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第十二話 明乃のFPS





 夜。

 屋敷の周辺を偵察した帰り、なんとなくコンビニによった俺は、これまたなんとなくエリスに支給してもらった電話で明乃にかけた。


「出るか?」

『も、もしもし!?』


 意外にも明乃はすぐに出た。

 まぁこの電話番号も緊急時用に教えてもらっているわけだし、俺から電話がかかってくればびっくりするか。


「驚かせて悪いな。コンビニにいるんだが、なにかいるか?」

『こ、コンビニですか? えっと、ちょっと待ってください! 今、忙しくて!』

「忙しい?」

『ああ!? ちょっと待って! そんなつもりじゃないんです! 別に敵意は! きゃあ! あぁ……』


 世にも情けない声が電話越しに聞こえてくる。

 いったい、何をしてるのやら。


『……甘い物をなにかお願いします……』

「コンビニのデザートがお嬢様の口に合うとは思わないが?」

『平気です。よく内緒で買ってますから』

「なるほど。了解だ」


 意外な答えに俺は少々驚きながら通話を切る。

 まさか生真面目な明乃がそんなことをしているとは。まぁコンビニくらい内緒で入る必要はないだろと突っ込みたいところだが、東凪家的にはやはり庶民がよく利用する場所に明乃が行くのはまずいことなのかもしれない。

 難儀なものだと思いつつ、俺は適当にショートケーキと俺と明乃の飲み物を買ってコンビニを出る。

 そしてのんびりと歩きながら東凪の屋敷へと帰った。




■■■




 屋敷に帰ると俺は明乃の部屋に直行する。

 そしてドアをノックしてみるが、何の反応も返ってこない。

 しかし、居ないということはないだろう。なにせ声が聞こえてくる。


「あ! い、いました! よく狙って……きゃあ!? なに!? あ!? 横から!? ひ、卑怯な!」

「なにしてんだ? あいつ」


 カチャカチャと音が出ているし、この感じだと何かゲームをしているんだろうが。

 明乃がゲームをしているというのが俺には意外すぎた。

 そもそもゲームを持っているということに驚きだし、雅人がよく許可したな。

 そんなことを思いつつ、俺は再度ノックする。しかし、返ってきたのは。


「こ、今度こそ! えいっ! 嘘!? 今、当たりました! 当たったはずです! なんで当たってないんですか!? まさか不良品!?」


 んなわけあるか。

 内心で突っ込みつつ、俺はドアを開ける。

 すると落ち着いた色合いで整えられた部屋が見えてきた。さすがに生真面目なだけあって部屋は整頓されている。ところどころにあるぬいぐるみが女の子の部屋という感じをさせる。

 ただし、明乃がやっているゲームがそれらの雰囲気をぶち壊していた。

 明乃はごついヘッドフォンをしてゲーム音を聞いており、俺に気づきもしない。当然だろう。間違いなく、あのヘッドフォンの中では高音質で銃声が鳴り響いている。


「JKがFPSかよ……」


 呟き、俺はため息を吐く。

 明乃がやっているのはオンラインで全国のプレイヤーと戦うFPSだ。俺がまだ地球にいた頃に流行ってたものの続編らしい。

 たしか十八歳以下は購入できないソフトだったはずだが。まぁ俺はそこらへんを無視してやっていたが、明乃はそんなことできないだろうし。


「借りたってところか」


 自分なりに推理しつつ、俺は画面に目を移す。

 ゲームモードは単純な2チームによるデスマッチ。相手チームの誰かをキルすると1ポイント入り、それを積み重ねて終了ポイントに先に到達したチームが勝ちとなる。

 デス数、つまりやられる回数が多いとチームが不利になるため、死なないようにするのが求められるわけだが。


「0キル30デスって……」


 現在の戦績を見て俺はドン引きする。

 0キルは仕方ないにしても、半端じゃないこのデス数はやばい。


「きゃー!! い、いきなり現れるなんて心臓に悪いですよ!?」


 飛び出してきた相手にキルされた明乃は相手に文句を言う。しかし、今のは明乃が悪い。

 画面に表示されているマップには敵の位置が映っていた。少し慣れた奴なら敵がいることを予測できる。

 そのまま試合は終了し、明乃の戦績は結局0キル31デス。75点マッチのため、敵の点数の半分近くを明乃が献上したことになる。

 これは味方から文句が来るだろうなと思っていると、明乃の画面に複数のメッセージ通知が来る


「メッセージ……?」


 恐る恐る明乃が一通目を開く。

 するとそこには短く、しかし意図の明確な言葉がのせられていた。


「死ね!? ひ、ひどい!」


 半泣きのような声で明乃は叫ぶ。

 だが、暴言メッセージに衝撃を受けた明乃だったが、性格的に無視できないのかもう一通も開く。

 しかし。


「53? どういう意味が……?」


 もはや文章を書くのも面倒だったんだろうなと思いつつ、俺は明乃に近づき、ヘッドフォンを引きはがす。


「ゴミって意味だよ」

「なるほど! ひどい! え……?」


 俺の言葉に納得した明乃は俺が部屋の中にいる事実に固まる。

 そんな明乃を放っておいて、俺は部屋のテーブルに明乃に買ってきたケーキと飲み物を置く。


「一応言っておくが、何度もノックはした。ちなみに一般家庭ならこれが続くとゲーム没収って親に言われるぞ?」

「え、あ……」


 混乱する明乃は何を言っていいかわからず、しばらく手をパタパタとさせている。

 勝手に入ってきたことを怒るべきか、それとも返事すらできなかったことを謝るべきか。

 しばしの後、明乃は申し訳なさそうに頭を下げてきた。


「すみませんでした……」

「まぁ謝ることでもないけどな。しかし、これどうしたんだ? 明乃のじゃないだろ?」

「あ、はい。学校の友達が貸してくれたんです。気晴らしになるって。最初はゲームとはいえ、人殺しというのはどうかなと思ったんですが、意外に面白くて」

「面白い……?」


 あの戦績でなにが楽しいんだ?

 衝撃を受けていると明乃が俺に訊ねてくる。


「あ、あの……頂いてもいいですか?」

「うん、ああ、いいぞ。FPSは疲れるからな」

「そうなんですよ! だから甘い物が欲しくて」


 言いながら喜々として明乃は袋からショートケーキを取り出し、食べ始めた。

 しかし、そんなことをしている間にゲームがまた始まりそうになる。


「ああ!? 抜けるの忘れてました!?」


 言いながらも明乃はコントローラーを持つことをためらう。

 食事を一時中断するというのは行儀の悪いことだからだ。


「はぁ……食べてろ。抜けといてやるから」

「抜けるのは駄目です! 味方の人に迷惑が掛かります!」


 むしろ味方は抜けてくれと願っていると思うが。

 仕方ないので、俺がコントローラーを握って操作を始める。


「しょうがないから、今回だけ俺がやってやる」

「できるんですか?」

「FPSは昔やってた」

「難しいですよ? 私だって最高で5キルしかしたことないんですから」

「最高で5キルとかだいぶセンスないな」

「なっ!?」


 言いながら俺は突っ込んできた敵を持っている銃で捌く。

 その音に釣られてくるだろう敵を予測して、出てきそうなところに構えておく。

 そしてまんまと誘われてきた二人の敵を瞬時にキルし、その場を動く。あの場に留まると囲まれてしまうからだ。


「え……?」

「初心者の内はあんまり前に出ないことをおすすめするぞ。お前は負けず嫌いすぎて突っ込みすぎなんだよ」


 さらに二人をキルして、序盤で明乃の最高キル数に並ぶ。もちろんデスは0だ。

 こんなゲーム、実際の戦闘に比べたらだいぶ楽だ。死んでも平気だし、なにより痛みがない。だから余裕をもって敵の動きを予想できるし、予想しているところに構えておけばキルなんていくらでもできる。

 結局、25キル0デスでゲームを終えた俺はロビーを抜けて、コントローラーを明乃に返す。


「つ、強いんですね……斗真さん」

「そうでもないだろ。今回は敵が馬鹿正直に動いてくれただけだ」


 敵が予想しやすい動きをしているときはいいが、そうでない場合はさすがにデスしてしまうだろう。

 ずっと1対1ならまだしも、そのうち物量作戦をされてしまうからだ。


「馬鹿正直……」

「まぁ明乃はその極地ともいえる動きだけどな」

「なっ!? ば、馬鹿にしないでください!」

「キルされて、顔を真っ赤にしてさっきキルされたところに走っていって、またキルされる。その繰り返しだろ?」

「うっ……」


 図星なのか明乃が言葉に詰まる。

 そんな明乃の様子に俺はため息を吐く。

 俺とやったときには頭が使えていたいのに、なぜゲームだと使えないのか。

 たぶんゲームだからだろうな。ゲームだからという認識があるから、明乃のスイッチが入らないのだ。そして戦闘モードの思考じゃないからいいようにやられる。

 好きな時に切り替えられるほど器用な性格じゃないってことだろう。それはそれで素晴らしいことではある。


「お前には向いてないゲームだ。やるならほかのゲームをおすすめするぞ」

「そんなぁ……」


 シュンとする明乃を見て、俺はなんだか罪悪感が湧いてくる。

 まぁ明乃だってストレスが溜まっているんだろう。ここ最近は護衛である俺に張り付かれ、息抜きをする暇もない。

 そんな明乃が下手なりに楽しめているなら、それはそれでいいのだろうか。

 いやでも、こいつを放置することは真剣にFPSする人間に対して失礼な気もする。


「……時間ができたら今度教えてやる」

「本当ですか!? 私も斗真さんみたいになれますか!?」


 キラキラと目を輝かせる明乃から俺は目を逸らす。

 30デスする人間を一人前にできる自信がなかったからだ。


「ま、まぁ、努力次第だな」

「はい! 頑張ります!」


 ゲームに関する事柄だからか、いやに素直だ。

 稽古しているときなんかもこうだと楽なんだがな。


「ただし、この一件が片付いてからだ。いいな?」

「はい……それはわかってます。あの……斗真さん」

「うん?」

「柚葉さんから返信がないんです。斗真さんは何か知ってますか?」


 ゲームをしていたのはそういう理由か。

 たぶん明乃は不安を紛らわそうとしているのだ。

 だが、俺にはその不安を取り除くことはできない。


「いや、俺には何の情報も入ってないな」

「そう、ですか……」


 落ち込む明乃を見ながら、俺は自分の中で一つの確信を得た。

 あれほど明乃を心配していた柚葉が明乃に返信しないということはおそらく、柚葉は敵の手に落ちたのだろうという確信だ。

 しかし、それを言うわけにもいかず、俺はそのまま不安を紛らわすためにゲームを再開した明乃の部屋を去った。

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