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第百三十六話 揃い踏み

今年中に終わるはずだったのに……限りなくきついw




 風に靡く茶色のポニーテール。白を基調とした軽装の鎧に細剣。

 その姿は俺の記憶にあるあの日の姿と変わりない。

 ずっと氷の中にいた俺の師匠。手を伸ばしても伸ばしても触れることの叶わない恩人。俺が守りたかった少女。しかし守れなかった少女。

 二年間焦がれ続けた。声が聞きたかった。触れたかった。

 そんなリーシャが俺の目の前にいた。氷の中では感じることができなかった生気を発し、俺の前にいた。


「……リーシャ……?」

「おはよう、トウマ。お寝坊なお師匠様が助けにきたよ」


 相変わらず陽気で明るい。

 二年も氷に閉じ込められていたうえに、いきなりこの状況だってのにちっとも動じてない。

 説明を求めるでもなく、自然体で俺に接するその姿に。

 ああ、リーシャだと俺は実感する。


「ああ……本当にお寝坊さんだったな」

「ごめんね。心配した?」

「当たり前だろ?」

「そうだよね。ご迷惑おかけしました」


 ペコリと頭を下げたリーシャだが、頭を上げるとそこには笑みがうかんでいた。

 見る者すべてを思わず笑顔にしてしまう。そんな明るい笑みだ。


「でも弟子のピンチに颯爽と参上したし、帳消しってことで」

「自分で言うかよ。たしかにいいタイミングだったけどさ」


 これ以上はないタイミングだった。

 救われたのは俺だけじゃない。この場にいるすべての人間がリーシャに救われた。


「リーシャ……」

「あ、アーヴィンンド。おはよう」

「おはよう。ずっと待っていたよ」

「うん、おまたせ」


 アーヴィンドに笑顔を向けつつ、リーシャは無造作に細剣を振るう。

 すると俺を狙って放たれた魔法が爆ぜる。


「私の前でトウマを狙うなんて……命知らずだね」

「まさか閃空の勇者がここに復活するとはね」


 いつの間にやら近づいていたカリムがそんなことを言う。

 さすがのカリムでもリーシャの復活は予想外だったらしい。


「だれ?」

「これは失礼。私はカリム・ヴォーティガン」

「ああ、黄昏の邪団ラグナロクの盟主さんか。悪魔の次は竜を引っ張り出すなんて、忙しい人だね」


 そんなことを言いつつリーシャはカリムから目を離さない。

 なにかすれば斬る。そんな気配を漂わせている。


「これは手厳しいな。たしかに私は忙しい人間だ。封印されていた君は知らないだろうがね」

「知らないし、興味もないかな。私にとって今、大事なことはあなたがトウマを狙っているということ。それだけだよ」

「弟子を守るか……立派な師匠だな。しかし、君一人で守り切れるかな?」


 そう言ってカリムは周りを見渡す。

 アーヴィンドがコールブランドの下まで来たことで、防衛線は大きく後退させられた。召喚獣が城壁を超えるのも時間の問題といえた。

 加えてまだ敵にはカリムがおり、かつ八岐大蛇も健在だ。すでに八岐大蛇は吹き飛ばされた頭を再生し始めている。

 すぐにまた光弾が飛んでくるだろう。そうなればリーシャだけでは防ぎきれない。


「なにも変わらない。ここでいくら勇者が現れようと……終焉に向かった流れは止められはしない!」

「うーん、たしかに私一人じゃ厳しいかもね。でも……みんなもいるし平気でしょ」

「みんな? その仲間たちは疲弊しているが?」

「ああ、ここにいる人たちじゃないよ。ずっと氷の中から感じてた。色んな人がここに向かってる。援軍は私だけじゃないよ」


 そうリーシャが言った瞬間、八岐大蛇の頭が再生しきった。

 怒りをあらわにした八岐大蛇は残っていた四つの頭が口を開く。再生したばかりの頭ではまだ光弾が放てないらしい。だが、今のこちらの戦力なら四つでも絶望的だ。


「それでは援軍とやらを楽しみにしていよう」

「うん、もう来てるよ」


 リーシャが笑う。

 その笑みに合わせたかのように巨大な爆炎が八岐大蛇を襲った。

 その炎の直撃により、首が二つ吹き飛ぶ。

 しかし残る二つの口から光弾が放たれた。

 迫る光弾に対してリーシャは何もしない。

 する必要がないと思っているようだ。


「リーシャ!」

「平気だよ。斗真も私も一人じゃないから」


 リーシャは俺を諭すように笑みを浮かべた。

 その言葉を肯定するように巨大な氷の壁がコールブランドの前に出現した。一枚ではない。

 何枚もの壁が出現して光弾を食い止める。

 これほどの防御ができる氷使いは俺が知る限り二人しかいない。


「感謝申し上げる。女王陛下。おかげで我が王の危機に間に合うことができましたぞ」

「同盟国として当然のことです。それに私も個人的な事情で来なければと思っていましたから」


 その二人がコールブランドの船首に現れた。

 一人は最年長の聖騎士。氷天の名を持つ爺さん、ゴドウィンだ。

 もう一人は。


「また……無茶をしたみたいですね」

「返す言葉もないな……」

「治癒魔法を掛けます。じっとしていてくださいね」


 慣れた手つきで俺の傍まで来ると治癒魔法をかける水色の髪の女。

 かつてはトップクラスの魔法師として知られ、今は第一線を退いたはずの女がそこにはいた。


「聞いてもいいか? フローゼ」

「ここにいる理由ですか? 聖王国に援助の話を持ってきたのです。ただ、その前に光弾が各地の都市を襲うのを見て、只事ではないと感じました。なので、まずは西部の王国軍と合流したのです。そこで足がなくて困っていたゴドウィン様たちを乗せてきたというわけです」


 その言葉どおり、フローゼが乗ってきたであろう飛空艦から西部にいたはずの聖騎士たちが降りてくる。

 彼らと共に来た騎士たちも精鋭揃いだ。

 聖王国にとっては願ってもない援軍だろう。


「そうか……助かったよ」

「理由はもう一つ。最近、あなたが無理をしているようなので顔を見に来たのです。結局、間に合わずに無理をしていたようですが」


 フローゼの言葉には棘があった。

 どうやら無理をした俺に少し腹を立てているらしい。

 フローゼらしいといえばフローゼらしいな。


「あなたは……間に合ってよかったです」


 フローゼはホッと息を吐く。

 亡き夫と重ねたのか。微かに手が震えている。どうやら相当心配をかけていたみたいだな。

 悪いことをした。

 謝罪を口にしようとしたとき、俺はジト目でこちらを見るリーシャに気づいた。


「トウマ……また新しい女の人を作ったんだね?」

「ち、違う! 俺をたらしみたいに言うな!」

「たらしでしょ。それで何回、揉め事に巻き込まれたと思ってるの? 懲りないなぁ」

「違うって言ってるだろ!? その目はやめろ!」

「師匠として悲しい……。世の女の子たちを名声をダシにしてまだ泣かしてたんだね」

「誤解を生みそうな言い方はやめろ!」

「あ、私を助けてくれた女の子もその一人かな? 一体、何人に手を出せば気が済むの?」

「明乃は違う! あれは……護衛対象で……弟子みたいなもんだ」


 一瞬、どういえばいいか迷い、しっくりくるのがそれしかなくてそのまま伝える。

 なんていわれるだろうか。

 斗真が弟子? とか笑われるか?

 ネガティブな想像を膨らませるが、リーシャは柔らかい笑みを浮かべた。


「そっか。弟子を取ったんだ。成長したね。そこは褒めてあげる」

「……リーシャ」

「でも、たらし認定は解かないから」


 頑なに俺をたらしということにしたいリーシャに頬を引きつらせる。

 そんなやり取りをしていると、ゲートが開いてうるさい奴が現れた。


「リーシャ!」


 飛びつくようにジュリアがリーシャに抱きつく。

 そんなジュリアをリーシャは両手を広げて迎えた。


「おはよう、ジュリア」

「ああ、よかった……またあなたに会えるなんて……」

「大げさだよ。ちょっと氷の中で寝てただけでしょ?」

「もう、そんなこと言って。私がどれほど心配したと思っているのかしら?」

「ごめんね。ありがとう」


 ジュリアはしばらくリーシャを抱きしめていると、横で治癒魔法を受ける俺の存在にようやく気付いた。

 あ、いたの、みたいな反応を示したジュリアだが、俺の横で甲斐甲斐しく治療しているフローゼを見て目の色を変える。


「まさか……女王にまで手を出してたなんて。相変わらずたらしね」

「なんでそうなる!」

「男と女の関係なんて見ればわかるわよ」


 妙に説得力のある声でジュリアが告げる。

 それを聞いたフローゼが微かに顔を赤らめる。

 ジュリアがほら見たことかというような表情を浮かべる。

 味方はいないのかと周りを見るが、アーヴィンドからはゴミを見るような目で見られた。

 なんだよ、俺頑張ったのに……。


「あ、ほかのみんなも来たみたいだよ」


 リーシャが空を見ながら声を出す。

 すると二機の飛空艦が聖王都に到着する。

 掲げる旗は帝国とベスティアの国旗。

 その二機から二人が降りてきた。


「どうにか間に合ったようだね。久々の友人もいるようだし、来てよかった」

「おはよう、パトリック」

「おはようございます、リーシャ。またあなたに会えたのは幸運です」

「うん。ありがとう。ヴォルフもおはよう」

「ふん、氷に閉じ込められていたくせに元気だな。腕は鈍っていないか?」

「うーん、まぁたぶん大丈夫だと思うよ」


 パトリックとヴォルフに挨拶したリーシャは笑う。

 かつて魔王と戦った戦友たちがここに揃った。

 その揃い踏みを見て、さすがにカリムの表情も険しくなる。


「さーて。みんな揃ったし、反撃開始といこう!」


 リーシャは自信満々にそう告げる。

 かつてもそうだった。

 こうやってリーシャは濃い英雄たちの中心にいたのだ。

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