第百三十八話 七と八
「ふっふっふ……アッハッハッハ!!」
リーシャの反撃宣言を受けて、カリムは突然腹を抱えて笑い始めた。
フローゼが連れてきた聖騎士やベスティアと帝国の援軍は大軍ではない。だが、精鋭だ。加えてリーシャまで復活した。
普通に考えれば勝ち目は薄いはずだが……。
「気でも触れたか?」
ヴォルフが不機嫌そうにつぶやく。
そんなヴォルフにパトリックが突っ込みをいれる。
「元々狂人だからね。気が触れたっていうのはおかしな表現だ」
「うるせーな。細かいことはいいんだよ」
「そういう性分でね」
「でも、この面子を相手に笑っていられるって不気味よねぇ」
ジュリアの言葉に全員が頷く。
カリムには逃げるという手もある。いくら八岐大蛇といえど、この面子で掛かればどうにかなる。
しかし、八岐大蛇をやられたところでカリムはまた別の手を考えればいだけだ。魔王を招いたときもそうだった。
つまり撤退しないということはそれだけ自信があるということだ。
「いやー、面白い」
突然、カリムが笑うのをやめた。
その目は真っすぐ俺に向けられている。
「トウマ。私は困難に打ち勝ってこそ見えるものがあると思ってるんだ。そこに共感してくれるかな?」
「あいにく勤労精神には乏しくてな。楽に結果が出るならそのほうがいいと思ってる」
「ここだけ聞くと君のほうが悪役に思えるな」
アーヴィンドの突っ込みに俺は肩を竦める。
仕方ないだろうが。
ここで意地張ってよくわかると嘘はつけない。
仕事のあとの酒はうまいとか言う人もいるが、俺はそうは思わない。酒が美味く感じるのは疲れているからだ。別に仕事じゃなくても疲れたあとなら酒はうまいもんだ。
「それは残念だ。では私の気持ちは理解してくれないかな?」
「お前の気持ちなんて欠片も理解できないな」
「そうかい。悲しいよ。私は今、とても嬉しいんだ。これほど抵抗する君たちを突破した先にあるだろう終焉の光景は、それに見合うだけのものに違いないと確信している」
「どうだかね。案外しょぼいもんかもしれないぞ?」
「それなら今度は地球を滅ぼすさ。それも大したことがないなら平行世界を滅ぼす。私は自分が満足するまで何度だって終焉を望み続ける」
カリムはそう宣言すると両手を広げた。
その目は本気だ。
これまでみたいにどこか俺たちを舐めているような様子は見受けられない。
「英雄たちよ……君たちを突破して私は望む光景にたどり着く……。精一杯あがくといい!!」
するとカリムを中心にまた魔法陣が無数に出現してきた。
その数は最初と大差ない。
そしてそこから召喚獣が出現してきた。
「まだそんな力があったのか……!」
「でも向こうも限界みたいだよ。底が見えたならやれることは一つだよ」
荒い息を吐くカリムを見て、リーシャは天性の勘を働かせる。
今が攻め時と判断したのだ。
そしてリーシャは魔法を使って、戦場に声を響かせる。
「この場にいるすべての戦士たち……私はリーシャ・ブレイク。敵の増援は多く、こちらの旗色は今また悪くなった。恐れる者、絶望する者、嘆く者。多くの人がこの場にいるでしょう。そんなすべての人に告げる」
増援にきた者はともかく、最初から戦い続けていた騎士たちの多くはもう限界を迎えている。
ようやく持ち直したのに、また同じ量の敵と戦えというのは体力的にも精神的にもきつすぎる。
そんな騎士たちにリーシャは声をかけた。
「あなたは一人じゃない。あなたの隣には戦友がついている。あなたの後ろには守るべき民たちがいる。そして……あなたたちの前には私たちがついている。かつて魔王にすら立ち向かった六人がついている! 下を向く者は顔をあげなさい! あなたの前には私がいます! あなたの前には白い騎士がいます! あなたの前には紅い魔女がいるいます! あなたの前には聡明な魔導具師がいます! あなたの前に強き戦狼がいます! そして魔王を倒した英雄があなたの前にはいます! 前を向きなさい! あなたたちの前には常に私たちがいると約束します!」
リーシャが剣は高く掲げた。
それに合わせて全軍の大歓声が続いた。
まるで将軍のようにリーシャは全軍を鼓舞して見せたのだ。
「というわけで……これからあれを討ちにいこうか。いいかな? みんな」
そういってリーシャは舌を出しながら茶目っ気たっぷりに八岐大蛇を指さす。
完全に事後承諾だ。
「前にいるって言ってしまいましたからねぇ」
「さっそく約束破るわけにもいかないもの。しょうがないわ」
「俺一人でやってみたかったんだがな」
「できればコールブランドの傍を離れたくないんだけどね」
四者四様の言葉が返ってくる。だが、誰一人反対はしない。
五人の視線が俺に向いた。
体はフローゼのおかげでかなり回復した。幸い、八岐大蛇から吸収した魔力で天羽々斬ももうちょっと持つ。
否はもちろんない。
「弟子だからな。師匠に従うさ」
「よろしい~。けど、ちょっと人数が足りないね。再生能力のある多頭モンスターは基本的に同時に頭を潰さなきゃいけない。けど、私たち六人だし」
「儂が行こう。かつては共に戦えなかった悔しさ。ここで晴らさせてもらおう」
「ロデリックさんか。あと一人はどうする?」
その場の流れで八岐大蛇に対する七人目がロデリックに決まりかける。
だが、俺は首を横に振る。
「爺さんは防衛の要だろ。抜けたら城壁を突破されるぞ」
氷の防壁があるため、前に進めていない召喚獣もいる。
ここでロデリックが抜けるのは防衛側としてはまずい。
それを肯定する人物もやってくる。
「そうですわね……ロデリックは残るべきですわ」
「姫殿下!? お体は大丈夫なのですか!?」
ロデリックとアーヴィンドが現れたエリスに驚愕する。
聖王と共に聖結界を展開していたエリスは倒れているモノと考えられていたからだ。
しかし、エリスはここにやってきた。
無理をしているのは一目瞭然だ。いつもの女従者が体を支えていなければ歩くのもつらそうだ。
「おはよう、エリス。調子悪そうだね? 大丈夫?」
「大丈夫ですわ……あなたが来てくれたのに倒れているわけには参りません」
「そっか……強くなったね。嬉しいけど寂しいかな。姉代わりとしては」
リーシャの言葉にエリスの瞳が潤む。
だが泣いている場合ではないと思ったのか、気丈に振舞って会話を戻す。
「聖騎士からはアーヴィンドのみが参加します。残りは聖王都の防衛に残りなさい。これは命令ですわ」
「しかし、姫殿下!」
「代わりに二名を推薦しますわ。わたくしの名において自信をもって」
そしてエリスは俺のほうをまっすぐ見ると、小さく笑った。
その笑みは俺を包み込むような笑みで、見ているだけ安心できた。
「トウマ様……わたくしはアケノさんとミコトさんを推薦します」
エリスの言葉に俺は驚かない。
周りの者も驚かない。
ただ全員が黙って俺を見ていた。
そんな中、コールブランドに話題の二人が君子と共にやってきた。
「斗真さん!」
「トウマ!」
俺の名を呼ぶ二人を見て俺は少し悩む。
実力を疑うわけじゃない。二人ともすでに聖騎士級の力は持っている。だが、八岐大蛇の首を狙うということは矢面に立つということだ。
連れて行っていいものかどうか。
そう考えたとき。
リーシャが俺にアドバイスをしてくれた。
「トウマ。師匠は弟子を信じるものだよ?」
その言葉はしっかりと俺の背中を押してくれた。
だから俺は二人に問いかけた。
「明乃、ミコト。今からあのトカゲを倒しにいく。一緒に来るか?」
俺の問いかけに二人は一瞬驚いたように目を見開くが、すぐに二人は満面の笑みを浮かべて頷く。
「もちろんです!」
「行きたい!」
こうして八岐大蛇に突撃する八人が決まったのだった。