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第三十四話 二大鍛冶師



「申し訳ありませんわ。お待たせしてしまいましたわね」

「そうでもない」


 エリスの周りから人がいなくなった瞬間を近づいて、俺はエリスに近づいた。

 もちろん、レオンの言葉を確かめるためだ。


「さっきレオンと会った」

「そうでしたの。久しぶりの会話は楽しかったですか?」

「まぁ成長してたな。ただ気になることを言ってた。あの噂ってのはなんだ?」


 俺の追求にエリスはしばし黙り込む。

 言いたくないのか、ここじゃ言えないのか。


「……」

「俺に関係あることらしいが?」

「……」

「はぁ……」


 無言を貫くエリスを見て、俺はため息を吐いた。

 これはあれだな。言いたくないほうだな。言えないならそう言うはずだ。


「巻き込みたくないとか思っているならズレてるぞ?」

「……なぜですか?」

「すでに巻き込んでるじゃねぇか」


 俺の言葉にエリスは拗ねたように顔をそむけた。

 情報得ればそれだけ巻き込まれる確率はあがる。だが、ここに呼んだ時点でそんなこと

言うのは間違っているだろう。

 なにかあるために俺を対策として呼んだなら、俺にも情報を落としてくれないと困る。


「お前が何も教えないなら勝手に調べるぞ?」

「そ、そんな言い方、卑怯ですわ……」

「使うだけ使って情報を教えないのも卑怯だと思うがな」


 エリスは恨めしそうに俺を睨んだ後、諦めたようにため息を吐いて肩を落とした。


「わかりましたわ……。お話しします」

「よろしく頼む」


 そうしてエリスが喋り始めようとしたとき、明乃がこちらに近づいてきた。

 明乃としては他意はないんだろうが、タイミングが悪い。


「明乃、しばらく向こう行っててくれ」

「え? あ、お邪魔でしたか?」

「いえ、アケノさんもこちらに。アケノさんにとっても無関係ではないかもしれませんわ」

「なに?」


 俺だけじゃなくて明乃も関係してるのか?

 一体なんだ? 俺と明乃は知りあって間もない。それなのに俺たち両方に関わりあることなんてあるのか?


「なにかあったんですか?」

「……失踪していた人物が姿を見せたのですわ」

「失踪……? おい、まさか!?」

「はい。二大鍛冶師の一人、ブリギットですわ……」


 その名前を聞いた瞬間、俺はこれから碌な未来が待っていないことを確信した。

 正直、一生聞きたくもない名前だ。


「あの……その人ってどんな人なんでしょうか?」

「二大鍛冶師の一人、ブリギット。魔王と戦う連合軍に数多の武器を提供した鍛冶師の女性ですわ。彼女の武器によって救われた人は数多くいます」

「えっと……その人が姿を見せるのがなぜ悪いんですか?」


 過去にあった事件を知らない明乃にはたしかに理解できないだろうな。

 エリスが俺を見てくるが、俺は首を横に振る。俺から説明するのはごめんだ。

 エリスもそれを察して静かに頷く。


「彼女は常にもう一人の二大鍛冶師、ヴィーランドという男性と争っていましたわ。ただ、二人は互いに腕を認め、切磋琢磨する盟友ともいえる間柄でした」

「良きライバルって感じだったんですね。それでその二人に何が?」

「ブリギッドには娘がいましたわ。その娘がいた村が魔王軍に襲われ、その娘は……命を落としてしまいました。問題だったのは、その村を守っていた傭兵がヴィーランドの武器を使っていたことだったのですわ」

「それって……」


 大体察しがついたという顔を明乃はするが、あの女の凶行はこれからだ。

 恨むのはわかる。最愛の娘を失ったんだ。だれかを恨まなきゃやってはいけないだろう。

 ヴィーランド自身もそのこと自体は覚悟してた。

 だが、あの女はとんでもないことをしでかした。


「ヴィーランドとブリギッドは作り手として真逆の考えを持っていましたわ。ヴィーランドは使い手の力を最大限まで高める武器が至上と考えていました。しかし、ブリギッドは使い手を最大限まで強化する武器が至上と考えていたのですわ」

「使い手を最大限まで強化する武器……?」

「トウマ様の持つ朔月はヴィーランドの作品ですわ。トウマ様ですから素晴らしい武器となっていますが、ほかの者では真価を発揮するのは難しいでしょう。ブリギッドはその逆。誰が持っても強くなれる武器を作っていたのですわ」

「つまり、普通の人でも強くなれる武器ってことですよね?」


 そうだ。それは武器という本質からすれば正しい。

 万人が使える武器こそ一番だ。一人にしか使えない武器なんて、その一人以外に価値はない。それはヴィーランドもわかっていた。だが、ヴィーランドはそれでも依頼主に合わせた武器を作り続けた。実際、魔王を倒した五英雄の武器はすべてヴィーランドが制作したものだった。

 強者をより強者にするのがヴィーランドであり、弱者を強者にするのがブリギッドだった。だから平の兵士に好まれたのはブリギッドだった。ブリギッドは魔王軍との戦いのために身を粉にして大量の武器を作り続けていたからだ。


「ブリギットは守りたかったのですわ……虐げられる弱者を。だから弱者のために武器を作り続けた。それは強者をより強くするヴィーランドがいたからこそとも言えますわね。ですが、そのヴィーランドの武器を持つ者が弱者をしかも、自分の最愛の娘を守れなかった。だからブリギットは自らの考えこそ絶対だと思い込みはじめたのですわ」

「それで、その……ブリギットさんはヴィーランドさんに復讐したんですか?」


 エリスは悲し気に頷く。

 そうブリギットは復讐しにきた。やってはいけない方法で。


「ヴィーランドも事件を知り、自らの命を差し出すつもりでしたわ。しかし、魔王軍との戦いの中、ヴィーランドを失うわけにはいかなかったのでヴィーランドの身柄は聖王国が預かりました。そしてその夜、ヴィーランドを狙ってブリギットが攻め込んできたのですわ……死んだ娘と同じ十代半ばの子供たちに自らの魔剣を持たせて」

「えっ!? どうして!? 守りたかったんじゃ……」

「それがあの女のイカレているところだ。自分の武器を持たせるが子供への救いだと思ってやがる……攻め込んできたのは三百人。全員子供で魔剣に操られるままに聖王都に入り、俺たちと交戦した」

「聖王都にも被害は出ましたが、なにより痛ましいのはほとんどの子供たちを助けられなかったことですわ。助けられたのはトウマ様やリーシャ様がなんとか早期に魔剣を砕いた僅かな子供だけ。行き過ぎた強化は子供の体を酷使し、命を燃やし尽くしてしまったのです」

「そんな……」

「その襲撃が失敗してからブリギットは姿を消した。正直、どっかで死んでてほしかったんだが……」


 そのブリギットがまた姿を現した。

 あいつはヴィーランドを守っていた俺のことも恨んでいる。

 たしかに俺に関係する出来事だ。しかし、だ。


「それで? エリス。なぜ明乃にこの話を?」

「……聖王都に少し前から辻斬りが現れていますわ。多くの騎士がやられ、アーヴィンドが対処に乗り出したのですが、取り逃がしてしまったそうです。問題はあの辻斬りが使っていた武器ですわ。どうやらブリギットが作った武器に酷似しているようです」

「アーヴィンドが取り逃がすほどか……ブリギッドの武器は今でも残っているだろうし、それを流用してるだけって線は?」

「アーヴィンドがブリギットの作品にすべて目を通しましたが、一致するものはないそうですわ。おそらく新型なのでしょう」


 あの女が数年がかりで作った新型か。厄介な匂いしかしないな。


「そしてやられた騎士たちの情報によれば、その剣は血を吸うそうですわ。そして辻斬りは強敵を求めているとアーヴィンドが言っていますわ」

「なるほど。だから明乃にも関係あるってことか」

「どういうことですか?」

「血を吸って成長する武器ということですわ。そしてアケノさんの血はおそらく絶好の獲物と映るはずですわ」


 怖がるかと思ったが、明乃はその言葉にただなるほどと頷く。

 ずいぶんと図太くなった。


「怖くないのか?」

「酒呑童子に比べれば平気ですよ。それに斗真さんもいますから」


 全幅の信頼を込めた目で見られ、俺はため息を吐く。

 今回も頑張らなきゃいけないらしい。


「それで……その……トウマ様」

「うん? どうした?」

「わ、わたくしは後で知ったのですわ……わたくしの差し金ではないということを知っておいてくださいな……」

「だからなんだよ?」

「その……アーヴィンドが辻斬りから、あなたより強い人はいるのか? と問われた際にトウマ様の名前をあげてしまったそうで……それで日本にいるということも教えてしまったそうなのですわ……」

「な……に……?」

「ごめんなさい! あまりにも言いにくくて……それなので……辻斬りの大本命はトウマ様なのですわ……」


 本当に申し訳なさそうにエリスはつぶやく。

 ああ、察しがついた。おかしな話なんだよ。あのアーヴィンドが辻斬りを取り逃がすなんてことが。

 あいつ、裏に誰かいると察して俺をエサにしやがったな。


「あの野郎……また俺をハメやがったな……!」


 静かな怒りの言葉を聞き、エリスは自分が怒られるのではと体をびくつかせる。

 たしかにこいつの監督不足でもあるな。


「エリス……どうしてお前はアーヴィンドの手綱を握っておけないんだ? この前のときといい、今回といい」

「そ、そんなことを言われましても……」

「王女失格だな」


 そういうとガーンといった感じでエリスはショックを受け、わたくしが悪いわけじゃありませんのに、と落ち込み始めた。

 エリスはこの辺にしておいて、アーヴィンドだな。いやその前に辻斬りか。

 まったく次から次へと厄介ごとが降ってくるな。

 俺は疫病神にでも憑かれてんのか?

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