第十七話 隠し玉
ゲートで飛ばされた俺は見知らぬ樹海の中にいた。
さすがに日本国内だろうし、おそらく関東圏だろうから一番有名な場所を口にした。
「富士の樹海か……」
「御明察。本来ならあなたをここで足止めする気だったのだけど、オズワルドまで来たなら話は別だわ」
そう言ってキキョウが指を鳴らす。
すると周囲に数十体の鬼が現れた。伏兵か。しかし、こいつらがいたとしてもキキョウのみなら間違いなく俺に殺されていた。それがわからないわけじゃないだろうに。
それでもあの行動に出たあたり、やっぱりこいつは狂ってる。終末論者の集まり、黄昏の邪団に関わりあるだけはある。
ただまぁ、なんとかオズワルドもこちらに引き込めたし形勢的にはそこまで不利じゃない。オズワルドも連発して転移魔法は使えないだろうしな。
問題なのは俺たちは都心から高尾に向かっていたのに、今は真逆の位置に飛ばされたということだ。敵もすぐには戻れないが、俺もすぐには戻れない。しかも敵の本隊は着々と明乃に近づいている。
「あなたはここで始末するわ」
「こっちの台詞だ」
そう言った瞬間、俺とキキョウは縮地を使って移動を開始する。
そんなキキョウを鬼とオズワルドが援護する。
キキョウから距離を取れば鬼たちが殺到してくるし、キキョウと近づいていてもオズワルドが精密な魔法を放ってくる。
息つく暇もないとはこのことだろう。常に連続で戦闘をする羽目になるが、足を止めるわけにはいかない。さすがに囲まれたら厄介だ。
「余裕がなくなってきたわね!」
キキョウは楽し気に笑う。
こいつはこいつでおかしい。先ほどから何度も殺す気で殴っているのに、一向に衰える気配がない。前回戦ったよりもタフネス度が増している。
やっぱりこいつはなんかあるな。
それに周りの鬼たちもかなり厄介な魔物ばかりだ。鞘での殴打じゃやや威力不足か。
「しゃーねぇな」
俺は銃の横にあるレバーを上にあげる。
そして一気に銃へ魔力を流し込んだ。それと同タイミングでキキョウが突っ込んでくる。こちらの攻撃力を把握しているからだろう。自分に致命傷を与えられないと踏んでいるから、突撃にも迷いがない。
そんなキキョウに対して俺は銃を横に振った。
「なっ!?」
キキョウの腹部がざっくりと斬れた。やっぱりおかしな奴だ。上半身と下半身をお別れさせるつもりで〝斬った〟んだが。
「それは……魔力刃!?」
「魔力効率が恐ろしく悪いんでな。できれば使いたくなかったんだが、そうも言ってられなくなった」
俺の銃から光り輝く刃が伸びており、それを魔力刃と呼ぶ。どこでも出せるし、かなりの切れ味を誇る優れものだがデメリットも多い。
それなりの強度を持った魔力刃を作るには、かなりの魔力がいる。しかもその維持のために魔力を流し込み続ける必要がある。
そんなことをするならそれなりに斬れる刀を魔力でコーティングしたほうがよっぽど効率がいい。だから魔力で刃を作るってのは今じゃ廃れた戦闘技術となっている。
しかし、俺にとっては有効な攻撃手段となっている。滅多に使うことはないが。
「どれだけ隠し玉があるのかしらね……」
腹部を押さえながらキキョウが呟く。
傷は深いし出血もある。普通なら戦闘は不可能だが、キキョウはまだ戦う気らしい。
そのタフさは間違いなく人間を超えている。そしてその推理はすぐに証明された。
「この姿は醜いから使いたくなかったのだけど……」
「へぇ。亜人とのハーフか、お前」
見る見る内にキキョウの体は黄色の体毛に覆われる。筋肉は隆起し、身長も伸びた。
その顔はまさしく虎だった。人虎(ワ―タイガー)と呼ばれる亜人に酷似している。
この変身は獣化と呼ばれる亜人の特殊能力だ。生粋の亜人の場合はそれこそ本物の虎へと獣化するが、ハーフの場合は通常は人間と変わらず、獣化で半獣人へと変化する。
身体能力という点で大きく人間を上回る亜人とのハーフ、半亜人ならばさきほどまでのタフネスも納得がいく。
獣化によってキキョウの傷は塞がり、明らかにさきほどよりも危険な気配を放っている。
「この形態になればさっきみたいにはいかないわよ!」
そう言ってキキョウは俺の視界から消え去った。
縮地の速度も上がっているらしいな。背後を振り返ると、攻撃態勢に入っているキキョウがいた。
その場を縮地で逃れると、今までいた場所に四連撃が加えられ、背後にあったいくつもの木が倒壊する。
技の速度、威力共に大きく増している。
たしかにパワーアップだ。だが、その程度なら問題はない。
「私のスピードについてこられないようね!」
また背後を取ったキキョウが俺に斬りかかるが、その時には俺はキキョウの右斜め上に移動してた。
「別にお前くらいのスピードは珍しくない」
「なっ!?」
「逃げろ! キキョウ!」
オズワルドが叫ぶがもう遅い。
キキョウの首を刎ねるために魔力刃を振る。しかし、咄嗟にキキョウは首と魔力刃との間に右腕をいれた。
それによってキキョウの首は浅く斬られただけで済んだが、その代わりにキキョウの右腕が斬り飛んだ。
「ぐぅぅぅぅ!!!!」
「さすがに痛みはあるみたいだな」
キキョウの窮地と見てオズワルドが魔法を放ち、鬼たちが俺に殺到してくる。
オズワルドの魔法を左手の刀で吸収し、近づいてきた鬼たちを魔力刃で切り裂く。
その一瞬の間にキキョウは距離を取る。
だが。
「その程度で逃げたつもりか?」
背後に回り込んで、無防備な背中を深く斬りさく。
さすがのキキョウも膝をつくが、容赦なく残る左腕も斬り飛ばし、最後に首を刎ねるために右腕を振るう。しかし、さすがにそこまでは許してくれないらしい。
「ブラッディ・ダガ―!」
オズワルドが生み出したのは百を超える血色の短剣。
それを俺に向かって放ってきた。質よりも量。俺に対しては有効な攻撃手段でオズワルドはキキョウが逃げる時間を稼いだ。
一発一発は大したことはないが、刀で吸収し、魔力刃で叩き落していると時間を取られる。
しかも厄介なことにホーミング機能付きだ。移動しながら短剣を弾き落とし終わったときにはオズワルドがキキョウの傍にいた。
「もう貴様は間に合わん! ここで鬼と戯れているがいい!」
「ちっ!」
オズワルドはゲートを作ってキキョウと共に転移に入る。
さすがに死にかけのキキョウを連れて再度戦場には出ないだろうし、追うだけ無駄か。
俺は二人を見逃し、残る鬼たちの排除にかかる。
こいつらも自分の役割が足止めと理解してるのか、絶対に敵わないとわかっているのに俺へ向かってくる。
こういうところが魔物は面倒だ。
鬼は魔物中ではそれなりに知能があるほうだが、それでも強者には絶対服従で逆らったりしない。 まるで女王アリのために動く働きアリのごとく、こいつらは自分を捨て去る。
結局、現れた数十体の鬼は全部斬り捨てる羽目になった。
「時間がねぇってのに!」
今から高尾に向かって果たして間に合うかどうか。
そう考えたとき、高尾の方面で強大な魔力を感じた。
その魔力は俺にとってはよく知った魔力で、しかもこれだけ距離が離れているのに感じたということは何かしら発動させたということだ。
「エリスのやつ……あれを発動させたのか」
アルクス聖王国の聖王家は高い魔力を持ち、その体や血は儀式において最高レベルの霊媒となる。
そんな聖王家の特徴を生かした機能が王族座乗艦には備えられている。
「王族を霊媒として術式の中心に置き、三段階の広範囲結界を張る最硬の防御魔法……できれば使ってほしくなかったんだが。まぁあてにしてたのにそんなこと言うのは反則か」
だが、一段階目で終わらせないとエリスの負担が増大する。
おかげさまで時間は確保されただろうが、同時に時間制限もできた。
早く東京に戻る理由が増えた俺は、縮地を使って樹海を一気に駆け抜けた。