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第二十二話 夢幻解放




「なんだよ、この数?」


 富士の樹海から連続で縮地を使い、高尾を目指していた俺は途中で大量の鬼と遭遇していた。

 おそらく県境での戦いを突破した鬼たちなんだろうが、よりにもよって俺の進行方向にいたとは。

 厄介すぎる。

 銃で迎撃しつつ前に進むが、さすがに数が多くて中々前に進めない。


「あともうちょっとだって言うのに」


 いったいいつぶりかと思うくらい全力で縮地を使い続けていたため、もう俺は高尾の近くにいた。

 エリスが張っている結界も遠目に捉えているし、もうすぐそこと言ってもいい距離だった。

 ただ、この鬼どもが邪魔で前に進めない。一掃しようにもいい感じでバラけているから難しい。


「完全に足止めムードだしな」


 呟きながら、結界を見る。

 おそらくあの近くにもう酒呑童子はいる。そうでなければこいつらが俺を執拗に足止めする理由がない。

 手練れを結界に近づけないようにという命令でも受けているのかもしれないな。

 さて、どうしたものか。そんなことを思っていると爆発的に上昇する魔力を感じた。


「これは……明乃か!」


 まだ無事だということにホッとする。

 ただ、魔力が上昇したということは戦闘状態ということだ。しかも明らかに本気。

 酒呑童子と交戦状態に入ったのかもしれない。

 数年後ならまだしも現時点での明乃じゃ天災級の魔物は荷が重い。

 早く行かなきゃまずい。そう思い、俺は鬼を撃破しながら魔力の方向へ移動を始める。

 すると、向かう先で煌々と燃える炎が見えた。おそらく明乃の魔術。しかもこの感じじゃ切り札だろうな。その炎は一気に加速するが、何とも衝突せずに上空までのぼって消滅する。


「あいつ外したのか……」


 やや呆れながらつぶやく。せめてコントロールできるように調整すればいいものを。威力に極振りするからああなるんだ。

 まぁそこまで明乃が過剰に攻撃力を求めたということは、それだけの何かが起きたということだろう。

 おそらく姉のような存在の柚葉が関わっているんだろう。優秀な柚葉を向こうが殺すはずがないし、敵の手に堕ちているのを見せつけられたか

 しかし逆転の一撃を外した以上、明乃に打つ手はない。急がないとだな。


「邪魔を、するな!」


 しつこくまとわりつく鬼たちを迎撃しつつ、できるだけ移動を優先する。せめて明乃の姿を視界に捉えられるくらいまで近づかないと万が一の時に対処できない。

 そんなことを思っていると、結界の中央にある王族座乗艦から声が聞こえてきた。

 

『鬼の王、酒呑童子、わたくしはアルクス聖王国の王女、エリスフィーナ・アルクスですわ』


 エリスがそう名乗る。

 名乗るということはなにかしら会話が発生しているんだろう。会話が発生している理由は二つ考えられる。

 一つは交渉。この場合、考えられるのは一つ。明乃の身柄についての交渉だ。まぁこれは受けるに値しない。まず間違いなく酒呑童子は約束を守らないからだ。

 もう一つは時間稼ぎ。この場合、エリスは何かを待っている。この状況ならばおそらく俺だろう。

 それはつまり俺が必要な状況ということだ。


『いいえ……わたくしはあなたのモノになる気はありませんわ』


 片方の声しか聞こえないから予測しかできないが、たぶん明乃を助けたいなら身代わりにエリスをよこせとか言ってきたんだろう。

 鬼の王ならやりかねない要求だ。大抵、魔物の頂点に立つ王種は強欲で強さに貪欲だ。常に強くなることを考え、常により多くのモノを手に入れようと考える。

 ただ、今はそこをエリスに利用されている。


『明乃さんは見捨てはしませんわ』


 決意のにじみ出た言葉。こういう強い言葉を言うとき。大抵、エリスは無理をしている。

 今回の一件、エリスは別に無理をしなくてもいい立場にいた。俺を送り込んだ時点でエリスはやるべきことをやっていた。

 それでもなお自ら前線に出てきて、苦痛を覚悟で結界を張った。

 なぜそんなことをするのか。

 自惚れでなければ、俺を引っ張り出したことへの罪悪感が大きいはずだ。

 だから今、エリスが無理をしているのは俺のせいとも言えた。


『いえ、残っています。そもそもあなたは勘違いをしていますわ。わたくしを……わたくしたちが欲しいと言うならあなたは一人の剣士を倒さなければいけませんわ』


 そんなエリスが俺を待っている。

 そして明乃も。

 すぐに助けにいくと言った。それなのにこんなに時間が掛かってしまった。不安だっただろう。恐ろしかっただろう。

 そういう思いをさせまいと思っていた。リーシャのように躊躇うこともなく人を救える明乃には、笑顔でいてほしかった。

 辛い思いをすればするほど人は変わる。俺は変わらないでいてほしいと思っていた。そのために何者からも守ろうと思っていた。

 かつては守れなかった。それは変えられない。けど、今、目の前にあるモノも守れないわけじゃない。


『わたくしが知る中で最強の剣士であり、あなたの目の前にいる明乃さんの護衛。かつてケルディア全体を闇に陥れた魔王をその手で討った剣士。語られる名はなく、ただ名もなき無刃の剣士と知られる英雄。地球の日本で生まれ、ケルディアで育った両世界最強の剣士をあなたはまだ討ち取っていない。わたくしたちが欲しいというなら、その剣士、トウマ・サトウを討ち取ってみなさい! 討ち取れたならばこの身を差し出しましょう』


 どうにか鬼の包囲を抜けると、視界に明乃の姿を捉えた。

 酒呑童子に首を掴まれ、苦し気に顔を歪めている。

 まったく別の光景なのに、その光景がリーシャが氷漬けにされた光景と重なった。

 自然と右手が刀の柄にのびた。

 二年もの間、抜くことはなかった。なぜ抜かなかったのか? 大切なモノがなかったからだ。

 ではなぜこの刀を持ち続けたのか? リーシャから貰った物だからだ。

 ではなぜ魔力を貯め続けたのか?


「……こんな時のためだよな」


 呟き、しっかり柄を握る。

 そうだ。俺はもう二度と目の前で大切なモノを奪われないために備えてきたんだ。

 あの日、あの時、あの場所で。俺は何もかもを失った。けれど。

 今は今で大切なモノがある。それを守れなければリーシャに向ける顔がなくなってしまう。


「その刃は幻想である――」


 九天一刀流は数あるケルディアの流派の中で最強にあげられる流派だ。使う技の数々がすべて高難易度であり、天才でしか継承できない流派と言われている。

 その中でも最高の継承者と言われていたのがリーシャだ。そんなリーシャの弟子である俺はまったくもって才能がなかった。

 魔力も並みで、戦闘センスも平凡。それでもリーシャは俺に教え続けた。

 それは俺に一つの才能を見出していたからだ。

 九天一刀流の中には奥義のさらに上、秘技と呼ばれるものがある。完全に適正に左右される技なため使えきれない継承者も多いこの秘技の最上位。

 それだけに俺は抜群の適正を誇っていた。

 それをリーシャは見抜いていたのだ。


「人は願い、願いは希望に、希望は力へ――」


 無刃の剣士と呼ばれるように、俺の刀には刃がない。

 ではなぜ、千の刃を持つのか。

 その答えがこの九天一刀流の秘技〝夢幻解放〟にあった。

 この秘技によって俺は神話、伝説などに語られる幻想の剣を召喚できるのだ。


「果てなき希望の終着点。人の希望は天を超え、大地を割る――」


 詠唱の隙に鬼たちが俺の前に壁を作る。

 明乃の姿が俺の視界から消え去ってしまう。


「今ここに我は人の大いなる希望を顕現せん――」


 だが、もうそんなことは関係ない。

 壁などすべて斬り捨てればいいのだから。

 神話や伝説は人の願いの物語だ。それは語り継がれ、そして力を持つ。その幻想の一部を俺は貯めこんだ膨大な魔力を利用して引っ張り出す。


「その刃は夢幻の海より現れた――夢幻解放」

『あなたには無理ですわ。彼は現代に生き残った最後の侍。この国を護る最後の守護者。ですから……あとは頼みましたわ、トウマ様!』


 任された。

 そう心の中で呟き、俺は刀を抜き放つ。

 今まで何もなかった刃の部分には神々しいまでに煌きを放つ白銀の刀身があった。

 二年間溜め続けた魔力。それを代償として夢幻の海より召喚された幻想の刃。

 その刃はかつて一度だけ召喚したことがある。

 何もかもを失ったあの日。召喚したのもこれだった。


「天羽々あめのはばきりか……鬼には勿体ないのが出てきたな」


 かつてスサノオが八岐大蛇を倒すのに使った日本の竜殺し。

 姫を救うために用いられた救姫の剣にして、屠竜の神刀。

 そして俺が魔王殺しを成し遂げた剣でもある。

 その剣を躊躇なく振り下ろす。

 一瞬で目の前に壁となっていた鬼の大群が巨大な斬撃に飲み込まれ、視線の先にいる酒呑童子も真っ二つにする。

 余波で空にあった雲も割れる。

 酒呑童子を狙い、威力を絞ってこれだ。やっぱり市街地で使う剣じゃないな。これは。魔王を倒したときも魔王城ごと斬っちまったし。

 そんなことを思いながら、縮地で俺は一瞬で明乃の下へ向かう。

 天羽々斬の効果で俺自身の力も飛躍的に上がっている。竜殺しの剣である天羽々斬は持ち主を自動的に竜殺しへと変貌させるのだ。しかも天羽々斬は神刀。その上昇率も神並みだ。


「よう、遅くなって悪かったな」

「とう、ま……さん……?」


 倒れかけた明乃を抱き抱え、俺は明乃の様子をうかがう。

 どうやら目立った怪我はないようだ。ギリギリではあるが間に合ったと言えるだろう。

 ただ、物事というのは思ったとおりにはいかない。

 完全に真っ二つにした酒呑童子が笑い始めたのだ。


「はっはっはっ……!! やはりこの国は面白い! まだ貴様のような侍が残っていたか!」

「再生能力か……」


 真っ二つになった酒呑童子の体が見る見る内に繋がっていく。

 やがて何事もなく復活した酒呑童子はどこからともなく巨大な大剣を取り出し、こちらに構える。


「では二人の巫女を賭けた勝負といこう。勝ったほうが総取りだ!」

「そうかい。それじゃあ二人は俺のもんだな!」


 俺と酒呑童子の姿が消え去り、空の上でぶつかりあう。

 ぶつかり合った衝撃で周囲の建物が崩壊していく。ただ俺の力のほうが上なようだ。

 酒呑童子の胸には切り傷がついている。こっちは無傷だ。

 しかし、酒呑童子は余裕の表情で胸の傷を癒す。

 そこで俺は微かな違和感を覚えた。酒呑童子の傷が癒えると同時に、下にいる攫われた魔術師たちの魔力が減った。

 そのことに気づき、俺は目を細める。

 わざわざ戦場に連れてきたのは自分の物だとアピールするためだけじゃなく。


「いざというときの魔力パック代わりってことか……」

「察しがいいのぉ。どうする? あの巫女たちを使い潰すまで儂は死なんぞ?」


 そう言って酒呑童子は笑う。

 その笑みは鬼の王らしく外道なものだった。

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