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第二十九話 柚葉の病室




 次の日、俺は聖王国と提携している病院にやってきた。

 魔法、魔術による症状に強い病院として知られている。そのため、その病院に攫われた魔術師たちは入院していた。

 明乃は時間を見てはこの病院に来て、全員を見舞っているそうだ。だれもまだ目覚めていないらしいが。


「魔力と生気を抜かれればそう簡単に目覚めないわな」


 生気とは魂のエネルギーだ。失えばそれだけ活力をなくし、死に近づく。魔力欠乏で体が弱っているうえに精神的にも弱っているのが今の攫われた魔術師たちだ。

 そんな魔術師たちの病室の一つ。

 そこに俺は来ていた。正式な見舞いじゃない。病院にも連絡をいれてはいない。手続きを取ると政府の人間が面倒だからだ。

 まるで盗人みたいに病院に侵入した俺は、同じく周りの目を気にしながら病室のドアを開ける。

 周囲の音を気にしながら俺は病室に入る。しかし、そこで俺は予想外な声を聞くことになった。


「……誰?」

「っ!? マジか……」


 カーテンの向こうにあるベッド。そこにいる人物が身を起こしていた。

 カーテンを開けると、その人物の顔が見える。綺麗な黒髪に同じ色の透き通った瞳。初めて会った時に比べれば、やつれた様子だがそれでも美人であることには変わりはない。

 そこには南雲柚葉がいた。


「……明乃の護衛の?」

「佐藤斗真だ。いつ目を覚ましたんだ?」

「ついさっきよ。なんだか起きなきゃ気がしたから」


 その言葉に俺は曖昧に頷きつつ、一応持ってきた花を花瓶に入れようとする。

 しかし、その花瓶はもう花で一杯だった。


「……明乃だな」

「みたいね……。あなたがここにいるってことは事件は一段落したのよね? どれくらい経ったの?」

「一週間くらいだな。ずっと眠っていたから明乃は心配していたぞ?」

「そう……一週間か……」


 柚葉は膝を抱えると俺を見つめてくる。

 その瞳はひどく危うく揺れていた。なにかを知ることを恐れているような、そんな瞳だ。

 だが、柚葉は意を決したように声を出した。


「聞きたい……ことがあるの」

「どうぞ」


 頷くと柚葉は微かに躊躇したあと、しっかりと強い目で俺に聞いてきた。


「西宮伊吹はどうなったの?」

「西宮伊吹? ああ、西宮家の三男か。どうしてそんなことを? 復讐でもしたいのか?」


 操られていたとはいえ、柚葉を拉致したのは伊吹だ。攫われたすべての魔術師からすれば犯人は伊吹なのだ。

 だから俺はそんなことを聞いたのだが、それがひどく的外れだということに柚葉の表情で気づいた。


「復讐なんてしないわ。あの子は……優しい子だったから」

「……悪かった。変なことを聞いた。西宮伊吹は死体で発見された。同時に操られていた西宮伊織は今は軟禁されてる」

「そ、う……やっぱり伊吹は死んだのね……」


 柚葉はそのまま膝に顔をうずめると静かに泣き始めた。

 まさかその事で泣くとは思っておらず、俺は内心、大いに慌てた。


「えっと、その……すまん」

「……どうして、あなたが謝るの……?」

「俺は……君を助けられた。ただそうすると明乃が危険になる可能性があるから、俺は君をあえて見捨てた。今日は……そのことを謝りにきた」


 俺の言葉に柚葉は小さく首を横に振った。

 そしてベッドの横に置いてある自らの刀を見る。


「私が捕まったのは……私のミスよ。あなたは明乃の護衛だった。その判断は正しいわ」

「……それでも謝っておきたかった。俺の自己満足だが」

「優しいのね……けど、平気よ。私が恨むとすれば自分の弱さだけ。伊織と伊吹が敵と通じてるとわかったとき、私は二人なら私だけで抑えられると思った。その過信が今に繋がってるわ……。天災級の鬼は復活したのよね? 私やほかの魔術師の魔力によって」

「まぁ……そうだな。完全復活とはいかなかったが、各地で封印されていた鬼が連鎖的に復活して全国で大きな被害が出た。とくに東京はかなり被害を受けている」


 隠しても仕方ないため、正直に話す。

 すると柚葉は頷き、小さくため息を吐く。


「私、駄目駄目ね。国家を守護する四名家失格だわ」

「慰めになるかわからんが、今回の一件は日本にいる魔術師の常識を超えた事件だった。対応するのはほぼ不可能だったと思うぞ」

「そうね。自分では強くなったつもりだったけど……私は何もできなかった。敵に利用されただけ。私がもっと強ければ……伊吹は救えたかもしれない。伊吹や伊織、明乃は私にとっては弟や妹みたいな存在だった。同年代では私が一番年上だったから……私は伊吹を助けなきゃいけなかったのに……」


 四名家の繋がりは強い。

 ほぼ親戚と言っても過言ではないだろう。彼らは常に魔力の強い者同士で婚姻を続け、次代に強力な血を残してきたのだから。

 その過程で四名家同士での婚姻もあった。だから柚葉にとって本当に明乃や伊吹たちは自分の妹や弟みたいな感覚だったんだろう。

 年長者ゆえに責任を感じてた。もしかしたら、その責任感が柚葉を一人で乗り込ませたのかもしれない。人を呼べば庇いきれない。下手をすれば殺されるかもしれない。

 そういう優しさが柚葉に隙を作ったのかもしれないな。

 無力感を感じ、自分に憤りを感じる柚葉に俺はリーシャを失った直後の自分を重ねた。

 半身ともいえるリーシャを失い、それを守れなかった無力感に俺はずっと苦しめられた。

 たぶん柚葉も時間が掛かるだろう。けど、あのとき俺にエリスがいたように柚葉には明乃がいる。

 いずれ自分が一人ではないと気づき、立ち直れるだろう。こういうときは焦らないのが肝心だ。


「完全に俺の偏った意見だが……西宮伊吹はおそらく必死に抵抗していたはずだ」

「……どうしてそう思うの?」

「魔力を奪うとき、もっとも手っ取り早いのは血を奪うことだ。簡単で、効率がいい。殺さないように血を奪い続けるというのはケルディアではよくある。だが、伊吹はそれをしなかった。なんとか傷つけないように。そういう伊吹の残された思いが働いたんじゃないか?」

「そう、かしら?」

「俺にはわからん。ただ天災級の魔物の魂を自分に降ろしたんだ。だれだって抵抗できはしない。けど、もしも俺の推理があってたとしたら。伊吹は君や攫われた魔術師たちを守ろうとしていた。そんな気がする」


 別に慰めでデタラメを言っているわけじゃない。

 酒呑童子は一刻も早く復活したかったはずだ。しかし上質な魔力を持つ柚葉だけならともかく、ほかの攫われた魔術師にも血を抜かれた痕はない。これは非効率的だ。ある程度血と魔力を抜いてから、鬼輪をつけるという方法も取れたはずだ。だれもが鋼の精神を持っているわけじゃないからだ。

 しかし、伊吹はそれをしなかった。

 復活まで伊吹の魂を食らうわけにはいかなかった酒呑童子は、おそらく伊吹を完全にコントロールすることができなかったはずだ。あくまで自分に利するように動かしていただけ。

 それでも伊吹にとっては絶望的状況だが、そこから伊吹なりにさらわれた魔術師を助けるために行動したんじゃないかと思ってる。

 それが何の救いになるかという話ではあるが。


「……伊吹も君を助けたいとは思っていたはずだ。だからそこまで気に病むな。伊吹も望みはしないだろうさ」

「そうね……あの子ならそれは望まないわね」


 そう言った後、また柚葉は泣き始めた。

 今度は声はない。ただ涙だけを流している。

 ときには泣くことで発散できることもある。だから俺は柚葉に背を向けて帰ろうとする。

 だが、そんな俺を柚葉が呼び止めた。


「……待って」

「うん?」

「一つ聞かせて……あなたが酒呑童子を倒したの……?」

「どうしてそう思う?」

「なんとなく……」

「そうか……。ああ、俺が倒した。君の分までちゃんと斬っておいたから安心しろ」


 軽い口調でそういうと柚葉はここにきて初めて笑った。

 その笑みを見て、俺は安心する。この子は大丈夫だ。俺みたいに長くふさぎ込んだりはしないだろう。


「日本に活動拠点を置くことにしたんだ。依頼があれば東凪家に連絡をくれ。君なら特別価格で雇われてやる」

「あなたが日本に……? そう、なら安心ね。私はもう少し休むわ。それまで明乃をお願いね?」

「わかった。任せておけ」


 そう言って俺は柚葉の病室を出る。

 すると、慌ただしく看護師たちが動いているのが見えた。どうやらほぼ同タイミングで攫われた魔術師たちが目を覚ましたらしい。

 少し空いたドアの向こうで大きな泣き声が聞こえてくる。

 だれしも柚葉のように強くはない。耐えきれない人もいるだろう。

 救うことはできた。しかし、守れなかった者たちの泣き声を聞きながら俺は病室を後にしたのだった。

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