第百四十三話 少女の宣誓
あと二、三話かなぁ
「明乃!?」
俺の前に出てきたのは明乃だった。
明乃の手には俺の鞘が握られていた。
そして明乃はその鞘を光弾に向かって大きく突き出した。
「まさか!? やめろ! 無茶だ!」
「任せてください!」
魔力を吸収する連環術はセンスによるところが大きい。
使えること自体が才能といえる。
今、明乃はそれをしようとしている。しかもぶっつけ本番で、八岐大蛇の最大攻撃を相手に。
明乃を後ろから抱きしめるような形で俺は鞘に手を伸ばす。
何とか発動するが、これだけの魔力を吸収できるかどうか。
「くっ!」
一気に体へ大量の魔力が流れ込む。
それをどんどん鞘に送っていくが、本来なら許容できない魔力が体を伝うことで激痛が走っていく。
だが、まだ大丈夫だった。
それがおかしかった。
これだけの光弾を吸収して、その程度で済むはずがない。
考えられるのは一つ。
「明乃……お前……」
「任せてくださいって言ったはずです……」
明乃はこの状況で連環術を使っていた。
俺なんかよりも何倍も魔力保有量がある明乃は、当然ながら吸収できる魔力は俺よりも多い。明乃のおかげで俺の負担は軽くなっているのだ。
「どこで覚えた……!?」
「何度も近くで見てましたから……!」
「見取り稽古で覚えれるもんなのか!?」
天才だと思っていたが、これほどとは。
魔法や魔術が関わることならば、ほぼ何でもできてしまうのかもしれない。
だが、いくら明乃でもさすがにこの量の魔力を吸収するのは辛いようだ。
「ぐっ……!」
明乃が苦しそうに呻く。
向こうは最強の竜でこっちは人間。種族としての差が俺たちに立ちはだかった。
元々の魔力が違いすぎる。明乃は人間の中では飛びぬけているが、それはあくまで人間の中での話。竜と比べられてはさすがの明乃も見劣りする。
そんな竜が放った光弾を一つならまだしも、八つも吸収するなどたかが人間二人には重すぎる。
「明乃……!」
「まだまだ……!」
気概を見せる明乃だが、どう見てもつらそうだ。
もうやめろという言葉が喉まで出かかかる。
だがしかし。
「安心してください・……私がなんとかしてみせます!」
「……明乃……」
明乃は必死に歯を食いしばっている。
どうにか俺を助けようとしてくれている。そんな明乃にもうやめろというのは明乃への侮辱に他ならない。
明乃が歯を食いしばるなら、俺も歯を食いしばって最後まで付き合うだけだ。
「……頼りにしてるぞ!」
「っ!? はい!」
二人で分散しながらなんとか光弾を吸収していく。
幾度も膝をつきそうになる。視界が薄れ、意識が飛びそうになる。
そのたびに目の前の明乃を見て自分を奮い立たせる。
明乃が頑張っているのに諦めてなるものか。明乃の前で情けない姿を見せてなるものか。
それだけを支えに気持ちを繋ぐ。
だが、同時に恐れも訪れる。
明乃を失ったら? ここで勝ったとして明乃の身になにかあればどうすればいい?
リーシャを失ったあとの二年間。その喪失の二年間の記憶がどうしても蘇ってくる。
キリキリと胸が痛む。
どうにもならないトラウマ。再度喪失の可能性を目の前にして、胸が締め付けられる。
そんな俺に対して、明乃が喋り始めた。
「斗真さん……私はいつもあなたの足手まといです」
「明乃……?」
「傍にいたいと願っていました。あなたの横に立ちたいと。あなたに認められる存在になりたかった。けど、私はいつもあなたの足を引っ張ってばかりでした。目指していたのは相棒のように互いを支え合える存在。だけど、私はいつも助けられてばかりでした」
「それは……」
明乃の問題ではない。
俺が誰かを頼ろうとしないだけの話だ。
だが、明乃は自分が頼りないから頼ってもらえないと感じていたらしい。
馬鹿な話だ。
リーシャを失った俺が立ち直れたのは明乃がいたからだ。
その時点で俺は明乃に頼っていた。守るべき存在と決めて、自分が立ち直るための支えにしていた。
ああ、そうだ。
俺はいつでも明乃に頼っていた。
だが、言葉にはしなかった。だから明乃を不安にさせてしまったのだろう。
「明乃……俺は……」
「私はあなたの力になりたい。あなたの相棒でありたい。あなたの心の支えでも、守るべき存在でもなく。あなたの横に立っていたい……そんな自分になりたい。そう思って来ました。けど、今もあなたは私の心配ばかりをしている……」
「……」
「悔しいです……情けないです……。でも……そんな私でも胸を張って言えることがあります……!」
そう言って明乃は息を大きく吸い込む。
そして明乃は目の前にある巨大な魔力をどんどん吸収していく。今までの比ではない量と速度だ。
一気に残っている光弾が明乃に飲み込まれ、鞘に流れ込む。
これが明乃の本気か……。
すべての魔力を吸収し終えた明乃は疲れた表情で俺のほうに振り返った。
その顔に精一杯の笑みを浮かべて明乃は言った。
「どれだけ足手まといでも。どれだけ頼りなくても。私は……斗真さんの傍からいなくなりません。どれほどの困難に直面しようと……私はあなたの傍を離れません。あなたの前からいなくなることはありません。これは東凪明乃の宣誓です。だから……」
そんなに苦しそうな顔をしなくて大丈夫ですよ。
そう明乃に言われた瞬間。
俺は締め付けるような胸の痛みから解放された。
明乃は微笑みながらゆっくりと俺に鞘を差し出す。それに俺は柄を差した。
そして俺たちは同時に魔法の言葉を唱えた。
「「その刃は幻想である――」」