表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/145

第百四十四話 天叢雲剣

次で終わるかなぁ



「「その刃は幻想である――」」


 声が重なり、強大な魔力がゆっくりと鞘の中で刃を形作る。


「「人は願い、願いは希望に、希望は力へ――」」


 最大の攻撃を吸収されたカリムに次の攻撃はない。

 カリムはミスを犯した。

 八岐大蛇の体を乗っ取ったことで奴は機動力を失ったのだ。

 おそらく強大な力と引き換えに使えなくなった魔法はいくつもある。

 人間と同じ大きさならピンチになれば転移すればいいが、今の大きさでは転移はできないはずだ。

 自分が攻めているときはいいが、ピンチになればその巨体が邪魔する。

 羽ばたこうとしているが、まだまだ不慣れな体だ。即座に空にはいけない。


「「果てなき希望の終着点。人の希望は天を超え、大地を割る――」」


 この状況を作ったのは間違いなく明乃だ。

 アケノを利用して八岐大蛇を復活させたカリムが、明乃によって追い詰められるのは皮肉なものだ。

 いや、それはある意味必然だったのかもしれない。

 酒呑童子から始まり、明乃を狙った時点でカリムの終焉は始まっていたのだ。


「「今ここに我は人の大いなる希望を顕現せん――」」


 そうであるならば。

 俺が明乃の護衛になったのも運命なのかもしれない。

 らしくない考えだが。

 そう思ってしまう俺がいた。

 それほどまでに明乃が今、傍にいるのは安心できた。

 だから俺は迷わず明乃と共に詠唱を締めくくった。


「「その刃は夢幻の海より現れた――夢幻解放」」


 引き抜かれた刃は錆びついた日本刀だった。

 長さも普通だし、何一つ斬れそうにない鈍ら。

 明乃もそれを見て驚いている。


「え……? これって……」

「は、は、ハハハハハッ!!!! トウマ! まさかここで召喚に失敗するとはね! 繊細な召喚術に軽々しく初心者を混ぜるからだ!!」


 八岐大蛇と一体化したカリムが俺たちを嘲笑する。

 それを聞いて明乃の顔が青くなるが、俺はそんな明乃の頭にポンと左手を置く。


「心配するな。お前は俺を助けてくれた。だから今度は俺がお前を助ける番だ。なにも心配せず、傍にいろ」

「斗真さん……」

「強がりだな! そんな鈍らで何ができる!!」

「強がりかどうかはよく見ておけ」


 俺の言葉と同時に空がどんよりと暗くなった。

 空が雲に覆われたのだ。

 小さな塊状の雲片が群れをなして空を覆っている。それは戦場全体を覆ってもまだ足りないほど広範囲を埋め尽くした。

 それを人は叢雲と呼ぶ。

 光が遮られるとゆっくりと刀の錆びが零れ落ち始める。

 その刀は竜の中から現れた。

 竜の中で生成され、竜殺しの剣すら折ってしまう鋭き太刀。

 竜の化身にして、竜殺しの特性を合わせ持つ刀。

 幻想帯びた剣として脈々と受け継がれてきた神宝。

 幻想は願い。長期の願いが積み重なり、それは幻想へと昇華される。

 そういう意味ではこれほど幻想を帯びた刀はないだろう。

 世界最古の国家にして、最古の王朝が脈々と紡いだ幻想の力は何者も太刀打ちできない。

 この刀はまさしく極東最強だ。


「顕現せよ――願いに応えんがために! 天叢雲剣あまのむらくものつるぎ!!」


 竜造神剣・天叢雲剣。

 八岐大蛇より出てきたこの剣は特殊すぎて俺だけじゃ絶対に召喚できなかった。

 八岐大蛇の魔力を吸収したこと。そして脈々と受け継がれた東凪家の姫である明乃という存在が天叢雲剣を引き当てた。

 錆びが落ちた天叢雲剣は白刃を晒す。

 そして俺はぐるりと一回転してその刃を振った。

 それだけで全方位に斬撃が飛ぶ。

 しかし、その斬撃は俺の味方は一切傷つけない。味方は透過し、この戦場にいたすべての召喚獣と黄昏の邪団の構成員を一撃で斬りさいた。

 生命力豊かな召喚獣だが、斬られたところから浄化の炎が発生して塵になるまで燃やし尽くされていく。


「すごい……」

「何言ってるんだ。まだまだこれからだ。行くぞ!」


 俺は明乃を抱えるとふんわりと上空に浮かび上がる。

 天羽々斬を持ったときすら上回る万能感。

 神剣を持った影響で俺も一時的にだが神霊の領域まで引き上げられている。

 それをカリムは察した。奴も今はそれに近いモンスターだからだ。


「くっ! 刀一つで調子に乗るな!」


 八岐大蛇の口が開く。

 それに対して俺は明乃と共に高速で降下していく。

 光弾が迎撃のために飛んでくるが、それらはすべて楽に回避していく。

 そして俺はカリムに肉薄する。


「よう。どうだ? 今の気分は?」

「あ、あ……くっ!」


 俺は刀を突きだすが、カリムはその前に上半身を八岐大蛇の体の中に隠した。

 せめてもの情けだったんだが、向こうがその気ならしょうがない。


「斬り刻むか」


 俺はそういうと同時に八岐大蛇の首をどんどん落としていく。

 一振りで一本ずつ。

 八振りで八本。

 それが終わると俺は明乃が持っている鞘に天叢雲剣をしまう。

 それを見てカリムは最後を悟ったのか、八岐大蛇からゆっくりと上半身を現わした。

 正真正銘、あれが最後の首だ。


「終焉が見たいって言ってたな。カリム」

「ああ、そうだ……私は終焉が見たかった……」

「今、見せてやるよ。お前の終焉をな」


 そう言って俺は鞘に魔力を送り込む。

 ゆっくりと天叢雲剣の刀身を軸にただひたすらに凝縮。

 その凝縮された魔力を今度は鋭く、研ぐように刀身に伸ばし、張り付かせる。

 そうして天叢雲剣をコーティングし、より強く加工していく。


「斗真さん……あの……」

「大丈夫だ。わかってる」


 俺は横で何か言いたげな明乃に対して微笑む。

 言いたいことはわかってる。

 だが、心配ご無用。


「はい……わかりました。信じます」


 そう言って笑う明乃の顔を少し眺めたあと、視線をカリムに固定する。

 もはや打つ手なしと言わんばかりのカリムに対して、俺は迷わず天叢雲剣を引き抜いた。


「九天一刀流奥義――鬼刃斬光!!」


 これまでで一番の光の奔流が八岐大蛇と化したカリムへ向かう。

 それに対して、カリムはいきなり両手を前に突き出した。


「かかったな! 君の幻想の剣は短時間限定! この攻撃さえ防げば私の勝ちだ!」


 カリムは八岐大蛇にある魔力をすべて両手にかき集める。

 そして高速で詠唱を開始した。


「その漆黒は天地開闢のときより顕れた! 光を喰らい、万物を塗り替える闇! 混濁すら許さず、ただ一面を染め上げる原初の黒! 暗き黒光を我が手に! 冥府への誘いを汝のもとへ! 来たれ!――エクリプス!!」

 

 聞いたこともない詠唱だった。

 確実に現代の魔法じゃない。

 カリムの両手に漆黒の光が集まり、それは黒い光となって鬼刃斬光とぶつかり合う。


「うぉぉぉぉぉぉぉ!! 私は諦めない! 私は決して退かない! 望むモノはすべて手に入れてきた! 私は必ず終焉を望む!!」


 気迫を見せるカリムだが、徐々に鬼刃斬光の力に押し負け始める。

 負けるわけがない。

 天叢雲剣で放った鬼刃斬光だ。

 考えうるかぎり最強の攻撃といってもいい。

 いくら八岐大蛇の魔力を集めたとはいえ、瀕死の竜では神には勝てない。


「お前は見れるよ。お前自身の終焉をな」

「馬鹿な……!?」


 光の奔流が黒光を塗りつぶし、余さず八岐大蛇を飲み込んでいく。

 余波でかなり遠方まで奔流が進み、地形を変えてしまう。

 まぁ避難は済んでるだろうし、大丈夫だろうけど。

 これはあとでどやされるかもな。

 そんなことを思いながら腕の中の明乃を見る。

 するとニコリと満面の笑みが返ってきた。

 その笑みに応えるように俺はゆっくりと右手の刀を振るった。


「はっはっはっは!! アケノ! その体を貰い受けるぞ!!」


 背後から這い寄ってきたのは半分ほど霊体となったカリムだった。

 明乃の体を奪うつもりだったんだろう。

 だが、明乃に触れるまえに俺の斬撃がカリムを斬り裂いていた。


「悪いが、こいつは俺の女だ。お前には髪の毛一本だってくれてはやれんよ」

「あぁ……終焉が……」


 その後の言葉は続かない。カリムは浄化の炎で燃やし尽くされた。

 見えたのか、見えなかったのか。

 それはカリムにしかわからない。

 だが、そんなことは俺たちにとってはどうでもいい。


「終わったな……」

「はい……それで……その……斗真さん」

「なんだ?」

「そろそろ……恥ずかしいんですが……」


 ずっと腰に手を回して抱かれているのが恥ずかしかったらしい。

 顔を赤くしている。それはさきほどの言葉の影響もあるだろうな。

 だが。


「俺の傍にいるんじゃなかったか?」

「そ、それは……!」

「冗談だ。ほらよ」


 地面に着地して、明乃をゆっくりと離す。

 からかわれたとわかった明乃はさらに顔を赤くするが、俺はそんな明乃の頭に手を置いてポンポンと叩く。


「ありがとな。助かった」


 そういうと明乃はそのまま何も言わずに俯くだけだった。

 そんな明乃を連れて、俺は皆が待つ聖王都へ帰還したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ