第三話 四名家会談襲撃事件・上
次の日。
俺はさっそく明乃の護衛をしていた。
宿泊先は高級なホテル。久々に寝心地のいいベッドで寝れて気分のよかった俺は、送迎の高級車の中でもかなり機嫌がよかった。
「へー、さすが日本一の名家。車の中にも気の利いた飲み物が揃ってるな」
「好きな物を飲みたまえ」
「マジですか? んじゃ失礼して」
ホテルで俺を拾った車はそのまま東凪本邸に向かい、雅人と明乃を乗せた。
昨日のこともあって明乃は俺と目を合わせもしない。まぁ護衛任務で護衛対象との信頼関係なんて必要ないし、かまわんけどな。
俺は置いてあったお酒に手を伸ばすが、その手は明乃の手で弾かれた。
「なにをする?」
「仕事中にお酒を飲むんですか?」
「酔ってても守れる。安心しろ」
そう言って俺は再度手を伸ばすが、また弾かれた。
俺は明乃を睨むが、明乃も悪びれてはいない。その様子は不良に対する生真面目な委員長を連想させた。
「おい……お前の親父さんが好きに飲めって言ったんだぞ?」
「お酒を飲んでいいとは言ってません。そもそも仕事中に飲酒しようとするなんて、常識がないんですか?」
「六年も日本から離れてるからなぁ。日本の常識には疎いな。けど、ケルディアじゃ仕事中でもお酒を飲むのは普通だぞ」
「え……? 本当ですか……?」
今度は伸ばした手を弾かれることはなかった。
まさか俺のでまかせを信じるとは思わなかったな。案外、素直な子なのかもしれない。
「お父様、事実ですか……?」
「そういう国もあるかもしれんな」
たしかに戦闘前にお酒を飲む国は知っている。しかし、ケルディアでも仕事中にお酒を飲むのはマナー違反だ。まぁ面白いから黙っておくとしよう。
適当に手に取った酒をグラスに注ぐ。さすがは名家。いい酒を置いている。このレベルの酒ならいくらでも飲めそうだ。
「ところで今日はどんな用事なんです?」
「今、それ聞くんですか……」
呆れたように明乃が呟く。
そんな明乃とは対照的に雅人は丁寧に説明してくれた。
「会合だ。東凪を含む四名家が、最近の魔術師拉致事件について報告しあう」
「通信で終わらせればいいんじゃないですかね?」
「その案も出たが一度顔を合わせて団結を強めようということになった。そのため四名家に連なる魔術師が多く出席する」
「拉致事件が起きてるのに暢気なもので。狙われますよ?」
俺の言葉に雅人は静かに頷く。承知の上ということか。むしろ襲撃されたほうがありがたいとも思っているかもしれないな。
「そのために君を呼んだ」
「俺はこれしか守りませんよ?」
「なっ!?」
これ呼ばわりされて明乃は顔を真っ赤にする。怒りのあまり両手を俺に向けようとするが、車の中であり父の目の前のためかかろうじて堪えたようだ。
「構わん」
「それでは俺はどのような状況でも東凪明乃を優先します。たとえあなたが殺されても」
「あなたは! よくもそんなことを!?」
「そうしてもらわねば困る。明乃が敵の手に渡れば万単位で人を殺す魔物が復活する。それを避けるためなら東凪家が滅亡してもかまわん」
「お父様!?」
「理解があるようで助かります。たまにいるんですよ、何もかも救いたいっていう馬鹿が。本当に大切ならほかは捨てないといけない。そんな簡単なこともわからない馬鹿がね」
そんなことない。
そう明乃なら言ってくると思ったが、俺の表情を見て明乃は言葉を飲み込んだ。それほどひどい顔をしていたということだろう。
なにせその馬鹿とは昔の俺のことなのだから。
後悔と憎悪。それらが入り混じった表情を見て、明乃は黙ったんだろう。
そのあと目的地につくまで車内は無言のままだった。
■■■
高級そうなホテルを貸し切り、パーティーさながらの雰囲気で会談は始まった。
といっても四名家の当主たちは別室で会談しており、それ以外は本当にパーティー会場で飲み食いしている。
久々にあったであろう四名家の関係者たちは楽しそうに過ごしている。
「どうした? 楽しくないのか?」
「こんなことしてる場合じゃありませんから……」
制服から白いドレスに着替えた明乃は壁の花と化して、周りを寄せ付けない空気を発している。
俺はといえば、貸してもらった黒いスーツを着込んで明乃の傍でただ飯ただ酒を食らっている。
「攫われた連中の心配か? それについて情報交換を当主同士でしてるんだろう? お前がそこを心配しても仕方ないと思うが?」
「薄情なんですね。佐藤さんは」
「俺は攫われた連中を知らないしな。知っていてもここでうじうじしたりはしない。もしものときに備えて食えるときに食う」
そう言って俺は美味そうなローストビーフをどんどん口にいれていく。
そんな俺の様子を見て明乃は呆れてため息を吐いた。
しかし、俺の言葉に一理あると思ったのか、自分の分の料理を取り始める。
「そうそう。それでいいんだよ」
「別にあなたの言葉に従ったわけじゃありませんから!」
言いながら明乃は周囲を見渡す。気分を入れ替えて自分も交流する気なんだろう。ぶっちゃけ、この程度の会場なら一緒にいる必要はない。多少離れたところで護衛できる。
そう思って俺っは壁に寄りかかる。しかし、明乃はどこにもいかない。
「どうした? 友達と話して来いよ」
「い、いいんです! 東凪家の次期当主として安易に声をかけていると軽んじられますから」
「……」
何と言うべきか少し悩み、面倒になって直接言うことにした。
少し苦みのあるワインを一口飲み、俺は告げた。
「お前友達いないのか?」
「い、いますよ! が、学校には……」
「魔術関係には?」
「す、少しだけいます!」
少しとはどれほどだろうか。
三人か、それとも五人か。もしくはもっと少ないか。この場にはざっと見で数百人はいるのに一桁の友達というのは悲しいもんだ。
しかし、東凪家直系の娘で、これだけの容姿と恵まれた才能を持っているのに友達ができないなら性格や振舞いに問題がある気がする。
さすがに嫌われているってことはないだろうが、多くの者から高嶺の花、自分とは住む世界が違うと思われているんだろう。似たような立場のエリスはその点、社交的だから友人は多い。
「自分から話しかけないと友人はできないぞ」
「わ、わかってますよ! ただ……何を話していいのかわからなくて……こうしてたまにしか会いませんし」
「なんでもいいだろ、話の内容なんて。そこが目的じゃないんだから」
レモンのドレッシングがかかったサーモンサラダを食べながら答えると、明乃が俺をジト目で睨んでくる。
その話すということ自体が難しい。そんな文句が聞こえてきそうな視線だ。
肩を竦めると、明乃はため息を吐く。
そんな明乃のほうに一人の少年が近づいてきた。年は明乃と同じくらいだろうか。中途半端に伸ばした黒髪におどおどした態度。クラスにいたらイジメられそう、そんな印象を俺は抱いた。
背は百七十そこそこ程度の俺よりもさらに低いから百六十中盤くらいか。猫背で撫で肩のせいかさらに小柄に見れる。
「あ、明乃さん……」
「あ、伊吹さん。お久しぶりです」
話しかけてきた少年、伊吹に明乃は頭を下げる。すると伊吹の方も頭を下げた。
他人行儀な挨拶だな。ここにいるということは四名家の関係者。最悪でも分家だろう。つまり一般家庭よりはずいぶんと上流な家庭で育ったということだ。
そういう家庭で育った同士、普通の少年少女のように気さくな付き合いはできないのかもしれないな。
「お、お久しぶりです……お、覚えていてくれてたんですね……」
恥ずかしそうに伊吹は俯く。
伊吹からすればアイドルと喋るくらいのノリなのかもしれないな。
明乃は東凪本家の娘で東洋一の魔力を持つ魔術師。しかも実際にアイドルになってもおかしくないくらい美少女だ。
同年代の魔術師からすれば女神みたいな存在ってところか。
「当然ですよ。西宮本家の方ですから」
西宮の人間なのか。
四名家は東凪、西宮、南雲、北條の四つの家から構成される。
それぞれ日本の東西南北を守護しており、西宮は関西方面を中心として守護する由緒正しき家だ。貴族意識の高い家とも聞いているが、伊吹にはそういうところが見受けられない。
「そ、そうですか。お元気でしたか?」
「はい」
「……」
「……」
会話終了。
こりゃあ駄目だな。どっちもコミュニケーションというものをわかっていない。無理してでも話し続けるということができないらしい。
諦めろ、少年。お前は美少女と話をするには経験が足りな過ぎた。
初心な少年少女のやり取りを見ながら、俺はワインを飲む。
すると、伊吹の後ろからさらに少年がやってくる。伊吹よりやや年上だろうか? 伊吹のようにおどおどした様子はない。それに顔立ちが似ている。伊吹よりは背も高いし、イケメンだが兄弟か?
「おい、伊吹。お前なんかが明乃さんに話しかけるなんて身の程を知れよ」
「い、伊織兄さん……」
「すみません、明乃さん。この無能なんかが喋りかけちゃって」
そう言って伊織は伊吹を押しのけて明乃の傍による。
明乃は露骨に顔をしかめるが、西宮家の者が相手なため気を遣って強気には出れないようだ。
そんな明乃の様子には気づかず、伊織はすっと明乃の肩に手を伸ばした。
明乃は頬をひきつらせつつ、助けを求めるように俺を見てきた。しかし、ナンパからの護衛は俺の仕事外なため目を逸らした。
面倒な男のあしらい方くらい覚えておいて損はないだろ。将来のための経験と思っておけ、明乃。
「うん? 明乃さん、この男は?」
「え、あ……護衛です」
「護衛? 明乃さんの? このパッとしない男が? おい、お前どこの魔術師だ?」
明乃の護衛と聞いて伊織が挑戦的に問いかけてくる。
どう答えるべきか。伊織の瞳には明確な嫉妬が映っている。子供らしい幼稚な感情に付き合うのも馬鹿らしい。
適当に流すかと思ったら、さきに明乃が答えてしまった。
「彼はケルディアの冒険者です」
「ケルディア? 東凪家の明乃さんをケルディアの冒険者が護衛してるのかい? ランクは?」
「Bだと聞いてます」
「B!? おいおい、笑わせないでくれ。最低でもAランクじゃないと護衛にならないと思うんだが?」
蔑んだ瞳を伊織は向けてくる。明乃は明乃で悪気はないんだろうな。聞かれたから答えたって感じか。これで裏に俺への意趣返しという思惑があればまだ楽なんだが、そうでもないから怒るに怒れない。
「おい、お前。いますぐ護衛をやめろ。お前なんか明乃さんの護衛にはふさわしくない。ケルディアの田舎に帰れ」
「はぁ……クソガキだな、本当に」
ワインを飲みながらつぶやく。
十代後半くらいの少し人より能力がある子供は本当に厄介だ。自分がなんでもできると思ってるし、そのせいで他人を見下し問題を起こす。
少し考えれば護衛を選んだのは東凪家の雅人で、自分が雅人の決定に文句をつけているというのは理解できそうなもんだが、そんなこともわからない。視野が狭くて、自分の考えを疑わない。
だからこいつはクソガキだ。
「くそがき……? この僕がか!? おい!」
「ああ、お前がだよ」
「このっ! 僕は西宮本家の次男、西宮伊織だぞ!!」
「はいはい。わかったわかった。家以外に自慢できるようになってから出直してこい」
ひらひらと俺は手を振って、あっちいけというアピールをする。
眼中にないという態度が伊織のプライドを傷つけたらしい。明乃の肩に回していた手を放し、俺のほうに詰めよってくる。
そんな伊織を俺は視線で止める。
「それ以上攻撃的な意思を見せるなら、敵意あるとみなすぞ?」
「なっ……!?」
「西宮家の御曹司だろうと関係ない。さっさと失せろ。だいたい、かなり前からチラチラとこのお嬢様を見るだけで話しかける勇気もないくせに、自分の弟が話しかけた瞬間、その弟をダシに話しかけるってのは男としてどうかと思うぞ?」
「な、な、な!」
見るからに伊織は慌てる。
視線に気づいてないと思ってたんだろうか。こいつはずっと明乃を見ていた。しかし、話しかける勇気がないのか見ているだけだった。
その点でいえば弟のほうがよほど勇気がある。なにごとも最初にやるのは勇気がいるものだ。
まぁ兄にまったく逆らえないようで、その弟の伊吹は端でこちらの様子をおろおろと見ているが。
もうちょっと自分に自信を持てば、名家の当主の座は伊吹のほうに転がるかもしれない。決断できない、行動できない奴は人を率いるのに向いてないからな。
「ぼ、僕を侮辱するな! 僕は伊吹をダシになんて使ってない! こいつが分不相応に明乃さんに話かけたから!」
「西宮家本家出身だと分不相応なのか。じゃあお前も帰れ」
「ち、違う! 僕は魔術師としても一流だ! 三流以下の伊吹とは違うんだ!」
さて、それはどうだか。
見た限り魔力はほぼ同じくらい。魔術にしろ魔法にしろ、その種類は豊富で何が合うかは使ってみないとわからない。
西宮家に伝わる魔術という点では伊織のほうが上でも、それ以外の魔術やもしかしたら魔法に伊吹は適正があるのかもしれない。
現状の成果なんて当てにはならない。俺みたいに特殊な魔法にだけ特化している者だっているのだから。
「なんだ、その目は!? 僕をそんな目で見るな!」
そういってヒステリックに叫ぶと伊織は右手に魔力を貯め始めた。
俺は身構えることもせずにただそれを傍観する。手を出されたら正当防衛だからだ。
そんなことを思っていると、俺と伊織の間にナイフが飛んできて壁に突き刺さった。
「ひっ!?」
「こんなところで魔術を使うつもりかしら? 伊織」
そう言って現れたのは長い黒髪の少女だった。
黒いセーラー服を着ているし、学生だろう。見た目的には明乃より上、伊織と同じくらいだから十七、八歳だろうか。切れ長の目が特徴的な美人で、その手には長い太刀が握られている。
その少女の表情や立ち振る舞いには自分への自信に満ち溢れている。実際、その自信に恥じないだけの実力はあるんだろう。歩き方一つ取ってみても、これまで見てきた日本の魔術師の中では群を抜いて隙がない。
魔力も高そうだし、たぶん戦えば明乃より強いんじゃないだろうか。
「柚葉さん!」
そう言って明乃は嬉しそうに少女の名前を呼んで駆け寄った。
そんな明乃を少女、柚葉も嬉しそうに迎える。
「久々ね、明乃。元気にしてた?」
「はい! 柚葉さんは今日、来れないって言ってませんでしたか?」
「仕事が早く終わったの。意外に弱い魔物だったわ」
「さすが南雲最強の魔術師ですね!」
南雲家の者か。
南雲家は東凪や西宮よりも武家の色が濃い。戦闘を司る家といってもいいだろう。
その中で最強か。おそらく日本の魔術師の中でも三指には入る使い手だろうな。
「ゆ、柚葉さん……」
「相変わらずみたいね、伊織。自分の思い通りにいかないとすぐ感情的になる。その癖を治さないと一人前とは認めてもらえないわよ?」
「よ、余計なお世話ですよ!」
そう言って伊織は背を向けて立ち去っていく。さすがに柚葉には一目置いているようだ。
「伊吹、あなたももっとシャキッとしなさい」
「は、はい……すみません……」
伊吹は意気消沈と言った様子で項垂れる。
そんな伊吹に呆れたようにため息を吐きつつ、柚葉は俺の方に視線を向けた。
「あなたが明乃の護衛?」
「一応はな」
「雅人様が選んだ護衛だし、すごい腕利きなんでしょうね。明乃をお願いね」
「やれるだけはやるさ」
いつものように答えたとき、ホテル全体が大きく振動した。
地震とは違う。この揺れは攻撃を受けている。
「魔物だー!! 魔物の大群が攻めてきたぞ!!」
その声によってパーティー会場は混乱に包まれたのだった。