第百二十一話 運命の日
ようやく復活じゃぁぁぁ!!
その日は突然やってきた。
運命は突然で、人々に猶予など与えない。
しかし、東の果てにある国ではそれはよくあることだった。
千年以上も昔から、多くの災害に襲われてきた日本という国の人々は同じ地球人ながら少しだけ違う進化を遂げている。
災害に対する察知能力。野生の動物よりもさらに鋭いその感性は、普段なら決して表には出てこない。
しかし真の脅威に対してのみは歴然とした成果を発揮する。
島根県全域に避難指示が出されたのはその日の午前中のことだった。対応の遅い政府にしては迅速な判断だった。なにせ雅人が政府に事情を伝えたのは前日の夜だったからだ。しかし、その避難指示を聞く前に多くの者が胸騒ぎを覚えて数日前から島根県を離れはじめていたのだ。
その甲斐あって、県全域での避難は予想以上に早く終わった。
だが、それは逃亡であって救いではない。
日本人の察知能力が示すとおり。
脅威は目覚めようとしていた。
「自衛隊には迂闊に攻撃するなと伝えておけ! 生半可な攻撃など絶対に効かん!」
ヘリで封印の地を見下ろしながら、雅人はそう指示を出す。
周囲には多数の自衛隊車両とそれに合流した四名家の魔術師たちが集結していた。
しかし、彼らの目的は討伐ではなかった。もちろん封印でもない。
あくまで観察。それがこの場にいる面々に託された任務だった。
そしてそれがついに起きた。
霊山から突如として天高く光が伸びた。
やがてその光は山全体を飲み込み、どんどん広がっていく。
そして現れたのは巨大な門だった。正確には雅人には門に見えたというべきか。
「来るか……!」
前代未聞の超常現象。
しかし、それがまだ序の口だったと誰もが悟った。
光の門をくぐるようにして竜の頭が現れた。
周辺にいる自衛隊の隊員たちは「デカい……」と口々に呟いた。
異世界ケルディアには巨大生命体が存在するが、聞いていた者よりも遥かにデカい。
だが驚くべきはその頭がどんどん現れたことだ。
頭は二つになり、次に四つになる。そして六つとなり、名前のとおり八つとなった。
そしてその長い頭を追うようにして巨大な胴体が現れた。
八つ首を支える太い四つ足に四対の巨大な羽。
そして最後に太く長い尾が出てきた。
頭から尾までの長さは数百メートル。
最も巨大な恐竜すら軽く超えるスケールに、監視していた自衛隊の隊員たちは一歩も動けなかった。
空から見ていた雅人もその大きさと威容に声をなくしていた。
その鱗は薄い緑でまるで宝石のように輝いている。その身から発する魔力は膨大で、一個の生命体が発していいレベルではなかった。
見ているだけで体がすくみ、眩暈がしてくる。
それでも雅人は見続けた。そして発見した。
八つ首の中央に位置する頭部。そこに一人の人間が立っていることを。
事前の情報が確かならばあれが黄昏の邪団の盟主。ケルディア最高の召喚術師。
狂災のカリム。
頭部に立つという屈辱的な行為にも、八岐大蛇が反応しないところを見れば八岐大蛇は完全にカリムのコントロール下に入っているのだろう。
「部隊長に伝えろ。静かに撤退だ。防衛ラインまで引き返す」
魔物のことに関しては雅人のほうが専門家だ。ゆえにこの場では雅人が部隊長の上に立っていた。
しかし、軍人である部隊長も今はまったく同意見を持っていた。
この程度の部隊では歯も立たない。核を直撃させたとしても倒せるのかどうか。
人類という種に不安を覚えながら、部隊長は撤退を指示する。
雅人が乗るヘリも旋回しつつその場をゆっくりと離れた。
そんな雅人たちを八岐大蛇は攻撃したりはしない。
今はそれどころではなかったからだ。
「どうだい? ジュード」
「順調だ。生贄も整ったそうだ」
影から現れたジュードが答える。その横には表情のない明乃がいた。
カリムにとっては用済みの存在だが、ジュードが利用価値があるとして身柄を譲り受けたのだ。
「そうかい。それじゃあ飛ぶとしようか」
そう言ってジュードは両手を合わせる。
すると八岐大蛇の足元に巨大な魔法陣が浮かび上がった。前々から仕込んでいたものだ。
巨大な魔法陣は八岐大蛇を完全に包んでいた。しかし、それ自体に効果はない。
この魔法陣はあくまでターゲティングが目的だった。八岐大蛇をとある魔法の効果にいれるためのものだ。
そしてそれはすぐ行われた。
眩い光が迸り、八岐大蛇を青白い光が包み込む。
そして八岐大蛇が一瞬にして姿を消した。
同じ頃。
聖王国の東部にあるパワースポットでは儀式が執り行われていた。
参加するのは黄昏の邪団の構成員。実に千名。
全員が巨大な魔法陣に入っており、その中で座っている。
その手には皆、同じ形の短剣が握られていた。
それは黄昏の邪団が発見した古代の魔導具だった。正確にはその量産型。
製作にはブリギットが絡んでおり、黄昏の邪団はこのために彼女に近づいたといってもよかった。
その魔導具は明乃を狙った黄昏の邪団の幹部たちが用いた短剣と同種のものだ。
一流の魔法師が絶命するほどの魔力を使い、地球とケルディアでゲートを発生させるもの。
巨大な魔法陣が光り始めた。それを見て、千人が一斉に短剣を自らに向ける。
そして。
「いざ終焉へ」
それを合言葉として千人が同時に胸へ短剣を突き立てた。
その様子を遠目から見ながらキキョウは嬉しそうに笑う。
「さぁ……来るわよ」
魔法陣から光の柱が立つ。
そしてその光の柱が消えたとき、千人の遺体はどこかへと行き、そのかわり巨大な竜王。八岐大蛇がそこに出現したのだった。
「お待ちしておりました。盟主」
「ご苦労だったね。キキョウ。ではいこう。まずは聖王国を壊滅させる」
カリムがそう宣言すると、八岐大蛇はゆっくりと聖王都へ向けて歩き始めた。