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第百二十六話 影の正体





 召喚獣の攻撃は苛烈だった。こいつらは重傷を負ってもこっちに向かってくる。逃げるという選択がこいつらの頭の中にはないらしい。生物としては著しく欠陥していると言わざるをえない。

 そんな召喚獣を相手にして、王国軍は苦戦していた。

 俺とアーヴィンドが前に出てやっと優勢といったところだ。敵が違う手を打ったら対処は難しい。

 そんなことを思っていると、俺の前に影から黒髪の男が現れた。


「おいおい、今度は誰だ?」

「お前に恨みを持つ者さ」


 黒髪の男は有無も言わさず俺に襲い掛かってきた。

 両手にはナイフ。暗殺者らしい装備だ。

 鞘で受け切り、俺は距離を取る。

 影で移動できるならば、どれくらいの力があるのか。もう少し見極めなきゃいけない。

 そんなことを思っていると、男がナイフを影に投じた。すぐに後ろを振りむくと、ナイフが俺に向かっていた。

 俺はそれを弾こうとするが、その前に俺とナイフの間に割って入る奴がいた。


「無事か。サトウ」

「ジュードか。手助けはいらなかったぞ?」

「助けてやったのに失礼な奴だ。まぁ、余計な手助けでも受けろ。こういう奴はさっさと斬るに限る」


 茶色の髪の聖騎士。

 名前はジュード・メナス。今の聖騎士の中では古参に入る。二年前の戦いを生き延びた聖騎士だ。


「万年最下位のくせに」

「残念だったな。二年間で俺は序列十位になったんだよ」

「自分より下が入っただけだろうに」


 軽口をたたき合いながら、俺とジュードは黒髪の男に向かい合う。

 今、ジュードは三十過ぎたあたりの年齢だが、聖騎士になったのは五、六年前だ。アーヴィンドやレイモンドが聖騎士になった年を思えば、遅咲きといえる。苦労人という言葉がピッタリで、とびぬけた実力はないが的確に任務をこなす男として聖王からの信頼も厚い。

 何でもできる器用貧乏気味な男だが、戦闘に特化しがちな聖騎士の中では貴重な存在といえるだろう。


「かき乱されても面倒だ。援護する。さっさと斬ってこい」

「お前がやるんじゃないのか?」

「手助けだって言っただろうが。お前が斬れ」


 ジュードの言葉に苦笑しつつ、俺は一つ頷く。

 するとジュードはまず初めに黒髪の男に斬りかかった。

 男はナイフでその斬撃を受け止め、俺に備えようとするがジュードが黒髪の男の片腕を掴む。


「これで影には逃げられまい」

「ナイスだ、ジュード」


 そう言って俺は魔力刃を展開して黒髪の男に突進する。影に逃げようと男はするが、それはジュードが許さない。

 完璧なタイミングだった。

 絶対に避けられないタイミングで俺は黒髪の男の胸を突き刺した。

 だが、感触がなかった。

 肉を断つ嫌な感触と音が俺に伝わってこない。

 そしてその瞬間、俺の危機察知センサーが最大に鳴り響いた。

 右手に持っていた銃を手放し、俺はその場を離れる。

 次の瞬間。俺が今までいたところに剣が通過した。ちょっとでも遅れていたら完全に首と胴を分けられていただろう。


「……お前だったのか。裏切り者ってのは」

「なんだ。裏切り者がいるってのは知っていたのか」

「ああ、ゴドウィンの爺さんが言ってたそうだ。それでもお前は裏切る可能性は低いと思われてたし、思ってたけどな……」

「はっ……笑わせる。裏切る? そんなことするものかよ。こんな国に初めから忠誠なんて誓っちゃいない」


 これまで俺が知っていたジュード・メナスはそこには居なかった。

 親しい仲ではなかった。しかし、幾度から同じ敵を相手に戦った戦友だ。しかし、それはジュードの表側。

 俺を含めたすべての人間がジュードの裏側を見抜くことはできなかったらしい。


「初めから……敵意をもって聖騎士になったのか?」

「もちろんだ。初めから聖王家と聖王国を滅ぼす気でいたよ。聖騎士になる前から俺は黄昏の邪団ラグナロクに所属していたからな」


 言いながらジュードは隣にいる黒髪の男に手を伸ばす。向こうも手を伸ばし、二人の手が触れ合う。

 すると一瞬で黒髪の男がジュードに取り込まれた。

 そしてジュードの容姿が変化する。

 髪は薄めの黒髪に代わり、西洋風だった顔立ちは東洋風へと変化する。

 瞳の色の色を黒へと変わり、その顔立ちは慣れ親しんだものとなった。


「……日本人か……」

「ああ、そうだ。影を操り、自分を二人にする魔法でな。便利だが大変だったぜ。これを使ってる間は大して活躍できないからな。聖騎士になるまで苦労した」

「……どうして日本人のお前がカリムに協力する? 聖王国に何の恨みがある?」

「何の恨みだと……? すべてだよ。すべてに恨みを持ってるに決まってるだろ! 俺はこの国を許さない! 俺の人生をめちゃくちゃにしたこの国をな!」


 そう言ってジュードはゆっくりと剣を構えた。

 それだけでわかる。今までどおりのジュードではない。

 気づいたときにはジュードは俺の後ろに回り込んでいた。

 咄嗟に鞘で受けるが、空いた脇腹を蹴られて吹き飛ばされる。


「ぐっ……! ちっ!」

「聖王国にも恨みがあるが……お前も許しておけないと思ってるんだよ。佐藤斗真。お前みたいなやつが一番ムカつくんだ」

「そりゃあどうも。悪いな、好きな女でも取っちまったか?」


 それがジュードの癇に障ったのか、俺の周りに影が伸びてきて鋭い刃となって襲い掛かる。

 何本かを鞘で払い、何本かは距離を取って避ける。


「図星ってわけじゃないだろ?」

「そんな理由なわけがないだろう? 俺の日本での名は佐藤俊也さとうとしや。ジュード・メナスってのは俺がこの世界に来たときに奴隷として仕えた主の名だよ」

「……奴隷か。それで聖王国を恨むのは筋違いだぞ。この国は奴隷を禁止してる」

「はっ! 禁止? 笑わせるな! 俺は五年もの間、奴隷として扱われた! 聖王国が奴隷に対して無頓着だからだ! この国は助ける力がありながら、俺を見捨ててたんだ! 十五でこの世界に飛ばされ、二十歳まで奴隷だった! そんな俺を助けてくれたの聖王国じゃないあ! 黄昏の邪団のメンバーだった。そこから俺は死に物狂いで戦い方を覚えた……すべては俺の人生を狂わせたこの国を亡ぼすためだ」

「同情はしてやる。俺も奴隷だった時期があるからな。だが、逆恨みもいいところだぞ?」

「お前のそういうところが癇に障るんだ。三流の高校に通っていた底辺野郎のくせに、調子に乗るな! 俺は一流の高校に通っていた。スポーツもできた! すべてに恵まれ、エリートコースを歩むはずだった! お前のように日本での人生が平凡だったわけじゃない! 日本にいれば輝かしい毎日があった! 異世界に転移? そんなもの俺は望んじゃいない! それなのに俺は飛ばされた! あんまりだと思わないか? お前みたいな底辺が異世界では英雄としてもてはやされて、俺は奴隷として長い月日を費やし、復讐を考えている。すべて間違っている!!」


 憤怒の表情を浮かべてジュード。いや俊也が俺にゆっくりと向かってくる。

 怒りの視線だけで人すら殺せそうな俊也の恨みはかなり深そうだ。

 たしかに俊也の言うことはわかる。異世界に行くことで幸せになる場合もあれば、不幸になる場合もある。

 地球で順調ならば失う物も多い。異世界に来なければ今頃、俊也はエリートとしての道を歩んでいたのかもしれない。

 一方、俺はそんな可能性はない。

 異世界に来たから多くの者から一目置かれているが、そうでないなら石ころのように扱われていただろう。

 それはわかる。

 だが。


「それでも逆恨みは逆恨みだ。ゲートに飲み込まれるのは事故だ。誰かの責任じゃない」

「それはお前が異世界で成功したから言えることだ!! 勇者に助けられ、秘められた力に目覚め、英雄としてもてはやされている! お前みたいな奴を見るたびに殺したくなる! ああ! イライラするぜ! 日本にいたままなら、お前が俺に憧れてたはずだ! 俺がお前を見下ろしていたはずなのに!」


 髪をくしゃくしゃと乱暴に乱しながら、俊也は一瞬で間合いつめて剣を突き出す。

 その速さはアーヴィンドに迫るものがある。本気でやってれば上位の聖騎士並みの実力者だったってことだ。

 俺は攻撃を躱したあと、今度は俊也の後ろに回り込む。

 それに対して、俊也は反応するが俺は大人しく距離を取る。そして俺の足元には先ほど手放した銃があった。

 八岐大蛇が健在な以上、ここで鞘から抜くわけにはいかない。

 かなり大変だが、こいつは抜かずに倒すしかない。


「舐められたもんだ……そんな武器で俺とやりあう気か?」

「そのつもりだが?」

「どこまでも馬鹿にしやがって……いいだろう。じゃあお前を本気にさせてやる」


 そういって俊也は影の穴を広げた。

 そしてそこから人が出てくる。

 その人物は俺の予想だにしない人物だった。

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