第百十七話 反乱終結
俺がグロスモント侯爵との打ち合いにより吹き飛ばされ、城に戻ってきたとき。
状況は大きく変わっていた。
グロスモントは瀕死であり、ティルフィングは同盟の盟主であるベルブ・ラッセル公爵と思われる男の腹に突き刺さっていた。
状況が読み取れない中でもティルフィングがベルブの魔力を吸収して爆ぜようとしているのはわかった。
もはや止めることはかなわない。だが、被害を抑えることはできる。
「全部は無理でも一部なら!」
できるだけティルフィングの傍へ近寄り、ティルフィングが起こした魔力爆発を吸収する。
周囲に広がる爆発のため、すべてを吸収することはできないがそれでも城を平気で飲み込めるレベルの爆発を、一階部分の半壊までに抑えることはできた。
「なぜ……助けた……?」
俺の傍で転がっていたグロスモントが呟く。
「助けたわけじゃない。被害を抑えようと思ったらお前が近くにいただけだ」
言葉通りだ。
俺はグロスモントを助ける気なんて毛頭なかった。
なにせこいつは瀕死だ。もはや虫の息といってもいい。
助けたところですぐに死ぬ人間だ。無理をして助ける価値なんてない。
「そうか……安心したぞ……俺を助けるような、甘ちゃんでは姫殿下を……託せんからな……」
「託す? 人質にしておきながら調子のいいことを言うな」
「ふっ……たしかにな……だが思いを託すくらいは許せ……どうか我が愛しき殿下を頼む……」
「……お前、まさかエリスを手にれるために反乱を起こしたのか?」
「……愛していた……だからお前が憎たらしかったよ……だが、お前になら託せる……我が殿下を……泣かせるな……」
そう言ってグロスモント侯爵はゆっくりと目を閉じた。
動く気配もない。
本当に最後の力で喋っていたらしい。
「……馬鹿な奴だ」
エリスを手に入れたいと思うなら、反乱なんて悪手の中の悪手だってのに。
それでもグロスモントが本気でエリスを想っていたことは伝わった。
ただこいつは勘違いしている。
託されるまでもなく、俺はエリスを大切に想ってる。それこそグロスモント以上に。
「じゃあな。レスター・グロスモント。お前の想いも受け取っておくよ」
別れの言葉をかけると、俺は半壊した一階の中を歩く。
少し離れたところで明乃とエリスが立っていた。
被害を抑えたとはいえ、一階が半壊するほど爆発だった。それでも無傷でいるのは明乃が咄嗟にいくつもの防壁を作ったからだ。
この魔導師にとっては不利極まりない土地で、それだけの防御ができるということこそ明乃の才能であり、俺が連れてきた理由だ。
どれほど褒めても褒め足りない。最高の仕事をしてくれた。
だが、それはあとだ。
「トウマ様……」
「怪我はないか? エリス」
「はい……レスター様が守ってくれました。ずっと」
「そうか……」
エリスは大切な人質だし、王女だ。手を出すわけがないと思っていた。思っていたが、不安はあった。
グロスモントのように大局が見えてる人間ならともかく、下っ端の兵士なら何をするかわからない。
しかし、グロスモントはそういう者からエリスをしっかり守ってくれたらしい。
言葉どおり愛していたからだろう。
俺はゆっくりとエリスの顔に手を伸ばす。
頬に手を当てると、温かい体温が伝わってきた。
幻ではない。たしかに目の前にエリスがいた。
「……ずいぶんと久々にお前を見た気がする」
「……もっと長い間、お会いしないときもありましたわ」
「そう、だな……」
エリスはそっと俺の手を包み込む。
優しい温もりに心が温かくなった。
その温もりを感じてようやく実感する。取り返したのだと。
「怖くなかったか?」
「はい、平気でしたわ」
「そうか……俺は怖かった。また失うんじゃないかと気が気じゃなかった。もう誰も失いたくはない……」
エリスの手を引き、俺はしっかりと抱きしめる。
たしかにここにいることを感じながら、どこにも逃がすまいと腕に力をこめる。
「トウマ様……苦しいですわ……」
「すまない……俺のせいだ。俺のせいでこんな目に遭わせた。許してくれ……」
「トウマ様のせいではありませんわ。あなたは間違ったことなどしていないのですから。それに……助けに来てくれたではありませんか。あなたが来てくれて……わたくしは幸せです」
しばらく俺たちは抱擁を続けた。
その後、一階の騒動を聞いて駆け付けたミコトたちとも合流し、グロスモント侯爵の兵たちはエリスの一声で投降した。
そのままエリスはグロスモント侯爵の領地にて留め置かれていた王室座乗艦に乗り込み、最大速度で対峙する両軍の下へ急行。
自らの無事を示し、三人の聖騎士たちに剣を捨てさせ、同時に西部諸侯たちにもラッセル公爵とグロスモント侯爵の死を伝えて投降を呼びかけた。
旗印となる二人を失い、最大戦力である聖騎士たちも失った西部諸侯たちは続々と投降した。
多くの西部諸侯が、ラッセルとグロスモントがエリスを人質として聖騎士たちを従わせているということを知らなったというのも一つの要因だった。
こうして聖王国史上屈指の反乱はその日のうちに終わりを迎えることとなったのだった。