第百十話 足止め
城への潜入において気を付けなければいけないのはまず敵に発見されないこと。
そしてもしも発見された場合は足止めをされないようにすること。そして報告をさせないこと。
これが大切となる。
報告をさせないのは増援を呼ばせないためだ。足止めをされないようにするのは、足を止められてしまうと増援によって挟み撃ちにされかねないからだ。
それらのことから敵に発見された場合は速やかに排除する必要がある。
だが、そういかない相手もいる。
「へっへっへ……なんだか様子がおかしいと思って見に来たらビンゴだったな」
階段にいた男たちと同じく傭兵だろうか。二十代後半くらいか。色素の薄い茶髪に同色の瞳。ひょろ長で、その目は歪みを抱えているように斗真には見えた。
騎士とは程遠い身なりをしており、両手には歪曲したナイフが一本ずつ握られている。
トリッキーな戦い方をするタイプだろうことは一目で予想できた。
「どうする? 俺が残るか?」
「いや光助は先導役で必要だ」
速やかな敵を処理できない場合、誰かが残ってその敵を相手にしなければいけない。
ベストは単体で戦えるだけの力を持ち、いざとなれば一人でも逃げる速度を持つ者。
この中なら斗真かミコトだ。
チラリと斗真がミコトを見ると、すでにミコトは左右の腰にさした剣を抜いていた。
「ボクがやるよ」
「へぇ……お嬢ちゃんか。いいねぇ。若い女を斬るのは楽しいからな!」
「ボクのこと斬れるの?」
「へっへっへ、いいぜ、いいぜ。お嬢ちゃんみたいに調子乗ってる女を泣かすのは最高なんだ!」
異常者のような笑い方を見せる男に斗真は微かに眉を顰めるが、そんな斗真の前にミコトは進み出た。
「先に行って。大丈夫だから」
「……任せた」
落ち着いた表情のミコトを見て、斗真は少し迷ったあとにそう言い残して背を向けた。
光助やトムもその後に続く。
最後に明乃が心配そうな視線を向けるが、ミコトはそんな明乃に笑みで返した。
「トウマをよろしくね」
「……気を付けて」
「うん」
後を託されたミコトは油断なく男を見据える。
ここでミコトがやられた場合、斗真たちは無防備な背後から攻撃を受けることになる。
役割上、ミコトは勝てないまでも足止めをし続けなければいけないのだ。
「俺は運がいいぜ。危険だからとかいって聖王女様に近寄らせてくれなかったからな。侯爵様は。ちょうど女を斬りたいところだったんだ」
「あー、それはわかるかも。おじさん、見るからに危険そうだし」
ミコトは苦笑しながら男へと答える。
そんなミコトの反応に男はさらに笑みを深めた。
「いいねぇ、いいねぇ!! 俺を前にしてその余裕! 絶対に泣きっ面を拝みたくなったぜ!」
そう言って男はクルクルと両手のナイフを回し始める。
失敗すれば怪我では済まないだろう。しかし、男は自信があるのかそれでも笑っていた。
「曲刃のクルードといえば、傭兵の中じゃ知られた名なんだが知ってるかい?」
「知らなーい」
「そうかい。んじゃその体に覚えさせてやるよ!」
そう言ってクルードはミコトの間合いに踏み込んだ。
■■■
速い。
真っ先にミコトはそう感じた。
斗真が簡単には排除できないと判断した相手であるため、弱いことはないだろうと思っていたが速度はミコトの想像よりも遥かに速かった。
左右の手にあるナイフは絶えず回転しながらミコトに向かってきており、ミコトはその防御に追われていた。
そしてミコトの防御が一瞬だけ遅れた瞬間を見逃さず、クルードはナイフを横に振るう。
その一撃をミコトは体を逸らすことで躱すが、そんなミコトを見てクルードは笑う。
「へっへっへ、なかなか色っぽい恰好になったじゃないか」
「え? わっ!? 服切れてる!?」
ミコトの胸あたりには一筋の切れ目が入っており、ピッタリと張り付くウェットスーツなためそれだけで扇情的な恰好になってしまっていた。
ミコトは恥ずかしがることもせず、驚くだけで済ませるがクルードはその様子をニヤニヤと見つめる。
「どうだい? 感想は?」
「サイテーだね、おじさん」
「褒め言葉だな。次はその白い肌を斬ってやるよ。それとももうちょっと色っぽい恰好にしてやろうか?」
「両方遠慮しておくよ」
ミコトはそういうとだらりと双剣を下げた。
その瞬間、クルードは一瞬で間合いを取った。
これまで戦場で磨いてきた傭兵として勘が危険だと判断したのだ。
しかし、クルードは完全に間合いの外に逃げれたわけではなかった。
「っ!?」
「ふーん、男らしくなったんじゃない?」
クルードの胸に一筋の切れ目が入っていた。
服が切れ、微かに肌に傷がついて血が流れる。
クルードはその手で血を掬うと、それを見てニヤリと笑う。そして指についた血を舐めながら告げる。
「お前の血の味はどんな味かな? 味わってみたくなったぜ」
「血なんて美味しくないからやめたほうがいいよ、おじさん」
「そう否定するな。人の好みは無限大なんだぜ?」
言うが早いか、クルードは右手に持っていたナイフをミコトに投げつける。
ミコトはそれを弾くが、弾いたナイフはクルードの手の中へと引き戻されていく。
「糸?」
「御名答。ただの糸じゃねぇぞ。特注品だ。斬るのは不可能だぜ」
「うーん、そんな感じはしないけどね」
「はっ。いつまで余裕をぶっこいてられるかな。先に行った奴らが戻ってくるくらい泣き喚かせてやるから覚悟しろよ?」
「あの人たちは戻ってこないよ。ボクを信じてくれてるからね」
ミコトはそういうと二本の愛剣を構える。
「行くよ、白影、黒陽」
愛剣の名を呼ぶとミコトは瞬時にクルートの前から姿を消したのだった。