表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
134/145

第百三十四話 万事休す

おっとー、今年中に終わるのか怪しい笑


「たかが竜が一頭いるだけだろうが。随分と余裕だな?」

「歴史的に見ても最強の一頭だ。魔王に匹敵する存在だが?」

「そんなに自信があるなら、胡坐をかいてみていろ。すぐに終わらせてやる」


 そう言うと俺は八岐大蛇の前に瞬時に移動する。

 八つの首が不遜だと言わんばかり小さな俺を見下ろす。

 カリムの手前、たかが竜一頭といったがそもそも頭は八つあるし、図体も山よりでかい。

 決定的なほど相性の悪い刀があるとはいえ、分が悪いことはたしかだ。


「竜王とか言われてるくせに操られやがって……プライドとかねぇのか。お前には」


 挑発してみて自意識を引き出そうとするが、八岐大蛇はとくに反応はない。

 千年以上も何もないところに封印されていたせいで、もう意識はないらしい。こいつは本能で動く獣。

 魔王とは違う。奴には明確なビジョンがあった。その点でいえば格という点で魔王のほうが遥かに上だ。どれだけ強かろうが操られるがままの獣じゃペットと変わらない。


「さっさと殺してやるよ……八岐大蛇」


 天羽々斬を鞘に戻して脱力する。

 右腕をだらりと下げて居合抜きに備える。

 八岐大蛇の危険性はその八つ首と巨大さ。

 まずはその危険性の一つをできるだけ排除する。

 魔力がどんどん高まっているというのに、八岐大蛇は暢気なもんだ。

 まだ俺を明確な脅威と認めていない。だからこれといった防御も攻撃もしてこない。

 その隙が命取りだ。


「九天一刀流奥義――鬼刃斬光――!!」


 無駄のない流れるような動作で刀を引き抜く。

 それと同時に膨大な魔力が刃となって八岐大蛇の八つ首へと向かっていく。

 咄嗟に危険を察知した八岐大蛇は首を逸らすがそれで避けれたのは四つの首のみ。

 残る四つは根本から断たれて地面に大きな音を立てながら落ちていった。


「これで半分。あとは一つずつ斬り落としていくだけだ」

「ガアァァァァァァァ!!」


 痛みを感じたのか八岐大蛇の首が悲鳴をあげながら悶える。

 その隙に俺は八岐大蛇に肉薄した。

 あわよくば即座に一本と思ったのだが、そうは甘くはない。

 口から強力な光弾を発して、八岐大蛇は迎撃してきた。

 軽く放たれた光弾だが、それだけで明乃の魔術に匹敵する威力を持っていた。たぶん全力で放てば明乃が全力で放った天羽々矢や俺の鬼刃斬光すら超えるだろう。

 やはり俺たちの飛空艦を落としたのはこいつだったか。

 光弾を吸収し、俺は八岐大蛇の体に降り立つ。こうすれば俺を攻撃できない。

 そう踏んでいたのだが。


「自分の体でもお構いなしかよ!?」


 四つの首から連続で光弾が飛んでくる。

 吸収していたら俺の体が持たないため、体を走って躱していく。どこかに心臓があるはずだが、それを調べる余裕すらない。


「ちっ! まずは八つ首を斬り落とすしかないか!」


 これだけの巨体だ。消滅させるのは難しい。そうなると急所を突くしかない。

 竜といえどかならず心臓を持つ。それを潰されれば竜も死ぬ。破格の攻撃能力と耐久性を持つゆえ、それを稼働させる心臓は人間以上に急所なのだ。


「持久戦は好みじゃないが、仕方ないか」


 さっさと心臓を貫いて終わらせたいところだが、そうもいかない。

 まずは八つ首を落とすところから始めなきゃいけない。

 首のほうに向きなおるが、そうはさせじと身をよじって俺を振り落とそうと八岐大蛇はする。

 まるで地震だった。立っていられずバランスを崩した俺はそのまま八岐大蛇の巨体を滑り落ちていく。


「ちっ!」


 滑り落ちている間も光弾は飛んでくる。

 それを何とか避けて、地面に向かってジャンプする。

 だが、それも許さないとばかりに八岐大蛇は長い尾を振るう。

 直撃はしなかった。だが、風圧だけで大きく吹き飛ばされる。


「くっ!」


 身動きが取れず、風圧に押されるまま八岐大蛇との距離が開く。

 せっかく鬼刃斬光で首を落とした隙をついて近寄ったってのに、これでまた近づくところ始めなきゃいけなくなったな。


「お見事、お見事」


 ぱちぱちと乾いた拍手をしながらカリムが俺の前に現れた。

 邪魔だとばかりに斬るが、カリムはそれを躱す。


「やはりトシヤは素晴らしい駒だった。君が全開でその刀を振るっていたら、もしかしたら八岐大蛇の首はすべて落とされていたかもしれない」

「今からでも落としてやるよ」

「そうだろう。君ならやりかねない。だが、それをやらせるわけにはいかない」


 そういうとカリムは一枚の札を八岐大蛇へ投げつける。

 ただの札にしか見えなかった。しかし、あのカリムがただの札を投げるわけがない。


「なにをした?」

「すぐにわかるさ」


 カリムの言う通り、すぐに効果は現れた。

 八岐大蛇が苦しみ始めたのだ。そして。


「嘘だろ……」


 俺が斬った四つの首が生えてきた。

 竜の回復能力はすさまじい。斬った腕が生えてくることもある。

 だが、この短時間で首が四つも生えてくるなんて……。


「対象の回復能力を高める呪符さ。欠点は命が縮むことだが、八岐大蛇にとっては大した問題じゃない。まぁ、作るまでに時間がかかるので一枚きりだが、君相手に出し惜しみをしても仕方ないのでね」

「……どうやってあんなものの製造法を知った?」


 似たようなものをかつて俺は見たことがある。

 悪魔と戦っているときだ。奴らが似たようなものを使っていたのを見た。

 だがあれは悪魔の術のはず。いくら悪魔と通じていたこいつでも使えるわけがない。


「教えてもらったのさ。ああ、違うな。知っていたというべきかな? この体が」

「なに……?」

「私がどうして悪魔なんて召喚したと思う? 私は他人の体を奪い取って転生してきた。しかし、いくら人間の体を奪っても魂に刻まれた禁呪は消えない。だから試しに悪魔の体を奪ってみたのだよ」

「悪魔の体……奪った……?」

「効果は上々だった。禁呪は完全には消えなかったが、その効果を大きく弱めた。全盛期ほどではないにせよ、私はまた自由に魔法を使えるようになったのさ。あれはこの体が知っていた悪魔の術を私がアレンジしたものというわけだ」


 カリムは嗤う。

 こいつはどこか異質だと感じていた。

 それは勘違いではなかったらしい。こいつはもう人間をやめていたのだ。


「さて、八岐大蛇は完全に元通りだ。しかし君ならまた首を落としかねない。だから私は卑怯な手を使わせてもらおう」


 そう言ってカリムは指を弾く。

 その音に操られて八岐大蛇は目標を俺から別の場所に変更する。

 八岐大蛇の視線の先にあるのは聖王都。その上に浮かぶコールブラッドだった。


「聖結界を破壊された以上、すぐに再展開はできないだろう。守ってやらなければいけないんじゃないかな? ただ、君の連環術も無敵じゃない。過度な魔力を吸収し続ければ君の体が壊れる。さて……君はどうやって守るのかな?」

「ちっ!」


 八つの首の一つが大きく口を開けた。

 その口にどんどん魔力が高まっていく。

 各地の都市に放たれた全力の砲撃だ。

 俺はコールブラッドと八岐大蛇との間に割って入ると鞘を全面に出す。

 最初の砲撃が来た。

 視界一面が光で埋め尽くされる。

 連環術で吸収していくが、終わりが見えない。

 無理をして吸収しているせいで体の中で異常が起き始めている。

 血管が切れ、あちこちで内出血が起きている。

 そんな中、畳みかけるように二発目が来た。


「ごほっ!!」


 すぐに内蔵がやられ始めた。

 口から血がこぼれる。

 だが、歯を食いしばって二発目も吸収する。

 鞘には十全な魔力。天羽々斬を鞘に戻し、その魔力で天羽々斬を強化する。


「鬼刃斬光!!」


 三発目に対しては吸収ではなく、迎撃を選択する。

 最大威力の鬼刃斬光は三発目を飲み込み、四発目とぶつかり合って相殺される。

 しかし、その余波で俺はコールブラッドの船体まで押し戻された。

 もう、あとがない。


「はぁはぁ……ま、だだ……」

「いや休んでいろ。君にばかりいい恰好をされては聖騎士の名が廃るのでな」


 そう言って俺の前に出たのはアーヴィンドだった。

 その手にあるのはアーヴィンドだけが使用できる最強の盾。

 だが。


「待て……無理だ、アーヴィンド……」

「無理でもやらなければ……私は聖騎士。王家の守護者として生を受けたローウェル家の男。敵が巨大だからといって背を向けては我が人生が嘘になる!」


 そう言ってアーヴィンドは詠唱を開始した。


「極光は空に現れた――」


「極光は天を覆う衣にして、天空を守る不可侵の防壁――」


「我が血の契約をもって、今、極光をこの手に――」


「守り手は光を手に入れた――アウローラシールド!!」


 展開されたのは単体防御最強の光の盾。

 それに対して三つの光弾が着弾した。


「うぉぉぉぉぉ!!!!」


 アーヴィンドは雄たけびをあげてその三つを防ぎきる。

 だが、同時に聖王家を守る光の盾も消失した。

 残る最後の口に魔力が集まり始めた。時間差で攻撃をしてきたのはカリムの意図だろう。アーヴィンドのアウローラシールドは断層を作り出す。それを考えれば四つ同時攻撃でも防ぎ切ったかもしれない。

 それを危惧してカリムは最後の一発を残しておいたのだ。


「おのれ……!」


 アーヴィンドが悔し気に呟く。

 守りの切り札をこちらは切った。聖結界の再展開は間に合わないし、アーヴィンドももう一度、アウローラシールドを展開することはできない。

 移動したところで逃げ切るものではないし、退艦も間に合わない。完全に詰んだ。万事休すとはこのことを言うんだろうな。

 だから俺は船首に向かって歩く。

 可能性はか細い。だがやらなきゃいけない。この状況を招いたのは俺だ。だからこそ諦めない。これだけが全員が生き残る一手だ。


「やめておきたまえよ。トウマ。死ぬだけだ」

「うるさい……俺はもう誰も失わない……そう決めた……」


 カリムの声が届く。

 それに俺は荒い息を吐きながら答える。


「そうかい。それが師を失った君のたどり着いた答えか。愚かだな。犠牲を容認すれば勝てる可能性もあっただろうに……」

「舐めるな……全員救って勝って見せる……」

「夢物語だな。残念だよ。君を同志に迎えたかった」


 カリムがそう言うと最後の光弾が放たれた。

 光の中で俺は過去を思い起こす。

 走馬燈なのかもしれないな。


「ぐっ! あああああああああ!!!!」


 魔力を吸収しようとするが体が追い付かない。

 体中に激痛が走る。もはや無理だと体が告げている。

 だが、それでもと歯を食いしばる。そうやって今日までやってきた。


「諦めて……たまるか……!!」


 そう気を吐くが精神だけで勝てるなら苦労はしない。

 体が限界を迎えて俺は膝をつく。

 もはや視界もかすれている。

 それでも必死に連環術で魔力を吸収しようと伸ばした手を誰かが掴んだ。


「よく頑張ったね。トウマ。もう大丈夫だよ」


 懐かしい声が耳に届いてきた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ