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第三十一話 黒装束の剣士




 ケルディアの二大強国、アルクス聖王国の聖王都。

 ケルディアで最も栄えている都市の一つであるこの街で、最近妙な噂が立っていた。

 夜な夜な黒装束の剣士が現れ、名のある騎士に勝負を挑むというものだった。

 聖王国には大きく分けて三つの軍がある。一つは通常の王国軍。もう一つは通常の騎士団。こちらは魔法と剣技に置いて秀でた者が選ばれる。そして最後が聖騎士団。十二人から構成され、全員が一騎当千以上の凄腕揃いだ。

 ただし、聖騎士が規格外なだけで聖王国の騎士団に所属するということはそれだけで名誉と実力が認められた証拠だといえる。つまり通常の騎士団に所属する騎士でも、十分に強いのである。

 その騎士に挑むなど馬鹿げた話だ。

 聖王都に住む者はそう鼻で笑っていた。

 しかし、そうは思わない者もいる。

 その一人が聖騎士団長アーヴィンドだった。すでに七人の騎士が一騎打ちで深手を負わされたことを聞き、アーヴィンドは自らを囮として黒装束の剣士を誘いだそうとしたのだ。


「来たか……」



 静まり返った夜の街を歩いていたアーヴィンドは、自分の後ろに誰かが現れたのを感じた。高度な歩法である縮地。それもかなりの使い手。

 騎士たちが負けたのもうなずけるとアーヴィンドは敵を認めながら振り返る。


「君が噂の黒装束の剣士殿かな?」

「……そうだよ。ボクと勝負してよ。騎士さん」


 意外にも小柄な剣士であることにアーヴィンドは気付いた。

 それを悟られないように靴で上げ底をしているのはすぐわかったのだ。おそらく150そこそこしか本来の身長はないだろう。

 加えて、フードからこぼれた紫がかった髪。長い髪をフードに押し込んでいるゆえだ。

 そして頑張って出しているだろう低い声。それらを加味してアーヴィンドは告げた。


「勝負は構わないが、怪我をしても知らないよ? お嬢さん」

「っっ!?」


 黒装束の剣士は警戒したように距離を取る。

 その反応にアーヴィンドは苦笑する。誤魔化しているつもりだったのだろう。

 どうして誤魔化したのか。女、しかも背の低い少女だと誰も相手にしてくれないからだろう。

 しかし。


「まぁ強さに性別も体つきも関係ないからね。だから私は君を侮らない」


 そう言ってアーヴィンドはゆっくりと剣を抜く。

 その所作を見ただけで、黒装束の剣士は相手が只者ではないことに気づく。そしてその反応でアーヴィンドは目の前の少女が聖王都の人間ではないことを察した。聖王都の人間ならば少なからずアーヴィンドを見る機会があるからだ。

 余所者がわざわざ聖王都にまで来て、騎士と一騎打ちをする。騎士を倒して自らを売り込みたいというなら手段が強引すぎるし、腕試しにしては手が込んでいる。

 理由を探りつつ、アーヴィンドは相手の出方を伺う。優れた剣士ならば剣を抜いて対峙しただけで大体実力がわかる。

 例外があるとすれば手を抜くことが恐ろしく上手いトウマくらいだろうとアーヴィンドは心の中で笑う。


「あなたは強いね……けど、ボクも負けられないんだ」


 そう言って黒装束の剣士はどこからともなく漆黒の細剣を二本取り出した。

 二刀流。しかも武器はかなりの業物。妖刀、魔剣の類に属するものだと判断し、アーヴィンドは剣を構えた。

 アーヴィンドですら構えを取らなければいけない。そのこと自体が黒装束の剣士の強さを物語っていた。


「いくよ……!」


 黒装束の剣士が一瞬でアーヴィンドの後ろに回り込む。そして容赦なくアーヴィンドに二本の剣を振った。

 それに対してアーヴィンドは振り向かずに上から剣を背中に回して攻撃を受け止める。


「なっ!?」

「不意打ちを防ぐのは得意でね」


 言いながらアーヴィンドは振り向く勢いのままに剣で黒装束の剣士を薙ぐ。

 捉えたと思った一撃は、しかし剣士の残像だけを切り裂いた。

 剣士はいつの間にか距離を取っていた。

 瞬間的な移動速度は目を見張るものがあり、そしてそれを最大限に利用して攻撃してくる気だとアーヴィンドは悟った。


「手加減はできないよ……あなたは強いから」

「ご丁寧にどうも。だが、それは私の台詞かもしれない」


 アーヴィンドは軽く笑みを向けながら剣士の攻撃に備える。

 すると、剣士の双剣がバチバチと音を立て始める。そして同時に双剣からどす黒い魔力が発生し始めた。

 まるで黒い雷だ。そんな感想をアーヴィンドは抱いた。

 そしてその感想は間違っていなかった。


「ごめんね」


 先ほど以上の速度で剣士が後ろに回り込む。

 剣士の超加速に対して、アーヴィンドは無意識のうちに攻撃を弾き、そのうえカウンターで迎撃していた。

 咄嗟に動いた体と剣をアーヴィンドは必死にコントロールし、剣士の首元を掠らせるだけで抑えた。

 剣先で斬られた髪が微かに宙を舞い、根本に切れ目を入れられたフードがハラリと後ろに落ちた。

 すると端正な顔立ちの少女の顔がそこから現れた。年は十四から十五歳くらいだろうか。

 長い紫色の髪は首元で結っており、赤みがかった茶色の瞳は驚きで見開かれている。


「危ない危ない……本当に殺してしまうところだった」

「……あなた一体何者?」

「私はアーヴィンド。この国の聖騎士団長だ」

「白金の騎士!? わっ! それは駄目! あなたは最後の予定だから!」


 そう言って剣士は跳躍し、民家の屋根に飛び乗る。

 アーヴィンドはそれを追わない。あれほど速く動ける少女と鬼ごっこをする気にはなれなかったからだ。


「そうだ……あなたより強い人っているの?」

「私より強い? まぁほぼ互角ではあるが、私より上だと認めている相手はいるね」

「ふーん、だれ?」

「その人を襲うのかい?」

「それはボクが決めることじゃないかな」

「そうか……なら教えておこう。誉れ高き五英雄が一人。名もなき無刃の剣士。彼は日本にいる。探してみるといい」

「うん、ありがと」


 そう言って剣士は一瞬で姿を消す。

 これであの少女は自分ではなく、トウマを狙うだろう。そのことに一切罪悪感を覚えずにアーヴィンドは剣をしまう。

 彼女は自分で決めることじゃないといった。つまり彼女に指示を出している者がいる。喋った感じからして、あの少女は利用されているだけだろう。

 そう結論づけたのは、純粋な少女にしかアーヴィンドには思えなかったからだ。


「私は黒幕探しだな。それまで時間稼ぎは頼んだよ。トウマ」


 そう言って日本にいる戦友にアーヴィンドはエールを送るのだった。

 

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