第百十八話 迫りくる脅威
いよいよクライマックスですよー
日本のとあるホテル。
そこに滞在しているカリムの下に黒髪の男が訊ねた。
「反乱は防がれたぞ」
「そうかい」
まるで興味がないと言わん気な返事に黒髪の男は呆れたように告げる。
「打てる手は打ち、稼げるだけの日にちは稼いだ。大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫とは何がだい?」
「八岐大蛇は復活させることができるのか?」
「ああ、そのことか。できる。最後の鍵はもう手に入れたからね」
そう言ってカリムは笑いながら部屋の隅を見る。
そこには黒髪の少女が椅子に座っていた。その瞳には光がない。
「ん? おいおい……これはどういうことだ? なぜあの女がここにいる?」
「不思議かい?」
「当たり前だ。あの女はトウマ・サトウの傍にいるはずだぞ?」
「御名答。そこが問題だった。八岐大蛇の結界。あれは適切な解除の仕方をしても、最後の部分で必ず鍵が必要になる。それは〝神炎〟だ。東凪に伝われる最強の破邪の炎。あれが最後の鍵だった。しかし、使い手たる東凪明乃はトウマ・サトウと共にいる。共にいないときを狙ってすら捕らえられなかったのに、今は警戒までされている。私は悩んだ……そして一つの解決策を思いついた。〝この世界で手に入らないなら、別の世界から召喚すればいいのだ〟と」
やはり狂ってる。
黒髪の男はそれを再確認していた。
数百年を生きる世界最高の召喚士。世界が滅びる瞬間が見たいというだけで、世界を滅ぼそうとする精神異常者。
狂災のカリムの名は伊達ではない。
発想が常軌を逸しているといってよかった。
「別の世界ってのは地球やケルディアとは別ってことか?」
「いいや。別の可能性を辿った平行世界の地球って意味さ。可能性の存在。あったかもしれないルートに存在する東凪明乃を私は召喚したというわけさ」
椅子に座る少女は紛れもなく東凪明乃だった。しかし、明乃にしてはやつれており、その顔にも表情はない。
明乃を知る者が見ればその変わりように驚いてしまうだろう。
「可能性を召喚するか……馬鹿げた発想だが、こうして成立しているのが恐ろしいぜ。それで? 洗脳は完了したのか?」
「ああ、すぐに済んだよ。もともと壊れていたからね」
「壊れていた?」
「可能性の存在だからといって、誰でも召喚できるわけじゃない。特に生者はね。向こう望んでいないと私でも召喚は無理だ」
「東凪明乃がこの世界に来ることを望んだのか?」
「まぁ正確には元いた世界にはいたくないと望んでいたというほうが正しいがね。なにせ、この東凪明乃の世界ではトウマ・サトウは死んでいる。どういう死に方は知らないが、彼女を守って死んだらしい。そして彼女は壊れ、トウマ・サトウがいる世界を渇望していた。だから召喚できたのさ」
女というのは度し難いね。
そう付け加えながらカリムは嗤う。
もっとも入手困難だった鍵は手に入れた。あとはその鍵を使って結界を解けばいい。
魔王に匹敵する厄災が解き放たれようとしている。
「喜びたまえよ。もうすぐ世界が滅びる」
「そうはいうが、ここで解放しても地球で暴れるだけだぞ? 都合よく竜王はゲートに入ってくれるのか?」
「それは平気さ。長い時の中で竜王の意識は獣同然となっているはずだ。そこを私が支配する。加えて、移動法も考えてある。すでにキキョウたちを使って手はずは整えた」
「万事抜かりないみたいだな」
「当然さ。地球なんていつでも滅ぼせる。先に厄介なケルディアを滅ぼしてしまおう。手始めは聖王国だ。嬉しいだろ? 君の悲願がようやく叶うぞ」
カリムは黒髪の男に笑いかける。
カリムは世界の終末を見てみたいという欲求で動いているが、黒髪の男は違う。
単純に聖王国を滅ぼしたいからカリムに協力している。正確にいえば聖王国を滅ぼせる可能性が一番高いのがカリムだった。ゆえにこの男はカリムに協力しているのだ。
「ああ……ようやくだな。楽しみだよ。だがわかってるな?」
「わかっているさ。君が長年待ち望んだ瞬間を奪ったりはしない。聖王の首は君にあげよう」
「わかっているならいい。じゃあ決行のときは知らせろ。俺は俺で動く」
「任せたよ。聖騎士団序列十位、ジュード・メナス殿。いや本名で呼ぶべきかい?」
「よせ……本名は捨てた」
「そうかい。しかし、大したものだよ。復讐のためだけに憎い国に仕えることができるだなんてね。私には無理だ」
「俺の人生をめちゃくちゃにしたあの国は許さない。ただそれだけ。そのためなら聖王にだって仕えるさ。実際、何度も殺してやろうかと思ったが、今日まで耐えてきた。確実に殺せるときを待っていたからだ」
そう言ってジュードは憤怒の表情を浮かべる。
過去を知るカリムはおかしそうに笑う。
似たような経験をした者でも、歩む道は違う。ジュードはそれをカリムによく教えてくれていた。
やはり人間というのは面白い。
これほど面白い人間ならば終末のときはもっと面白いものを見せてくれるだろう。
そんなことを考えながらカリムは最後の作戦を開始し始めるのだった。