第十六話 追撃者たち
「早く乗れ!」
銀のSUVがゲームセンターの前に止まり、運転席にいる光助が顔を出して叫ぶ。
明乃と栞は後部座席に、俺は助手席に乗ると光助は一気にアクセルを踏んだ。
「状況は?」
「最悪だ! 調査の結果、現れた鬼の魔物は元々日本に封印されていたモノだという結論が出た。さすがにそこに対する対策は取っていなかったから、各地の自衛隊は混乱している」
「まぁ元々防衛戦略ってのは外からを想定して作られるからな」
現在の状況は防衛線の内側から敵が湧いてきたということになる。
セオリー通りの軍じゃとても対応はできないだろう。
「まぁそれぐらいなら時間があれば何とかなるんだが、厄介なのはそれじゃない。関西方面から鬼の一団が東京に向かってる。どんどん数を増やしてな。足止めに入った自衛隊の部隊も突破された」
「間違いなく本隊だな。そこに天災級の魔物、酒呑童子もいるってことか」
「本来、関西地区を担当する四名家の西宮家は動きが鈍いし、ほかの名家もそれぞれの地域に現れた魔物の討伐に追われている。備えていた東凪家はさすがに動きは速いが、東凪家だけじゃ敵の本隊は止められないだろう」
「もう本隊を止められる部隊はないのか?」
「東部方面隊が動いているらしいが……こんなことを言うのは癪だが、期待するな」
「だ、そうだぞ? 明乃、栞」
「えっと……」
状況を理解できていない栞がなんと答えていいのか戸惑っている。
一方、明乃は覚悟していたのか悲観的な状況にも動じていない。
「大雑把に説明するぞ。日本にはやばい魔物が封印されていて、それが復活した。しかも完全復活のために明乃を狙ってる。だから俺たちは明乃を護衛しつつ、高尾まで逃げ切る必要がある。はい、わかったか?」
「は、はい! 明乃ちゃんを守らなきゃいけないってことですね!」
「違う。お前が考えるのは自分の身の安全だけだ。それだけを考えてろって……言ってる傍から来なさったか」
ドアを開けて、車の上に飛び乗る。
視線は後方。
数十体の鬼に加えて、キキョウと転移魔法を操るオズワルドとかいう魔法師。
そいつらが俺たちの後方に姿を現していた。
さきほどまで微塵も気配を感じなかったから十中八九、転移魔法によるものだろう。
「飛ばせ! 光助!」
「やってる!」
元々避難指示が出ていたのか、光助が使う逃走ルートにはほとんど人がいない。こちらにも向こうにも好都合な展開だ。
俺は右手で銃を引き抜き、左手で鞘から魔力を吸い上げる。
「ぞろぞろと連れてきたのに悪いが……消えろ!」
明乃と腕試しをしたときのように魔力を込めると、極太の光線を放つ。
キキョウみたいに素早い相手には通用しない手だが、固まっている集団には有効な攻撃だ。
鬼たちは散開し始めるが、十数体は光線に飲み込まれて消え去った。
それと同時にこちらを援護するように複数の車が近づいてくる。光助の部下たちだろう。
「光助! 部下たちに鬼の相手をさせろ!」
「お前は!?」
「厄介な奴らを相手にする!」
もちろんキキョウとオズワルドのことだ。
光助から指示が飛んだのか、車から身を乗り出した光助の部下たちは銃を使って鬼たちに攻撃を集中する。
それを見て、俺はこちらに近づいてくるキキョウとオズワルドに意識を向けた。
「久しぶりね! 斗真!」
「名前で呼ばれるほど親しくなった覚えはないぞ?」
「冷たいわねぇ」
そんなやりとりをしながら、キキョウは両手に小太刀を構えて一気に突っ込んできた。
その顔には歓喜の笑み。どう見ても戦闘狂のそれだ。
ギラリと煌いた小太刀を俺は左手の刀で受け止める。
「懲りない奴だ。敵わないってのがわからないのか?」
「わかってるわよ。だから援軍を連れてきたんじゃない」
そう言った瞬間、五種類の魔法がSUVに向かって飛んでくる。
キキョウの腹を蹴って吹き飛ばし、俺はそれを瞬時に鞘で吸収する。しかし、その隙を狙ってキキョウが再度接近してきた。
さすがに厄介だな。今放たれたのはそれぞれ属性の違う魔法だ。しかもどれもかなりの威力だった。それを事も無げに放ってきやがった。
相性が悪いことを承知でキキョウが連れてくるだけのことはある。というか、本当に問題なのはキキョウじゃなくてオズワルドのほうだ。
今はキキョウの援護に努めているが、本気になればこちらを吹き飛ばすだけの大威力魔法を使えるはずだ。使わないのは明乃を生け捕りにするためというのと、まだ時期じゃないからだ。
おそらくオズワルドは俺の動きを止めるためにそれを使うはず。それだけの隙をキキョウが作り出したらオズワルドは躊躇なく撃つだろう。俺が吸収するからだ。
そしてその決定的な隙をキキョウは見逃さない。
まったく。
「舐められたもんだな!」
キキョウが繰り出す連撃の中から、一番都合のいい一撃を選ぶとそれに対してカウンターで突きを放つ。
まともに俺の突きを腹部に食らったキキョウはSUVから後退を余儀なくされる。そんなキキョウを援護するためにオズワルドが魔法を放つが、今度は吸収するのではなく右手の銃で撃ち落とすことを選んだ。
「なにっ!?」
「たかが後方支援の魔法師が追加された程度で俺に勝てると思ったのか? キキョウ」
「本当に最高ね、あなた……それでこそ切り刻む価値があるわ!」
そう言って再度キキョウが突っ込んでくる。
この状況がずっと続くならば俺たちの優位は崩れない。結局、高尾まで逃げ切ればそれでお終いだからだ。
エリスの王族座乗艦に明乃を保護してもらい、追い詰められた政府がアルクス聖王国に支援を要請。そうすれば不完全な復活を遂げた天災級の魔物を複数の聖騎士で倒せば終わる。
だが、そのシナリオは向こうもわかっているはずだ。
となれば、このままということはないだろう。
一体、どんな手を打ってくるのか。
鬼の大群か、それとも精鋭か。
「おい! 斗真! 鬼の本隊が東凪家と激突したぞ!」
「戦況は!?」
「結界でなんとか凌いでいるらしい! このまま時間を稼げばいけるぞ!」
ああ、フラグっぽいことを。
そんなくだらないことを考えた瞬間。オズワルドがいきなり先ほどの比ではないレベルの魔法を撃ってきた。さすがに撃ち落とすことはできず、俺は鞘で吸収を選ぶ。だが、まだ余裕がある。キキョウの行動には対応できるが……。
何をする気なのか。俺はオズワルドに意識を向けるが、さきほどまでいた場所にオズワルドはいなかった。
転移。そのことに気づいたとき、俺はキキョウたちの狙いに気が付いた。
「光助! 明乃を頼む!」
「ああん!? どういうことだよ!?」
瞬間、俺の近くにオズワルドが現れて転移のゲートを開いた。
そこを見計らってキキョウが俺に体当たりしてそこへ引きこむ。だが、俺も手を伸ばしてオズワルドの腕を掴んだ。
こいつを連れていけば戦況は変わらない。鬼の大群だけなら光助たちでも対処できる。
「お前も一緒に来い!」
「くっ!」
咄嗟に開いたゲートならばそんなに長距離に設定はしていないはずだ。
そんなことを思いながら、俺はキキョウとオズワルドと共にゲートの中に飲み込まれていく。
「斗真さん!」
耳に残るのは明乃の不安げな声。
どんな表情をしているか、容易く想像できた。そんな顔をさせるのはまったくもって本意ではない。そういう顔をさせないために俺は護衛をしているというのに。俺がそんな原因になるなんて一生ものの恥だ。
だから。
「すぐ助けにいく! 待ってろ!」
それだけ言うと俺たちは完全にゲートに飲まれて、その場から姿を消した。