第百二十七話 大和
日本の高尾空港。
そこで吉田香織二等陸佐はとある人物を待っていた。
「お待たせして申し訳ない。吉田二佐」
そう言って香織の下に来たのは雅人だった。
香織は雅人の差し出した手に応じる。
「まさか……当主自らご出陣とは思いませんでした」
「四名家すべての当主が来ています。私はむしろ政府が自衛隊の派遣を決めたことのほうが意外でした」
「栗林総理は聖王国に恩義を感じているようでしたし、犬養元総理も自衛隊の派遣に賛成されたとか。戦争ではなく災害救助ならば自衛隊の派遣は問題ない。同盟国の困窮を見逃せば諸外国の笑い者になると演説されたそうです」
「かなりギリギリな言い分ですな。しかしありがたい」
「まったくです。ただ船は試作型です。途中で落ちても知りませんよ?」
「覚悟の上です。吉田二佐。いえ、吉田艦長。四名家の精鋭百名。あなたの船に乗ることを許可していただけますか?」
まっすぐ見つめる雅人に向けて、香織は惚れ惚れするような敬礼を返した。
そして。
「許可いたします。我が自衛隊初の飛空艦・大和へようこそ」
そう言って香織が向いた先にあったのは王室座乗艦よりも一回り大きな飛空艦だった。
■■■
エグゼリオに向かっていた明乃たちは何とかエグゼリオにたどり着いた。
しかし、エグゼリオは明乃たちの知る姿ではなかった。
「ひどい……」
「空港は完全に駄目だな……」
「飛べそうな飛空艦はなさそうだよ……」
八岐大蛇による長距離攻撃により、エグゼリオもダメージを受けていた。
空港は半壊し、その場にあった飛空艦はすべて飛べる状態ではなかった。
エグゼリオの人々が必死に復旧作業に当たっていたが、飛空艦が動くまでは数日かかりそうな状況だった。
「どうする? アケノ」
「……こうなったら仕方ありません」
「ああ、そうだな。ここで待機しか」
「ゲートを潜って日本に向かいます」
「はぁぁ!?」
光助は明乃のとんでもない提案に思わず大声を上げる。
たしかに空港が壊れたとはいえ、ゲートに異常はない。ゲートを使うことはできる。
だが、ゲートを生身で突破するのは至難の技だ。聖騎士級の人物ですらゲートを潜ればかなり影響を受ける。一般人にはまず無理な芸当だ。
「明乃。わかってるのか? たしかに日本には飛空艦があるだろうさ。しかしな、行ったが最後、お前はもう戦力として期待できなくなるんだぞ?」
「背に腹は代えられません。今は戦力を聖王都に届けるほうが大切です。エグゼリオがこの状態なら、ほかの都市も似たような状況かもしれません。そうなると聖王国への援軍は遅れるかもしれません。それはそれだけ斗真さんが辛い戦いを強いられるということです」
ですから私が行きます。
そう明乃が決意を固めていると、横でミコトが手をあげた。
光助は何を言い出すのかわかって片手で顔を覆った。
「ボクがいくよ!」
「駄目です」
「なんでさ!?」
「ミコトでは政府を動かせません。私なら多くの人に顔も知られていますし、すぐに飛空艦が用意されるはずです」
「すぐに東凪家に連絡するから平気だよ!」
「そのロスが致命的かもしれないんです!」
「でもアケノよりボクのほうが丈夫だし、ボクのほうが早くつけるかもしれないだろ!」
二人の言い合いに光助はため息を吐く。
現実的な案はこの場で待機することだ。なにせ、この異常事態は日本にも伝わっている。そのうち支援物資と共に飛空艦がやってくる。こういう災害救助的な動きのときは日本は早い。
その飛空艦を借りて向かえばいい。そう光助は思っていたのだが、明乃やミコトはより早い方法を選択しようとしている。
「まいったねぇ……」
髪をかきながら光助はゲートを見る。
実験で生身で潜った者の報告書は光助も読んでいた。症状は乗り物酔いに近い。しかし、ひどい者は一週間以上も入院する羽目になった。
その入院した者ですら、強力な魔術師だった。
自分がいけばどんなことになるか。光助は容易に想像できた。
だが、目の前ではゲートに入ることを躊躇しない年下の女の子たちがおり、遠くでは腐れ縁の友が戦っているかもしれない。
かつて斗真が飛ばされた時のことを思い出す。悲鳴を聞きながら光助は動けなかった。そんな自分が嫌で自衛隊に入った。できるだけ自分を鍛え上げた。
それは何のためだった。
また同じことがあったとき。怯まないためだ。
「話はわかった……俺がいく」
「え? スザキじゃ無理だよ」
「須崎さんじゃ途中で倒れるだけです」
格別の決意をもって告げた言葉は年下の女の子たちにバッサリと切り捨てられる。
ああ俺、こいつら嫌いだ、と内心で思いつつ、光助は自分の感情を押さえつける。
「お前らは戦力だ。俺が行くのが一番適任だ。安心しろ。ゲートをくぐった奴のことは知ってる。対処法もよくわかってる」
「えー……」
「本当に大丈夫ですか?」
ミコトは半信半疑な視線を向け、明乃は気遣う視線を向かう。
光助が無理を言っていることを明乃は察していた。
ゲートを潜るというのはそこまで簡単ではない。
異世界に飛ばされた斗真は運がよいのだ。異世界に飛ばされることもなく、ゲートの中で死亡してしまった者もいるはずと言われている。それだけ生身でゲートに入るのは危険なのだ。
「俺は自衛隊の人間だ。民間人に何かをやらせる前にまずは俺がやらないとな」
それは光助の矜持だった。
だが、そんな光助の矜持を嘲笑うようにゲートから巨大な飛空艦が現れた。
「うわぁ!? 大きな飛空艦だよ!?」
「飛空艦!? どこの!?」
「……日本だ」
「日本?」
「ああ……自衛隊が開発していた試作型飛空艦・大和だ。試験飛行中だったはずだが、まさか引っ張り出してくるとはな……」
空に悠然と滞空する大和とそこにはためく白い生地と赤い丸の国旗を見ながら光助はつぶやく。
こんな無茶をするのは一人しかいない。
「うちの上官が来てくれた。こりゃあツキが回ってきたかもしれないぞ……」
光助は呟きながら移動を開始する。
すぐに乗せてもらい、状況を説明するためだ。
こうして明乃たちは大和に乗って聖王都へ向かうこととなったのだった。