第二十六話 会員ナンバー7
「そういえば、あの冒険者どこいったんだ?」
捕まっていた魔術師たちと、鬼の力に当てられて気絶した栞。加えて明乃、光助、俺を乗せた小型艦の一室で俺は姿を消していた冒険者について言及する。
それに対して、光助が答える。
「五英雄と一緒の艦には恐れ多くも乗れないって言ってたぞ。あとは普通にまだ仕事があるって鬼の残党狩りにいった」
「なんだそれ……キモイな」
「ああ、そうだな。お前なんかに恐れ多いとかどうかしてる」
「おい、どういう意味だ? 言っておくが、これでもケルディアじゃどこの国言っても王族並みの待遇を受けるんだぞ?」
俺がそう告げると光助が胡散臭そうな目で見てくる。
信じてないな。この野郎。
「ちっ、じゃあエリスにでも聞いてみろ」
「お、おう……けど恐れ多いな。姫殿下と同じ艦に乗るなんて……」
なぜだか照れたような表情を見せる光助に俺は冷たい視線を送る。結局、お前もあの冒険者と同類じゃねぇか。
「須崎さん……言ってることトムさんと変わらないですよ?」
「あいつと一緒にするな! 俺が恐れ多いって言ってる相手はエリスフィーナ・アルクス王女だぞ!? 普通だろ!?」
「だからエリスと一緒に俺がほかの国に行ったら、俺も同じ扱いを受けるんだよ。ほら? どうした? 少しは敬う気になったか?」
「は? お前なんか敬うわけないだろ? 寝言は寝て言え」
一瞬、俺と光助の視線が交差する。
そして互いに武器に手を掛けたところで、明乃が間に入った。
「はい、喧嘩はなしです」
さすがに年下の少女に間に入られては大人気ない喧嘩は続行できない。俺と光助は互いに文句を言いながら手を引っ込めた。
それを見て、明乃はまったくとため息を吐く。
そんな明乃だが、少し時間が経ったせいか顔色はよくなっている。
問題なのは攫われた魔術師たちだ。吸われていたのは魔力だけでなく、生気も吸われていたらしく、かなり衰弱している。
エリスの艦ならどうにかなると小型艦に乗ってきた医療スタッフが言っていたが、目を覚ますのがいつになるかはわからないらしい。
「そういえば須崎さんは仕事いいんですか?」
明乃はふと気になったのかそう光助に訊ねる。
それを聞いて俺はため息を吐く。あえて触れないでおいてやったのに。罪な女だな、明乃は。
「……俺は明乃の護衛だからな」
「どうせエリスに会えるからついてきたんだろ? 自衛隊員なら普通、報告に戻るべきだと思うけどな」
「う、うるせぇな! 俺はこれまで自衛隊員として何一つ恥じることなく生きてきた! 辛い訓練、厳しい規則! そんな俺の癒しがエリスフィーナ姫なんだ! 直接会えるチャンスなんて、この機会を逃したらいつになる! わかっている! 今も仲間が前線で奮闘していることは! だが……頑張ったんだ、これくらいのご褒美をもらってもいいじゃないか!」
「ま、まぁ須崎さんのアシストがなければ私も勝てたか怪しいですけど……」
「そうだろ! あのナイスな幻術がなければ戦況はどうなっていたかわからない! それに明乃をエリスフィーナ姫の下まで連れていくのが俺の任務だ! そう! これは任務なんだ!」
「明確な危機が去ったんだから一度本隊に報告へ戻るのが普通だと思うがな」
俺の突っ込みに光助は般若のような顔で睨んでくる。
おー怖い怖い。そうまでしてエリスに会いたいのかよ。ファンってのは恐ろしいな。
まぁ護衛対象を安全な場所まで送り届けるってのが光助の任務だし、たしかに解釈としては問題はない。けど、状況が変わったし任務内容を確認するべきだろう。連絡いれれば間違いなく戻ってこいって言われるだろうが。
「エリスってそこまで日本で人気なのか?」
「もちろんだ! 大して人気のない雑誌でもエリスフィーナ姫が表紙になるだけで、どこのコンビニでもなくなるほどだぞ!」
「そうですね。私の同級生の男の子たちもよく話題にしていますよ。テレビで紹介されることも多いですし、知名度は非常に高いですね。ファンクラブもあるとか言われてますけど……」
本当ですか? といった様子で明乃が光助が神妙に頷き、ポケットから一枚のカードを取り出す。
そこにはナンバー7と書かれていた。
「マジかよ……」
「会員ナンバーが一桁ともなれば生粋の姫殿下ファンといえるだろう。ふっ、俺の力を思い知ったか? 斗真」
「ああ、思い知ったよ。お前は末期だ」
よく知らない人間にそこまで入り込むとか普通じゃない。なにせエリスはアイドル並みに人気があってもアイドルじゃない。
握手会もないし、写真集も出さないし、歌だって歌わない。なにが楽しくてファンをやっているのやら。
「会わせていいのか不安になってきた……」
「ふっ、お前がなぜそんな不安を抱くんだ?」
「前も言ったろ? 師匠の妹みたいな存在だからな。俺にとっても妹みたいなもんだ」
「俺は昔からお前のことは買っていたんだ。やはりお前はすごい男だよ、斗真」
「見事な掌返しですね……」
プライドを捨てて俺に媚びを売る光助にやや引きつつ、明乃はつぶやく。
その少し後、小型艦はエリスの艦に着艦した。
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「王族座乗艦コールブランドへようこそ。サトウ様」
俺たちを出迎えたのはいつかの女従者だった。
やはりエリスの行くところ、どこでもついてくるらしい。ここは戦場だっていうのに大した忠義者だな。
「久しぶりだな。悪いんだが、すぐに治療を頼む」
「攫われた魔術師の方々ですね。すぐに医務室に運ばせます」
女従者が目配せするとスタッフがどんどん担架に乗せて魔術師たちが運び込まれていく。
最後に運び込まれたのは柚葉だった。その姿を明乃が悲し気に見送っている。
あの日、俺が力づくで止めていればまた別の結果になっただろうか? それとも柚葉も明乃も守るために行動するべきだったか?
いやどちらも結果は大して変わらなかっただろうな。明乃を守るだけでもこれだけギリギリだったんだ。おそらく柚葉を守りながらは戦えない。
「さすがに自惚れだな……」
「なにがですか?」
「俺なら柚葉も守れたかもしれないって思ったんだが……冷静に考えればそれが無理だとわかった。実際、柚葉が捕まる可能性を俺は知ってた。けど、守り切れる保証がないから俺は柚葉を見捨てた。だから」
「だから柚葉さんが捕まったのは斗真さんのせいだと?」
「まぁ……そう思ってもいいんだぞって言いたいんだ。少なくとも明乃には責任はない」
慣れないことを言ったのは、明乃が責任を感じてそうだったからだ。
総合的に見て、責任なんて少なくとものこの場の誰にもないが、あえて見捨てた以上、俺にだけは少し責任がある。
たとえあの状況じゃどうすることができなかったとしても、だ。
「斗真さんが柚葉さんを助けられなかったのは、私が足手まといだからですよね? だから少し辛かったんです。自分がもっと強かったらって」
「お前はよくやった。少なくともこの結果は限りなくベストに近い結果だ」
「確かにな。東京壊滅まで視野に入れてたわけだし、これくらいなら上々だろ」
俺と光助の言葉に明乃は小さく笑う。
これは駄目だな。何を言っても思い込んでしまう顔だ。
こういうときは相手をするだけ無駄だ。リーシャがそうだった。
「はぁ……じゃあ彼女たちを頼む。俺たちはエリスのところに行くから」
「はい、ご案内します」
「いや平気だ。この艦に乗るのは初めてじゃないからな」
「それは存じていますが、この艦も二年間で改修されていますから」
改修?
マジか。ちょっとショックだ。
「どうして乗るは初めてじゃないんですか?」
「魔王と戦ってるとき、よくこの艦であちこち飛び回ってたんだ。ずっと住み込みだった期間もあるから、家みたいな感覚だったな」
「へぇ、そうなんですか。じゃあほかの五英雄の方も乗ってたんですか?」
「まぁ何人かはな」
歩きながらそんな話をしつつ、俺たちはブリッジの手前にたどり着く。
光助はいよいよエリスと対面ということで、深呼吸して身だしなみを整えている。
「と、斗真君……ぼ、僕、へ、変なところはないかな?」
「いつも通りじゃないってことなら何もかも変だぞ?」
気持ち悪い口調を使う光助にそんなことを言いつつ、俺はブリッジのドアを開ける。
するとブリッジにいる多くの乗組員が俺らを出迎えた。
ただし肝心のエリスは俺たちに背を向けている。
「まだそれを発動してるのか?」
「なにがあるかわかりませんから」
「どうせ日本政府の連絡待ちだろ? 張ってるだけ無駄だから早く解け」
二年前とやや風景の変わったブリッジを進み、エリスの傍による。
俺の言葉にエリスは首を横に振った。
「そういうわけにはいきませんわ」
「そうか。じゃあ仕方ないな」
エリスが俺の言葉に笑顔を浮かべる。
だが、その笑顔は無理していることを俺は知っている。
もっとも負担の少ない第一結界でも、張るときには激痛が走るし維持するのも苦痛が伴う。
だから俺もリーシャもこの結界をエリスに使わせることにはずっと反対だった。もちろんそれは今も変わってない。
だから俺はエリスが手を置く玉の横にあるボタンを押す。エリスが耐えきれない場合に押す緊急停止のボタンだ。
「なっ!?」
「ぷ、プリトウェン、消失します……」
こわばった声で乗組員が報告する。
見るとエリスがその端正な顔を珍しく険しくして俺を見ていた。
「どういうおつもりですか……? ここに結界があることで!」
「鬼が来たら俺が斬る。むしろこれで鬼が寄ってきてくれるなら市民の被害も小さくなるし、一石二鳥だろ?」
「そういう問題ではありませんわ! わたくしは!」
「わたくしは、なんだ? 無意味に結界を張るのが仕事か? 違うだろ? 王女なら王女らしくしてろ。連絡を待ち、そのときに的確な指示を出すのが王女の仕事だ。その前に疲れてちゃ意味がないだろ?」
「そ、それは……」
エリスの反論を封殺し、俺はエリスを黙らせる。
ここに市民がいるなら結界を張ってもいいだろうが、もう結界を張る前にこの付近の避難は完了しているはずだ。そもそも完了していないならこのゲートを警護する部隊がいるはずだ。
いないということは彼らが市民を護衛して、避難させたということだ。ここにエリスがいる以上、ゲートの警護は意味ないからな。
「わかったら座ってろ」
「うっ……わかりましたわ……」
自分でもあまり意味のないことだとわかっているからだろう。
エリスは素直に椅子に腰かけた。
そんなエリスと俺のやりとりを聞いて、前のほうで笑いが起きる。
「はっはっは! あなたにかかると姫殿下も形無しですな」
「久しぶりだな。ルーデリック艦長」
「お久しぶりですな。トウマ殿。またお会いできて光栄です。それと姫殿下を止めてくださってありがとうございます。私はもう必要ないと言ってたのですがねぇ。聞き入れてくれなくて困っていたところです」
ルーデリックの言葉を聞いて、俺はエリスを軽く睨む。
告げ口をされたエリスは非難を恐れるように俺から視線を逸らした。
「まったく……」
「そんなに怒らなくても……」
「怒ってない。呆れてるんだ。部下の忠言も聞けないのか? お前は。そもそもこの艦の中じゃ艦長の指示は絶対だろ?」
「ううぅ……」
居た堪れなくなってエリスは周囲に目を向ける。
しかし、だれもエリスとは目を合わせようとしない。エリスを見捨てたわけではなく、五英雄と姫殿下の会話に巻き込まれたくないのだ。
だからエリスはターゲットを変えた。
「あ、明乃さん! ご無事でよかったですわ」
「は、はい。ありがとうございます。姫殿下。今回はいろいろとご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「迷惑なんて、そんなことありませんわ。本当に無事でよかったですわ」
エリスはニコニコと笑いながら明乃の手を握る。
明乃を味方に引き込めば説教を受けないとでも思ってるなら、その甘い考えを変えさせる必要があるな。
なんて思っていたら明乃の隣にいた光助がいきなり自己紹介を始めた。
「え、エリスフィーナ姫殿下! 自分は陸上自衛隊の須崎光助一等陸尉であります! 今回の一件では東凪明乃嬢の護衛を命じられておりました」
敬礼をしながら光助はそんな自己紹介をする。
気合が入りすぎて逆に気持ち悪いのだが、エリスは気にした様子もなく笑顔で応じた。
「まぁ、自衛隊の方だったのですね。見ていましたわ。お見事な幻術でしたわね」
「こ、光栄であります。こんなことを言うのもあれですが、そこの斗真とは地球にいた頃、親友でした。よろしければ自分にケルディアでの斗真のことをお聞かせ願えないでしょうか?」
なにが親友だ。よくもまぁ本人がいる前ででまかせを口にできるな、あいつは。
俺が呆れを通り越して感心していると、エリスは嬉しそうに応じた。
「まぁ! 本当ですか!? ではわたくしにも地球にいた頃のトウマ様のお話をお聞かせくださいな!」
「よろこんで。ではあいつと初めて出会った小学校の頃のお話とかどうでしょうか?」
「是非!」
「それは私もちょっと気になります……」
なんだか俺の小学校時代の話で盛り上がりそうになったので、止めに入ろうとしたとき。
ブリッジの乗組員が慌てた様子で告げた。
「お、音声通信です!」
「どなたからですか?」
「えっと、へ、陛下からです」
「お父様が?」
「いえ……この国の陛下です」
それですべてを察した。
まさかそこから電話が掛かってくるとはな。たしかに王室同士で交流はあるだろうが。
さきほどまでの雰囲気とは一変して、エリスは神妙な顔で備え付けられている受話器を取った。
これで向こうの声はエリスにしか聞こえない。
「はい、お久しぶりですわ。陛下。ええ、一年ぶりでしょうか。此度はここまで深刻な事態に発展してしまい、申し訳ありません。わたくしの力不足ですわ。いえ、そのようなことは。はい、はい。わかりましたわ。すぐに指示を出しますわ。では」
短い会話を終えたあと、エリスは軽く息を吐いて椅子に座る。
すると、また通信が入った。今度はモニター通信だった。
「繋いでください」
『――姫殿下。お時間を取らせて申し訳ありません』
「いえ、わたくしたちは待っているだけですから」
白髪の老人、たしか日本の首相はエリスの言葉に気まずそうな表情を浮かべた。
この前にどういうやり取りがあったか知らないが、エリスなりの意趣返しなんだろう。
「犬養首相。すべて陛下から聞き及んでおりますわ。聖騎士を派遣してよろしいのですわね?」
『はい。日本政府はアルクス聖王国に正式に支援を要請いたします』
「わかりましたわ。ではすぐに手配しますわね」
『ありがとうございます』
そう言って短い通信は切れた。
同時にエリスは通信士と思われる乗組員に聖騎士を呼ぶように指示を出した。あらかじめ準備されていたのだろう。迷うことなくその乗組員は作業にかかった。
こうして長い時間はかかったが、聖王国最強の聖騎士がようやく日本に来ることとなった。