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第二十話 動き出す鬼たち




「うーん、まいったなぁ」

「ぐぉぉ……痛いぞぉ……」


 戦闘が始まって十分ほど。

 緑鬼には無数の矢が刺さっていたが、戦闘をやめようとはしなかった。

 縮地を使い、全方位から矢を打ち込むトムだったがそんな緑鬼に対して決め手を欠いてもいた。


「ウィンド・オーガの亜種って感じかなぁ。こんだけ大型だとケルディアならかなり高額な依頼になるのに」


 残念そうに呟きつつ、トムは緑鬼の目を狙う。

 しかし、それは緑鬼を包む風によって軌道が逸らされる。かろうじて肩に掠るが、その程度では元々高い生命力を持つ鬼を仕留めることはできない。

 身に纏う風が厄介だなとトムはつぶやく。実際、自衛隊の一斉射撃を防いだのもこの風の結界であり、魔力を込めているため銃弾以上の威力を誇るトムの矢ですら急所には届いていなかった。


「あのー? 調子乗った後で恥ずかしいんですけど、そちらに大火力持ちの方っていますか?」


 トムは牽制で矢を放ちつつ、ヘリの爆発や鬼の襲撃で負傷した隊員の救護をしていた明乃たちに問いかける。

 香織はそれに対して一言返事をした。


「倒せないのかしら?」

「いやいや、そんなことないですよ? ただ時間がかかるなぁって」

「そう。できればあなたに倒してほしかったのだけど、しかたないわね。じゃあデートは諦めなさい」

「えー? どうしてですか?」

「あなたがデートを申し込んだ相手がこの場で最大火力を発揮する魔術師だからよ」

「へぇ……」


 香織の言葉にトムは笑う。

 やや軽薄だったさきほどまでの笑みとは違う、興味と親しみのある笑みだった。


「なるほど。じゃあ諦めましょう。さすがに女の子に助力してもらってデートはできませんからね」

「よく戦闘中にデートの話できるわね……」

「いやいや、そちらのそこそこ可愛いお嬢さん。大事なことなんですよ、僕にとっては」

「そこそこ……」


 正直な感想に栞が頬を引きつらせる。

 明乃と共に行動することが多く、引き立て役になることに慣れているとはいえ、直接臆面もなく言われるとさすがにイラッときたのだ。

 しかし、そんな栞の反応にも気づかずトムは大きく跳躍して一度明乃たちのもとまで下がる。


「地球だと危ないところを助ければ女の子に好かれるって聞いたんですけど、違うんですかね?」

「どこ情報だよ……」

「あちゃー、やっぱり噂か。ここに来るまでに結構断られてるからもしかしたらと思ってはいたんですけどね……」


 落ち込むトムに全員が微妙な視線を向ける。

 しかし、天然をいかんなく発揮するトムはその視線にも気づかない。


「まぁいいや。それなら仕事に集中しよ。頑張れば姫殿下から褒めてもらえるかもしれないし」

「結局女かよ……だいたい自発的に協力しにきたんじゃないのか?」

「まさか。ほとんどの冒険者は姫殿下に頼まれて、休暇と称して日本に来たんですよ。つまり姫殿下から依頼を受けたわけです。東京防衛っていう依頼を」


 突然のカミングアウトに明乃と栞は驚き、光助と香織はやっぱりなという反応を示す。

 しかし、トムはあっ! と声をあげると両手で×印を作って焦ったようにつぶやく。


「すみません! 言っちゃ駄目なんでした! 今のはなしで!」

「この人、本当に大丈夫・……?」


 全員の心境を代弁するかのように栞が呟く。

 そんな中、香織が仕切りなおすように声をあげる。


「一撃さえあれば援護はいらないのかしら?」

「ええ、牽制は僕だけで十分です。ちょっと連携するの苦手なんで、邪魔しないでくれると助かります」


 悪意のない正直な言葉に香織はため息を吐き、いつでも動けるように待機していた部下たちに下がるように指示する。


「ありがとうございます。じゃあ僕が動きを止めるので、適当に撃ってください。あいつ風で自分を守ってるんで、できるだけ強力なヤツでお願いします」

「えっと……」

「あ、巻き込みとか気にしないでいいですよ。これでもA級冒険者なんで。どうです? すごいでしょ?」

「いえ、その……もっとすごい人知ってるので……」

「えー……僕よりすごい人って誰だろ? S級かな?」


 呟きながらトムは縮地で緑鬼の頭上に瞬時に移動する。

 そして落下しながら三連射。そして緑鬼の肩に着地すると、そこを踏み台にして跳躍しながらさらに三連射。

 それらは風で逸らされることを計算済みで放たれており、いくつかが的確に緑鬼の関節を射抜いて動きを阻害する。

 それを見て、明乃は鬼に両手を伸ばして詠唱する。そしてこれまでとは比べ物にならないほどその魔術に魔力を込めた。

 近場にいたトムはその魔力を感知し、ギリギリまで牽制したあと縮地でその場を離れた。


「炎風の剣は空天に響き、大地に轟く。破邪の炎、鎮静の風。風焔の理をもって我が眼敵を討ち滅ぼせ! ―焔嵐剣―!!」


 明乃の詠唱で出現した炎の剣が一気に加速し、緑鬼を守る風を突き破り、緑鬼の腹部を貫く。

 そして緑鬼を内部から焼き尽くす。


「おおおぉぉ……熱いぞぉ……」

「わぉ……」


 予想外の威力にトムは驚きの声をあげ、緑鬼は成す術なく燃えていく。


「こんなに強いなら僕はいらなかったですか?」

「そう簡単じゃないわ。鬼たちは連絡を取り合ってるわけじゃない。ただこの子の魔力を目指しているだけ。だからさっきまでは上手く隠れながら結界に向かおうかと思ってけど、今ので無理になったわ。全員準備しなさい。うじゃうじゃ来るわよ」

「ああ、なるほど。そういえば依頼されたときに保護対象がいるとか言ってた気がします。あなただったんですね」

「話を聞いてなかったのかよ……よくお前なんかに姫殿下が依頼したな……?」

「うーん、まぁたしかに話は適当に聞いてましたけど。でも大事なのは実力ですよ実力」


 はっはっは、と陽気に笑いながらトムはその場に指揮官である香織に視線を向ける。


「一応、自衛隊と合流した場合は自衛隊の指揮下に入れと言われてるんですが?」

「じゃあこの子の護衛に付き合いなさい」

「了解しました。任せてください!」


 軽い口調で告げるトムにその場にいた全員が微かに不安を覚えたが、それでも実力だけはたしかなため、明乃の護衛という最重要任務にトムも加わることとなったのだった。




■■■




 県境での戦いは傍目に見れば一進一退だった。

 東凪家が張った結界は鬼の軍勢を押さえ、自衛隊がその間に攻撃を仕掛ける。一方、鬼たちも結界の及ばない範囲から東京に侵入したり、力づくで侵入を試みたりとさまざまな行動にでていた。

 だが、それらはあくまで鬼たちが勝手に行動しているだけだった。

 一応は集団として成立はしていても、今の鬼は烏合の衆と変わりはない。それは東凪家を指揮する雅人も感じ取っていた。

 しかしだからといって、何ができるわけでもなく雅人は引き続き結界の維持と回り込んできた鬼たちの排除を命ずる。

 一方、予想外の苦戦を強いられる自分の軍勢を酒呑童子は空飛ぶ船から見ていた。


「ふむ、やはり強い鬼の復活には時間がかかるようだのぉ」


 酒呑童子にとって、目の前の鬼の軍勢は主力ではなかった。

 当てにしているのはかつて京を荒らしまわったとき、自分の傍に付き従った強き鬼たちだけだった。

 しかし、そういう鬼には強力な封印が施されており、酒呑童子が復活して鬼という魔物全体が力を取り戻しても中々現れなかった。

 だから酒呑童子は自らのモノとなった巫女たちに酒を注がせながら、ただ戦況を眺めていた。

 その余裕はいざとなればいつでも結界を突破できるという自信があったからだった。


「うむ……そろそろ我慢の限界なのだがのぉ」


 東凪家が張る結界の向こうで、強大かつ自分好みな魔力を二つ、酒呑童子は感じていた。

 一つは強力な結界の中心にあるエリス。そしてもう一つは明乃だった。

 どちらか一人を得れば全盛期並みに力が戻るのは間違いなく、二人を得ればかつて以上の力を手に入れられる。

 今すぐに捕えて、ここにいる巫女たちの列に加えたい。

 そう酒呑童子は考えていた。だが、同時に冷静さも保っていた。

 東京には何人か腕利きの存在が感じられ、エリスを中心とした結界は千年前ですら感じたことのないレベルの結界だった。

 自分一人で行けば思わぬ不覚を取りかねない。そう思うからこそ、酒呑童子は戦力が整うを待っていた。

 そして、最も待ち望んだ戦力が現れた。


「参陣が遅れ、申し訳ありません。総大将」

「はっはっはっ!! やはりお主が一番乗りだったか、茨木」


 現れたのは二本の骨で出来た刀を背中に背負った白い鬼だった。

 背丈は人間とさして変わらないが、放つ禍々しい雰囲気は酒呑童子にも匹敵するほどだった。

 その白い鬼の名は茨木童子。

 千年前、酒呑童子と共に京を荒らしまわった鬼であり、酒呑童子が最も信頼する家臣であった。


「お主が来たならば迷うことはないのぉ。茨木。巫女狩りじゃ!」

「千年経ってもお好きですな。もう少し戦力が整うを待ったほうがよいかと思いますが……お供いたしましょう」

「そうじゃそうじゃ! そのうちほかの者も集まってくる! それに本番はケルディアに続く穴を奪ってから! これは所詮、前哨戦じゃから儂とお主で十分だ!」


 そう言って酒呑童子は豪快に笑うと傍に置いてあった酒樽を持ちあげて、グビグビと飲み干す。

 そしてその樽を投げ捨てると、意気揚々と自らの船を進めた。

 酒呑童子の船は東凪家の結界に触れるが、何事もなかったのようにそれを打ち破る。

 そのまま酒呑童子は振り返ることなく進み続けた。

 一方、結界を破られた東凪家はそれなりの数の鬼の侵入を許したが、雅人が全力で結界を修復したため戦線が崩壊するという最悪の展開は避けられた。


「くっ……情けない……娘一人まともに守れんのか」


 結界の修復で消耗した雅人は後ろを見ながら呟く。

 もはや事態が自分の手を離れたことを感じながら、雅人は視線の先にいるはずの娘の安全を願うのだった。

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