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第十四話 始動








「さぁ、これで僕はより力を手に入れるんだ!」


 そう言いながら伊吹は感情の感じられない柚葉の首に首輪をつけた。

 鬼輪と呼ばれるそれは、自動で装着者の魔力と生気を奪い取る道具だった。


「あ……」


 つけられた柚葉は一瞬で大量の魔力と生気を抜き取られ、力なくその場で倒れこむ。

 その様子を見ながら、伊吹は自分に流れ込んできた純度の高い魔力と生気に笑みを浮かべた。


「キキョウさん。そちらの準備はどうです?」

「整ってるわよ。そっちはどうなの? 〝総大将〟」

「万全ですよ」

「あなたのことじゃないわ。依り代は黙ってなさい」

「依り代? ん!? ぐっ! ああああああ!!!!」


 突然苦しみだした伊吹は、胸を押さえてその場に倒れこんで悶絶し始めた。

 やがて伊吹は口から泡を吹き、痙攣する。どうみても異常な状態だが傍にいたキキョウは表情を変えずにその様子を見ている。

 そしてその瞬間はやってきた。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!??」


 伊吹の体から黒い煙が噴き出し始め、急速に伊吹の体が枯れ始めた。

 そのまま伊吹はミイラのような状態となり、絶命する。代わりに噴き出た黒い煙が人型の形をとり始めた。

 突き出た角に二メートルを超える巨体。分厚い赤い肌に膨らんだ筋肉。

 現れたのはまさに鬼だった。


「ようやく実体を取り戻したわね。ということは、封印は内側から壊せたのかしら?」

「うむ。なんとか小僧の魂と生気を食らっての。それでも五割ほどだが、まぁ贅沢は言うまい。しかし、小僧の魂はまずいのぉ。やはり魂を食らうなら美女が一番だ。どれ、口直しでもしようか」


 そう言って現れた赤鬼、酒呑童子は柚葉の後ろ。

 そこに並んでいる十人ほどの女魔術師たちの魂を食らおうとする。しかし、それをキキョウが止める。


「まだ早いわよ。ゲートを奪わなきゃいけないし、東凪の姫の護衛は厄介なの。もしものときに彼女たちは必要でしょ?」

「まぁたしかにこ奴らを残しておけば、万が一のときには役に立つが……それほどか?」

「ええ。間違いなく日本じゃ最強クラスの実力者よ。油断せず、備えておかないといけないわ」

「ほう……ならばこやつらは残しておこう。儂に生気と魔力を供給する人形としてな。しかし、だ。服がいかん」


 酒呑童子は並べられている女魔術師たちの服を見ながら気に入らなそうに鼻を鳴らす。

 キキョウは並べられている女魔術師たちの方に視線をやる。

 全員が瞳に色がなく、無表情であること以外に変な点は見つけられなかった。


「なにが気に入らないのかしら?」

「こやつらは巫女だ。ならばそれ相応の服装があるであろう?」

「意外に細かいことに拘るのね。まぁいいわ。もう一人の西宮の坊やに用意させましょ。その間に準備をよろしくね?」

「無論だ。儂の復活でこの地に眠るすべての鬼が活性化しておる。儂が号令をかければ奴らは封印を破り、また暴れまわるだろう。我が最強の軍勢として」


 キキョウはその答えに満足しつつ、柚葉に視線を向ける。

 柚葉は無表情のままだが、倒れた伊吹を見て一筋の涙を流していた。


「あらあら、自分を堕とした少年の死を悲しむなんて優しいわね。でも安心なさいな。あなたみたいに佳い女を堕としたんだから、彼は満足しているはずよ。少なくとも私たちが声をかける前なら絶対にできないことだったんだから」


 そう言ってキキョウは柚葉の顔に近づくと、流れた涙を舐めとる。

 その行為に柚葉は反応を示さない。ほぼ自意識を封じられているためだ。

 それでも涙を流したのは、それだけ伊吹の死が衝撃的だったからだ。しかし、もはや涙は流れない。


「今からあなたを含めて、みんなは鬼に仕える巫女となるの。せいぜい役立ってちょーだいね」


 クスクスと笑いながらキキョウはその場を後にした。




■■■




 アルクス聖王国第二の都市、エグゼリオ。

 そこでエリスは日本に起きた異常事態について報告を受けていた。


「関西を中心に魔力反応が増え続けています! どれも強力な魔物と反応が類似!」

「各地に封印されていた魔物が復活し始めたということですわね……」


 呟き、エリスはため息を吐く。

 こうなる前に食い止めるべきだった。

 もはや戦場は日本全土となった。各地で魔物と自衛隊や警察が交戦し、それによって多くの国民が被害を受けることとなる。


「わたくしは判断を誤ったのかもしれませんわね……」

「そのようなことはありません。姫殿下」


 近くに控えていた女従者がエリスをそう慰める。

 しかし、エリスは首を横に振る。


「たとえ一時的にでも両国の関係が悪化しようと、わたくしは聖騎士を駐屯させることを押し切るべきでした。非難とその後の混乱を恐れ、結果的に救える命を見捨てることになってしまいましたわ」


 そうエリスが言うと誰もが口をつぐんだ。

 これ以上、何を言ってもエリスが自分を責めることをやめはしないとわかっているからだ。

 その程度を察することができない者は、この場にはいない。


「まぁ仕方ありませんな。他国で起きていることですから。なにもかも最善というわけにはいかないでしょう」


 そんな沈黙を破るように声を発したのは中年の男だった。

 聖アルクス王国の軍服に身を包んだ髭面の男。騎士と呼ぶにはやや粗暴な顔をしている男は、その顔によく似合う武骨な笑みをエリスに向けた。


「しかしそれがわかっておられるから、こうして次善として我々を呼び寄せたのでしょう?」

「そうですわね。ルーデリック艦長」

「知らせを受けたときは勘弁してくれと思いましたがね。なにが楽しくて、大量の魔物を引き連れた天災級の前に艦を進めなきゃならんのかと。あ、これでも私は艦を大事にするほうでしてね」

「申し訳ありませんわ。しかし、聖騎士を連れていくわけにはいかないのです」

「ええ、わかっていますよ。日本政府が要請してこない限り、その手段は使えない。だから我々が向かってその時間を稼ぐ。わかるんですがねぇ」


 いまいち乗り気じゃないルーデリックに女従者が眉を顰める。


「ルーデリック艦長。まさか臆したのですか?」

「臆するさ。天災級ってのはそういう相手だ。そこに我が国の姫を乗せていくなんてどうかしてる。臆さない艦長がいるなら見てみたいね」

「これは王族座乗艦。鉄壁の防御を誇ります。ご自分の艦を信用しないんですか?」

「その鉄壁の防御を担うのは姫殿下だ。我々じゃない。私は怖いのですよ、姫殿下。あなたが無理をしすぎて倒れるのではないか、と」


 ルーデリックの問いにエリスは目を瞑る。

 迂闊な答えを発すれば、ルーデリックは艦長権限によって王都に引き返すからだ。

 王族座乗艦に関する権限は艦長に一任されており、今のエリスはあくまでゲストなのだ。

 だからエリスは正直に答えることにした。


「無理をするなと言われるのでしたら、それこそ無理とお答えするしかありませんわ」

「ほう?」

「ですが、大丈夫ですわ」


 エリスが断言したことにルーデリックは違和感を覚えた。

 確証のないことを断言するほどエリスは愚かではないからだ。

 つまり、大丈夫と断言するだけの何かがエリスにはあるということになる。


「大丈夫な理由を聞いても構いませんかね?」

「わたくしの信頼する剣士が日本にはいます。彼がいる以上、危険などありませんわ」

「つまりは鉄壁の防御が持続している間に片が付くと?」

「ええ。ほぼ間違いなく」

「その剣士というのは誰ですかな? 私の知る限り、そこまであなたが信頼を寄せる剣士は聖騎士団長しかいないはずですが?」

「わたくしはアーヴィンドよりも信頼していますわ。いえ、ア―ヴィンドだけではなくこの世にいる誰よりもわたくしは彼を信頼しています」


 エリスの言葉を聞いて、ルーデリックは一人の少年を思い出した。

 数年前。この艦に乗り込み、この艦の機能に眉を顰めた好感の持てる少年。

 彼が日本にいるというなら、エリスの大丈夫という言葉も理解できる。


「なるほど。そういうことなら勝算がありそうですな」

「はい。行ってもらえますか?」

「しょうがありませんね。我らが姫殿下の頼みとあらば、我々に否はありませんよ。魔導機関始動! 総員第一種戦闘配備! ゲートを抜けた瞬間に魔物の軍勢ということもありえるぞ! 用心しろ!」


 ルーデリックの指示が飛んだことでブリッジは俄かに騒がしくなった。

 その様子を見て、エリスはホッと息をつく。

 そんなエリスにルーデリックは視線を向ける。

 その視線の意味を理解して、エリスは一つ頷くと静かに発進の号令をかけた。


「コールブランド、発進してください」

「王族座乗艦コールブランド、発進!」


 巨大なゲートのすぐ傍で、流線系のフォルムの飛空艦が浮かび上がる。

 遠目から見れば銀色の剣に見えるだろうその艦の名は〝コールブランド〟。

 アルクス聖王国が保有する飛空艦の中では最硬の艦であり、その艦が現れるということはアルクス聖王国の王族が現れるということと同義である。

 その艦がゲートを潜り、今日本へと向かって発進する。

 ただ無辜の民を守らんがために。

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