第三十二話 ドレス選び
「ケルディアのパーティーなんて初めてです!」
聖王国の大使館で行われるパーティー。そこでエリスを護衛するという依頼を俺は受けた。
大使館のパーティーに護衛として聖騎士を連れて行くと警戒されかねない。だから俺を使う。これはわかる。
んでもってまぁ明乃が同席なのもわかる。この前の事件の後、結局明乃とエリスはほとんど喋れていないし、次期東凪家の当主である明乃と親睦を深めるのはエリスとしても有意義なことだ。
それはまぁいい。
問題なのは……。
「ドレスなんて適当でいいだろうが……」
赤、青、緑、黄色やピンクに白や黒。東凪家の部屋いっぱいに色とりどりのドレスが広がっていた。
パーティーに行くと決まり、東凪家の者がドレスを用意させたのだ。
その数、二十着以上。どれも新品だ。
そのドレス選びに明乃は手こずっていた。
「四名家のパーティーなら白だと決めてるんですけど……さすがに姫殿下が来るのに白はちょっと……」
「まぁ白のエリスのイメージカラーだからな。たまにピンクとかのドレスも着るらしいが、基本的にエリスは白のドレスが多いな」
「ですよね。となると被らないよう、しかし侮られない。そういうドレスを選ばないといけないんです」
人差し指を立てて明乃は説明する。説明されてもまったく理解不能だ。
一体、なにと張り合っているのやら。
「どのドレスを着ても東凪家を侮る奴はいないだろ?」
「そうはいっても必要なんです。演出みたいなものが。飾りすぎてもあれですけど、飾らな過ぎても駄目なんです」
「そんなもんか?」
「そんなものです」
名家の人間にしかわからない感覚だな。
先祖代々守ってきた格があり、それを守るために背伸びも必要ってことか。
うん、まぁ理解した。
「オーケーだ。それならまず用意するのは胸パッドだな。お前じゃそもそも存在感で負けて!?」
一瞬で俺は部屋から廊下へはじき出された。
単純な魔力を弾にした魔力弾だ。
「おい、人がせっかく真剣に提案してやったのに、どういう了見だ?」
「こっちの台詞です! 今のセクハラですからね!?」
「事実を言って何が悪い。ドレスなんて谷間を見せるための服だぞ? そこを盛らないでどうする?」
「最低ですね……」
冷ややかな視線を明乃が浴びせてくる。
非常に有力な情報を渡したのになぜそんな目で見られなきゃいけないんだ。
「いいか。明乃。これは別に俺の趣味趣向を語っているわけじゃない」
「じゃあなんなんですか?」
「パーティーでの護衛なんて腐るほどやった。その過程で出席者の視線を追っていたらたどり着いた俺の統計結果だ。男は着飾った女を見る。そして一番見るのが谷間だ。だからドレスは谷間が大胆に開いている。それが一番視線を釘付けるにできるからだ」
「な、なんですか……その説得力のある統計……」
「そりゃあそうだ。なにせ、俺とアーヴィンドで護衛をしているときにたどり着いた統計だからな。老若を問わず男はみんな胸に視線がいく。だから侮られたくないなら胸を盛って存在感を出すしかないんだ!」
「し、白金の騎士がそんなくだらないことをしてるなんて……」
自分の中のイメージが崩壊したのか、明乃はショックで肩を落とす。
くだらないこととは失礼なやつだ。俺たちは真面目に護衛し、そこで胸を見ている奴が多いことに気づいた。それだけなのに。
「だから明乃。胸パッドを用意しろ。Bのままじゃお前の存在感は皆無だ。いいか! ボリュームがそのまま存在感だ!」
「B、Bじゃありません! もっとあります! 失礼な!?」
「いや、そんなはずはない。俺の触診に外れはない」
前回触ったときにこいつはBだと判断したんだ。
そこに間違いはないはずだ。
「なっ!? 触診って!? やっぱり狙って触ったんですね!?」
「狙ってない。あれは不可抗力だ。だが、俺は触ると胸の大きさがわかるという無駄な特技を持っている」
「本当に無駄ですね。今すぐ捨ててきてくれませんか?」
ゴミを見るような冷たい目線と共に明乃が黒いオーラを出し始めた。
腕を折ればなくなるんじゃ、とか言っているからかなり怖い。
だが、ここで退いては明乃のためにならない。家格を保つために明乃はドレスを選んでいるんだ。そこには協力してやらなきゃいけない。
「わかった、わかった。じゃあギリギリCはあるということにしよう」
「なんですか、その腹立たしい言い方……」
「だがな、明乃。C程度じゃケルディアのパーティーでは目立たない。向こうは発育がいいからな。存在感ということを考えると、お前の身長なんかを加味してもDは欲しいな」
「でぃ、D……!?」
胸を押さえながら明乃は俺の提示したサイズに驚愕する。
そう、これが四名家のパーティーなら問題ない。人種が同じ日本人だからだ。小さかろうがそこまで目立たない。
だが、今回いくのはケルディアのパーティーだ。日本では平均くらいのサイズでは恥をかいてしまう。そうなれば東凪家の格は守れない。
「というわけで、悪いことはいわんから胸パッドを用意しろ」
「ぐっ……! む、む」
「む?」
「胸の大きさがすべてじゃありませんからぁぁぁぁ!!!!」
「ごほっ!?」
そう言って明乃は思いっきり俺の頬を叩くと、怒った様子で俺を廊下に放り投げて部屋を閉じてしまった。
なぜだ。親切心だったのに。
あまりに予想外な行動すぎて思わず平手打ちを食らってしまった。
あんまりだ。
■■■
「なんだ? 結局青にしたのか?」
「へ、変ですか……?」
そう言って明乃が着てきたのは青色のドレスだった。色合いやドレスのデザインは明乃によく似合う可愛らしいものだった。スカートは短めで足を大胆に露出している。しかし、胸元の露出は控え目だ。
「似合ってるぞ」
「ほ、本当ですか?」
「ただし存在感がやはり欠けているな」
「もうその話はいいですから!」
怒って明乃は先に車に乗ってしまう。
俺もその後に続く。
俺も一応タキシードを着ているが、動きやすいように細部に改良がなされている。俺は存在感を出すことも、人の目を惹きつける必要もないからな。
「ま、真面目な話をしてもいいですか?」
しばらく無言で座っていた明乃がいきなりそう切り出してきた。
俺は深く考えずに頷く。
すると明乃はもじもじと恥ずかしそうにしながら、小さな声で訊ねてきた。
「と、斗真さんと姫殿下って……こ、こ、恋人同士なんですか……?」
「はぁ?」
的外れな質問に俺は怪訝な表情を浮かべた。
こいつは人の話を聞いていなかったのか?
「妹みたいなもんだって言ったと思うが?」
「で、でも! この前はとても親しそうでしたし、今回もパーティーの護衛を依頼してますし……」
「あいつと俺が恋人ねぇ……まぁ別に嫌じゃないけどな。あいつは超がつく美人だし、スタイルだっていい」
「やっぱり胸!?」
「けどな……あいつは俺の師匠の妹分だ。そういう相手としては見ない」
リーシャは九天一刀流を学んでいるとき。つまりリーシャの師匠に剣を幼い頃から学んできた。その過程でエリスと知り合い、ずっと共に育ってきたそうだ。
そんなリーシャの妹分に手を出そうなどとはとてもじゃないが考えられない。
「じゃ、じゃあ……その斗真さんの師匠は……?」
「リーシャか……。リーシャは俺の憧れだった。閃空の勇者と言われて、だれもが一番と認める剣士。でもそれを鼻にかけることもなく、常に弱者のために戦ってた。美人で強くて優しかった。だれからも慕われ、だれからも頼られた。俺にとっては恩人であり、師匠。恋人とか想い人とかそういう表現はあんまり似合わないな。しいていうなら家族だった。自分の半身。そんな感じだ」
「そ、そうなんですか……」
「ああ。だからエリスも妹みたいなもんだ。で、こんなことが聞きたかったのか?」
「い、いえ……その恋人同士なら私はお邪魔かなって」
明乃なりに気を遣った質問だったらしい。
だがおあいにくさま。明乃を誘ったのはエリスだ。
ついでなのはおそらく俺のほうだろう。
「平気だ。たぶんあいつはお前と話したいんだと思うぞ」
「私と? 姫殿下が?」
「エリスも膨大な魔力を狙われたことが何度かあるからな。心配なんだろ、お前が」
まぁ今ではエリスを狙う組織なんてほとんどいないが。
リーシャがほぼ壊滅させたし。
せいぜい黄昏の邪団くらいだろうが、あいつらも聖王女を狙うほどリスキーなことはしない。
だから今、狙われるとしたら明乃だ。だから俺が傍にいるのもエリスは許可したんだろう。
「そ、そうなんですね。すみません……なんか変なことを聞いてしまって……」
「まぁ誤解されるのは慣れてるし、別に構わんよ」
「よく誤解されるんですか?」
「ああ……特に聖王国の聖騎士たちは何を言っても駄目だったな。あいつらからすると愛しの姫君に近づく害虫にしか見えなかったらしい。メンバーが半分も変わってるし、大丈夫だと信じたいが」
「な、なんか壮絶そうですね……」
そんな話をしながら俺たちを乗せた車は静かに大使館に向かっていった。