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第十八話 広域聖結界魔法





 ゲートを抜けたコールブランドに待っていたのは通信だった。


「首相からです。姫殿下」

「繋いでください」


 椅子に座ったエリスはメインモニターに視線を向ける。

 するとそこに一人の男が映し出された。

 かなり老人で、頭髪は白く皮膚も皺だらけだ。しかし、百戦錬磨の政治家らしくその目はまだまだ衰えてはいなかった。

 男の名は犬養善次郎いぬかいぜんじろう。日本の総理大臣の職につく男だ。


「お久しぶりですわ。犬養首相」

『お久しぶりです。姫殿下。さっそくで悪いのですが、お引き取りを。我が国は現在、攻撃を受けております』

「攻撃?」


 状況は理解しているが、エリスはあえてそう問い返した。

 そのことを犬養も薄々気付いてはいたが、そのことに言及したりはしない。


『はい。かつて封印された魔物が復活し、各地を荒らしております。天災級の魔物もいるという情報ですので、お帰りください。我が国にはあなたをお守りする余裕がないのです』

「まぁそれは大変ですわね。なにかお手伝いできることは?」


 小娘が白々しい。そんな言葉が犬養の頭に浮かんだ。

 エリスは常にこの可能性を訴えており、それに対して犬養をはじめとする政府の主要メンバーは自衛隊のみで対処可能と答えていた。

 しかし、実際は自衛隊のみで対処は不可能であることが浮き彫りになりつつある。

 そうであるからエリスには常に余裕があったし、犬養は苛立ちを募らせていた。


『お手伝いと言われましても……聖騎士を我が国にいれることに反対する者は多いのです。申し訳ありませんが、それを説得するにはもう少し時間が必要です』


 反対する者の最先鋒でありながら、犬養はいけしゃあしゃあと告げる。それくらいできなければ首相など務まらないからだ。

 だからエリスもわかっていながらそこを指摘したりしない。


「時間がないと言うことでしたら、わたくしがお力をお貸ししますわ」

『姫殿下が? それはありがたいのですが、一体どうやって?』


 そう質問しながら犬養は今すぐ通信を切りたい気分になった。

 今回、エリスは大臣への会談のために日本に来ていた。それにも関わらず、王族座乗艦を引っ張り出してきた。

 介入する気満々であることは明白であり、しかしあとで文句を言わせないために犬養から要請する形をとっているのだ。

 自分の孫よりも年下の小娘によって踊らされていることに犬養は憤り、そしてこれからの日本のトップに同情した。

 自分の政治生命は今回の一件で断たれる。それは犬養もわかっていた。だが、自分が引退しても目の前の少女は存在し続ける。少なくともあと五十年ほどはこの少女は日本の最も近い隣国の君主として立ちはだかる。

 だから同情したのだ。自分の後任たちに。こんな腹の底が見えない少女をずっと相手にしなければいけないのだから。


「王族座乗艦には広域結界を張る機能がありますわ。それを使おうと思います」

『それはありがたい。お願いできますか? できるだけ早く説得しますので』


 言いながら犬養に説得する気などさらさらなかった。

 自衛隊で対処可能ならば聖騎士の派遣を要請はしない。対処不可能なら要請する。それを見極めようと犬養はしていた。

 民間人の安全を優先するなら今すぐにでも派遣を要請するべきだが、そんなことすれば聖王国からも対立派閥からも足元を見られる。

 聖騎士を要請するならば、主要な敵の排除が済んでから。あくまで後始末の手伝いを要請する形を犬養は取りたかった。

 そしてエリスもそれは予想していた。


「わかりました。それと一つお願いがありますわ」

『なんでしょうか?』

「周辺に呼びかける許可をください」

『なにをする気ですか?』

「休暇で日本に来ている冒険者もいるはずですし、聖王国の関係者もいるはずですわ。その方たちに協力を要請をいたしますわ」


 犬養の眉が吊り上がる。

 休暇で日本に来ている冒険者がそう多いわけがない。日本に来るには特別な申請をしなければならず、文化の違いからまだまだ交流は盛んとは言えないからだ。

 にもかかわらず、その提案をするということは効果があると確信しているからだ。

 つまり、すでに仕込んでいたということだ。


『なるほど……ではそちらもお願いいたします。ただし自衛隊の指揮下で動いていただきます』

「わかりましたわ。ではまた後ほど」


 そう言って通信が切れる。同時にエリスはホッと息を吐いた。

 老獪な犬養との会話はエリスと言えど気を張るものだった。状況がエリスに圧倒的有利だったため、思った通りに進んだが、そうでなければどうなっていたか。


「狸じじいとはああいう人のことを言うんでしょうなぁ」

「ふふ、わたくしもあまり変わりませんわよ?」

「はっはっはっ! 姫殿下に化かされるなら本望でしょうな!」


 ルーデリックは笑いながら的確に指示を飛ばす。

 メインモニターには東京周辺の地図が映され、青い点で東凪家や自衛隊といった味方が表示され、赤い点で敵が表示される。


「自衛隊から入ってきた情報にこの艦の精密探知を組み合わせた現在の状況です」


 部下の報告にルーデリックは満足そうに頷く。

 しかし、すぐに顔は難しいモノへと変わった。

 モニターに映る情報が芳しいものではなかったからだ。


「すでに敵本隊は東京に侵入を試みています。山梨との県境で止めに入っていた東凪家と自衛隊はかなりの打撃を受けているそうですが、まだ壊滅はしていないとのことです」

「壊滅したら最後、敵の本隊がここになだれ込んで来ますな」

「そうなる前に手を打ちましょう」


 そう言ってエリスは立ち上がる。

 同時にコールブランドは全方位に向けて音声を発信する状態に移行する。

 戦場で旗艦となるコールブランドは、士気高揚のために王族の声を全方位に届ける機能がある。エリスはそれを利用して演説をするつもりなのだ。


「魔力で声を伝播しますので、かなり広域まで声が届きます」

「はい。では、よろしくお願いしますわ」


 エリスがそう言うとスイッチがいれられ、声の伝播が開始される。


「わたくしの声が聞こえている皆さま。どうか少しだけ耳を傾けてください。わたくしの名はエリスフィーナ・アルクス。アルクス聖王国の第一王女ですわ」


 静かに声は伝播する。

 混乱し、逃げまどう人々はその突然の演説に驚き、そして耳を傾けた。


「すでに知っている方も多いと思いますが、現在、魔物の軍勢が東京に侵入を試みていますわ。日本の自衛隊、そして四名家の方々が必死に食い止めていますが、魔物の軍勢が突破する可能性もあります。ですから、周辺に住む皆さまは冷静に避難を。敵の狙いは高尾のゲートです。一般市民の皆様は決して、ゲートには近づかず遠ざかってください。――危機に際して、ケルディアの者か地球の者かなど些細な違いです。もちろん国の違い、人種の違いも問題にはなりません。今、なにより優先されるのは人命です」


 エリスは周辺の人々への警告を終えると軽く息を吐く。

 そして聞く者に勇気を与える流麗な声で告げた。


「そのためにわたくしは、この声を聞くすべてのケルディアの関係者に助力を願いたいと思います。冒険者にせよ各国の軍関係者にせよ、身分は問いません。わたくしの責任において、この緊急時への対処を要請しますわ。この要請を受ける方は自衛隊、そして四名家に協力を申し出てください。冒険者の方はこれを依頼クエストと捉えていただいて結構です。もちろん依頼主はわたくしです」


 それは報酬は自分が払うと宣言したも同義だった。

 その言葉を聞いて、元々エリスが日本に渡らせていた十名のA級冒険者と二十名のB級冒険者が動き出す。

 それとは別に、本当に休暇で日本を訪れていた物好きな冒険者や聖王国とは別の国の軍人なども少数ながら動き始める。

 そしてエリスの声を聞き、混乱していた人々も秩序だって行動を開始し始めた。


「皆さまだけに戦わせはしません。わたくしも戦いましょう。我が聖王家にとって同盟国の人々は自国民と変わりません。それを苦しめる者はすべからく我が王家の敵なのですから」


 最後にそう言って演説は終わる。同時にエリスの前にあるデスクに一個の球体が現れた。

 エリスはそこに両手を置いて指示を出す。


「広域聖結界魔法――プリトウェン、発動」

「プリトウェン発動。第一結界、展開します」

「くっ……!」


 高尾のほとんどを覆う巨大な結界がコールブランドを中心に展開される。

 その魔法を発動しているのはコールブランドという艦ではあるが、術式の中心に霊媒として存在するエリスはコールブランドが保有する魔力を順次送り込まれ、そして抜き取られていた。そうすることで純度の高いエリスの魔力が常に供給されるからだ。

 何度も血を抜かれるような苦痛に耐えながら、エリスは歯を食いしばる。

 この程度、どうということはないと自らに言い聞かせる。

 二年前。何もできず愛する人たちの帰りを待つことしかできなかった時に比べれば、共に戦える今はどれほどの幸せか。


「第一結界が安定次第……第二結界の準備を」

「し、しかし……姫殿下に負担が!」

「構いませんわ……そのために来たのですから」


 エリスの有無を言わさぬ声を聞き、誰もが口を閉ざす。

 しかし、ルーデリックだけは軽口をやめなかった。


「了解です。しかし、もうしばらくお待ちを。第二結界は時期を見計らって展開しましょう。あまり早くに展開すると姫殿下の負担も増えますし、それで姫殿下がお倒れになったら私が斬られてしまいますから」


 そう言って笑うルーデリックにエリスは苦笑しつつ、任せますと告げる。

 そしてエリスは目を閉じて目の前の苦痛に耐え始めたのだった。

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