第二十五話 相棒みたいなもの
鬼魂剣と斗真の鬼刃斬光の壮絶なぶつかり合いを見つめていたコールブランドのブリッジは、斗真の鬼刃斬光が打ち勝った瞬間に大きく盛り上がった。
「よっしゃー!」
「さすが無刃の剣士!」
「ふー……さすがに肝が冷えますなぁ」
ルーデリックの言葉にエリスは微笑む。
多くの者がコールブランドが標的にされたとき不安を覚えただろう。しかし、エリスは微塵も不安を抱いていなかった。
刀を抜いた斗真が負けるはずがないと信じていたからだ。
それを表情から察したルーデリックは、大した信頼ですなぁと肩を竦める。
「喜ぶのはこのあたりに致しましょう。彼らの回収班を出してください。それと医療班もお願いしますわ」
「は、はい!」
指示を受け誰もが仕事に戻る。
鬼の総大将、鬼王・酒呑童子は確かに死んだ。しかし、すでに復活している鬼が消えたわけではない。彼らは酒呑童子に呼応して封印を破ったが、酒呑童子と何もかもが繋がっているわけではない。
弱体化はしているだろうが、いまだに東京の至るところに鬼がいることは変わりはない。
早急な対応をしなければ無用な犠牲が出てしまう。
「日本政府から連絡は?」
「まだありません」
無情な返答にエリスは静かに目を瞑る。
まだ政府内ではもめているのだろう。そもそも目まぐるしく変化する事態についていけていない可能性もある。
こちらから情報を教えてもいいが、最大の脅威が去ったと知れば聖王国に頼ることを良しとしない可能性もある。そうなっては聖王国が協力すれば救える命が散ってしまうかもしれない。
だからエリスは静かに連絡を待ち続けた。
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地上に降りると、斗真はなんだか久々に地面を踏んだ気がした。
天羽々斬は消え去り、斗真への強化もなくなった。だから何でもできそうな全能感も消え去っていた。
それが寂しいとは斗真は思わない。あれは一時的なモノだから許されるチートだと知っているからだ。
本来ならば存在しない幻想の産物を膨大な魔力で掬いだしているだけなのだ。あれが長く続けばそれだけで世界に負担をかける。
ただ、と斗真は思う。
あれほどの神刀を召喚することはもうないかもしれないな、と。
「終わったな」
「ああ」
明乃を安全な場所に座らせた光助が斗真の傍によってくる。
茨木童子への幻術に始まり、明乃をここまで逃がした機転や援護の的確さ。影のMVPともいえる働きをした光助に何か声をかけるべきかと思い、斗真はすぐに思い直す。
そういうのは二人の関係には似合わないと思ったのだ。
「自衛隊はボロボロだな」
「俺の部隊は活躍したからセーフだ。それに全国規模で見れば自衛隊はそれなりに鬼を押さえている。ただ東京が手薄だっただけだ」
「それいいのか?」
「駄目だろうな。責任取って上は辞職。おそらく内閣も解散だ。これだけの被害を出したんだし、国民が続投を許すわけがない」
「大変だな。公務員は」
「ああ、大変だ。どこかのぐうたらフリーターとはわけが違うんだよ」
微かに斗真は顔をしかめる。
まぁたしかに冒険者はフリーターみたいなものだ。しかし、今回斗真はデカい仕事をした。
光助のような安定感はなくとも、稼ぎでは斗真のほうが上なのだ。
「言ってろ。俺は東凪家から貰う報酬でしばらく遊んで暮らす」
「羨ましいねぇ。けど、東凪家に払う力が残ってるか? お家を再編するのに金を持っていかれて報酬は後回しなんじゃないか?」
光助の言う通り、東凪家は矢面に立って、鬼と戦ってしまった。
正面からぶつかったため被害も大きいだろう。その立て直しのために金が必要というのも斗真にはわかっていた。
「まぁそれならエリスに請求するから別にいいだろ」
「お前……あんな可憐な姫に金を請求するのかよ……どうかしてるぜ」
そういえばエリスのファンとか言ってたなと斗真はため息を吐く。
そして光助の非難の声を聞き流しながら、斗真は明乃のほうへ行く。どうせそのうちエリスが迎えをよこし、直接会えると知った光助は黙り込むだろうと踏んだのだ。
「平気か、明乃?」
どこかから飛んできたものだろうか。ソファーに座る明乃に斗真はそう問いかける。
これだけ周囲の建物がめちゃくちゃなのによく完璧な形でソファーが残ってたなと斗真は感心する。
おかげで明乃はリラックスできているようだ。
「はい……大丈夫です」
「大丈夫そうな顔色には見えないけどな」
まだまだ明乃の顔は青白い。病人の顔そのものだ。それだけ魔力を失い、体が弱っているということだ。
さっさとエリスの艦に運んだほうがいいなと斗真は視線をエリスの艦に移す。すると、小型艦がこちらに向かってきていた。
それを見て斗真はほっと息を吐く。
「私は平気です……それより柚葉さんたちを……」
「大丈夫だ。エリスがそのうち迎えをよこす。その時に艦で治療してもらえばいい。あの艦なら設備もそろってるし問題ない」
「そう、ですか……よかったです」
微笑む明乃からは肩肘を張っていた頃の気負いはない。
ようやく柚葉やそれ以外の魔術師たちを救い出せたことに安心しているのだろう。
斗真はそのことに苦笑する。最初に見たときはひどいお嬢様だと思ったが、なんだかんだ成長したな。技術的にはもちろん、精神的にもと思ったのだ。
光助たちの援護があったとはいえ、茨木童子に勝てたのがその証拠だった。
少なくとも斗真と出会った頃の明乃は格上と戦えるだけの精神力がなかった。そもそも格上と戦う経験もなく、格上がいるということもほとんど知らなかった明乃である。そんな精神力が身につくわけがないのだ。
だが、明乃はこのわずかな期間でそれを学び、しっかりと挑む気概を身に着けた。
その結果が今回の結果だった。誰一人欠けることなく魔術師たちを救えたのは明乃の力が大きい。
助けることは斗真にもできただろうが、酒呑童子を相手にしつつ茨木童子から守るのは難しかった。
だから斗真は右手をそっと明乃の頭に乗せる。
「え?」
「よくやったな。誇っていい。この結果はお前のおかげだ」
優しく髪を撫でながら斗真は告げる。
その斗真の行動に明乃は顔を真っ赤に染めた。
「っっ!!」
顔を伏せ、明乃はただされるがままになった。
恥ずかしいことは恥ずかしい。しかし、嫌ではなかった。むしろ嬉しいとさえいえる。
認めてほしいと思っていた相手が褒めてくれた。そのことに明乃はこれまでにないほど充足感を得ていた。
だから斗真が手を引っ込めたとき、明乃は名残惜しそうな声をあげてしまった。
「あっ……」
「うん? 何だ? まだ頭を撫でられたいのか?」
明乃をからかうような笑みを斗真が浮かべる。
その笑みを見て、明乃は先ほどとはまた違った意味で顔を赤くして、反論する。
「ち、違います! そんなわけないじゃないですか!?」
「ああ、はいはい。そうだな。東凪明乃は頭を撫でられるくらいで喜ぶような安い女じゃないよな」
「そ、そうです! 喜んでませんからね!」
声を上げながら明乃は恥ずかしさで消え入りたくなった。
いつもこうだ。いつも斗真にペースを握られる。それだけ精神的に差があるということを見せつけら、少しだけ明乃は悲しくなった。
だが、そんな明乃の頭を斗真は最後にポンポンと叩く。
「お前が護衛対象でよかったよ。ま、最後のほうは護衛対象ってよりは相棒みたいだったけどな」
「相棒……?」
「いやか?」
問いかけには答えず明乃は首を横に振る。
それを見て斗真は笑いながら明乃から離れる。小型艦が到着したからだ。
だが、斗真が離れたあとも明乃はしばらくその場を動かなかった。
それだけ斗真の最後の台詞が衝撃的だったのだ。ただ認めただけでなく、相棒みたいだったと言ってくれた。そのことがたまらなく嬉しく、しばらくの間明乃は顔を伏せていた。
「相棒か……えへへ」
そうしなければ自分がにやけていることがバレてしまうからだった。
どうにか明乃が普通の表情を取り繕えるようになったのは、しばらく後のことだった。