な刃を召喚するのに時間がかかる。

 だから俺は魔物相手のほうが得意というわけだ。


「でも、今回は武器を持った人間ですよ?」

「ブリギットが作った武器を持っているならばそれはもはや人外です。おそらく彼女はこの数年で素材を集め、渾身の武器を作った。その武器がまともなわけがない。お気をつけを、サトウ殿。あなたが正面から戦えば負けるとは思いませんが、敵はおそらく少女です。油断なさらぬように」


 そう忠告してレオンは部屋を去る。

 残された俺と明乃ももうやることはない。


「帰るか」

「大丈夫なんですか? このままここにいて騎士の人達に護衛してもらったほうが」

「騎士の護衛より帰ったほうがマシだ。東凪の屋敷には結界があるからな。壊すならまだしも、あれをすり抜けるのは困難だ。つまり東凪の屋敷にいれば寝込みを襲われるのだけは避けられる。ま、そもそも俺が東凪家にいるのは一部の人間しか知らない。探すにしても苦労するだろうよ」

「そうですか……それならいいんですが……」

「心配しすぎだ。たしかにブリギットは俺を殺したいほど憎んでいるだろうが、だからこそわかりやすい。不利なら逃げればいいだけだ。幸い、サポートしてくれる人間も多いしな」


 俺の言葉に明乃は難しそうな顔を浮かべた。

 また余計なことを考えているな。もうちょっと気楽にいけないもんかね。こいつは。


「……疑問があります」

「なんだ?」

「どうしてブリギットという女性はそこまで斗真さんを憎むんですか? 斗真さんだけが彼女の邪魔をしたわけではないですよね?」


 まったく。

 こういうときはやけに鋭い奴だ。

 喋っても問題がないことではある。ただ喋りたくはない。

 だが、東凪の屋敷にいくということは明乃や東凪の人間も危険にさらす。さすがに憎まれる理由は話しておかなきゃか。


「……俺がブリギットの娘を殺したからだ」

「え……?」

「あいつは魔剣を使って娘の死体を復活させていた。魔剣が死体を操っていたと言ったほうが正しいかもな。そしてその娘の死体がヴィーランドを殺そうとしたとき、俺が斬った。だからブリギットにとって俺は娘の仇ってわけだ」


 だから二度と関わりたくはなかった。

 あれほど苦々しい勝利は初めてだった。

 ヴィーランドを守りきったというのに、だれもが傷を抱えることとなり、誰も救われなかった。

 またあれが起きると思うと気が滅入る。

 アーヴィンドが俺の居場所を教えたのもそのためかもしれない。あいつなら辻斬りが持っている武器が特殊な業物だと気づいたはずだ。そこからブリギットの存在に思い至ってもおかしくはない。

 そして俺が辻斬りの気を引いている間にブリギットを捕える。そうすればかつてのような悲劇は起きない。

 餌にされたことは癪だが、俺が餌になったほうが被害は小さいだろうことも理解できる。

 アーヴィンドがいけ好かないのはこういうところだ。あいつのやる行動はむかつく癖に有益なんだ。


「悲しいですね……もちろんブリギットという人は間違っていますけど……」

「ああ、あいつは間違ってる。一番間違っているのは罪のない子供を巻き込んだことだ。そしてそのことに衝撃を受け、俺たちはあいつを追撃しなかった。あの時、俺たちはブリギットを捕えるなり、殺すなりしておくべきだった。そういう意味ではこれはやり残した仕事だな」


 あの日、子供たちがどんどん死んでいくのを見て、リーシャが泣いていた。

 子供たちを助けようとエリスが死にゆく子供たちへ必死に回復魔法を使っていた。

 あの光景だけはもう二度と見たくはない。

 そのために今度こそ斬らなくちゃいけない。あの女を。

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