第百十九話 俺のせい
西部の反乱は終わった。
しかし大規模な反乱だったため、関係者を洗い出しているときりがない。
とりあえず西部諸侯同盟の軍と対峙していた王国軍はそのまま西部に進み、西部諸侯同盟の貴族たちを監視することとなった。これから綿密な取り調べが行われ、それによって貴族たちへの罰も決まっていくだろう。
ただ、おそらく生き残った貴族たちへの罰は軽い。一斉に罰してしまえば西部が空白地帯になるからだ。領主としてその地域を治めてきた貴族たちは、日本でいえば県知事みたいなもんだ。一斉に首を挿げ替えれば混乱してしまう。
だから多くの罪はラッセル公爵とグロスモント侯爵に被せられるだろう。まぁ主犯格はこの二人だし、妥当といえる。
そんな西部と俺たちはおさらばして、聖王都に向かっていた。
ジュリアのゲートで帰ってもよかったが、どうせなのでエリスの飛空艦に同乗していくことになった。
「いやぁ、助かりました。本当に」
「艦長が大人しくしていたのは意外だったけどな」
「いやいや、姫殿下を人質に取られている以上、我々には何もできはしませんよ」
艦の指揮を取っているルーデリックの横でコーヒーを飲みつつ、俺は肩を竦める。
この人とこの人の部下たちは聖王国の各地から選りすぐられた精鋭だ。そうでなければ王室座乗艦には配属されない。
捕虜の身を脱して、艦を奪取するくらいはできたはずだ。それでも動かなかったのは動かないほうがいいと踏んだからだろう。
「それなりにグロスモントを信頼してたんだな?」
「ええ、まぁ。敵を信頼するっていうのもおかしな話ですがね。でも、あの男がいるかぎり姫殿下は何もされないと思っていました」
「根拠は?」
「惚れた女にほかの男を近づかせる奴がいますか?」
「……艦長から見て、あいつは本当にエリスを愛していたと思うか」
最後の言葉に嘘はないだろう。
奴はたしかにエリスを愛していた。だが、そのために奴は反乱まで起こした。エリスが結婚するというならわかるが、別にそういった話があったわけじゃない。
それが俺には少々、不思議だった。
「他人のことはわかりかねますが……惚れていたことは確かでしょうな。あの男の姫殿下を見る目は少年のように純粋でしたから」
「そうか……そこまで愛していたのに、どうしてあいつは反乱を起こしたんだろうな」
「それもわかりかねますが……振り向いて欲しかったのかもしれませんな。姫殿下に」
「好きな子はイジメちゃう的な発想か?」
「似たようなものです。大がかりで計画的でしたが、結局のところは姫殿下の目を自分に向けたかったのでしょう。姫殿下は求婚相手を男性として見ることはありませんから。一人の男として見てほしかった。自分の力を見せつけ、そして自分を選んでほしかった。そんなところかと思いますがね」
「さすがは経験豊富な艦長だ。わりと納得できた」
「それは光栄ですな。そうそう、経験豊富な男としてあなたにアドバイスがあります」
ルーデリックは少し笑うと椅子を回転させて俺の方を見る。
大人の男らしく落ち着いた雰囲気を持つルーデリックは、その顔に呆れたような表情を浮かべていた。
「なんだ?」
「いや、あなたも万能ではないのだと今思いましてね」
「そりゃあ万能じゃないさ。それで? どんなアドバイスをくれるんだ?」
「敵に捕まった乙女が部屋で休んでいます。ここは男として慰めにいくべきでは?」
「エリスのことか? 平気そうだったぞ?」
「ご冗談を。わかっていて、あえてここにいるんでしょうに。姫殿下は人前で取り乱すことはしません。しかし、あなただけなら話は別です。それをあなたはご存知だ。しかし、泣いていたりしたらどうしていいかわからないから、ここにいる。違いますか?」
「……さすがは経験豊富な艦長だ。よくおわかりで」
俺がすぐに降参すると、ルーデリックはニンマリと笑う。
そして艦橋の入り口を指さす。
これは行けということだろうな。
「わかった、わかった。行けばいいんだろ、行けば」
「健闘を祈っていますよ」
こうして俺は半ば無理やりエリスの部屋へと向かわされることとなった。
■■■
エリスの部屋の前。
数度躊躇ったあと、俺は意を決してドアをノックした。
返事はない。
不安になってもう一度ノックすると、次は返事が返ってきた。
「はい」
「俺だ、斗真だ。入ってもいいか?」
「トウマ様? あ、その……どうぞ……」
なんだか戸惑っているような声だったが、ここまで来てやっぱりいいと言うわけにもいかず、俺はエリスの部屋に入る。
すると。
「おまっ……シャワー浴びてたのか!?」
「すみません……」
申し訳なさそうにエリスはつぶやく。
髪はまだしっとりと水分を含んでおり、着ている服も少し水気を吸って肌に張りついている。そうして張り付いてしまうと、エリスのメリハリのきいたボディラインがしっかりと浮彫になってしまう。
正直、男の目には毒だ。
「それならそうと言え! またあとで来る!」
「い、いえ! 来ていただいたのにすぐ返すわけにはいきませんわ! お茶でも飲んでいってくださいな」
「お前は……いいのか?」
「構いませんわ。トウマ様ですもの」
そう言ってエリスは機嫌良さそうに俺を席に案内すると、テキパキとお茶の準備をし始めた。
その様子はいつもどおりのように見えた。あくまで表面上は。
「どうぞ」
「ああ」
出された紅茶を飲む。
いつもどおり美味しい。
なにもかもいつも通りだ。しかし、どうも違和感がある。それはエリスがいつも通りに振舞おうとしているからだ。
「エリス……無理してないか?」
「無理、ですか……? していませんわ。どうしてそんなことを?」
「なんとなく、そんな気がした。正直に話すと……泣いてると思った。だから来るのが遅くなったんだ。なんて声をかければいいかわからないから」
「泣きませんわ。わたくしはそこまで弱くはありませんわよ?」
「そうだな……お前は強いよ。それは知ってる。けど、無敵じゃない。だから……泣いてほしい。泣きたくなくても泣いてくれないか?」
ひどい台詞だ。
こんなことを言うなんて、わざわざ来た意味がない。
しかし、言ってしまったもんはしかたない。
「トウマ様……おかしなことを言いますわね……」
エリスは俯いてそんなことを言う。
表情はうかがえない。
だが、どんな表情かくらい想像できる。
「ああ、おかしなことを言ってる。だけど頼む。俺のために泣いてくれないか?」
「……そ、そんなこと言われても困りますわ……」
「悪いな。困らせて」
「そうですわ……困った人ですわね……しょうがありませんから泣いてさしあげますわ……怖かったから泣くんじゃありませんわよ? トウマ様が泣いてほしいというから泣くのですわ……」
「ああ……ありがとう」
エリスは顔をあげる。
その頬をツーっと涙が伝う。それをキッカケにどんどんエリスの目から涙がこぼれていく。
エリスはそんな顔は見せたくないとばかりに、俺に近づくと肩に頭を押し付ける。
「……ひどいですわ……泣かせるなんて……」
「悪いな。いつもいつも俺はお前に迷惑をかける。ごめんな。全部俺のせいだ」
「……そうですわ……いつもいつも……わたくしの気も知らないで……」
ああ、これはいろいろと文句が出てくるな。
そんなことを思いつつ、俺はエリスの背中を優しくさすり続けたのだった。