第百十五話 侯爵と公爵
レスター・グロスモントは笑いがこみ上げそうな気分だった。
ティルフィングとグラムはほぼ同等の剣。しかしティルフィングには三つの願いを叶える特殊能力がある。
総合的にはティルフィングのほうが上といってもいい。
にもかかわらずグロスモントは押されていた。
すでに願いは二つ使った。一度目は斗真の攻撃で体が動かなくなったときに、自らを回復させた。二度目は自らの身体能力をブーストさせた。しかし、それでも斗真に攻撃は通らない。
確実に速度が上の状態でも、斗真のほうが上手に立ち回ってしまうからだ。
幻想の剣を持った状態の戦闘では、斗真に一日の長があるということだ。
そのことにグロスモントは悲観したりしてはいない。これまで困難という困難にグロスモントはぶつかったことはない。それはグロスモントの能力では大抵のことは困難になりえないからだ。
くわえて聡明だったグロスモントは勝てない敵には退くことを知っていた。だが、今このときは退くわけにはいかなかった。
「まさかこれほどとはな……」
宙に浮きながらグロスモントはつぶやく。
ティルフィングを持ったとき、グロスモントは全能感に包まれていた。
しかし、その全能感は粉砕された。絶対に負けたくないと願った男によって。
「もう諦めろ。これ以上は何も生まないぞ?」
「諦めろか……お前は魔王相手に諦めたか?」
「世界を侵攻しに来た魔王と反乱を止めにきた俺が同等か?」
「俺にとっては同等以上だ。すべてを賭けても俺には手に入れたいものがあり、お前はそれを邪魔してきた……絶対に俺は退かん!」
「邪魔して〝きた〟?」
まるでこれが初めてじゃないかのような言い方に斗真は怪訝な表情を見せる。
そんな斗真にグロスモントは怒りを覚えた。
グロスモントにとって目障りで目障りでしょうがなかった斗真だが、斗真にその自覚は一切ないのだ。
相手にもされていない。眼中にもない。そんな風に言われたような気がして、グロスモントは感情を爆発させた。
「お前ほど俺の邪魔だった者などこの世には存在しない! お前の存在が俺を惨めにさせた! 生まれも育ちも能力も、すべて俺が上回っていたはずなのに! お前はその実力だけで俺の望んだ位置を奪っていった!!」
「何度もいってるだろ? 俺はお前の望みを知らない。だからどれほど言われようと理解はできんよ」
「ふん! その余裕だ! それが気に食わん! 自分の立っている場所が特別ではないと思っているのか!?」
「特別だと思ってるさ。今、俺がいる場所は大切で特別だ。その一人にエリスはいる。だからエリスを攫ったお前を俺は許しはしない」
静かに闘気を発する斗真に対して、グロスモントは顔を歪める。
エリスフィーナ・アルクスをエリスという愛称で呼べるものは少ない。本人の前ならば数えるほどしかいないといってもいい。
にもかかわらず、当たり前のように呼ぶ斗真がグロスモントは憎くてたまらなかった。
苛立ちは最高潮に達してグロスモントはゆっくりとティフィングを上段に構える。この一撃にすべてを賭けるつもりだった。
「必ずお前を超えるぞ。トウマ・サトウ……そうしなければ俺は何も手に入れられん!」
「俺を超えたところでお前は何も手に入れられないさ」
「そう思っているのはお前だけだ!」
斗真はグロスモントの様子を察して、鞘にグラムを戻す。
そして自らが最も得意とする技で勝負を決めるべく、魔力を集中させ始めた。
一方、グロスモントは最後の願いを使って一撃の威力を上乗せする。
グロスモントには斗真のような技はない。ただ魔力を込めて剣を振るうだけ。
そのことにグロスモントは少しの後悔を抱く。
グロスモントには貴族として生きる道と騎士として生きる道があった。武を突き詰めれば聖騎士にもなれただろう。だが、グロスモントはそれを選ばなかった。
グロスモントが子供の頃は平和な時代であり、どんどん騎士の需要はなくなっていくと思われていたからだ。グロスモント自身もこれから騎士が必要とされるとは思わなかった。
聖王国は大国であり、戦争を仕掛ける国など皆無に等しい。
だからグロスモントは貴族の当主としての道を選んだ。しかし魔王が出現し、ケルディアでは実力が評価されるようになった。
ゆえにグロスモントは反乱を起こした。この時代、欲しいものを手に入れるならば力で手に入れなければいけないと思ったからだ。
しかし、グロスモントは肥大化する斗真の魔力を感じながら思う。
力はより強い力に淘汰される。
「おのれ……! 英雄め!」
「鬼刃斬光――!!」
上段に構えたティルフィングを振り下ろすと同時に、斗真も鬼刃斬光を放つ。
膨大な魔力がぶつかり合い、眩い光が辺りを包み込む。
直後、衝撃波によってグロスモントは大きく吹き飛ばされて城へと落下したのだった。
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「敵が攻めてきたというのに悠長ですわね。ラッセル公爵」
「姫殿下。敵が来たからこそです。このような危険極まりない場所に姫殿下をいさせるわけには参りません。どうぞ、我が城に御避難ください。このベルブ・ラッセルが護衛いたしましょう」
「浅はかですわね。この機にわたくしを自分の手に置いて、同盟内での地位を確立するおつもりでしょうが、グロスモント侯爵がいなくなれば同盟は崩壊しますわよ? あなたに西部諸侯をまとめるだけの器はありませんわ」
「手厳しいですなぁ。しかし、そのようなことはどうでもいいのです。あなたを人質にして我が陣営に加えた三人の聖騎士のほかにもう一人、裏切り者の聖騎士がおります。その者は王国軍の後方に控えており、いつでも裏切る準備ができておりましてなぁ。さきほど裏切るように指示を出しました。これで王国軍は終わりです」
「……そのような手段で軍を破ったところでほかの地域の諸侯はあなたに従いませんわよ?」
「よいのです。私が欲しいのはあなたなのですから」
そう言ってベルブはエリスの手を引き、自分の腕の中に抱きとめる。
エリスはその無礼な態度に眉を顰める。しかし、ベルブは気にせず話を続ける。
「あなたさえ妻にすれば誰もが従います。あなたは聖王国の大事な姫だからです」
「安易ですわね。なによりわたくしが素直にあなたの妻になると?」
「聖王家の血筋をあなただけにすれば、あなたはその責任感から私の妻になるしかない。血筋を残すのは王家の責務ですからなぁ」
「……舐められたものですわね」
そう言ってエリスは手に隠し持っていた串でベルブの足を突き刺した。
「がぁっ!?」
「わたくしは決してあなたの妻にはなりませんわ!」
エリスはそういうと部屋から出ようとする。
しかし、ベルブがエリスの手を掴んで部屋にあったベッドに引き戻す。
「きゃっ!?」
「舐めているのはあなたのほうですな……あなたはお淑やかに見えて気が強いのはよくわかっていますよ。だから体を強くする秘薬を飲んでおいたのですよ……それでも痛いものは痛いですがね」
ベルブは痛みで汗をかきながら、足に刺さった串を抜いてエリスに迫る。
エリスは気丈にベルブを睨むが、ベルブはそれに怯むことはない。
「こういう反抗的な態度はもう取れないように、ここでお仕置きをしておく必要がありますな……どうせグロスモントは侵入者への対応で忙しいでしょうし、そのくらいの余裕はあるでしょう」
そう言ってベルブはエリスに伸し掛かる。
エリスは両手でベルブを押すが強化されているベルブはびくともしない。
「いやっ! 離れなさい!」
「いけませんなぁ。この後に及んで命令口調とは……私はあなたの夫になる男ですよ?」
そう言ってベルブはゲスな笑みを浮かべる。
憧れ続けた姫が自分の腕の中にいる。自分の思い通りにできる。そのことにベルブは興奮を隠せなかった。
だが、その興奮はすぐに吹き飛ばされた。グロスモントが城に落ちたことにより、城の中に爆風が走ったのだ。
その爆風で壁が崩壊し、隠し部屋が露わになる。
そしてフラフラと起き上がったグロスモントの目に、エリスに伸し掛かったベルブの姿が入ってしまったのだった。