第三十話 新たな依頼
「朝ですよ! 斗真さん!」
「……ちっ」
布団をはぎ取られ、俺は不機嫌そうに舌打ちをする。
だが、そんなものは明乃には通じない。
さぁ起きてくださいと言わんばかりに両手を腰に当てている。
「もうちょっと寝させろ……」
「駄目です! もう七時ですよ?」
「まだ七時じゃないか……九時になったら起こしてくれ」
「その時間には私は学校行ってます! だから起きてください!」
腕を掴まれ、ベッドから引きずり降ろされた。
東凪家を拠点とすると伝えたときは嫌そうな顔をした明乃だが、なぜか斗真さんのろくでなし症候群を治すチャンスですね、と張り切り始めてこうして毎朝早朝に起こしにくるようになった。
余計なお世話だと言いたいが、かなり強引なため抵抗もできない。
「ほら、いきますよ! シャキッとしてください!」
「無理だ……人間は朝は起きれないんだ……」
「ろくでなし人間は、の間違いですよね? 私はこうして起きれてます」
ぐうの音も出ない返答をされた俺は制服姿の明乃に引きずられるような形で、居間まで連れていかれた。
そこにはすでに朝食が用意されており、雅人がいた。東凪家において当主と共に食事をすることができるのはその家族だけだ。そういう意味では俺は破格の家族待遇といえた。ただし、おかげで毎朝たたき起こされているわけだが。
ずるずると引きずられながら、俺は自分の席にたどり着く。湯気の出た美味しそうな味噌汁と焼き魚の匂いが食欲をそそる。
まぁとりあえず来てしまったし、食うだけ食うか。
「いただきます」
「……いただきます」
習慣というのは恐ろしい。
ケルディアにいっても欠かさなかった食前の礼。染みついたそれはどれだけ眠いと思っていても自然と出てくる。
俺がそれを言って食べ始めたのを見て、明乃は満足そうに頷く。
「今日も勝てなかったようだな?」
「次からは……部屋に鍵でもつけておきます」
何度もゆっくりとまばたきしながら、俺はのっそりと食事をする。
雅人の言葉にもほとんど考えずに答えていた。
「じゃあ私は合鍵を作りますね」
「だ、そうだが?」
「……しつこい女は嫌われるぞ……」
「献身的といってほしいですね」
綺麗に魚の身をほぐし、骨を取り除きながら明乃は言った。
もう食べ方からして性格を表している。こいつは細かいところまで徹底するタイプだ。
このまま東凪家を拠点とするかぎり、朝になるとこいつの魔の手が伸びてくる。
「拠点を変えよう……」
「どこにだ?」
「明乃が来ないところで」
「それならケルディアに行くしかないな。だが、ケルディアでは色々としがらみ多いだろ? 我が家にいるのが一番だと思うがね」
「そうですね」
「さらっと地球上ならどこまでも追ってくるってことを認めるな……」
恐ろしい。献身的というより粘着質といったほうが正しいのではないだろうか。
そんなことを考えていると、顔に出てしまったのか明乃が俺をジト目で睨んできた。
「なにか失礼なことを考えましたね?」
「いや……別に」
「斗真さんが失礼なことを考えるときはわかりますよ」
「よく見ているな。私にはさっぱりだ」
「よくなんて見てません! だ、だれだって気づきますよ!」
雅人の言葉に明乃は慌てたように答える。
なにを慌てているのやら。
呆れながら俺は熱い味噌汁をすする。
はぁー、生き返る。この味噌汁だけで東凪家にいる価値はあるな。
なんてことを思っていると、明乃がごちそうさまでした、といって席を立った。
なんだ? 早いな。
「では、行ってきます。お父様、斗真さん」
「ああ、気を付けるんだぞ」
「はい」
「なんかあるのか?」
「栞ちゃんと一緒に学校へ行くんです。話したいことがいっぱいあって」
そう言いながら明乃は目を逸らす。こいつ、またFPSやっていたな。どうせそれ系統の話に決まっている。なにせ明乃にあのゲームを貸したのは栞だ。
明乃はどうにか俺に馬鹿にされないために、最近じゃかなり頑張って取り組んでいる。まったく成果が出てないというのが悲しいところであり、はた迷惑な話だが。
「ほどほどにしておけよ。才能ないんだから」
「よ、余計なお世話です!」
明乃はそういって歩き始める。
そんな明乃を見て、俺は仕事のメールが来ていたことを思い出した。
「あー、明乃」
「はい?」
もう廊下まで出ていた明乃はひょっこりと廊下から顔だけを出す。
「依頼がそういえば来てた。今日の夜に依頼人と会う。ついてくるか?」
「はい! ついていきます!」
即答だった。
満面の笑みを浮かべて了承した明乃は、そのまま廊下を歩いていく。
残された俺はゆっくりと朝食の続きをする。
「どんな依頼だ? 君に連絡が来るんだ。よほどのことだろう?」
「自衛隊が模擬戦の相手が欲しいそうなので」
「……なるほど。君じゃ強すぎるから明乃というわけだな」
雅人は仕事に行ったときの明乃の反応を想像したのか、普通に笑い始めた。
娘を利用されているのに豪快な父親なことだ。
まぁ俺も適度に戦うが、メインで戦うのは明乃となるだろう。明乃も自衛隊も実戦経験を積めるし、俺にはお金が入ってくる。
WINWINの関係とはこのことだろう。
「またろくでなしと言われるぞ?」
「言わしときゃいいんですよ。俺が真面目になるってときはそれだけまずいことですから」
「たしかにな。では、今日も頼めるか?」
雅人の言葉に頷き、俺はその場を立つ。
明乃には言っていない極秘裏の依頼。それは雅人から受けたもので、明乃の護衛だった。
期限は明乃が気づくまで。
「早く気づいてほしいもんですね。割と雑な隠れ方してるんですが」
「頼むぞ? ストーカーで捕まらないでくれ」
「それならこんな依頼をしないでほしいですね。ストーカーしろって言ってるようなもんじゃないですか」
「隠れている君に気づけるようなら明乃にはもう護衛はいらない。そうではないかな?」
「そりゃあそうですがね。見つかったらストーカーって言われるし、見つからなくてもストーカーだし。困った依頼ですよ、まったく」
文句を言いながら、俺はいつも通り愛刀の朔月を手に持ち銃をホルスターにいれる。
「そんじゃまぁ行ってきます」
「ああ、しっかり頼む」
雅人の激励を聞きながら中庭に出ると、縮地で外へ出る。
適当な建物の屋根に登ると、あちこちに壊れた建物が目立つ。ここらへんは被害があまりないほうだが、都心から離れるともっとひどい。
しかし、人々は復興に向けて動き始めている。こういうところは天災が多い国の国民らしいたくましさと言えるだろうな。
「ん? なんだ?」
胸ポケットにいれていた携帯が振動する。
電話だ。しかも知らない番号。
嫌な予感がした。しかし無視もできない。
「はい。もしもし?」
『もしもし、トウマ様ですか?』
「エリスか? どうした?」
電話の主はエリスだった。
怪しい相手ではない。しかし、俺の嫌な予感は消えない。
『突然申し訳ありませんわ。少々、依頼をしたいのですけれど……大丈夫ですか?』
「全然大丈夫じゃないな」
『まぁ、お忙しいのですか?』
「ああ、すごく忙しい」
『そうですか。屋根の上で周囲を見ているので、お暇かと思いましたのに』
その言葉を聞いて俺は周囲を見渡す。
するとかなり遠くのほうでエリスの魔力を感じた。見れば黒い車の中で双眼鏡を持ったエリスがこちらを見ていた。
俺が気づいたのを見て、エリスはニコニコと手を振っている。
「……何の用だ?」
『ですから依頼ですわ。なにせトウマ様は日本で初めての冒険者ですもの』
エリスの言葉を聞いて、俺は大きくため息を吐いた。
これはどうやら大きく今日の予定を変えなければいけないようだ。
「依頼を言ってみろ」
『明日の夜、大使館でパーティーが開かれますわ。そこに出席してわたくしの護衛をお願いしますわ。もちろんアケノさんもご一緒に』
それだけ言うとエリスは電話を切った。
それはもう依頼というより命令だったが、エリスが俺に頼むということは深刻なことだと理解しているため無碍にもできない。
手を振ったあと車を出させたエリスを見送り、俺はまたため息を吐いた。
「日本のお嬢様に振り回され、ケルディアの姫様に振り回され……なんて可哀想なんだろうな、俺は」
小さく嘆くように呟く。
美人に振り回されて羨ましい奴めという人もいるだろう。しかし、そういう奴は振り回されていないから言えるんだ。
振り回される身としてはたまったもんじゃない。
また厄介ごとの予感を感じながら、俺は天を仰ぐ。
空は悩むのが馬鹿馬鹿しいほどに蒼天だった。
「誰く代わってんねぇかなぁ」
叶わない願いを口にして、俺は無理だなと自分で自分に突っ込みをいれて気持ちをいれる。
俺の代わりができそうな奴らは四人ほど知っているが、全員性格に難がある。俺に依頼がくるのは仕方ないことだろう。
そう思うことにして俺はとりあえず縮地を使って明乃の後を追うのだった。
これにて≪魔王を倒した英雄≫のその後のお話 ~地球出身、異世界育ちのチート剣士!?~の第一章は終わりです。どうだったでしょうか? 楽しんでいただけたでしょうか?
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