第十九話 逃走中
「だぁぁぁぁ!! 面倒くせぇぇ!!」
しつこい追撃をしてくる鬼から光助は巧みな運転で逃げる。しかし、そのストレスはピークに達していた。
「斗真の野郎! 何にも変わっちゃいない! なにが頼むだ!? 面倒事を押し付けただけじゃねぇか!」
「文句言ってないで! 右、右!」
栞の声を聞いて光助は窓を開けて片手でサブマシンガンを真横に連射する。
右から回り込もうとしていた鬼がその連射をモロに食らって倒れた。
「炎風の剣は空天に響き、大地に轟く。破邪の炎、鎮静の風。風焔の理をもって我が眼敵を討ち滅ぼせ! ―焔嵐剣―!!」
「ちっ!」
後ろの窓では明乃が身を乗り出し、後方から迫る鬼たちに魔術を放つ。
しかし、ほぼ同時に左から鬼が接近したため光助がハンドルを切る。そのせいで狙いがやや外れて数体の鬼だけしか倒せなかった。
「もう! 須崎さん! もっと安全運転できないんですか!?」
「ハンドル切らなきゃ乗りこまれてたぞ!?」
「それでももうちょっと狙いやすいように運転してください!」
「ちっ! これだからお嬢様は! やっぱり斗真の野郎、面倒事を押し付けやがったな! 昔より成長したと思ったのに、全然変わってねぇ! いつも宿題や課題は俺が終わった頃に見せろって言ってくる楽したがりのクソ野郎だった!」
叫びながら光助は右に左へとハンドルを切る。
それによって先回りしようとする鬼たちから逃げることができていた。しかし、鬼の数が多くそれにも限界があった。
すでに護衛をしていた部下たちの車とは引き離されており、明乃と光助だけでは明らかに手数不足だった。
「え!? 斗真さんって昔からろくでなしだったんですか!?」
「ああ、そうだ! あいつは昔からろくでなしだ!」
「今、その話いります!?」
光助は言いながら車を反転させる。
そしてバックで運転しながら明乃に指示を出す。
「これなら狙いやすいだろ!」
「はい!」
明乃は再度窓から身を乗り出すと先ほどとは別の魔術を詠唱した。
「その雷は暗く、闇より深い。その雷鳴は千里を超え、粉砕の衝撃をもたらす。黒き雷よ、我が手に宿れ! ――黒雷閃――!」
黒い雷光が迫る鬼の大群を一瞬で飲み込み、すべてを無に帰した。
その成果を見て、光助は車を反転させてアクセルを踏み込む。
「きゃっ! 光助さん!?」
「油断すんな! あれで終わりなわけないだろ!」
「でも、テレポート能力を持つ人は佐藤さんと一緒に飛んでいったんですよね?」
「敵の本隊はたしかに関西から来てるが、東京の中にも封印されていた鬼たちはいる。そいつらが俺たちを狙ってきてるんだ。そうじゃなきゃ徐々に数が増えてたことに説明がつかない」
説明しながら光助はチラリと携帯を見る。
すると、そこには斗真から短いメールが入っていた。
「斗真は富士の樹海に連れてかれたらしい。もう敵は倒したらしいが、戻ってくるまでには時間かかるぞ」
「富士の樹海!? そんなの絶対間に合わないじゃないですか!?」
栞の言葉に光助は普通ならな、とつぶやく。
もう光助たちは高尾にかなり近づいており、その周辺で何かが起きても斗真はまず間に合わない。
ただ、斗真には縮地がある。どこまで連続使用できるかによって、もしかしたら間に合うかもしれないと光助は踏んでいた。
「大丈夫。斗真さんは来てくれるから」
「根拠は?」
「助けに来るって言ってくれたから。あの人はそういう言葉には責任を持つ人だと思うの」
明乃の言葉に栞はため息を吐く。
明乃の言葉に絶大な信頼を感じたからだ。
「まぁ、そういうことなら待ってみる?」
「とりあえず目の前の脅威を乗り切ってからな」
言いながら光助は舌打ちをする。
左側から大量の鬼が見えたからだ。さきほどよりも多い。おそらく百体近くいるだろう。
「嘘……」
「防衛線をすり抜けた鬼も加わってんだろうな……」
多勢に無勢。
光助は迎撃を諦めて全力で逃走することを選んだ。
「プランBだ。捕まってろ!」
「ちょ、ちょっと! 高尾は逆ですよ!?」
栞の指摘に光助は耳を貸さない。
そんなことをしている間に鬼たちはどんどん近づいてくる。一番の問題は数体だけだが、神輿のような物に乗って空を飛べる鬼がいるということだった。障害物をモノともしないその鬼たちは、ほかの鬼とは比べ物にならない速度で光助たちに迫る。
一方、光助はそいつらに目もくれず、向かう先にある古びた工場地帯に入っていく。
「こんなところに入ったら逃げられないじゃないですか!?」
「いいんだよ。ここなら殲滅できる」
光助は車を半ばほどで止めると、車の外へ出る。
同時に光助たちを追ってきた鬼たちが工場地帯に入り、魔弾の雨を浴びた。
「これなに!?」
「自衛隊!?」
「降りろ! ついてこい!」
明乃と栞はいつまでも鳴りやまない銃声に耳を押さえながら、光助の後を追って工場に入っていく。
すると明乃たちを護衛するために自衛隊員が出てきた。
「須崎一尉! ここに来たということはプランBということでしょうか?」
「ああ、さすがにあれから逃げるのは無理だ」
そう言って光助は用意されていた防弾チョッキを身に着け、各種装備をつけていく。
そんな光助に明乃が説明を求めた。
「須崎さん、プランBっていうのは?」
「ここには自衛隊の魔物対策部隊が集結してる。俺たちが単独で逃げ切れるなら、この部隊は東京に入った魔物の駆除に出る手はずだった。これがプランA。そんで俺たちが逃げきれない場合はこの部隊が俺たちの護衛につく。これがプランBだ」
光助は自分のサブマシンガンをチェックしながらそう説明する。
意外に考えられていたことに明乃と栞は驚きを隠せなかった。
「行き当たりばったりじゃなかったんだ……」
「念入りに計画されてたんですか?」
「当たり前だろ。自衛隊を舐めるな」
そう光助が言った瞬間、鬼の大群で豪快な爆発音が響いた。
何事かと明乃と栞がそちらを振り向くと、再度上空から何かが鬼の大群に向かって発射された。
そしてそれは着弾と同時に鬼の大群を薙ぎ払う。鬼に効果があるということは、魔弾と同じ処理が施された特注品だ。
その一発でほとんど掃討が終わると、銃声が止み、そのかわりヘリの音が大きくなった。
「相変わらず派手な人だ」
呆れたように光助は呟きつつ、前に進み出てヘリから降りてきた人物に敬礼した。
「吉田二佐」
「囮ご苦労だったわ、須崎」
降りてきた人物は女性だった。女性にしては背が高く、制服の上からでも鍛えていることがわかるほど体は引き締まっていた。
光助よりやや上程度にしか見えない若々しい見た目ではあるが、見た目どおりの年齢ではないことは明乃と栞には直感でわかった。
それは風格と存在感があまりにも見た目に不釣り合いだったからだ。これで見た目通りの年齢ならどんな経験を積んできたのかと疑いたくなる。
「東凪明乃とそのクラスメイトであってるわね?」
「は、はい」
「私は吉田香織。二等陸佐よ。自衛隊の対魔物部隊を総括する立場にあるわ。ここの須崎をあなたにけしかけたのも私よ。何か言いたいことは?」
まったく隠す素振りも見せず香織は告げる。
あまりにあっけらかんと言われて、明乃は恨み言を言うのも忘れて、何もありませんと言ってしまう。
その言葉に香織は一つ頷く。
「よろしい。現状を説明するわ。須崎一尉も聞きなさい」
「はっ!」
「まず敵の本隊は山梨との県境で食い止めている最中よ。ただ、そこ以外から東京には多くの魔物が入ってきているわ。目的は東凪明乃の身柄ってところね。おかげで民間人にはさほど被害は出ていないわ」
「そうですか……よかった……」
「さすがは東凪の跡取り娘。怯えないのね、正直助かるわ。私たちは今、人手不足だから」
「人手不足?」
栞が周囲を見渡しながらつぶやく。
工場にはかなりの人数の隊員がおり、とても人手不足には見えなかったのだ。
「一通りの人員と装備を確保しているのは私たちだけよ。私たちだけじゃ東京全域はカバーしきれないわ」
「吉田二佐、ゲートはどうですか? 守備を固めているんですか?」
「ゲートの守備は問題ないわ。聖王国の姫殿下が王室座乗艦を引っ張り出してきたのよ。それで結界を張っているから現在、高尾周辺は日本で最も防御の堅い場所となっているわ。しかも姫殿下の呼びかけで多くの冒険者が私たちに協力してくれているわ」
「姫殿下が? 来てくれたんですね……」
「じゃあもう大丈夫なんですか? 姫殿下が来たってことは聖騎士も来るんですよね?」
栞の言葉に香織は首を横に振る。
明乃も目を伏せる。そう単純な話ではないからだ。
「聖騎士の派遣はまだよ。おそらくそこは政治的な話なんでしょうね。現場としてはすぐに派遣してほしいというのが本音だけれど」
「そんな……」
「安心しなさい。あなたたちの安全は私たちが守るわ。とにかく早く王族座乗艦に向かいなさい。あなたがたどり着けば私たちの勝ちよ。姫殿下の艦が危険になれば政治云々は抜きにして聖騎士は出てくるはずだから」
そんな香織の言葉に明乃は静かに頷く。
香織はそんな明乃の反応を見てヘリを指さす。
「私の部隊が導入した最新鋭のヘリよ。対魔物用に設計されたもので、攻撃力は折り紙つき。あれに乗って姫殿下の艦に向かいなさい」
「気前がいいですね。噂を聞いたときから一度乗ってみたかったんですよね」
そう光助が呟いた瞬間。
ヘリは突然爆発した。なにかがヘリの上に降ってきたのだ。
燃えるヘリを見ながら、光助は顔面蒼白で動けなくなった。
「い、い、一体……あれいくらすると思ってんだ……?」
「最新鋭のヘリなんじゃ……」
「最新鋭っていうのは壊れるものなのよ。気にしなくていいわ」
光助と打って変わって香織は壊れたヘリに未練も見せず、突然の事態に呆然とする隊員たちに指示を飛ばす。
「ボケっとするな! 迎撃態勢!」
香織の指示で立ち直った隊員たちが銃を燃えるヘリへと向ける。
すると、巨大な何かが燃えるヘリの中から出てきた。
「うおぉぉ……熱いぞー」
そう言いながら出てきたのは四メートル近い巨大な緑の鬼だった。
見るからに鈍重そうな見た目だが、ヘリの爆発に巻き込まれながらまったく怯んだ様子を見せないことからそのタフさは容易に想像できた。
「見つけたぞぉ……最後の巫女……総大将への手土産だぁ……」
明乃を見つけ、鬼は嬉しそうに笑う。
それを見て香織が号令を出した。
「撃て!」
一斉に近場の隊員たちが銃の引き金を引く。
しかし、緑の鬼はまったく怯んだ様子も見せず一歩ずつ明乃に近づく。
その状況に見かねて、明乃が戦うために前へ出ようとしたとき。
緑の鬼が真横に吹き飛ばされた。
「嘘!?」
「いやぁ日本にもいるもんだねぇ。すごいモンスターが」
突然、自衛隊の面々の前に一人の少年が現れた。年は明乃よりも二歳ほど上だろうか。やや長めの茶色の髪に同じ色の瞳。
その手に持つのは弓で、恰好は日本風ではあったがどこか場違いな雰囲気を身に纏ってた。
「何者だ?」
「あ、僕ですか? 僕はトム・トロ―リア。一応、ケルディアの冒険者ですよ」
そう言ってトムは爽やかな笑みを浮かべる。
いろいろと急展開すぎて頭が追い付かない面々を置き去りにして、トムは明乃を見ながら告げる。
「そこのセミロングのお嬢さん」
「え? わたし……ですか?」
「そうそう、非常に可憐で美しいあなたです。こいつ倒したらデートしてくれませんか? あ、僕のことは親しみをこめてトムって呼んでください。まぁ返事は鬼倒すまでにお願いしますね」
「えっ!? えっ!?」
そう言って混乱する明乃を放置し、マイペースに話を終えるとトムは起き上がった緑の鬼に向き直った。
「痛かったぞぉ……」
「頑丈だなぁ。けどデートのためだし、もっと痛い目に遭ってもらうよ」
そう言ってトムは緑の鬼に向けて弓を構えた。