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第二十四話 鬼刃斬光





「ふん!」


 酒呑童子は無造作に大剣を振るう。

 するとそれだけで下にある建物を崩壊させながら巨大な斬撃が飛んでくる。

 魔力攻撃ではなく、衝撃波のため吸収もできないため俺はその衝撃波を避ける。

 すると、酒呑童子が俺の後ろに回り込んで攻撃を仕掛けてくる。


「どうした? 最初の勢いがなくなったぞ?」


 大剣を受け止め、鍔迫り合いになる。

 ここで弾き返すのは簡単だが、それをしてもどうせ回復される。

 俺は無駄な力は使わず距離を取る。


「ふん、下の決着がつくまではまともに戦わん気か?」

「さぁ、どうだろうな」

「茨木は儂の腹心。千年前、多数の魔物が暴れまわるこの国ですら、まともに戦える人間は片手の指ほどだった。いくらあの巫女が大量の魔力を持っていても勝てる見込みはないぞ?」

「それはどうだろうな?」


 俺は言いながら無造作に天羽々斬を振るう。

 斬撃が飛び、酒呑童子の心臓部分を大きく抉るが酒呑童子は動じた様子もなく再生していく。

 同時に下にいる魔術師たちの魔力が大幅に減る。やはり再生にさらった魔術師たちを使っているんだな。


「無駄無駄。儂には心強い人形がついておるからのぉ。貴様のその刀。神刀の類のようだが、それほどの刀を現界させておくには大量の魔力が必要なのだろう? すでに力が衰え始めているのが儂にはわかるぞ? 早めに決着をつけにくるべきだと思うがのぉ?」


 俺は酒呑童子の挑発を無視する。

 こいつは今、さっさと仕掛けて、下の魔術師たちを干上がらせろと言っているわけだ。そんなことをすれば明乃が戦っている意味がなくなるし、干上がらせたところで酒呑童子が弱体化するわけでもない。

 こいつは魔力パックとして下の魔術師たちを使っているだけだ。こいつの再生能力が下の魔術師たちに依存しているわけじゃない。

 そんなのはやるだけ無駄だ。こいつの言うとおり、天羽々斬は長期戦に向いている刀じゃない。無駄な力を使うわけにはいかない。

 挑発に乗らない俺を見て、酒呑童子は面白くなさそうに鼻を鳴らす。


「英雄、勇者とは難儀だのぉ。足手まといを気にして、勝利を逃すのだからのぉ」

「俺は英雄でも勇者でもない。ただ、お前に捕まった連中は助けさせてもらうがな」

「それは無理な相談だのぉ。あの娘では茨木は抜けぬ」


 会話は終わり、俺たちは高速戦闘に映る。

 何度か刀と大剣がぶつかり合うが、どちらもさほど本気ではない。ただ、それでも被害は甚大だ。さすがに周囲の民間人は避難していると信じたい。もう空港の周囲は巨大台風でも上陸したかのような状態になっている。

 一番楽なのはこいつが魔力攻撃に出てくることだが、さすがに情報が届いているのかそんな馬鹿な真似はしてこない。しかし、そのせいでどちらも決定打に欠ける展開となった。

 ただ周囲に被害をまき散らすだけの無意味な小手調べが続き、やがて酒呑童子のほうが痺れを切らした。


「ふん、来ないならこちらから行くまで!」


 そう言って酒呑童子の大剣に魔力が集まる。

 デカい攻撃が来ると判断し、こちらも防御態勢をとる。しかし、そんな俺たちの均衡を崩す出来事が起きた。

 下の戦況が動いたのだ。

 膨大な魔力を感じ、俺と酒呑童子は同時にそちらに視線を向けた。

 茨木童子の懐に戻った明乃が詠唱している。それを阻止しようと茨木童子が明乃の首を刎ねた。


「ぬっ!?」

「さすがだな。光助」


 それは光助の幻術であり、明乃は茨木童子の背後に回って神炎の矢を放った。

 その矢は一瞬で茨木童子を燃やし尽くした。

 僅かな間の後、俺と酒呑童子の視線がかち合った。


「どうした? 頼みの腹心がやられたぞ?」

「おのれぇ……貴様は無残に殺し、あの小娘は一生我が人形にしてやるぞ!」

「元からその予定だろうが」


 酒呑童子の怒りを煽るように笑うと、酒呑童子の顔から一切の余裕がなくなった。

 そもそも千年前、暴れまわった戦友を失っただけでも激怒ものなのに、そこに加えて人間に嘲笑われるなんて耐えきれないんだろう。


「その笑みをやめんか!」

「やめさせてみろ?」

「ふん! 勝ち誇ったところで状況は動いてはおらん! 儂の鬼輪は魔術師どもを縛り付けている! あれをどうにかせねば儂と魔術師どもは繋がったままだ! そして儂の鬼輪は儂を殺すか封印でもしないかぎり解けはしない! 残念だったな! 茨木を倒させ、鬼輪を取り外すつもりだったのだろう!」


 高笑いを始める酒呑童子には悪いが、俺はほとんど話を聞いていなかった。

 元々、明乃に茨木童子を倒せるか? と聞いたのは別に魔術師たちと酒呑童子とのつながりを断たせるためじゃない。それは〝俺の仕事〟だ。

 それをやった後、茨木童子がいると色々と面倒だから、先に排除してもらっただけだ。

 だから、別に明乃たちに鬼輪が外せなくても何の問題もない。

 集中し、天羽々斬に魔力を帯びさせる。そして俺は何もないところを天羽々斬で切り裂いた。


「うん? どこを狙っている?」

「さぁ? どこを狙ったと思う?」


 俺の言動はもちろん、魔力を感じることができる酒呑童子は、確かに魔力を用いて俺が何かしたという事実に気づいた。

 しかし、何をしたかということには気づけないでいた。


「斗真さん! 外れました! 柚葉さんたちについていた首輪が!」


 下から明乃の嬉しそうな声が聞こえてくる。

 それを聞き、酒呑童子は目を見開いて俺を見つめてきた。


「ま、まさか……貴様、形のないモノを斬ったのか……!?」

「まぁ神刀だからな。彼女たちとお前を繋ぐ魔力のラインくらい斬れるさ。何度かお前を斬ったのもそのラインを明確にするためだ」

「馬鹿な……それでは真の神刀ではないか!?」

「なんだ? 比喩表現でそんなこと言ってたのか? じゃあ教えておいてやる。俺が今、持っているのはまぎれもなく神刀だ。そして力が衰えたんじゃない。押さえてただけだ」


 周囲、とくに下で戦う明乃たちに配慮していた力を解放すると、可視化できるほどの黄金の魔力が天羽々斬からあふれ始める。

 揺らめく炎にも見えるその魔力はいまだに衰えを知らない。

 それを見て、酒呑童子は初めて一歩引いた。気づいたのだ。俺がいつでも再生不可能なまで消滅させることができるということに。


「お、おのれぇぇぇぇ!! 愚弄しおって! このような屈辱、千年前にも味わったことがないわ! 許さぬ! 許さんぞ!!」


 そう言って酒呑童子は大きく大剣を天に掲げると、まるで地震なのかと錯覚するような雄たけびをあげた。

 すると、全方位から続々と光る玉が酒呑童子の下へと集まっていく。いや、これは光る玉というよりは。


「……魂か?」

「そうだ。参陣の遅れた我が眷属たちの魂。できれば使いたくなどなかったが……このままでは儂の鬼の王としての面目が丸つぶれだ。貴様を殺さねばこの屈辱は拭えぬ!」


 そう言って酒呑童子は大剣にその魂たちを纏わせ始めた。

 鬼たちの魂はおそらく日本全国から集まっており、どんどん大剣は巨大化していく。

 それはやがて数十メートルを超える剣へと変わった。まさに命をかけた一撃だな。


「避けるならば避けるがいい! そのときは結界ごとその船を真っ二つにしてやろう! そしてケルディアで第二幕といこうではないか!」


 たしかにいくらエリスの結界でもあれは耐えきれないだろうな。あれは天災級の魔物が中心となって繰り出す軍団レベルの集中攻撃だ。

 防ぐとなればエリスも命をかけて第三段階まで結界を広げる必要がある。それでも防げるかどうか。この一撃だけ取れば、間違いなく今の酒呑童子は魔王級だ。

 これを防ぐとなればこちらも相応の覚悟が必要になる。召喚の際に鞘にあった魔力はほぼ使い果たしている。あとは俺の中にある魔力を振り絞り、天羽々斬を強化するしかない。

 勝てないとは思わないが、完全に押し切れるかと言われると自信がない。なにせ長時間の戦闘に加えて本来ならば形のない魔力のラインを完全に断ち切っている。あれで意外に天羽々斬の力を使ってしまった。

 そもそも夢幻解放は本来、召喚直後が一番力を発揮する短期決戦用の居合抜き技だしな。


「まぁやるしかないか」


 呟き、俺は天羽々斬を鞘に収める。

 そして左手で鞘を持ち、右手を柄に添える。酒呑童子があの化け物みたいな剣を振り下ろすと同時に居合抜きで迎撃する腹積もり、だったのだが。

 それは少しだけ予定変更することとなった。

 下で猛烈な勢いで魔力が高まったからだ。見れば、明乃が目を閉じて魔力を練り上げている。

 よくもまぁまだあれだけの魔力を残しているなと感心してしまう。素材だけなら五英雄に数えられるケルディア最強の魔法師にすら匹敵するだろう。

 しかし、さすがに今は無謀だ。いくら明乃でも残った魔力ではあれを迎撃できない。俺と共に迎撃するにしてもタイミングがシビアになってしまう。


「おい! 明乃!」


 やめろと声をかけようとしたとき、明乃はとんでもない行動に出た。

 溜めに溜めた魔力を玉にして俺に放ってきたのだ。

 びっくりしすぎて対応が遅れる。なんとか鞘で吸収するが、精神の乱れは深刻だった。


「ふ、ふざけるな! なにを!?」

「――かってください……」

「ん?」

「使って……ください……私のありたっけの魔力、です……」


 言うと同時に明乃は顔を青くしながら倒れかける。

 咄嗟に光助が明乃を支えて倒れることだけは避けられたが、今の明乃の症状は間違いなく魔力欠乏症だ。

 おそらく攫われた魔術師たちも同じ症状になっているだろうが、明乃は自分で限界まで引っ張り出したから彼女たちよりも魔力を失っている。無理やり吸い上げられた彼女たちほど負担はないとはいえ、下手したら命に関わる馬鹿な行動だ。

 信じられないものを見る目で俺は青白くつらそうにしている明乃を見る。

 どうしてそこまでするのか。正直、明乃の仕事はもう終わってた。もう見ているだけでよかった。こんなことしなくても俺がなんとかしてやったのに。

 そう思っていると明乃が何かを呟く。唇の動きだけで何を言ったかわかる。

 役に立てましたか?

 そう明乃は言ったのだ。

 どこまでも俺の期待に応えようとしてくれたのだ。そして期待以上のことをしてくれた。

 俺は軽く微笑むとはっきりと明乃に向かって告げた。


「明乃……よくやった」


 俺がそう言うと明乃は柔らかな笑みを浮かべた。

 そんな明乃から視線を外し、俺は酒呑童子に視線を移した。さきほどよりも酒呑童子の剣もデカくなっている。本格的に残っている封印された鬼の魂を集めたらしい。

 この一撃の成否はともかく、酒呑童子は王としての在り方を失う。率いる者がいないならば王ではないからだ。

 それだけすべてを賭けた攻撃を仕掛けてきている。

 だが、今の俺はまったく負ける気がしなかった。

 体から力を抜き、だらりと剣を持つ左手を下げる。右手はゆらりと揺らし、自分の感覚に任せる。

 目は瞑り、明乃がくれた魔力と俺自身の魔力を合わせ、ゆっくりと天羽々斬の刀身を軸にただひたすらに凝縮。

 その凝縮された魔力を今度は鋭く、研ぐように刀身に伸ばし、張り付かせる。

 そうして天羽々斬をコーティングし、より強く加工していく。


「迎撃するつもりのようだな……よかろう! その心意気ごと粉砕してくれる! 我が鬼族の渾身の一撃を食らうがいい! ――鬼魂剣――!!」


 酒呑童子が声高らかに名前を叫び、鬼の魂で作られた超巨大な剣を振り下ろす。

 まるで隕石の落下のような光景を見ながら、俺は流れる動作で右手を柄に添えた。

 修行を始めた頃から居合抜きだけは得意だった。そのほかにはまったくセンスはなかったが、俺は居合抜きだけにはセンスがあった。


「九天一刀流奥義――鬼刃」


 だから色んな基本技をすっ飛ばして居合抜きの奥義を覚えたとき、リーシャに呆れられたものだ。

 それ以来、この奥義は俺の得意技となった。

 かつて九天一刀流の先達が鬼を斬るために編み出した技。今の状況にはぴったりだろう。


「斬光――!!」


 まるで剣が体の一部のように自然と鞘から抜け出る。

 そして鞘の中で鍛えなおされた天羽々斬が姿を現し、黄金の光の奔流を繰り出した。

 その光の奔流は真っ向から鬼魂剣と激突する。

 最初は互角の激突だったが、徐々に光の奔流が押し始め、やがては鬼魂剣を飲み込み、光の奔流は東京の空を真っ二つに切り裂いた。


「その技は……!? そうか……儂をこの地に追いやった剣士の後継か……ふっ悪くない終わりではあるか……」


 光の奔流に飲み込まれ、頭以外を失った酒呑童子は最後にそう言って笑うと力尽きて霧散していった。

 その後をしばらく眺めたあと、俺はやっと終わったことを実感して深く息を吐いたのだった。

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