第百二十二話 流れ弾
「まさか地球に戻るのが懐かしいと思う日がくるとな」
「おいおい、なんだ。その発言は?」
光助が呆れたように呟く。
それに続いて、俺の横に座っていた明乃が訊ねてくる。
「一番最初に戻ってきたときはそう感じなかったんですか?」
「感じなかったな。むしろ異世界にきた気分だった」
「ケルディアに染まってたんだね~」
あははとミコトが愉快そうに笑う。
俺たちは聖王国の小型飛空艦でゲートに向かっていた。
光助は地球に戻るため、明乃とミコトは私物を取りにいくためだ。護衛の都合上、明乃とミコトはすぐにケルディアに戻ってくる。ただ、それでも心配なため俺がついてきたわけだ。
エリスのほうも心配だったが、ほかならぬあいつ自身が平気だと言ったためこっちについてきた。
同じ過ちを犯すわけにはいかないし、エリス自身、大丈夫そうだと感じたためだ。
「しかし、お前は異世界にいって人生変わったな。斗真。もしも地球にいたら冴えない人生を送ってたと思うぜ?」
「だろうな。少なくとも戦いとは無縁だったはずだ。異世界と地球が繋がろうと、俺には関係ないって顔で日々を過ごしてたと思う」
「俺もお前が異世界に行ってなきゃ自衛隊に入ってなかっただろうし、俺たちは働いてるか、大学いってるかしてたかな。まぁ地球にとってはさほど影響はないだろうけど」
「ケルディアにとっては大問題だよ! トウマがいなきゃ魔王に負けてたかもしれないんだし!」
「そうなると魔王の軍勢がこっちに来たかもしれませんね。連鎖的に地球も滅びて、魔王の三世界征服が成立したかもしれないって思うと、斗真さんが異世界にいったのは良いことだったかもしれませんね」
「大げさだな。俺がいなきゃほかの奴が俺の穴を埋めたはずだ。俺がいなきゃ世界がどうにかなってたなんてないだろ」
話が飛躍しすぎて笑えてくる。
笑いながら俺はその仮定を否定した。
そんな未来はやってこない。
たとえば俺が酒呑童子との決戦にいなかったとしても、結局はアーヴィンドが来て片付けただろう。
世界なんてそんなもんだ。だからといって何もかも放棄するつもりはないが、一人の存在がすべてをひっくり返すなんてことはない。
というかあっちゃいけない。
「それでもお前の影響力がデカいのは事実だろうが。姫殿下とも親しいしな」
「お前はそれが妬ましいだけだろうが。男の嫉妬は見苦しいぞ」
「妬ましくて何が悪い!? 姫殿下が捕まっていると知ったとき、俺はかっこよく助けて、あわよくばお付き合いできるかと期待したのに! 結局いいところは全部明乃とお前に取られた! 俺の中では光助様! ありがとうございますって俺の胸の中に飛び込んでくるところまで想定していたのに!!」
「うわぁ……スザキ最低……」
「そんな邪な理由で助けにいってたんですか……」
女性陣から白い目で見られても光助は気にしない。
それでも光助は熱弁をやめない。
「邪でなにが悪い! 俺のアイドルなんだ! 姫殿下は! ワンチャンあると思ってなにが悪い! 男なんてなぁ! みんな邪なんだよ!」
「えー、トウマは違うよー」
「甘いな! こいつは邪の塊だぞ!」
「もう本当に最低ですね」
明乃がゴミを見るような目で光助を見る。
その様子を苦笑しながら見ていた俺だが、突如として嫌な予感を覚えた。
長い闘いの中で磨き抜かれたその予感はほぼ外れることはない。
それと同時に遠くから巨大な魔力が近づいてくるのを俺は察知した。
「まずい! パイロット! 回避しろ!」
「え? は、はい!」
すぐにパイロットは機体を横に傾ける。
しかし、遅かった。
巨大な魔力弾が機体の一部をかすめた。
窓から見た限り、超強力な魔力砲撃だ。
しかも超長距離からの。
「ちっ!?」
「おわぁ!?」
「わぁ!?」
「きゃっ!?」
機体が傾き、全員が席から投げ出された。
完全に機体はコントロールを失い、どんどん降下していく。
「パイロット!」
「もういねぇよ! さっきの吹っ飛ばされた!」
「くそっ! ミコト! 明乃を頼む! 飛び降りろ!」
「わかった!」
「光助! 来い!」
「着地失敗とかやめろよ!?」
叫びながら光助が俺に手を伸ばす。
ミコトはミコトで明乃を抱えると白影を抜いて飛空艦から飛び降りた。
それに続いて俺も光助を連れて飛び降りる。
辺りには飛空艦の破片が飛び散っており、俺とミコトはそれらを使って安全な高度まで降りていく。
空中で飛空艦が爆発するが、俺たちはその頃には安全な高度まで降りており、そのまま地上への避難を完了した。
「危なかったな……もうちょっと遅かったら俺たちも空中で爆散してたぞ」
「それはいい。問題はあの魔力砲撃だ」
どこから飛んできたのか見当もつかない。それほど遠くからあれは発射された。
俺たちを狙ったものか、それとも俺たちは流れ弾に当たっただけなのか。どうであれまずい事態ではある。
「ここからゲートまでは遠くない。一旦、ゲートに向かうのが得策だろうな」
本音をいえば聖王都に戻りたい。
しかし、ここで明乃たちからまた離れれば同じようなことの繰り返しになってしまう。
もしも何かあればとても立ち直れる気はしない。
「それでは斗真さんだけ聖王都に向かってください。私たちはゲートに向かいますから」
「おいおい、こんな状況がつかめない中で二手に分かれるのは危険だぞ?」
「しかし、聖王国に危機が迫っていることは間違いありません。あんな攻撃をしてくる相手ならば間違いなく強力です。そして聖王国は軍の精鋭を西部に送っています。防備が手薄な以上、斗真さんは聖王都に向かうべきです」
「……お前はそれでいいのか?」
狙われる可能性が一番高いのは明乃だ。
明乃自身のことを考えれば俺は残るべきだ。なにせ俺は明乃の護衛なのだから。
「できれば傍にいてほしいです。ですけど、斗真さんが後悔してるところを見たくはありません。安心してください。ゲートに到着したあと、すぐに駆け付けますから」
「ボクもそれでいいよ! ボクがアケノを守るから安心して!」
明乃とミコトがそう言って笑う。
その笑みに押されて俺の決意も固まった。
「光助。二人を頼めるか?」
「はぁ……わかった。ゲートまでは責任をもってやる。あとは知らないぞ?」
「頼む」
そういうと俺は二人の頭を撫でる。
気恥ずかしそうにすると明乃とは対照的にミコトはもっと撫でろとばかりに頭を押し付けてくる。
しばらく頭を撫でたあと、俺はではまたなといって三人と別れて一人、聖王都へ戻ることとなった。