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第百二十四話 決戦前




 俺と君子を出迎えたエリスの顔はこれまで見たことないほど深刻だった。


「……来てくださってありがとうございます」

「気にするな。状況は?」

「……状況は最悪ですわ。東部にヤマタノオロチが出現し、まっすぐこちらに向かっていますわ。長距離からの攻撃で各都市も攻撃されており、すぐには援軍も駆け付けません……現在、聖王国は滅亡の淵に立たされているといえるでしょう」


 魔王が出現したときですら、聖王国は中央に敵軍を侵入させたことはない。

 せいぜい刺客が紛れ込むくらいで、聖王都は基本的に安全圏だった。

 それがこうも容易く破られるとはな。


「聖騎士は何人いる?」

「アーヴィンドを含め、六人ですわ。反乱に加わった三名は西部にて拘留中ですから、力不足は否めません……」

「上位の聖騎士不在か。なにもかも敵の思惑どおりみたいだな」

「そうさせぬために儂が来たのじゃ。早く案内せよ。明乃が来たと同時に結界を解けるようにしておく必要がある」

「……まさか……リーシャを?」

「八岐大蛇が復活した今、もはや隠す意味はないじゃろ。姫よ。各国への援軍要請はしたのじゃろうな?」


 君子の質問にエリスは頷く。

 まぁ当然か。ほかの国も他人事じゃないだろうし、聖王国は大国だ。倒れたら最後、そのままケルディア滅亡までのシナリオが進みかねない。


「幸い、西部の反乱によって多くの国が聖王国近辺に軍を進めていましたわ。どの国も急行させるという返事がきましたが……果たして間に合うかどうか」

「それは俺たち次第だろうな。ま、やれることをやろう」

「そう、ですわね……」


 エリスの言葉には覇気がない。

 東部に現れたとは言っていたが、おそらく東部に現れた八岐大蛇は東部の主要都市を破壊したはずだ。

 少なくとも止めようとした東部の聖王国軍はかなりの打撃を受けたはず。

 その詳細を知っているエリスは、空元気も出せないんだろうな。


「安心しろ。俺もアーヴィンドもいる。ウォルフを迎えにいってるジュリアもそのうち戻ってくるし、帝国に戻ったパトリックもすぐに駆けつけてくる。それに加えてリーシャがどんな敵だって倒せる。だから安心しろ」

「トウマ様……」


 気持ちを落ち着かせるようにエリスの頭を撫でる。

 立て続けに起こった一連の事件で、エリスは相当参っている。それでも毅然としていなければいけない立場だ。せめて安心くらいはさせてやりたい。


「仲睦まじいのは良いことじゃが、早く案内してくれんかのぉ」

「あ、す、すみません……こちらですわ」

「斗真。お主、見かけによらず女たらしのようじゃのぉ」

「好きに言ってろ」

「まぁ英雄は色を好む。当然といえば当然じゃ。此度、八岐大蛇を討てば世界中の女がお主に靡くかもしれんぞ?」

「興味ないな。それが豪華賞品にはとても思えないしな」


 世界中の女になびかれたところで、全員を相手にするのは不可能だ。

 それにそこまで女に縛られる人生は送りたくない。


「たらしなのに女好きではないか。お主も大変じゃな。姫君」

「そうですわね……」


 そんな会話をしてエリスと君子は歩きはじめる。

 なんとなく空気が悪くなったため、俺はその後気まずい思いをする羽目になった。

 何をしたって言うんだよな。




■■■




 君子はリーシャがいる部屋で結界の解除に入った。

 俺がいてもどうすることもできないため、俺は城から街を見ていた。

 民の避難は進んでいる。この分なら八岐大蛇が来るまでに避難は完了するだろう。ただ、聖王国が滅びれば流浪の民になる。

 それを嫌がって、聖王都に残るといっている者も多いらしい。


「君は……勝てると思うかい?」

「珍しく弱気だな」


 俺の隣に並んだアーヴィンドがそんなことを言ってきた。

 記憶が正しければ、アーヴィンドがこんなことを言うのは初めてだ。


「弱気にもなるさ……東部は酷い惨状らしい。止めに入った軍は簡単に蹴散らされた。聖王陛下は作戦を練っているが、あくまで耐えるだけの作戦だ。勝ちは誰にも見えていない」

「負けるのが怖いのか?」

「そうだと思うかい?」

「もしもお前が負けたり、死ぬことを恐れる奴なら二年前に死んでる。お前が恐れているのは守れないかもしれないってことだろ?」

「……陛下は姫殿下に民を先導し、避難することを求めたが姫殿下は断られた。王族としての使命を全うすると。この国の王族が戦中に全うする役目は一つだ」

「聖結界を維持するために自らを捧ぐか……」


 聖王家はその特性ゆえに巨大国家の王家でいられる。民が聖王家を慕うのは、これまで国のために自らを捧げ続けたからだ。

 国家の存亡のとき、必ず聖王家は兵士たちと共にあった。敵国との戦中に結界を維持しつづけて死んだ王家の者もいる。

 人間同士の戦いでもそんなことが起きるのだ。相手が古の竜王となればどうなるか。

 それをアーヴィンドは恐れている。


「陛下や姫殿下の犠牲のうえで勝利したとしても……それは勝利ない。私はお二人を守りたい。それが私の生きる道だからだ」

「だが、相手は想像をはるかに超える敵だ。最強の結界を使わないという手はない」

「そうだ……。だから頼みがある」

「断る」


 アーヴィンドが何を頼む気なのか。俺はよくわかっていた。だから何か言う前に断った。

 アーヴィンドは言葉を失い、項垂れた。


「エリスを説得するなんてごめんだ。あいつが残ると決めたなら残らせるべきだ」

「……姫殿下は君のいうことなら耳を貸す」

「……だそうだぞ? 逃げろといえば逃げるか? エリス」


 アーヴィンドがハッとして振り返る。

 そこには複雑な表情のエリスが立っていた。

 アーヴィンドは慌ててその場で片膝をつく。いつもの優雅さと程遠い。


「お許しください。勝手をいたしました……」

「アーヴィンド……わたくしは王族なのです。逃げるわけにはいきません。逃げた先に未来があるならばそれもいいでしょうが……今逃げたとしても未来は見えてきませんわ」

「ですが……姫殿下さえご無事ならいくらでも聖王国は再建できます! どうかお逃げください! 此度ばかりは守り切れる保証がありません!」

「……アーヴィンド……トウマ様はどう思いますか……?」


 縋るような、困ったような目でエリスが俺を見てきた。

 そんなエリスに俺は微笑む。

 国を守りたい。民を守りたい。そう思って残ると決意したエリスの姿勢が好ましかったからだ。

 王族として生きることを優先するのも大切かもしれない。だが、聖王家はそういう血筋ではない。そんな及び腰の者は聖王家を名乗れはしない。


「お前がしたいようにしろ。逃げてもいいし、残ってもいい。どうであれ……俺が守ってやる」


 もう何も失いたくはない。そのために刃を振るうことは躊躇わない。

 相手が誰であろうと、俺の大切なものを狙うならば敵だ。


「トウマ……いくら私たちでも今回ばかりは確信はないはずだ」

「確信がないと戦わないのか? 絶対に勝てる戦いしかしないのか? 違うだろ? 俺たちは失わないために戦ってきた。今もこれからもそれは変わらないはずだ。エリスはただ残るだけじゃない。ちゃんと戦力になる。ならいいじゃないか」

「戦力ならば姫殿下も使うのか!? 君はあの結界の恐ろしさを知ってるはずだ!」

「知ってるさ。それでもエリスが決めたなら反対はしない。それも含めて覚悟の上なんだろ?」

「はい……今回はわたくしも戦いますわ。待っているだけは辛いですから」

「姫殿下……」


 エリスは微笑みをアーヴィンドに向ける。

 アーヴィンドの気持ちもわかるのだろう。

 エリスだって迷ったはずだ。それでも残ると決めた。

 なら俺たちが言うことはない。


「ありがとう、アーヴィンド。ですが決めたのです。わたくしは国と民の盾となります。あなたたちを守る盾となります。守らせてくださいな。いつも守られてばかりでは辛いのです……」

「……わかりました。そこまでのお覚悟ならもう何もいいません。このアーヴィンド。全力を尽くしてお守りします」

「頼りにしていますわ。もちろん、トウマ様も」

「ああ、期待しておけ。絶対に守ってやる」


 決意を口に出す。

 強い言葉を使うのは不安だからだ。

 自分に言い聞かせる。そうでなければ最悪の光景が頭によぎる。

 あの日、守れなかった日の再来となるのではと弱気になる俺がいる。

 だが、あの日とは違う。

 失ってから俺は強くなった。失うことの辛さを知ったから。

 だから俺は負けない。

 もう失わないと決めたから。

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