第二話 護衛対象は日本のお嬢様!?
アルクス聖王国第二の都市エグゼリオ。そこには日本へつながる固定化された次元の穴があり、エグゼリオはその次元の穴を利用した日本との交易拠点として急速に発展した都市だ。
そんなエグゼリオにある次元の穴を通って俺は地球の日本へやってきた。この場合は戻ってきたというべきだろうか。
「相変わらず暑いな……この国の夏は」
「そうですわね……」
場所は東京。時期は七月中旬。
溶けてしまうのではないかと思うほど日差しが照り付け、さらにコンクリートジャングルと過密な人口がこの都市全体をサウナ状態にしている。
本来、VIPであるエリスは暑い思いなんてする必要はないし、当然その護衛である俺もする必要はない。だが、今回は極秘会談のため手間のかかる移動をいくつかして平凡なビルに入った。
そしてクーラーの効きが悪いエレベーターを使って、これまた何の変哲もない部屋へと入る。
するとそこにはしっかりとクーラーが効き、高級感溢れるソファーが用意されていた。
「ご足労頂きありがとうございます。エリスフィーナ姫。お会いできて光栄です。私は日本国の外務大臣を務めます、栗林康太と申します」
五十代前半くらいの眼鏡の男性がエリスに握手を求める。
その顔は平凡だが、浮かべる笑みには愛嬌と親しみを感じる。まぁ外務大臣をしてるくらいだ。ただ愛嬌があるだけではないだろうが。
「こちらこそお会いできて光栄ですわ。クリバヤシ大臣」
面倒な移動に蒸し暑いエレベーター。それらの苦労をまったく出さずにエリスはニコリと笑う。
大したもんだ。ソファーに座るエリスを見ながら、俺は感心する。同時に護衛として周囲の確認もする。なし崩しとはいえサボるわけにはいかない。ちゃんとあとで優男に給料を請求しておこう。
部屋にいる護衛は十人。どいつもこいつも映画に出てくるSPって感じだ。
それなりにやるようだが、実力的にはエリスを狙った剣士のほうが断然上だ。たぶんあいつがこの大臣を狙ったらすぐに首を持ってかれるだろうな。
この程度の護衛しか用意できないからたぶん会談も極秘扱いになったんだと思う。
「それではお互いに時間が惜しい身ですし、さっそく話と参りましょう」
そう言って栗林とエリスは小難しい話を始めた。関税がどうとか、俺みたいな転移者をどうするかとか。そういう類の話が一時間以上続いた。
ある程度、話がまとまったところでエリスが口を開いた。これまで栗林が話し、それにエリスが答える形だったが、エリスとしても通したい要求があるようだな。
「クリバヤシ大臣。先日、こちらが提出した意見についてはどうでしょうか?」
「あ、ああ……あれですか……」
唐突に栗林の歯切れが悪くなった。これまで饒舌といっても過言ではなかったのに、ハンカチを取り出して汗を拭いている。それに対してエリスは余裕を崩さない。
「そちらにもメリットのある話だと思うのですが?」
「いや、しかしですよ……貴国の聖騎士を日本に駐屯させるというのはちょっと……」
「問題が発生した場合、聖騎士がいれば何かと便利だと思いますわよ?」
「ですが……貴国の聖騎士は単独で強力なモンスターを討伐できるほど強い。そのような他国の武力の象徴を我が国に駐屯させることは危険だという者も多いのですよ」
まぁそりゃあそうだろうな。日本がどれほどの戦力を抱えているか知らないが、最悪聖騎士によって首都を落とされるなんてこともありえてしまう。
「日本はアメリカ軍を受け入れているではないですか。我が国は駄目な理由はなんでしょうか? 有事に対する備えとして我が国の聖騎士ほど有効なモノはないと思いますわ」
「聖騎士は劇薬だということです。毒にもなる薬は飲みたいとは思わないでしょう?」
「毒かどうかは使い方次第ですわ」
「あなたは聖騎士を正しく使えるでしょう。全幅の忠誠を誓われているのですから。しかし、我が国は違うのです。勝手に動く刃は危険だと思いませんか? ましてやそれがよく斬れる刃となれば購入をためらってしまいますよ」
まぁようするにアルクス聖王国の指図で動く人間兵器なんて置けるわけないだろ、ってことだな。
気持ちはわかる。俺も逆の立場ならそう言うだろう。だが、エリスがわざわざそう言う風にいうということは理由があるはずだ。
「そちらの都合は把握しておりますわ。それでも我々は聖騎士の派遣を提案いたします。これは日本のためなのです。未曽有の危機の時、貴国は対処する力を持っていませんわ」
「……辛辣ですね」
「気分を害したなら謝りますわ。ですが、事実です。貴国には聖騎士級の実力者やそれに匹敵する兵器がありません。天災級のモンスターが復活した際、どうするおつもりですか?」
「こちらにも魔術師がおります。そもそも天災級のモンスターを封印したのは彼らの先祖。また封印すればよいのです」
「そうであればよいのですが……」
エリスは少し目を伏せる。まぁ天災級のモンスターを簡単に封印できると思ってる奴になにを話しても無駄だろうな。どうして天災級と言われているのか理解できてないんだろう。
そんなことを思っているとエリスが俺の方を向いてきた。
「トウマ様。そういうことですので、トウマ様が日本を拠点にしてくださると助かるのですが……」
「おいおい……いきなり俺に話を振るなよ」
栗林が度肝を抜かれたように目を見開く。
何に驚いているのか少し考え、俺の口調に驚いていることに気づいた。
「き、君は護衛じゃないのかね?」
「護衛ですよ。臣下ではないですがね」
「私には敬語を使うのか……」
戸惑ったように栗林が告げる。そういえばなぜ今敬語を使ったのかと自分で考えてみる。
すぐに答えが出た。相手が日本人の年上だから昔の習慣で出たんだろうと。
「俺はもともと日本人なので。目上の日本人にはついつい敬語が出るんですよ。ケルディアの人間は別です。どうも向こうの人間には敬語を使う機会がなくて」
「日本人!? 日本人なのに君は円卓の聖騎士団に入れたのかね!?」
「彼は円卓の聖騎士ではありませんわ。冒険者ですが、聖騎士に匹敵する実力があり、信頼できる方なので今回、護衛していただいているのですわ」
「なるほど……その若さで大したものだ。さぞや苦労したのだろうね」
「別にそこまで苦労はしてませんよ。一年くらい奴隷だっただけです」
俺の言葉に栗林が閉口する。正直、別に珍しいことじゃない。生きる術を持たない地球人が向こうに転移した場合、奴隷になったほうがまだマシという状況もありえる。
それでも栗林には衝撃的だったらしい。
「今回、彼は東凪家の御令嬢の護衛につきますわ。フリーの立場に限定するならば、わたくしが紹介できる最強の護衛ですわ」
「あなたがそこまで言われるとは……どうだね? 君がその気なら日本政府として君を雇うのだが」
「お断りしますよ。今回は本当にたまたま流れで依頼を受けただけで、元々面倒事は嫌いなんです」
「そうか……姫がそこまで言う人材で日本人ならば問題はすべて解決なのだが……」
残念そうに栗林はつぶやく。そんなこと言ったって無駄だ。そもそもはめられなきゃ日本にだって来ちゃいない。
そのまま少し話したあと、極秘会談は終わり告げた。
そして俺とエリスは別の場所へと移動することとなった。
■■■
東京のとある一等地。
そこに巨大な屋敷があった。その屋敷は見る者が見れば周囲に張り巡らされた結界に気づくだろう。もうちょっと上等な奴が見ればその結界の古さと強固に目を見張るかもしれない。
これほど上質な結界はケルディアでも珍しい。
そんな屋敷に俺とエリスはいた。
「お久しぶりですわ。トウナギ様」
「お久しぶりです。姫殿下」
広い座敷でエリスに向かって一人の男が頭を下げた。
少し白髪が混じり始めた黒髪に落ち着いた色の和装。立ち振る舞いにも落ち着きがあり、声も人を落ち着かせる何かがある。
穏やか。そんな言葉が似合う男性の名は東凪雅人。
代々、日本の霊的守護を司り、魔物を討伐してきた魔術師。その日本の魔術師には四つの名家があり、東凪家はその筆頭。そして雅人はその東凪の当主を務めている。
といってもエリスがわざわざ会いに来るのは破格といえた。なにせアルクス聖王国はアメリカよりもデカい。軍事力はもちろん経済力だって日本には負けてない。その国の姫君がいくら外交目的で来日しているとはいえ、わざわざ会いに来るなんて普通はありえない。
それだけ今回の依頼が特殊だということだ。
「お元気そうでなによりですわ」
「ええ、おかげさまで。して、そちらの青年が殿下が紹介してくださる護衛ですかな?」
「はい、こちらはトウマ・サトウ様。わたくしが紹介できる最強の護衛ですわ。ああ、日本出身ですからサトウ・トウマ様というべきでしょうか?」
「どっちでもいい。佐藤斗真です」
エリスの横で正座しながら軽く会釈する。
それに対して雅人はゆっくりと頷く。どうも調子が狂うな、この人。
「東凪家当主、東凪雅人という。今回は依頼を引き受けてくれてありがとう。聞いているかもしれないが、私が殿下に頼んだのだ。娘の護衛を探してほしいと」
「へぇ? それは初耳です」
「そういえば言っていませんでしたわね」
意外だ。エリスが黙っていたことではない。
地球の魔術師がケルディアの人間に頼ることが、だ。
日本の最上位ともいえる家ならば腕利きの魔術師くらいいくらでも抱えているだろうし、他所の腕利きもいくらでも知っているだろう。
そこに頼らず、エリスに頼った。そこに俺は好感を覚えた。
この人は広い視野とプライドを置く強さを持っているらしい。
「なので本来の依頼主は私ということになる」
「なるほど。エリスはあくまで仲介か。アルクス聖王国の姫を仲介役にするなんていい御身分ですね」
「娘を守るために、強力な護衛が至急必要だったのだ。できれば聖騎士をお貸しいただきたかったが、今の政府にはそれは飲めなかった」
苦渋に満ちた表情を雅人は見せた。
娘の安全を思う父親としては最善を尽くしたかったといったところか。とんでもない親バカと言えなくもないな。
「俺は詳細を知らないんですが、どうして娘さんが狙われると?」
「娘の明乃は東洋一の魔力を持つ。地球全体でも五指には入るだろう。天災級の魔物を完全復活させるには明乃は必要不可欠となる」
「それはすごい。たしかにそんな魔力の持ち主なら悪だくみを考える奴らは狙うでしょうね」
チマチマ適当な魔術師を集めるよりも手っ取り早い。
とはいえ、膨大な魔力があるということは無条件で強力な魔術師ということになる。それを攫うとなると攫う側も相当な戦力を用意することになる。
それを想定して聖騎士級の護衛を求めたってことか。
そんなことを思っていると、女従者がエリスを呼んできた。
「姫殿下。迎えが来ました」
「はい。ではお二人ともわたくしは失礼しますわね」
そう言ってエリスは立ち上がる。
迎えというのは聖騎士のことだろう。これで俺はエリスの護衛から解放されるわけだ。
送ろうとする雅人を手で制し、エリスは微笑みながら軽く手を振ってその場をあとにする。
「ではトウマ様。あとは頼みますわね」
「ああ、依頼は依頼だ。やれるだけやるさ」
そう言って俺とエリスは別れた。
「少し待っていてくれ。もうすぐ学校から帰ってくるはずだ」
「学校? 学生なんですか?」
「斗真君、君は本当に何も知らされてないのか?」
「聞けば答えてくれたでしょうけど、そこまで興味もなかったので」
俺の身もふたもない言い方に雅人は苦笑する。
しかし、その笑いには好意が含まれていた。
「そうか。ならば娘がどんな人間でも君は守ってくれるのだろうな」
「ええ、仕事ですから」
護衛対象に興味を示さないということは、護衛対象の人柄も考慮しないということだ。
仕事は仕事として割り切る。その姿勢が評価されたみたいだ。
まぁ護衛対象を選んでるような奴は超優秀か三流かのどちらかだからな。少なくとも俺はどちらでもない。
「失礼します。明乃です」
「入れ」
襖の向こうから声が聞こえてきた。
たしかに声は若い。
襖が開く音がしてそちらを振りむく。
学校の制服を着た少女がそこにいた。年は十五、六といったところか。
セミロングの黒髪に明るい茶色の瞳。涼し気な表情と相まって、人形のように綺麗な容姿を持つ少女だ。エリスとはまた違ったベクトルの美しさを持っている。
雅人の娘なだけあって所作には品があって落ち着いている。少なくとも俺が日本にいた頃には、こんな美少女は周りにはいなかったし、こんなに品のある女子も学校にはいなかった。
まぁつまり育ちのよいお嬢様というわけだ。
「紹介しよう、私の娘である東凪明乃だ。明乃、彼はエリスフィーナ姫が紹介してくれた冒険者で、佐藤斗真君だ」
「アルクス聖王国の姫殿下が?」
「ああ、お前の護衛として来てもらった。彼は元々日本に住んでいた転移者だし、いろいろとケルディアのことを教えてもらいなさい」
明乃は雅人の言葉にしばし瞠目したあと、ゆっくりと目を開けて雅人を見返した。
その様子は例えるならば、肉食獣がむくりと起き上がった瞬間に似ていた。
まぁ歴戦の猛者たちのことを知る俺からすると、飼い猫が威嚇しようとしているという、やや可愛らしい印象ではあったが。
「お父様、私に護衛は必要ありません。佐藤さんもお帰りください」
「なっ!?」
娘の反撃に雅人は目を見開く。
俺はというと、明乃の様子をうかがっていた。この年代の少女にありがちな情緒不安定さが出た、というわけでもないらしい。
ちゃんとした考えがあり、断っているとしたら大した子だ。
なにせ俺はエリスの紹介でここにきている。それを断る意味もわかっているはずだからだ。
「明乃! 何を言っている!?」
「私に護衛はいりませんと言いました。そもそも多くの魔術師が攫われている中、私だけ護衛をつけてもらうというのが納得いきません! そんな余裕があるなら攫われた魔術師を探すべきです!」
「捜索は続いている。さらなる被害を出さないため、次に狙われる可能性のあるお前に護衛をつけるというのが気に入らないというのか?」
「はい。気に入りません。私は東凪家の跡取り娘です。誰かの後ろに隠れていては示しが尽きません。それに私は十分、一人で戦えます」
「自惚れるな! お前の力では対処できぬ敵など世の中にはごまんといる!」
「実績は十分に積んでいます! 東凪家でも今の私に勝てる者はそうはいません! 私に護衛をつけるより、ほかの人に護衛をつけるべきです!」
自分の実力にかなり自信があるらしい。まぁその自信も護衛を断る理由の一つみたいだが、それ以上にほかの者を心配する気持ちが強いようだ。
これは俺が思っている以上に魔術師の拉致は進んでいるらしいな。だから明乃は自分だけ護衛を受けるという特別扱いに反発している。
ご立派なことだ。さすがは四名家筆頭の御令嬢。とはいえ、その考え自体が自分を特別扱いしているということに気づいてはいなそうだな。
「我儘娘が……申し訳ないな。斗真君」
「いえ、別に俺はどちらでも構いませんから。護衛しようがしまいが貰う物は貰いますし」
もともと無理やり引き受ける流れに乗せられただけだ。
しっかりと貰えるものを貰えるなら文句はない。それを手にケルディアに戻るだけだ。
ただ、雅人としてはそうされる困るのだろう。娘の安全はもちろん、エリスの面目を潰すことに繋がる。それでエリスが怒るかと言われれば、残念ですというだけだろうが、アルクス聖王国の人間たちは東凪家を許しはしないだろう。
潰しにかかることはしないだろうが、今後一切協力はしてもらえないだろうな。
「いや、気分を害したなら謝ろう。この子にはよく言って聞かせるから」
「お金の話ですか……。さすがは冒険者。がめついですね」
軽蔑した視線を明乃が俺に向けてきた。
ドM体質のやつならご褒美といわんばかりの冷たい視線だが、あいにく俺にそういう性癖はない。
この少女の中で俺の評価は最底辺ということで決まったらしい。まぁ自分でいうのもなんだが、俺は胡散臭いし、見た目からして誠実とは言えないからな。
その評価は間違ってはいないだろう。それを正直に言ってしまうのはさすがに頂けないけどな。
「明乃!」
「事実です。お父様、いくら姫殿下の紹介でも私はこの人を護衛とは認めません。お金で動く人はすぐにお金で裏切りますから」
「おやまぁ、ひどい言われようだ。ま、お金に困ったことのない世間知らずなお嬢様の意見として覚えておくよ」
そう言って俺は鼻で笑う。お金の話をするなら自分で稼いで、自分で生活できるようになってから言ってほしいもんだ。
世の中の大抵のものはお金で買えるし、それを大切にすることを俺は悪いとは思わない。
だからといって、明乃の意見も否定する気はない。お金で動かない種類の人間はもちろん存在するし、そういう人間のほうが信用できるのも事実だ。そういう人間は天災級の魔物並みに珍しいというのが俺の意見だが。
「ずいぶんと上から目線ですね……! ケルディアの冒険者様はさぞや偉いのでしょうね?」
「別に偉くはない。ランクだってBだしな。けど、世間知らずなお嬢様よりはいろいろと知っているって話だ」
「Bランク? それで護衛が務まると思ってるんですか?」
剣呑な表情を明乃が浮かべた。うん、まぁ正常な反応だわな。ケルディアにはBランク冒険者なんて山ほどいる。数の多い主力ではあれど精鋭ではない。
そんな奴がエリスの紹介で自分の前にいるのが不思議でしょうがないようだ。
考えられるのは俺がランク以上の実力者か、エリスが東凪家を軽んじて適当な人間を送ったか。
エリスの性格は東凪家の者なら聞き及んでいるだろうし、冷静に考えれば前者の答えにたどり着くと思うんだがな。
「俺が望んでここに来たわけじゃないから、そんなことを言われても困る。少なくともお姫様は俺で大丈夫と踏んだみたいだがな」
「聖王女もたまにはミスを犯すようですね」
「明乃! さきほどから口が過ぎるぞ!」
「攫われた魔術師の中には私の知り合いもいるんです! それなのに捜索にも加われず、今度は得体のしれない護衛をつける? これで黙っていられるほど私は大人じゃありません!!」
不満爆発といった様子で明乃が声を荒げた。
といっても怒鳴るほどじゃない。しかし、綺麗な顔のため怒ると凄みも増す。しかし、雅人は雅人でそんな明乃を真っ向から睨みつけている。
しばし二人は睨みあい、居心地悪そうに明乃のほうが先に視線を逸らした。
「これは東凪家の当主としての決定事項だ。従えないというなら今後、東凪の姓を名乗ることは許さん」
つまり勘当するということか。強気に出たな。
わざわざエリスに頼むほど大事にしている娘だろうに。まぁ大切だからこそということだろうか。
明乃は雅人の言葉にショックを受けたようで、動揺を隠せない様子で俯いている。
まぁ大切に育てられてきたお嬢様にはきつい言葉だったんだろうな。
そんなことを思っていると、明乃が顔をあげた。その目には何かしらの覚悟があった。その目を見て俺は嫌な予感がした。
「……わかりました。ですが、一つ試させてください」
「なに?」
「佐藤斗真さん。私は私より弱い人に守ってもらいたくはありません」
「そうか。けど、安心しろ。俺はそれなりに強い。少なくとも世間知らずなお嬢様よりは役に立つ」
「また言いましたね……世間知らず世間知らずって、そんなに言うなら私がどれほど世間を知らないか教えてもらえますよね?」
やっぱりそう来たか。面倒だなぁ。
俺が護衛することは当主が決定したことだ。なにが楽しくてその上で明乃の納得のために俺が明乃と腕比べをしなければいかんのか。
不毛にもほどがある。
そういう色々な感情をこめて雅人を見るが、雅人は静かに首を横に振る。こうなったら話を聞かないってところか。
はぁ、これは報酬を上乗せしてもらわんとならんな。
「東凪さん。不定期の護衛ですから、報酬は終わったあとにこちらが提示します。それにはこの件も含ませてもらいますよ?」
「構わん。好きな金額を言ってくれ」
「まぁそういうことならいいでしょう」
俺は自分の刀を左手で持って立ち上がる。
そして屋敷の広い中庭を顎で示す。
「そこで相手してやる」
「馬鹿にしないでください。あんな狭いところじゃ屋敷が壊れます。ちゃんとした道場がありますからそこで」
「強い奴は場所なんて関係なく強いし、建物に配慮しても強い。違うか?」
俺の言葉に明乃は頬をひきつらせる。
どうやら俺の言動は明乃を怒らせることに向いているらしい。それ以上明乃は何も言わず、黙って中庭へ移動した。
お互いに少しを距離をおいて向かい合う。
明乃は腰を落として身構えているが、俺は棒立ちだ。その様子が明乃の怒りに油を注ぐ。
「怪我をしても知りませんからね……?」
「できるもんならやってみろ」
ブチッと何が切れる音が聞こえた気がした。
明乃は両手を前に出して魔術の詠唱を開始する。
魔法は多数のモンスターとの戦闘用に開発されたため、詠唱なんてものはほとんどない。一方、魔術はときたま現れる強力なモンスターを倒すために開発されたため、詠唱がある。
互いの違いは溜めがあるかないか。もちろん威力は溜めたほうが強い。
「炎風の剣は空天に響き、大地に轟く。破邪の炎、鎮静の風。風焔の理をもって我が眼敵を討ち滅ぼせ! ―焔嵐剣―!!」
炎の竜巻を纏った剣。
それが明乃の強大すぎる魔力によって生み出された。
そばにいるだけで大気を焼いていくその剣は、明乃の手によって容赦なく俺に打ち出された。
しっかり詠唱を唱えたうえに明乃の魔力で作り上げた魔力の剣だ。普通なら避けるというのが最善策。間違っても受け止めるなんて行動はしてはいけない。
けど、何事にも例外は存在する。俺はその例外に位置している。
俺の場合は避けるとか、受け止めるとかではなく、鞘で弾くというのが最善手なのだ。
驚くこともせず、いつもどおり左手に持った鞘つきの刀で向かってきた魔力の剣を払う。それだけ明乃が作った剣は霧散した。
「なっ!?」
「〝連環術〟。魔力を吸収し、利用するケルディアの戦闘技術だ。俺の場合は鞘に吸収して、鞘に魔力をため込める。まぁこの技術があるかぎり、遠中距離からの魔力攻撃は俺には効かない。理論上、術ばかりに頼りがちなオーソドックスな魔術師や魔法師じゃ俺は倒せないってわけだ」
「そんな……」
「強大な魔力に任せて相手を制圧するなんていうお前みたいなタイプは、俺との相性は最悪だ。当然、予想しているだろうが、吸収した魔力は俺のものだ。つまり」
俺は空に向かって銃を構える。
そして鞘から先ほど吸収した魔力を銃に流して引き金を引いた。
極太の光線が銃から放れる。それだけの魔力を明乃はさきほどの攻撃に込めていたということだ。これでもおそらく周囲や俺に配慮して抑えているんだから大したもんだ。
しかし、だ。
「こういう風に攻撃にだって利用できる。ケルディアと地球じゃ経験が違うんだよ。常に生存競争にさらされ、磨き続けられたケルディアの戦闘技術は地球とは雲泥の差がある。一つ世間の広さを学べたな、お嬢様。お前さんは周りを守らなくちゃいけないと思っているようだが、俺からすればお前も周りも大差はない。全員まとめて保護対象だ。だから大人しく守られてろ」
「っ……!!」
俺の言葉に明乃は悔し気に唇を噛み締めるが、反論すること言葉が思い浮かばないのかその場で肩を震わせている。
俺は銃をホルスターに戻し、雅人を見る。
すると雅人が静かに頭を下げた。
「君のいうとおり世間を知らぬ娘だが、どうか頼む」
「まぁやれるだけはやりますよ」
こうして俺は東凪明乃の護衛となったのだった。