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第二十八話 今後のこと




 その日は日本という国にとって大きな一日になったことだろう。

 異世界と繋がってしまったことに次ぐかもしれない。

 魔物というものがどれほど危険で、それへの対策を誤るとどれほどの事態になるか。

 ケルディアでは当たり前の認識を日本という国はようやく認識できた。それも大きな被害を受けて初めてだ。

 公式に発表されている犠牲者は毎日更新されている。東京はもちろん、日本全国で鬼の被害は続発したからだ。

 矢面に立った自衛隊、東凪家もかなり犠牲者を出していた。自衛隊はこの一件から対魔物用の部隊、武器を増やすことを決定したらしい。東凪家もその在り方を変えるだろう。

 四名家といえば、調査が進んで今回の事件の発端がわかってきた。

 西宮家の三男が黄昏の邪団ラグナロクに酒呑童子の魂の一部を降霊させられ、その後酒呑童子に操られるまま、魔術師を攫っていたらしい。その中で次男も操られ、その次男の工作で事件の際に西宮家はうまく連携が取れなかったそうだ。

 西宮家の当主は責任を取って、当主の座を引いた。もちろん、それでどうこうという問題ではないが、世間に公表されない出来事だし、政府としてもこの状況で四名家の一つを潰す気にもなれなかったため、このことはそれで手打ちとなった。

 南雲家も次期後継者だった柚葉が捕まり、いまだ目覚めぬとあって戦力ダウンは否めない。北條家も鬼に対応する際にかなり被害が出ており、こちらも戦力ダウン。東凪家も戦力ダウンしたが、すべての家がダウンしたため、結局四名家の筆頭の座は動きそうにはない。まぁ日本にとってはいいことだろう。

 日本政府は内閣が総辞職。事件時の精力的な働きから栗林が首相にという声もあったが、本人が固辞して外務大臣に収まったため、別の人間が首相となった。

 これには裏話があり、聖王国と妙なパイプを持ってしまった栗林が外務大臣であったほうが政府としてはやりやすいとして、栗林は外務大臣に収められたのだ。本人は別のポストを要求したらしいが。これは仕方ないことだろう。

 そんなかんなで事件から一週間が経った。

 少しずつ日本は平静を取り戻しつつある。


「いってきます!」


 東凪の屋敷に明乃の元気な声が響く。

 それを聞きながら俺は雅人と共に日本酒を飲んでいた。バタバタしていて、ようやく二人で話す機会を得ることができたのだ。


「どうだね? いい酒だろ?」

「ええ、この国は酒が美味いってのがいいですよね。ケルディアじゃワインみたいのが主流なんで貴重ですよ。こういう日本酒は。これだけでも守った甲斐がありました」

「ふっ、君からすればこの国は酒くらいしか取り柄がないか」

「まぁそれは言い過ぎですけど……もう祖国という感じはないですね」


 俺みたいな奴にはとある問題がつきまとう。

 国籍だ。

 もっといえば世界籍ともいえるだろう。ケルディアの人間なのか、地球の人間なのか。

 多くの場合、元いた世界に戻るわけだが、もはや現代社会に適応できずケルディアに戻る人も多い。

 俺もケルディアに戻ったため、国籍という点は一応、聖王国ということになっている。

 ただ、今回の一件で五英雄の一人が日本人、つまり俺ということが日本政府にバレた。原因はエリスだ。そりゃああんだけ大音量で周囲に伝えればバレるだろうよ。

 そのため、日本政府は俺のことを日本人だと主張し始めた。ゆえに日本にいるべきだと。

 まぁようは困ったときに頼りやすいから日本にいてくれって話だ。あと聖王国の聖騎士並みの戦力が日本にいれば安心できるしな。対聖王国という意味で。

 だが、俺はそういった動きをすべて無視した。これまでなんども政府の人間がこの東凪の屋敷を訪ねてきたが、事件で力を使いすぎて寝ているといって追い払ってもらっている。


「ではケルディアに帰るかね?」

「どう、ですかね……」


 ケルディアに帰ったところで何かあるわけじゃない。

 また冒険者として暮らすだけだろう。前よりは積極的になったとはいえ、進んで面倒事に関わるのはごめんというのは変わっていない。

 それにケルディアはケルディアで目立つと面倒だ。なまじ知名度がある分、ちょっとのことが大事になる。

 冒険者として活躍するのも悪くないが……あまり俺の理想的な未来とはいえない。


「まだ決まらないか。我が家としてはいつまででも居てもらって構わんのだがね」

「そういうわけにはいかないでしょ」

「いや、本気だが? ただ居候というのが嫌なら金を払おう。そうだな……明乃の師匠というのはどうだ?」

「俺が明乃の師匠ですか……」


 いきなりの提案に困惑する。

 ただそれ以上に誰かの師に俺がなるというのが違和感ありすぎる。

 師というのは教え導く存在だ。技だけでなく、その技を振るうための心構えまで教える必要がある。その心構えまでは俺には教えられない。

 そこまで人間できていないというのは俺が一番承知している。


「嫌かね?」

「嫌ではないですよ。あいつは天才ですし、教えるのは楽しいと思います」

「ではなにが問題だ?」

「俺は師匠って柄じゃない。俺の師はまさしく師匠の鏡でした。あんな風には俺はなれない」


 雅人はそうかとつぶやくと酒を黙って飲み始める。

 俺もそれに倣って黙って酒を楽しむ。

 それからゆっくり時間が流れ、雅人は柔らかな笑みを浮かべて切り出してきた。


「――師というのも人それぞれの形があると思う。君は君らしく師匠をすればいんじゃないか?」


 その笑みには見覚えがある。

 明乃が浮かべた笑みによく似ている。

 やはり親子だなと思いつつ、俺は首を横に振る。


「安心していいですよ。明乃は師匠なんていなくても、経験さえ積めば勝手に育ちます。今回の事件がそうでした。俺は少しだけアドバイスしましたが、茨木童子を倒せるような戦い方は教えてない。あいつが戦闘の中で自然と判断した結果です」


 縮地のコツは教えたが、格上との戦い方なんて教えてない。

 相手の長所を潰す方法やその有効性。味方との連携や効果的なフェイントの使い方。茨木童子との戦いでは多くのモノが要求され、それまで明乃はそれを持ち合わせていなかった。

 だが、それらを明乃はすべて揃えてみせた。

 成長速度は俺の見立てよりも早い。そんな明乃には師匠なんていらないだろう。


「意外に明乃のことを買っているのだな」

「実力はちゃんと評価しますよ。調子に乗るんで言いませんけど」

「ふふ、それでいい。ではこういうのはどうだろう?」


 そう言って雅人はグイッと酒を飲み干し、ニヤリと笑う。

 その笑みで、これまでの話が雅人の思い通りだったことを俺は悟った。

 なんだかんだ、年を重ねているだけあってこういうところは向こうが一枚も二枚も上手のようだ。


「我が家を拠点に冒険者を続けないか? ケルディアで仕事があるならケルディアにいけばいい。日本での仕事があればそこに向かえばいい。どうだ? 悪い話ではないだろ?」

「この家を拠点に……?」

「ああ、政府の介入は私がどうにかしよう。どうだ?」


 それは俺にとって願ってもない申し出だった。

 ここ二年のように惰性で生きることはたぶんもうできない。こんなことをさせるためにリーシャは俺を庇ったわけではないと思ってしまうからだ。

 しかし、ケルディアで昔のように積極的に活動する気もない。ならば日本に活動拠点を移せばいい。煩わしい日本政府を雅人が食い止めてくれるなら問題もない。

 元々、俺が日本からケルディアに戻ったのは生活が合わないとかいう理由でもない。ならば断わる理由もないだろう。

 ただ聞かねばならないことがあった。


「俺は仕事をしただけです。それ相応のお礼も頂いてます。それを恩と感じているなら、この話は受けれません」

「恩か……たしかに感謝はしている。だが、明乃を助けてくれたことではない。もちろんそれにも感謝はしているが、一番はあの子がよく感情を表すようになったことだ。君が来る前はずっと肩肘を張っている印象で心苦しかった。だから私は君にいてほしい。明乃もそれを望むだろう」

「どうですかね……あいつは嫌がりそうですが」


 言いながら俺は目を瞑る。

 リーシャはこの判断をどう思うだろうか? ケルディアではなく、地球にいることを逃げていると言うだろうか?

 いやそんなことは言わないな。あいつなら良いと思うと言うだろう。そういう奴だ。

 問題なのはリーシャではなく、エリスだ。あいつは何というだろうか。

 ちょっと予想できないな。

 まぁでも反対はしまい。それであるなら俺の答えは決まっている。


「嫌がるあいつを見るのも一興ですかね」

「そうか。では決まりだな。祝いに秘蔵の酒をもう一本出そう」

「おっ! いいですね!」


 そう言って俺と雅人は二人だけでゆっくりと酒盛りに興じたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「師匠の『鏡』」←この「模範」とか「手本」とか「基準」の意味合いの場合は「鑑」が正しいのですが。
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