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第百三十二話 ファーストキス

激おこー!!




 後ろから召喚獣の死体を貫いて攻撃が来た。

 いつもなら問題なく反応できたかもしれない。ただ、そのときは連戦が続いていたから、俊也が俺の注意を引くのが上手かったのか。

 とにかく反応が遅れた。まずいと思って致命傷だけは避けようと体をひねる。

 しかし、攻撃は来なかった。

 相手のアケノが俺と攻撃の間に体を割り込ませたからだ。


「かはっ……!」

「っ!?」


 時間がゆっくりと流れている気がした。

 ゆっくり、ゆっくりと俺の目の前でアケノが崩れ去っていく。

 手を伸ばしても届かない。

 そしてアケノは俺の前で横に倒れた。地面には夥しい量の血が広がる。

 完全に致命傷だ。胸を貫かれた。

 助からない。その言葉が頭によぎった瞬間、俺はその場で膝をついてアケノを抱き上げた。


「アケノ! しっかりしろ! アケノ!」

「はぁ……はぁ……と、うまさん……怪我は……?」

「ない! 大丈夫だ!」

「そう、ですか……よかった……」


 言いながら明乃が力なく微笑む。

 流れる血は止まらず、どんどん体が冷たくなっていく。

 どうすることもできず、俺はアケノを抱きしめることしかできなかった。


「ちっ! 瞳術から抜け出したと思ったら、邪魔をしやがって! この人形が!」


 そう言って俊也が剣を振りかぶる。

 わかってる。だが、振り向く気力が湧かない。


「はっ! 心が折れたか! そんな人形でも役に立ったな!」


 俊也が剣を振り下ろす。

 だが、その剣は俺には届かなかった。


「結界だと!?」

「双牙!!」


 明乃が俺と俊也との間に割って入る。

 この結界も明乃が作ったものか。


「治癒効果のある結界です……。少しは時間を延ばせるかと……」

「……明乃……」

「時間は稼ぎます……。私を頼みますね。ごめんなさい……私のせいです」


 そう言って明乃は俊也に攻撃を仕掛けていく。

 そんな状況でも俺の視線はアケノに向いていた。


「……さすがは私ですね……気が利いてます……」

「喋るな……」

「もう助かりません……だから……お喋り、しましょう……?」


 アケノはゴホゴホとせき込み、血を吐く。

 もはや喋ることすら辛いだろうに、アケノは俺との対話を求めてきた。


「……わかった。なにを話す?」

「……私はあなたにとって……ただの可能性です……だから悲しまないでください……」

「……俺の刃が現実であるように、お前だって現実だ! ここにいる! お前は……お前だ……」

「ふふ……優しいですね……でもいいんです。何もかも背負う必要はないんです……私はいなかったはずの可能性。あなたが見ることはなかった東凪明乃です……だから、泣かないでください……」


 言われて初めて俺は自分が泣いていることに気づいた。

 あの日からリーシャのこと以外で泣くのは初めてだ。もうそれ以外のことに心が大きく動かされることはないと思ってたのに……。


「俺は……お前を守れなかった。二度も……」

「いいえ……あなたは守ってくれました……私だけじゃありません。どの可能性の世界でもあなたはきっと私を守ってくれている……」

「守れてない……俺は守れてないんだ……」

「私の世界のあなたは……刃を抜かずに酒呑童子と戦い……私の前で亡くなりました……けど、あなたは最後まで戦った。だから……聖騎士団長の到着により事件は終わりました……方法はどうであれ……あなたは私を守ってくれたんです……」

「違う! その俺は……臆病風に吹かれたんだ! そして今も臆病風に吹かれた! 刃を召喚して、お前を助ける選択肢だってあった! だが、それだと八岐大蛇を倒せないかもしれない! そう思って抜かなかった! 何もかもを救うことはできないと……臆病風に吹かれた……!」


 俺が守れなかった可能性の明乃ならば、今こそ俺が助けるべきなのに。

 俺はしなかった。

 だからこんなことになっている。

 すべて俺のせいだ。


「……あなたは臆病なんかじゃありません……私が一番よく知っています……あなたは誰よりも勇敢で強い人……私の憧れ……でも、そんなあなたも人だから……できないこともあります……嘆かないで……できないことを……失ったものばかりを……数えないでください……大丈夫……彼女は私です……私はまだ生きてます……どうか……守ってあげてください……私を」

「わかった……必ず守る……お前に誓う……明乃は俺が守る……」


 俺はアケノが差し出す手を握る。

 もはや手には力がなく、温もりもない。

 それはもうアケノの中にある命の火が消えようとしていることを意味していた。


「ああ……斗真さんの手だ……あなたに会いたかった……ずっと……あなたに触れたかった……あなたに触れてほしかった……」

「いつでも傍にいる……いつでも触れていい……いつでも触れてやる……だから……」

「羨ましかった……あなたの傍にいる私が……だからどうでもよくなったんです……でも、もっと早く瞳術に抗ってたら……違う結末だったかもしれませんね……もったいないことをしました……」

「まだ間に合う……! 頑張れ! 意思を強く持て! 誰かが必ず助けてくる……!」

「いいえ……私は助かりません……でもいいんです……あなたの腕の中に今いますから……私が望んだ死に方です……ただ……一つ心残りがあります……聞いて……くれますか……?」


 アケノはそういうと最後の力を振り絞るかのように俺の手を精一杯握る。

 俺はそれを握り返して頷く。


「もちろんだ。なにが心残りなんだ……?」

「斗真さんに……ご迷惑をかけてしまいました……だからお詫びをしたいんです……」

「気にするな……迷惑なんて思っちゃいない……」

「いいえ……気が済みません。だから……キスをしてくれませんか……?」


 アケノはそう言って柔らかく微笑む。

 言ってる意味はすぐにわかった。

 だから俺はゆっくりと血に濡れたアケノの唇に自分の唇を重ねる。

 すると、俺の体の中に大量の魔力が流れ込んできた。

 俺はそれを鞘に流し込み続ける。どんどん流れ込んでいる魔力をため込むことは俺の体じゃ不可能だからだ。

 息苦しさを覚えるほど長いキスのあと、アケノのほうから唇を離した。


「ファースト……キスです……」

「そうか……悪いな。俺なんかが相手で……」

「いいえ……あなたでよかったです……私は……斗真さんのこと……」


 言葉はそこで途切れる。

 目は閉じられ、握っている手から一切の力がなくなった。

 冷たくなった体にはもはや命の気配は感じられない。

 俺はそんなアケノを強く抱きしめたあと、そっと地面に寝かせる。


「ちょっと待っててな……あとで……ちゃんと温かいところで寝かせてやるから……」


 そう囁くと俺は立ち上がる。

 そして迷わずに右手を柄に伸ばした。

 もう大局なんてどうでもいい。

 そういうことを気にして戦うというのがそもそも俺らしくない。

 気に入らない奴は斬る。いつだってそうやってきた。

 だからその流儀にそって……俺は必ず俊也を殺す。

 俺は俺の大切なものを奪う者を決して許しはしない。


「その刃は幻想である――」

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