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第百二十話 君子の予感




 中御門君子はその日、胸騒ぎを覚えていた。

 そしてその胸騒ぎに突き動かされ、東凪家の屋敷へ赴いていた。


「お久しぶりでございます。君子様」

「久しいのぉ。雅人。儂のところに当主就任のあいさつに来て以来か」

「はい。お懐かしゅうございます」


 恭しく雅人は幼い少女姿の君子に頭を下げる。

 東凪家を含めた四名家の者たちが見れば度肝を抜かれるだろう。唯一の例外は四名家の当主たち。彼らがいれば同じように頭を下げただろう。四名家の当主は就任するさいに必ず君子へ挨拶に向かうからだ。

 二人は東凪家の客間にて、向かい合って話し始めた。


「して、此度はどのようなご用件でしょうか? あなた様が出てくるとは一大事では?」

「うむ……実は胸騒ぎがしておる。自慢ではないが、長く生きてきて嫌な予感が外れたことは一度もない。おそらく八岐大蛇の結界が開かれようとしておる」

「……君子様の結界を解ける者がいると? にわかには信じられませんが……この家の結界も君子様がてがけたもの。多くの手練れがこの結界を見て、この屋敷を攻めることを断念してきました。八岐大蛇の結界はこの家よりもよほど強力なものと聞いておりますが?」

「強力じゃ。最高傑作といってもよい。破ることはほぼ不可能じゃろう。そして開くには鍵が必要じゃ。その鍵は本来、悪しき者たちの手には届かぬところにあるはずじゃが、こうして嫌な予感は舞い込んできておる」


 君子はほとんど表には出てこない。かつて国が焼かれたときですら、その時代の者たちの問題として出てこなかった。

 魔物が現れたときも同様だ。結界を強化し、古の魔物たちを外に出さないように努めても、他からやってきた魔物には関心を示さない。

 あくまで封印が君子の使命だからだ。

 その君子が動いた。確実にまずいことが起きる。

 ここ最近、こんなのばかりだと思いつつ、雅人は静かに君子の言葉に耳を貸す。


「その鍵とはいったい……」

「お主もよく知っておる。今代でいえばお主の娘じゃ」

「……どういう意味ですか? 明乃が八岐大蛇の封印を解く鍵とは?」

「正確には明乃が持つ魔術が封印を解く鍵じゃ」

「まさか……」

「すべての不浄を払う破邪の神炎。東凪家に伝わる最強の炎魔術。天羽々矢が結界を解く鍵じゃ。あれには結界破壊の効果がある。すべて正しい手順で結界を開いたとしても、最後は一押しをする必要がある。最上級の結界を一押しとはいえ破壊できるのは神炎のみ。今まで黙っておったが、もはや不要じゃろう」

「明乃が敵の手に落ちたと?」

「それはわからぬ。ケルディアにおる以上、儂らには把握する術がない。しかし、あの佐藤斗真が傍にいながらみすみす明乃を手放すとは思えん。おそらく別の手段で敵は神炎を手に入れた。そこで聞きたいのじゃが、お主、明乃以外に子はおらんな?」


 まさかこんな場面でそんなことを聞かれるとは思っていなかった雅人は、深くため息を吐いた。

 天羽々矢が使えるのは東凪本家の血筋のみ。さらにその中でも才ある者が取得できる最上級魔術だ。

 現在、取得しているのは明乃のみ。雅人も使えるには使えるが、実戦で使用できるレベルではない。

 だから君子は明乃以外に子はないかと訊ねたわけだ。


「私が愛したのは妻のみです」

「それが聞けて安心したぞ。お主に別の子がおらず、明乃も敵の手に落ちていないならば、敵がこちらの予想もつかぬ手を使ったのじゃろう。そうであるならば儂らがすべきことは一つ」

「備え、ですな?」

「うむ。政府に伝えよ。最大級の災害が来る。軍を用意し、民を避難させねばならん」

「敵に悟られませんか?」

「それで結界を開くことをやめてくれれば儲けものじゃ。しかし、やめはせんじゃろう。八岐大蛇を復活させればこの国を蹂躙するなど容易いじゃろうからな。だからこそ気になる」

「なにがですか?」


 君子は少し黙ったあとに、雅人をまっすぐ見据える。

 見た目は少女ではあるが、君子の目には千年を超える時を見てきた。その目には不思議と相手を引き込む魅力があった。


「八岐大蛇を復活させられる者ならば、日本をどうにかするのは容易いじゃろう。それでも復活させるのならば次なる目標がある」

「……ケルディアですか」

「さよう。しかしじゃ、八岐大蛇を上手く操り、日本の門をくぐったとしてもケルディア側は防備を固めておるじゃろう。ここまで周到な者たちがそのことを考えないはずはない」

「ケルディアに渡る別の方法を用意していると? しかし、異世界に渡るゲート。しかも竜が通れるほど巨大なものを作れるものでしょうか?」

「それはわからぬ。じゃがそれも考慮しておくほうがよいじゃろう。いざとなれば儂らも向こうに渡らねばならんかもしれん」


 君子は厳しい表情で告げる。

 千年以上保ち続けた平和が崩れ去ろうとしている。

 復活すれば両世界にとってこれ以上ない災いになることは間違いない。


「仕方ありませんな。我らは一度救われている。向こうが危機ならば駆け付ける恩義があります。政府とほかの名家には私が伝えておきます。君子様はゆっくりとお待ちください」

「いや、儂はいち早くケルディアに向かう。八岐大蛇が復活するならば躊躇うまでもない。今は一人でも強力な人材が必要なときじゃ」

「……斗真の師匠ですか」

「うむ……恩義というならあやつにもある。明乃が来たときにすぐ結界を解けるようにしておく。こちらのことは任せたぞ?」

「お任せください」


 雅人の返事に満足しつつ、君子は立つ。

 八岐大蛇が復活するならば今まで通り隠れて傍観している必要はない。

 八岐大蛇が解放されるということは、君子も多くの束縛から解放されるということだからだ。


「かつては封印で済ませたが……此度はあの時のようにはいかぬ」


 決意をみなぎらせて、君子はケルディアへと向かうのだった。

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